その女、悪魔憑きにつき

犬噛 クロ

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8.悪魔たちの謝肉祭

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 真っ白な長い髪と髭が特徴的なその老人は、エデン城にある自室にて、古びたノートパソコンの蓋を開けた。電源ボタンを押すと、もう何代前のものか分からないOSが起ち上がる。アップデートなんて一度もしていないし、セキュリティもへったくれもないが、構わない。これから繋ぐ回線には、誰も侵入できないのだから。
 そう、専用の。彼と彼だけの――。

「ログイン名、四文字……。パスワードも一緒と……」

 シワだらけの指で老人にしては素早く、蛇ノ目はキーボードを打つ。入力くらいお手のものだ。この男は「彼」との交信手段がパソコンに切り替わった何十年前も前から、この作業を続けているのだから。
 蛇ノ目は悪魔だ。しかも最も古き悪魔である。
 ティンカー・ベルやベルゼブブ、その他の悪魔は、魔界樹を介し転生を繰り返しているが、蛇ノ目はまだ一度も死を迎えてはいないのだ。
 ほどなく接続が完了する。蛇ノ目と相手のやりとりは、テキスト(文字)のみで行われのが常だ。

「ご機嫌いかがですか」

 蛇ノ目がそう打ち込むと、相手からの返事はすぐ表示された。

『ぼちぼちやね』

 蛇ノ目は続けて、天界の様子を書き送った。
 まあ、大した変化はない。天使たちの数は増えもせず減りもせず、特に大きな問題も起きていない。ウリエルは己が道を突き進み、ガブリエルは迷い続け、ラファエルは相も変わらずバカだ。
 蛇ノ目がなにか入力するたび、ノートパソコンの液晶ディスプレイには、パッパッとテンポ良く返信が表示される。

『そうなん? ほなら主の狙いどおり 可愛いベイビーちゃんが生まれるかもしれんね』
「ウリエルだけは どうやっても 主に従いませんなあ」
『あの子のことはもうええ 無理矢理ママにしようっていうんなら そもそもこんな時間かける必要なかったんやし 好きにせえっていうんが 主の思し召しってやつや』

「……………………」

 蛇ノ目の手は止まった。
 天界を統率する「大天使」が一人、ウリエル。彼女は今も昔も変わらない。頑なに自分の生き方を貫いている。
 朱に交わらず、真っ白なまま。例え孤独であろうとも。

『腐ったはずのタマゴも 無事やった そっちも孵りそうやし』
「……!」

 相手からの返信を読んで、蛇ノ目は那智黒のような目を見開いた。なにか打とうとして、沈思する。驚きを落ち着かせてから、文章を練った。

「そうなんですか おめでとうございます 見つかったタマゴはどこにあるんです? 一意専心 お守り致します」
『お気持ちだけいただいとくわ』
「……………………」

 無碍なく断られて、蛇ノ目は舌打ちをした。しかし深追いは禁物だ。忌々しい気持ちを押さえて、入力を続ける。

『お楽しみがひとつ増えたということで 主様もお喜びでしょう』

 嫌味だったろうか。心配になって、慌てて付け足す。

『来るべき新しい世界が楽しみですね』

 しかし「彼」の返信は、「そやね」と素っ気ないものだった。




 ガブリエルもまた、城内の自室に引っ込んでいた。ベッドに腹ばいになって、スマートフォンを覗き込む。依頼はないか、聖母に志願する者はいないか、この勤勉な天使はWEBページを確認した。そちらは「該当なし」だったが、作ってもらったサイトが微妙に使いづらく、イライラする。

「目がチカチカする……」

 ガブリエルは瞼を擦った。
 フォントの種類は妙に多いし、文字の色も様々だし、意味もなく動いたり光ったりするデコレーションが設定されているし……。一体どういうセンスだ。
 人間からの依頼を募るこのサイトは、とある悪魔に作ってもらったのだが、どうにも使用に耐えない。近いうちに修正してもらおうと思っているガブリエルが、しかしいまいち集中できないのは、今は別のことに気を取られているからかもしれなかった。

「やっぱりパーティー、行けば良かったかなあ……」

 スマホをベッドの上に放り出して、ガブリエルはシーツの上に頬杖をついた。そのまま夢想する。
 ドレスの色はピンク――は、ちょっとフェミニン過ぎて、ラファエルあたりに冷やかされそうだから、やっぱりブルーで。

「そういえば、ラファエルも青が好きだったな。どうでもいいけど」

 髪は黒のリボンで結って、ハイヒールにも挑戦してみよう。

「いやいや、リボンはやめよう。だって私には、お母様がくださった、ヘアゴムがあるもの」

 エスコートしてくれる男性はタキシードを着て、胸元に一輪、薔薇を挿している。普段は変な柄のTシャツか、洗濯し過ぎて色落ちの激しいネルシャツ着用の彼も、正装すればきっと格好良いはずだ。――少しは。2mmくらいは。

「ベルゼブブ……」

 熱っぽくつぶやき、そして自ら発した名に撃たれたかのように、ガブリエルはバタッと突っ伏した。悶えながら、脳内で叫ぶ。
 パーティーに行けば良かった!
 ――反対すれば良かった!
 創世のあのとき、もっとよく考えて、結論を出すべきだったのだ!

「私は、いつもこうだ……」

 恋の熱は冷めて、代わりにガブリエルは多大なる自己嫌悪に襲われた。
 強がっているが、本当は臆病で変化を恐れる。声の大きな意見に流された挙げ句、いつも後悔する。それがガブリエルの思う、自分自身だった。
 あのときも――。

 ガブリエルたちの親、始まりを創り給うた「主」の一番最初の作品は、二種類の生きものだった。
 一つ目は「秩序を護る者」。これはのちに「天使」と呼ばれた。
 二つ目は「変化をもたらす者」。これはのちに「悪魔」と呼ばれた。
 この二種類の生きものを番わせて、多種多様な人類を産み増やそうというのが、主の目論みだった。その目的のため、原始の天使たちは四人、悪魔たちは七人、作られたのだった。
 しかし天使たちは、親ともいうべき主の計画に反対した。
「変化をもたらす」などと聞こえはいいが、悪魔たちは傍若無人のうえ快楽重視。義務だとか責任だとか、そういった概念を持たなかったのだ。
 そんな粗暴で自分勝手でチャラい奴らと寄り添い、子を成しても、苦労しかない。なぜ天使だけがそのような苦業を積まなければならないのか――と、ウリエルは主張し、ラファエルもそれに追従した。
 悪魔と天使の能力は互角だった。だから腕っぷしで雌雄を決することもできない。
 一向に自分たちを受け入れてくれない天使たちを押さえつけることもできず、やがて業を煮やした悪魔たちも、天使を憎悪するようになった。
 こうして人類の父母となるはずだった両者の仲は、すっかり冷え切ってしまったのである。
 これでは子供を作るどころではない。結論から言うと、悪魔は天使たちに見切りをつけ、天界を去っていったのだ。

 あのとき、ガブリエルはどっちつかずだった。
 悪魔のことが心から嫌いだったわけではないが、恐れがあったのは確かだ。「なぜ自分たちだけが苦労しなければならないのか」という仲間の言葉も、一理あると思った。だから悪魔たちを強硬に拒むウリエルとラファエルを諌めず、ただ傍観することしかできなかったのだ。
 しかしそのせいで、天使の一人「ミカエル」は――。主が最初に作った娘、全ての天使、そして女(メス)の雛形となった彼女は、壊れてしまったのだ。

「もっともっと、悪魔と対話するべきだったんだ。彼らのことを、理解できたかもしれないのに……」

 そうすれば、主の望んだどおりの楽園を築けたかもしれないのに。
 曇ってしまった碧色の瞳を隠すように、ガブリエルは瞼を閉じた。


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