その女、悪魔憑きにつき

犬噛 クロ

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8.悪魔たちの謝肉祭

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「パラダイス・ロスト」の会場にて、二十二時頃のことだ。
 参加者たちは一斉に床に膝をつき、苦しそうに呻いている。
 なにが起こっているのか。状況が分からず、景は立ち尽くしかなかった。

「え? え……?」

 景は真っ先に食中毒を疑った。だが皆、腹痛を訴えるでもなく、嘔吐するでもないようだし、様子が違うようだ。
 このようなことになる直前、変な匂いがしていたから、有毒なガスでも撒かれたのだろうか。
 今のところ、景にはこれといった症状は出ていない。多少、喉がイガイガするくらいだ。しかしいつ周りと同じような状態になるか分からないので、景はハンドタオルを鼻と口に当てた。
 その直後、離れたところに待機していた黒服の男たちが、景とラファエルのもとへすっ飛んできた。

「ラファエルさーーーん! なんかマズイ感じでぇす! とりま、避難してくださいねーぇ!」

 緊張感の感じられない口調で指示しながら、黒服の男たちは、パーティーの主役であるラファエルをを引きずるようにして、どこかへ行ってしまった。

「えーと……」

 景は一人残された。ラファエルとの会話が途中だったが、打ち切られてしまったようだ。
 というかこういった緊急時、客の避難誘導その他は主催の役目ではないのか? このあと、どうしろというのか……。

「もー!」

 無責任な運営に憤りつつ、景はひとまずスマートフォンを覗いた。誰からの連絡もないようだ。

「沙羅さんが巻き込まれなくて、良かったなー」

 景は沙羅宛てにメッセージを送った。

『トラブル発生! こっちには絶対に来ないで! あとでまた連絡します! ごめんなさい!』

 沙羅についてはこれでいいだろう。あとは護だ。あのスイーツ悪魔を探して、さっさとここを出なければ。
 方針が固まり、景が動き出そうとしたそのとき、今まで気分が悪そうにうずくまっていた男性が一人、急にすっくと立ち上がった。

「えっ、あっ、大丈夫ですか……!?」

 介抱しようかと景が近づきかけたところで、男は急に大声で叫び出した。

「僕は、僕は! 千人斬り達成したとかイキってたけど! 本当は! 童貞です!」

 ――なんの宣言だ、これは。景は呆気に取られた。
 この恥ずかしい告白は、どうやら男の近くにいた、とある女性に向けたもののようだ。対してその女性は、瞳を潤ませながら、ふらふらと立ち上がった。

「しょうじきぃ~! 強がり可愛い! 抱いて!」
「!?」

 再びの驚きに、景は言葉を奪われてしまった。
 あんなしょーもないことを聞かされて、反応がそれとは――理解できない。
 しかし景を置いてきぼりにして、謎の告解を行った男とそれを受け止めた女は、しっかと抱き合うのだった。
 そこで終われば、まあまあいい話だったかもしれない。しかし二人はそのあと、音が出るほどの勢いで互いの口を吸い合い、舌を絡ませ始めた。ハァハァと不穏な息遣いを披露しながら、芋虫のような男の太い指が女の下肢に伸びる。女も嫌がるそぶりはなく、むしろ身をくねらせ、積極的に応えている。

「え、え、え」

 景の困惑は深まる。その周りで男たちは雨後の筍のようにムクムクと立ち上がり、次々とどうでもいいことを白状し始めた。

「僕はセックスに興味ないって言ってるけど、本当は初体験のときに失敗して、そこから怖くなっただけです!」
「俺は二次元の幼女しか愛せないって言ってるけど、本当はリアルの女性が怖いだけです!」
「拙者は処女以外はくっさい中古って言ってるけど、本当はモテないことをバカにされたくないだけでござる!」

 それを聞いて女たちは、

「素直!」
「ヘタレ萌え!」
「ナデナデしてあげたい!」

 と、これまた寛容を超越したゆるゆるの精神で、男たちの激白を受け入れている。そして先に習うように男女は抱き合い、痴態を晒すのだった。
 こうして「パラダイス・ロスト」の熱狂は頂点に達し――具体的に言えば、そこかしこでおっ始まってしまった。

「あ、あわわわわ……!」

 あまりに異様で異常な光景を前にして、景はガクガク震えた。
 ふと、護との会話を思い出す。

『じゃ、じゃあ、こ、こ、これはなんの集まりなんだ?』

 今、景はその問いの答えを得た。

「『パラダイス・ロスト』って、乱交パーティーだったんだ……!」

 巻き込まれたら大変である。景は脱兎のごとく、その場を逃げ出したのだった。
















 生後まもなく乳児院前に置き去りにされた棄児。それが景である。
 景はおおよそ一歳のときに、大蔵田家に引き取られた。
 養母となった美子は、景を丁重に扱った。美子からすれば養女は、なんの苦労もない裕福な主婦の座を繋ぎ止めるための命綱だ。だから景に可愛らしい服を着せて、なおかつたくさんの玩具を与えて、表面上は大層可愛がった。
 景の養父は、妻の尻に敷かれ過ぎているのが玉に瑕ではあったが、穏やかな人だった。勤勉だったので順調に出世し、大黒柱としても優秀だった。
 温厚な父親と、優美な母親。都内に建てた新築の一軒家に暮らし、欲しがる前にあらゆるものが与えられる。この頃、景は幸福だったろう。しかし彼女が五歳のとき、その生活は一変するのだ。
 ――美子が、妊娠したのである。
 医学的に、絶対にありえないことだ。美子は以前、病を根治するため、子を授かるのに必要な器官を摘出している。しかし美子の腹に新しい命が宿ったのは、事実だった。
 医者の誤診? 医療ミス? いやそれも考えにくい。だとしたら――?
 どうにも説明のつかない事態を、しかし当の美子は奇跡と片づけ、ただただ喜んだ。本来ならどうやって妊娠に至ったのか、徹底的に調べるべきところだろうが、美子自身が出産に専念したいと望み、また自身の体を弄くられることを嫌ったため、結局この件は深く追求されずに終わってしまったのだった。
 そして時は満ち、美子が生んだのは、元気な男の子だった。念願の実子を手に入れた美子夫妻の喜びは、ほかに例えようがないほどだった。
 この長男は、「煌(こう)」と名づけられた。
 そして以降、大蔵田家の光は煌にのみ当たり――反対に景は、影の中に沈められることになるのだ。
 煌が生まれてから、美子夫妻は景をあからさまに邪険にするようになった。特に美子の景に対する態度は、虐待と変わらないありさまだった。
 美子は恥知らずなことに、景を彼女が元いた施設に「返したい」と言い出した。だが景と大蔵田家の間になされた縁組の内容は、そういった浅薄な申し出が許されるべくもない厳格なものだ。
 また、本来あってはならないことだが、景が比較的早く大蔵田家に迎えられたいきさつには、夫の実家がなんらかの働きかけを行った結果らしい。つまりわがままを言えば、夫の両親の顔に泥を塗ることになる。そうなれば、妻としての立場も悪くなるだろう。だから美子は、景の養育を続けるしかなかった。
 そうなってから美子は、ほとんどつき合いが絶えていた、実母の存在を思い出したようだ。

「このままだと私、景を殺してしまうかもしれない」

 そんなことを言われれば芽衣子だって、不肖の娘の手助けをせざるを得ない。大人の勝手な事情に惑わされる、血の繋がらない孫が、不憫でもあった。
 こうして景は、養母の母に当たる麻生 芽衣子の家と大蔵田家を、行き来するようにして育った。



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