53 / 60
8.悪魔たちの謝肉祭
2
しおりを挟む「パラダイス・ロスト」の会場にて、二十二時頃のことだ。
参加者たちは一斉に床に膝をつき、苦しそうに呻いている。
なにが起こっているのか。状況が分からず、景は立ち尽くしかなかった。
「え? え……?」
景は真っ先に食中毒を疑った。だが皆、腹痛を訴えるでもなく、嘔吐するでもないようだし、様子が違うようだ。
このようなことになる直前、変な匂いがしていたから、有毒なガスでも撒かれたのだろうか。
今のところ、景にはこれといった症状は出ていない。多少、喉がイガイガするくらいだ。しかしいつ周りと同じような状態になるか分からないので、景はハンドタオルを鼻と口に当てた。
その直後、離れたところに待機していた黒服の男たちが、景とラファエルのもとへすっ飛んできた。
「ラファエルさーーーん! なんかマズイ感じでぇす! とりま、避難してくださいねーぇ!」
緊張感の感じられない口調で指示しながら、黒服の男たちは、パーティーの主役であるラファエルをを引きずるようにして、どこかへ行ってしまった。
「えーと……」
景は一人残された。ラファエルとの会話が途中だったが、打ち切られてしまったようだ。
というかこういった緊急時、客の避難誘導その他は主催の役目ではないのか? このあと、どうしろというのか……。
「もー!」
無責任な運営に憤りつつ、景はひとまずスマートフォンを覗いた。誰からの連絡もないようだ。
「沙羅さんが巻き込まれなくて、良かったなー」
景は沙羅宛てにメッセージを送った。
『トラブル発生! こっちには絶対に来ないで! あとでまた連絡します! ごめんなさい!』
沙羅についてはこれでいいだろう。あとは護だ。あのスイーツ悪魔を探して、さっさとここを出なければ。
方針が固まり、景が動き出そうとしたそのとき、今まで気分が悪そうにうずくまっていた男性が一人、急にすっくと立ち上がった。
「えっ、あっ、大丈夫ですか……!?」
介抱しようかと景が近づきかけたところで、男は急に大声で叫び出した。
「僕は、僕は! 千人斬り達成したとかイキってたけど! 本当は! 童貞です!」
――なんの宣言だ、これは。景は呆気に取られた。
この恥ずかしい告白は、どうやら男の近くにいた、とある女性に向けたもののようだ。対してその女性は、瞳を潤ませながら、ふらふらと立ち上がった。
「しょうじきぃ~! 強がり可愛い! 抱いて!」
「!?」
再びの驚きに、景は言葉を奪われてしまった。
あんなしょーもないことを聞かされて、反応がそれとは――理解できない。
しかし景を置いてきぼりにして、謎の告解を行った男とそれを受け止めた女は、しっかと抱き合うのだった。
そこで終われば、まあまあいい話だったかもしれない。しかし二人はそのあと、音が出るほどの勢いで互いの口を吸い合い、舌を絡ませ始めた。ハァハァと不穏な息遣いを披露しながら、芋虫のような男の太い指が女の下肢に伸びる。女も嫌がるそぶりはなく、むしろ身をくねらせ、積極的に応えている。
「え、え、え」
景の困惑は深まる。その周りで男たちは雨後の筍のようにムクムクと立ち上がり、次々とどうでもいいことを白状し始めた。
「僕はセックスに興味ないって言ってるけど、本当は初体験のときに失敗して、そこから怖くなっただけです!」
「俺は二次元の幼女しか愛せないって言ってるけど、本当はリアルの女性が怖いだけです!」
「拙者は処女以外はくっさい中古って言ってるけど、本当はモテないことをバカにされたくないだけでござる!」
それを聞いて女たちは、
「素直!」
「ヘタレ萌え!」
「ナデナデしてあげたい!」
と、これまた寛容を超越したゆるゆるの精神で、男たちの激白を受け入れている。そして先に習うように男女は抱き合い、痴態を晒すのだった。
こうして「パラダイス・ロスト」の熱狂は頂点に達し――具体的に言えば、そこかしこでおっ始まってしまった。
「あ、あわわわわ……!」
あまりに異様で異常な光景を前にして、景はガクガク震えた。
ふと、護との会話を思い出す。
『じゃ、じゃあ、こ、こ、これはなんの集まりなんだ?』
今、景はその問いの答えを得た。
「『パラダイス・ロスト』って、乱交パーティーだったんだ……!」
巻き込まれたら大変である。景は脱兎のごとく、その場を逃げ出したのだった。
生後まもなく乳児院前に置き去りにされた棄児。それが景である。
景はおおよそ一歳のときに、大蔵田家に引き取られた。
養母となった美子は、景を丁重に扱った。美子からすれば養女は、なんの苦労もない裕福な主婦の座を繋ぎ止めるための命綱だ。だから景に可愛らしい服を着せて、なおかつたくさんの玩具を与えて、表面上は大層可愛がった。
景の養父は、妻の尻に敷かれ過ぎているのが玉に瑕ではあったが、穏やかな人だった。勤勉だったので順調に出世し、大黒柱としても優秀だった。
温厚な父親と、優美な母親。都内に建てた新築の一軒家に暮らし、欲しがる前にあらゆるものが与えられる。この頃、景は幸福だったろう。しかし彼女が五歳のとき、その生活は一変するのだ。
――美子が、妊娠したのである。
医学的に、絶対にありえないことだ。美子は以前、病を根治するため、子を授かるのに必要な器官を摘出している。しかし美子の腹に新しい命が宿ったのは、事実だった。
医者の誤診? 医療ミス? いやそれも考えにくい。だとしたら――?
どうにも説明のつかない事態を、しかし当の美子は奇跡と片づけ、ただただ喜んだ。本来ならどうやって妊娠に至ったのか、徹底的に調べるべきところだろうが、美子自身が出産に専念したいと望み、また自身の体を弄くられることを嫌ったため、結局この件は深く追求されずに終わってしまったのだった。
そして時は満ち、美子が生んだのは、元気な男の子だった。念願の実子を手に入れた美子夫妻の喜びは、ほかに例えようがないほどだった。
この長男は、「煌(こう)」と名づけられた。
そして以降、大蔵田家の光は煌にのみ当たり――反対に景は、影の中に沈められることになるのだ。
煌が生まれてから、美子夫妻は景をあからさまに邪険にするようになった。特に美子の景に対する態度は、虐待と変わらないありさまだった。
美子は恥知らずなことに、景を彼女が元いた施設に「返したい」と言い出した。だが景と大蔵田家の間になされた縁組の内容は、そういった浅薄な申し出が許されるべくもない厳格なものだ。
また、本来あってはならないことだが、景が比較的早く大蔵田家に迎えられたいきさつには、夫の実家がなんらかの働きかけを行った結果らしい。つまりわがままを言えば、夫の両親の顔に泥を塗ることになる。そうなれば、妻としての立場も悪くなるだろう。だから美子は、景の養育を続けるしかなかった。
そうなってから美子は、ほとんどつき合いが絶えていた、実母の存在を思い出したようだ。
「このままだと私、景を殺してしまうかもしれない」
そんなことを言われれば芽衣子だって、不肖の娘の手助けをせざるを得ない。大人の勝手な事情に惑わされる、血の繋がらない孫が、不憫でもあった。
こうして景は、養母の母に当たる麻生 芽衣子の家と大蔵田家を、行き来するようにして育った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる