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2.お腹いっぱいの恋
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しおりを挟むひとかけらも残さず食べ尽くした晩餐のあとに言い出すにしては、あまりに図々しいだろうと自覚しつつ、景はその願いを口にした。
「どんだけ食べても、太らない体にして欲しいの!」
本日も部屋には悪魔がいる。
食事中は正座で、これは普段からだがピンと伸びた背筋が清々しいティンカー・ベルは、首を捻った。
「そんなものが、お前の幸福に繋がるのか?」
「もちろんだよ! 女の子の一生は、ダイエットとの戦いなんだから! 好きなものを好きなだけ食べて太らないなんて、このうえもなく幸せなことだよ!」
「ほほう」
興味深げにゆっくり頷きながら、ティンカー・ベルはどこぞの店の名前とブサイクなネコの絵が描かれた湯のみを、口元へ運んだ。彼が使うだけで、適当にばら撒かれただろう貧乏臭い景品も、銘入りの茶器に見えてくるのが不思議だった。
「ならば、携帯を貸せ。脂肪吸引で評判のいい美容整形外科を、腕によりをかけてググってやろう」
「そうくると思ったよ! 腕によりをって、誰がどう検索しても、結果は同じだからね!?」
「ふふん、そこが素人の浅はかさよ。より良いサイトを見つけ出すには、検索ワードのチョイスや工夫がだな……」
このままだと、初心者向けのネット講座になってしまう。ティンカー・ベルの口上を、景は唇を尖らせて遮った。
「昨日から、あれもダメ、これもダメじゃん! ティンカー・ベルは、最初から私の願いごとなんて、叶える気がないんでしょ!」
ぷんぷん怒りながら、景は空いた食器を運ぼうと、プラスチック製の薄いお盆を持った。しかし青い手が、お盆を押さえる。
「?」
なにごとかと動きを止めると、なんと皿たちが浮かび上がった。ふわふわと台所へ飛んで行くそれらのあとを、景は慌てて追う。
「わあ……!」
台所では、まるで映画のような光景が広がっていた。
流し台では、誰かがそこで作業しているかのように、泡立ったスポンジが勝手に皿を磨いていく。また皿のほうも、自らその身を水に晒し、濯がれていった。
部屋に戻った景は興奮気味にティンカー・ベルに礼を言った。
「あれって、ティンカー・ベルの魔法だよね? あ、ありがとう……」
「うむ。我の魔法は、食洗機よりもずっと節水型だからな。安心して任せるがいい」
随分とささやかな性能を誇ってから、悪魔は話を戻すべく、立ったままの景を見上げた。
「先ほどの話だが。まあどうしても魔法をかけてくれというなら、それは可能だ。ただ『変化』の魔法は、取り消しができないのが難点でな……」
「取り消し?」
「お前は太らない体にして欲しいと言ったが、それはつまり現在の体型をキープできればいいのか? 違う言い方をすれば……お前は今の自分の体型に、全く不満がないのか?」
景はティンカー・ベルの前に座り直すと、自分の手から足までざっと見回してみた。
「そんなことはないけど……。もうちょっと胸が大きければとか、お尻が小さくなればとか、不満は色々あるよ」
「しかし我がお前に魔法をかければ、もう二度と体型を変えることはできなくなるぞ。お前は一生そのまま、貧乳でケツデカのままだ」
「そこまで罵られるほど、胸は小さくないし、お尻も大きくない! 多分!」
「ともかく魔法をかけるというなら、まずは今の体を改造してからのほうがいいだろう。死ぬまで保つに値するような、素晴らしい肉体にな。――さあ、言うがいい。胸を何センチ大きくして、尻はどれくらい小さくするのか。減らすのはウエストもか? 具体的に述べよ」
「……………………」
まるで鬼刑事の取り調べのように詰問される。カミソリのように光る悪魔の目に、舐めるように眺め回されて、景は自分の体を庇うように抱き締めた。
「やっぱいい! なんか恥ずかしいよ!」
そうだ。よく考えたらこれは、自分の体に対するコンプレックスを、詳らかに告白するのと同じではないか。
「なにを今更照れることがある。我はお前の体など隅の隅まで、膣の奥の肉ヒダまでたっぷり拝んでいるではないか」
「さらっといやらしいこと言わないで! ともかく、もういいの!」
景が願いを撤回しても、ティンカー・ベルは特に気分を害した様子もなく、そうか、とつぶやいただけだった。
「……………………」
再びブサイクな猫の湯のみを傾ける悪魔を見詰めながら、景は改めて考えてみる。
美人になりたい。スタイルが良くなりたい。
だがその願いを、ティンカー・ベルには叶えて欲しくない気もする。
――だってそんな方法で綺麗になっても、ティンカー・ベルは褒めてくれないだろうし、好きになってもくれないだろうしなあ……。
「しかしお前は別に太っていないだろう。なぜ急に、太らない体が欲しいなどと言い出した?」
「いや、だって……」
なぜ。
悪魔に問われて、我に返る。
美しくなりたい。景がそう望む理由は、とある人物の気を引きたいからだ。
ほかの誰でもない、目の前の――。
「……!」
景は真っ赤になった。
「ちっ、ちちちち違うの!」
「なにが」
会話になっていない。焦った景は、昨晩から出しっぱなしになっている雑誌を手に取って、突き出した。
「そう! ほら! ここに載ってるモデルさん、水谷 花憐ちゃんっていうんだけど、私のバイト先のお得意様なの! めちゃくちゃ可愛いでしょ? 今日もお店に来てくれたんだけど、甘いものを食べるの我慢してるって聞いてね。それってつらいじゃない? だから、いくら食べても太らないといいのにって……」
ティンカー・ベルは、景が開いたページをじっと凝視したのち、いきなり一本調子で喋り出した。
「――モデルのK.Mは、食べたもの吐いてるんだょ。ぁたし、吐きダコ見たもん。顔が可愛くないから、せめて痩せないとって感じかな。悲惨だょね☆」
「は? 『モデルのK.M』って、花憐ちゃんのこと? ていうか、なに? 急にどうしたの、ティンカー・ベル」
「携帯を貸せ」
景は戸惑いつつも、言われたとおり自分のスマートフォンを渡す。ティンカー・ベルはそれをそれを受け取ると、素早く操作し出した。
「ここだ」
返されたスマホを見てみれば、芸能人の噂を書き込むための匿名の掲示板が表示されていた。景はその中に、先ほどティンカー・ベルが唐突に言い出したのと同じ内容の書き込みを見つけた。
「もー! こんなの信じちゃダメ! 嘘を嘘と見抜ける人でないと、ネットを使うのは難しいんだからね!」
受け売りの説教をかましつつ、景は水谷 花憐の姿を思い浮かべた。
確かに細かったが……。いや、だが花憐は「甘いものを我慢している」と言っていた。実際彼女は三日とおかず「ファウスト」に来店してくれているが、スイーツ類を注文する頻度はさほど多くない。
「花憐ちゃんは吐くなんて、そんなことしてないよ! だって我慢してるもの。モデルとして、節制してるの!」
景は花憐を庇うが、ティンカー・ベルは聞いていない。
「うーむ。ここまで追い詰められるものなのか。体重なんて、食べることを少し我慢して、運動でもすれば、いくらでもコントロールできるだろうに」
「過食症」、「拒食症」などの摂食障害について検索し、リンクの先に書かれていることを読んで、悪魔は唸った。
「そんなことは、分かってるんだってば! それができないから、女の子は苦労してるんだよ!」
そう。太りたくないと思いつつ、食後のデザートを用意してしまう景も、苦労しているうちの一人である。
切って冷やしておいたキウイを、冷蔵庫へ取りに行く途中で、景は背中に人の気配を感じた。振り向くよりも早く、優しく壁に押しつけられる。
「わっ……! ちょ、ティンカー・ベル!?」
壁紙のザラザラした感触を頬で味わいながら、景は悪魔の名を呼んだ。
「魔法なんて使わずとも、今の体型を保つなんて簡単なことだ。例えば毎日、性的な絶頂に上り詰めて、カロリーを消費するというのはどうだ?」
耳元で囁くティンカー・ベルの手が、胸元へ潜んでくる。
またこのパターンかとうんざりしつつ、だが抵抗しない自分が、景は嫌になってきた。
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