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3.夢で逢えたら
6(完)
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「らっ、らめえええええええ!」
一度目よりも大きな声を上げて、景は飛び起きた。
「大丈夫か」
「うわあっ!?」
やはり今度もティンカー・ベルが近くに控えてくれている。しかし景は咄嗟に彼を、枕代わりの座布団で殴った。
「レイプ魔! 鬼畜! 変態寝取り悪魔!」
二度、三度。美しい顔をどれだけ手酷く殴打されようとも、ティンカー・ベルは微塵も表情を変えなかった。
「なぜ我は殴られているのか」
「……あっ!? ご、ごめん!」
ティンカー・ベルがぽつりと零したところで、ようやく景は正気に戻った。
先ほどのあれは夢だったのだ。
しかし、なんという……。なんという……。
「うっ、うううう~~~~~!」
照れくさいような腹が立つようなモヤモヤした気持ちを消すことができず、景は下げた枕にぼすぼすと拳を叩き込んだ。
「それで、どうだった? 家庭に入るのは、お前に合っていたか?」
乱れた前髪を整えているティンカー・ベルを、景は恨みがましい目つきで見詰めた。
「なんかちょっと……ダメみたい」
主婦になるのが嫌だとか不向きであるとか、そういう問題ではない。
――ティンカー・ベルがいるから……。
自分の気持ちがよく分からない。ティンカー・ベルが好きなのか、それほどでもないのか。
どちらにしろ、このようなはっきりしない状態でほかの男と結ばれたならば、絶対に未練が残る。いつかそれが家庭を壊すことに繋がるかもしれない。世にありがちなメロドラマのように。
「ふーむ、なるほど」
ティンカー・ベルはジャケットからメモを取り出すと、またサラサラとペンを走らせている。書き終わると、ペンのお尻の部分をこめかみに当てた。
「やはりしょっぱなから、結果は出ないか」
「ご、ごめんね……」
自分のせいで振り回して申し訳ない。景は肩をすぼめ、小さくなった。
「でもね、あの……。幸せになるのに必要なものが、私には色々足りてない気がする……」
悪魔の夢を見たおかげで分かったのは、人が幸せになるそのためには、幸運をしっかり受け取り、離さない能力も不可欠だということだ。
きっと今ぽんと幸福を与えられても、維持できるとは思えない。せっかくの悪魔からの贈り物を壊して、それでおしまいだ。
「まあ、それが分かっただけ、めっけものだ」
膝を抱えてしまった景に、ティンカー・ベルは鋭い牙を見せて笑った。
「なに、すぐに結論が出るとは思っていない。お前が自身の若さにこだわらないのであれば、別に急ぐ必要もないしな」
「若さ?」
「子供をたくさん生むとか、美を極めるとか。若いうちでなければ叶えられない幸せもあるだろう?」
景はうーんと首を捻った。
「そういうのはいいかなあ」
「ならば今回の夢を参考に、のんびり考えるとしよう。人間の幸せの数は、何百も何千もあるからな」
「うん……」
ということは、まだしばらくティンカー・ベルと一緒にいられるのだろうか。景はそれこそが、自分にとっての幸せなのではないかと思った。
結果は捗々しくなかったが、それでも薬を用意するなど、ティンカー・ベルは自分のために骨を折ってくれた。お礼におやつでもあげようか。台所へ行こうとしたところで、景はちゃぶ台の上にもう一本、「いい夢魅ろよ」の小瓶が残っていることに気づいた。
「あ、これ、まだあったんだ」
「ああ……」
景が小瓶を手に取ると、ティンカー・ベルは渋い顔になった。
「我が思いついた、もうひとつの幸福を煎じてもらったんだが……。やめておこう」
仕事で成功するでもなく、温かい家庭を築くでもない。ティンカー・ベルの考えた、もうひとつの幸福。
それはなんだろう。景は興味を持った。
「いいよ、飲むよ。どうせ二回も三回も同じだよ。この薬、美味しいし」
「……!」
コルクの蓋を開けると、景は躊躇なく小瓶の中身を飲んだ。目の前のティンカー・ベルは珍しく、焦ったような顔をしていた。
――家に帰ろう。
夕暮れの中、景は自転車を漕いでいる。
高校からの帰り道、見慣れた町並みを進む。
今日も部活で遅くなった。お腹がペコペコだ。
閑静な住宅街に入ると、ぼんやりと明かりの灯った自宅が近づいてくる。
「ただいまー!」
早くなにか食べたい。靴を脱ぐのももどかしかった。玄関を上がると、廊下をバタバタと走り、居間に入る。
「こら、お行儀悪い! 走らないの!」
キッチンから皿を運ぶ母に叱られてしまった。しかし母は呆れたように、すぐに笑う。
年齢より若く見えてオシャレな母は、景の自慢だった。
ダイニングテーブルには既に父と、そして――。
「おかえり、景」
七時のニュースを見ていた父がテレビから顔を上げ、景に声をかけた。
父は温厚で、子煩悩な人だった。景は父が怒っているところを、見たことがない。
「お父さん、お母さん、ただいま! おなか減った~!」
今夜はすき焼きらしい。鍋の準備は整っており、テーブルの上では野菜と肉がぐつぐつと煮られている。甘い割り下の香りが、食欲をそそった。
「美味しそう!」
景が空いている席に着くと、母は娘を窘めた。
「ダメよ、景」
ああ、そうか。手を洗ってこよう。いやその前に、制服を着替えなければ。
「あんたの席なんてないわよ」
ゾッとするほど冷たい声が降ってくる。
「え?」
見上げれば、母が恐ろしい顔で睨んでいた。
ああ、そうだ。こっちだ。これが私のお母さんだ。
「ほらっ! 早く部屋に行きなさいよ! 出てくるな!」
母親は景の腕を掴み、椅子から引っ張り上げようとした。娘を団欒の場から排除しようと必死である。
――でも、こんなにお腹が減っているのに、ひどい。
助けを求めようと父に目をやるが、父は一心にテレビ画面を見詰めたままだ。こちらの騒ぎに気づいていないわけがないのに、無関心を装っている。
そうです。これが私のお父さんです。
「ねえ、お母さん、早く食べようよ」
奥の席に座っている、誰かが言った。
「いいじゃん、お姉ちゃんも一緒で。みんなで食べたほうが美味しいよ」
昔から可愛い男の子だった。「天使のような」という表現がここまでぴったりくる少年を、景はほかに知らない。
色素の薄い、柔らかそうな髪。白い肌。
手足は華奢で、もしかしたら女の子よりも細いかもしれない。
大きな瞳に長いまつげ。形良く高い鼻。桃色の唇。
少女漫画によく出てくる、王子様キャラのようだ。
両親自慢の弟。
そして、景が世界一憎んでいる、弟。
「煌……」
煌(こう)はにっこり微笑んだ。
「おかえりなさい、お姉ちゃん」
なにか言おうとするのに、声が出ない。唇からは壊れた楽器のように、虚しい音が漏れるだけだ。
「ひ、あ、あああああああああ!」
景はテーブルの端を掴み、持ち上げた。乗っていた皿は滑り落ち、鍋もひっくり返って中身が床にぶち撒けられる。
母親は景を責め、父親は知らんぷりだ。煌は姉を見て、困ったように笑っている――。
瞼を開けると同時に、眦から涙がこぼれ落ちた。そのまま呆然と泣き続ける。
ティンカー・ベルが顔を覗き込み、頭を撫でてくれた。
「悪かった」
「……………………」
気が緩んだのか、景はしゃくり上げた。
「お前が自分に自信が持てず、周りに遠慮しながら生きているのは、家族に原因があるのかと思ったのだ。仲違いでもしているのかと。だから家に戻り、和解して、家族との関係を修正すれば、少しはお前自身に良い影響が出るのではと思ったのだが……」
「嫌だよ……。あそこには私の居場所なんてない。戻りたくない……」
「そうだな……。お前にとっては、触れられたくない過去だったのだろう。本当にすまない。無神経だった」
景は両手で目を覆った。
「ううん……。普通の家はあんなじゃないもの。分からなくて当然だよ。それに私が勝手に薬を飲んだんだから、ティンカー・ベルは悪くない……」
生まれて初めて呪い、憎み、死すら願った相手。
弟。――煌。
あの子さえいなければ、私は幸せだったはずだ。
こんなこと、考えてはいけないのに。
そうだきっと、こんなことを考えているから、私は誰からも愛されないのだ。
――消えてしまいたい。
「でもやっぱり、夢は夢だなあ。晩ご飯ぐちゃぐちゃにして、食べものを粗末にしちゃった。現実だったら絶対、あんなことしないよ~」
濡れた目元を拭って、景は無理に笑った。そのあとすぐ、欠伸を漏らす。
「あれ、なんか眠い……」
「ハードな夢を三連続で見たせいだろう。布団を敷いてやるから、ちょっと待て」
「いっぱい寝たはずなのに、変なのー」
ティンカー・ベルはてきぱきと布団を敷くと、景を抱き上げて運んでやった。
「ありがとう」
「うむ」
頷くと同時にティンカー・ベルの体は縮み、すっかりお馴染みの、ぬいぐるみのようなクマの姿になった。
「今日はお前に無理をさせたからな。特別に、プリティな我を抱っこして、眠ることを許そう」
「すごい自信だなあ……」
やっとの思いで景が横たわると、青いクマがもぞもぞと布団の中に入り込んでくる。ティンカー・ベルは手のひらの柔らかい肉球で、景の頬をぴたぴたと触った。
「さあ、モフ寝を堪能するがいい」
「うっ……」
悔しいが、可愛いということは、絶対的な正義なのだ。
「もうっ!」
景はクマを力いっぱい抱き締めた。景の胸に収まったティンカー・ベルは、両頬に当たる柔らかい膨らみを遠慮なく揉んだ。
「うーん、これはこれは……。我もモフ寝を楽しむか」
「ぎゃっ、ちょっ、やだ! くすぐったい! あははははは!」
じたばたと、一人と一匹は暴れる。やがて静かになると、悪魔と人間の健やかな寝息が、アパートの一室に響くのだった。
~ 終 ~
一度目よりも大きな声を上げて、景は飛び起きた。
「大丈夫か」
「うわあっ!?」
やはり今度もティンカー・ベルが近くに控えてくれている。しかし景は咄嗟に彼を、枕代わりの座布団で殴った。
「レイプ魔! 鬼畜! 変態寝取り悪魔!」
二度、三度。美しい顔をどれだけ手酷く殴打されようとも、ティンカー・ベルは微塵も表情を変えなかった。
「なぜ我は殴られているのか」
「……あっ!? ご、ごめん!」
ティンカー・ベルがぽつりと零したところで、ようやく景は正気に戻った。
先ほどのあれは夢だったのだ。
しかし、なんという……。なんという……。
「うっ、うううう~~~~~!」
照れくさいような腹が立つようなモヤモヤした気持ちを消すことができず、景は下げた枕にぼすぼすと拳を叩き込んだ。
「それで、どうだった? 家庭に入るのは、お前に合っていたか?」
乱れた前髪を整えているティンカー・ベルを、景は恨みがましい目つきで見詰めた。
「なんかちょっと……ダメみたい」
主婦になるのが嫌だとか不向きであるとか、そういう問題ではない。
――ティンカー・ベルがいるから……。
自分の気持ちがよく分からない。ティンカー・ベルが好きなのか、それほどでもないのか。
どちらにしろ、このようなはっきりしない状態でほかの男と結ばれたならば、絶対に未練が残る。いつかそれが家庭を壊すことに繋がるかもしれない。世にありがちなメロドラマのように。
「ふーむ、なるほど」
ティンカー・ベルはジャケットからメモを取り出すと、またサラサラとペンを走らせている。書き終わると、ペンのお尻の部分をこめかみに当てた。
「やはりしょっぱなから、結果は出ないか」
「ご、ごめんね……」
自分のせいで振り回して申し訳ない。景は肩をすぼめ、小さくなった。
「でもね、あの……。幸せになるのに必要なものが、私には色々足りてない気がする……」
悪魔の夢を見たおかげで分かったのは、人が幸せになるそのためには、幸運をしっかり受け取り、離さない能力も不可欠だということだ。
きっと今ぽんと幸福を与えられても、維持できるとは思えない。せっかくの悪魔からの贈り物を壊して、それでおしまいだ。
「まあ、それが分かっただけ、めっけものだ」
膝を抱えてしまった景に、ティンカー・ベルは鋭い牙を見せて笑った。
「なに、すぐに結論が出るとは思っていない。お前が自身の若さにこだわらないのであれば、別に急ぐ必要もないしな」
「若さ?」
「子供をたくさん生むとか、美を極めるとか。若いうちでなければ叶えられない幸せもあるだろう?」
景はうーんと首を捻った。
「そういうのはいいかなあ」
「ならば今回の夢を参考に、のんびり考えるとしよう。人間の幸せの数は、何百も何千もあるからな」
「うん……」
ということは、まだしばらくティンカー・ベルと一緒にいられるのだろうか。景はそれこそが、自分にとっての幸せなのではないかと思った。
結果は捗々しくなかったが、それでも薬を用意するなど、ティンカー・ベルは自分のために骨を折ってくれた。お礼におやつでもあげようか。台所へ行こうとしたところで、景はちゃぶ台の上にもう一本、「いい夢魅ろよ」の小瓶が残っていることに気づいた。
「あ、これ、まだあったんだ」
「ああ……」
景が小瓶を手に取ると、ティンカー・ベルは渋い顔になった。
「我が思いついた、もうひとつの幸福を煎じてもらったんだが……。やめておこう」
仕事で成功するでもなく、温かい家庭を築くでもない。ティンカー・ベルの考えた、もうひとつの幸福。
それはなんだろう。景は興味を持った。
「いいよ、飲むよ。どうせ二回も三回も同じだよ。この薬、美味しいし」
「……!」
コルクの蓋を開けると、景は躊躇なく小瓶の中身を飲んだ。目の前のティンカー・ベルは珍しく、焦ったような顔をしていた。
――家に帰ろう。
夕暮れの中、景は自転車を漕いでいる。
高校からの帰り道、見慣れた町並みを進む。
今日も部活で遅くなった。お腹がペコペコだ。
閑静な住宅街に入ると、ぼんやりと明かりの灯った自宅が近づいてくる。
「ただいまー!」
早くなにか食べたい。靴を脱ぐのももどかしかった。玄関を上がると、廊下をバタバタと走り、居間に入る。
「こら、お行儀悪い! 走らないの!」
キッチンから皿を運ぶ母に叱られてしまった。しかし母は呆れたように、すぐに笑う。
年齢より若く見えてオシャレな母は、景の自慢だった。
ダイニングテーブルには既に父と、そして――。
「おかえり、景」
七時のニュースを見ていた父がテレビから顔を上げ、景に声をかけた。
父は温厚で、子煩悩な人だった。景は父が怒っているところを、見たことがない。
「お父さん、お母さん、ただいま! おなか減った~!」
今夜はすき焼きらしい。鍋の準備は整っており、テーブルの上では野菜と肉がぐつぐつと煮られている。甘い割り下の香りが、食欲をそそった。
「美味しそう!」
景が空いている席に着くと、母は娘を窘めた。
「ダメよ、景」
ああ、そうか。手を洗ってこよう。いやその前に、制服を着替えなければ。
「あんたの席なんてないわよ」
ゾッとするほど冷たい声が降ってくる。
「え?」
見上げれば、母が恐ろしい顔で睨んでいた。
ああ、そうだ。こっちだ。これが私のお母さんだ。
「ほらっ! 早く部屋に行きなさいよ! 出てくるな!」
母親は景の腕を掴み、椅子から引っ張り上げようとした。娘を団欒の場から排除しようと必死である。
――でも、こんなにお腹が減っているのに、ひどい。
助けを求めようと父に目をやるが、父は一心にテレビ画面を見詰めたままだ。こちらの騒ぎに気づいていないわけがないのに、無関心を装っている。
そうです。これが私のお父さんです。
「ねえ、お母さん、早く食べようよ」
奥の席に座っている、誰かが言った。
「いいじゃん、お姉ちゃんも一緒で。みんなで食べたほうが美味しいよ」
昔から可愛い男の子だった。「天使のような」という表現がここまでぴったりくる少年を、景はほかに知らない。
色素の薄い、柔らかそうな髪。白い肌。
手足は華奢で、もしかしたら女の子よりも細いかもしれない。
大きな瞳に長いまつげ。形良く高い鼻。桃色の唇。
少女漫画によく出てくる、王子様キャラのようだ。
両親自慢の弟。
そして、景が世界一憎んでいる、弟。
「煌……」
煌(こう)はにっこり微笑んだ。
「おかえりなさい、お姉ちゃん」
なにか言おうとするのに、声が出ない。唇からは壊れた楽器のように、虚しい音が漏れるだけだ。
「ひ、あ、あああああああああ!」
景はテーブルの端を掴み、持ち上げた。乗っていた皿は滑り落ち、鍋もひっくり返って中身が床にぶち撒けられる。
母親は景を責め、父親は知らんぷりだ。煌は姉を見て、困ったように笑っている――。
瞼を開けると同時に、眦から涙がこぼれ落ちた。そのまま呆然と泣き続ける。
ティンカー・ベルが顔を覗き込み、頭を撫でてくれた。
「悪かった」
「……………………」
気が緩んだのか、景はしゃくり上げた。
「お前が自分に自信が持てず、周りに遠慮しながら生きているのは、家族に原因があるのかと思ったのだ。仲違いでもしているのかと。だから家に戻り、和解して、家族との関係を修正すれば、少しはお前自身に良い影響が出るのではと思ったのだが……」
「嫌だよ……。あそこには私の居場所なんてない。戻りたくない……」
「そうだな……。お前にとっては、触れられたくない過去だったのだろう。本当にすまない。無神経だった」
景は両手で目を覆った。
「ううん……。普通の家はあんなじゃないもの。分からなくて当然だよ。それに私が勝手に薬を飲んだんだから、ティンカー・ベルは悪くない……」
生まれて初めて呪い、憎み、死すら願った相手。
弟。――煌。
あの子さえいなければ、私は幸せだったはずだ。
こんなこと、考えてはいけないのに。
そうだきっと、こんなことを考えているから、私は誰からも愛されないのだ。
――消えてしまいたい。
「でもやっぱり、夢は夢だなあ。晩ご飯ぐちゃぐちゃにして、食べものを粗末にしちゃった。現実だったら絶対、あんなことしないよ~」
濡れた目元を拭って、景は無理に笑った。そのあとすぐ、欠伸を漏らす。
「あれ、なんか眠い……」
「ハードな夢を三連続で見たせいだろう。布団を敷いてやるから、ちょっと待て」
「いっぱい寝たはずなのに、変なのー」
ティンカー・ベルはてきぱきと布団を敷くと、景を抱き上げて運んでやった。
「ありがとう」
「うむ」
頷くと同時にティンカー・ベルの体は縮み、すっかりお馴染みの、ぬいぐるみのようなクマの姿になった。
「今日はお前に無理をさせたからな。特別に、プリティな我を抱っこして、眠ることを許そう」
「すごい自信だなあ……」
やっとの思いで景が横たわると、青いクマがもぞもぞと布団の中に入り込んでくる。ティンカー・ベルは手のひらの柔らかい肉球で、景の頬をぴたぴたと触った。
「さあ、モフ寝を堪能するがいい」
「うっ……」
悔しいが、可愛いということは、絶対的な正義なのだ。
「もうっ!」
景はクマを力いっぱい抱き締めた。景の胸に収まったティンカー・ベルは、両頬に当たる柔らかい膨らみを遠慮なく揉んだ。
「うーん、これはこれは……。我もモフ寝を楽しむか」
「ぎゃっ、ちょっ、やだ! くすぐったい! あははははは!」
じたばたと、一人と一匹は暴れる。やがて静かになると、悪魔と人間の健やかな寝息が、アパートの一室に響くのだった。
~ 終 ~
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