その女、悪魔憑きにつき

犬噛 クロ

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4.私を食べて

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 あくる日、ベルゼブブはまたもやカフェ「ファウスト」にやってきた。
 連日通ってくれるほど、そこまでこの店が気に入ってくれたのだろうか。嬉しくなった景は、いつにも増してにこやかに接客した。

「いらっしゃいませ! 店内でお召し上がりですか?」
「持ち帰りで。ほうじ茶ラテ、オールミルク」
「かしこまりました。少々お待ちください」

 注文の品を受け取ると、ベルゼブブは代金と一緒に小瓶を差し出した。ガラス製で、試験管のような形で、コルクの蓋がしてあって――。景はその瓶に見覚えがあった。

「これ……!」
「なんだ、知ってるのか。なら、話が早い。この瓶の中には、ティンカー・ベルの過去を、夢として追体験できる薬が入ってる」
「過去? 追体験……?」

 話の内容が理解できず、景はきょとんとなる。ベルゼブブは不敵に笑った。

「お前、知りたくないか? ティンカー・ベルの過去に、なにがあったのか。あいつは人を喰ったとかほざいたんだろ? それが本当かどうか――」
「知りたい!」

 景は即答する。つい大きな声を出してしまって、慌てて辺りを見回すが、気にしている客も店員もいないようだ。
 ベルゼブブは満足そうに頷いた。

「よし。とはいえティンカー・ベルは、自分自身に防御魔法を掛けている。いかなる情報も漏れないようにな。並の術者じゃ突破できないが、お前ならやれるかもしんねえ」
「わ、私にそんなことできるかな……」
「むしろ、お前以外にはできねーだろ」
「いやいや……」

 ただのフリーターが悪魔の魔法を破るなんてできるとは思えないが、それでも景は挑戦してみたかった。
 確かめたいのだ。
 ティンカー・ベルが本当に人間を食べるような、血に飢えた獣なのかどうか。
 景は小瓶をぎゅっと握り締めた。

「ありがとう、頑張ってみる……! でもベルたん、なんでこんなに親切にしてくれるの?」
「ふふん。ティンカー・ベルがお前にかけた魔法を、打ち破ってやりたくてな。奴に吠え面かかせてやりてえ。今度こそ、俺が勝つ!」

 ベルゼブブは高笑いしながら、テイクアウトしたほうじ茶ラテを掴み、店を出て行った。

「私にかかった魔法……?」

 詳細は不明だが、景を助けることで、ベルゼブブにもメリットがあるようだ。




 その夜、布団の上に座り、景は迷っていた。
 お風呂には入ったし、パジャマ代わりのスウェットにもしっかり着替えた。あとは眠るだけなのだが。
 ベルゼブブからもらった薬を飲むかどうか。ここにきて、怖気づいてしまった。
 ベルゼブブのことは信頼できるし、悪魔の薬が効き目抜群なことも身を持って経験している。ティンカー・ベルの過去だって、なんとしても知りたい。
 しかし――単純に怖いのだ。

 ――グロ映像を見る羽目になったらどうしよう……。

 ティンカー・ベルが語った話が真実ならば、食人行為……カニバリズム……骨や皮をバリバリモグモグ……血まみれの臓物をぐちゃぐちゃぬちゃぬちゃ……。

「うっ、ううううう……」

 想像しただけで身の毛がよだち、吐き気がこみ上げてくる。
 景は本来、オカルトやホラーが苦手なのだ。その手の映画を見れば絶対に泣いてしまうし、ゲームだったらそこらの実況動画以上のリアクションを取れること間違いなしで、もしかしたら人気You Tuberの仲間入りができるかもしれない。
 しかし。

 ――ティンカー・ベルのことを、ちゃんと知りたい……!

 景は深呼吸をして心を落ち着けると、ベルゼブブから渡された小瓶の蓋を取り、一気にコバルトブルーの中身を飲んだ。
 懐かしい味がした。かき氷の、ブルーハワイだ。

 ――夜店に行くと、いつも食べたなあ……。

 昔を思い出しているうちに、景はバタリと倒れ、眠ってしまった。




 気がつけば、景は群青の中を彷徨っていた。足元も周囲も一面真っ青だ。まるで魚のいない水族館を、歩いているようだった。

「ここ、どこ……?」

 なぜか足は勝手に動く。あてもなく進むと、半透明の、周囲と同じ青色の壁に突き当たった。触れてみれば手のひらが柔らかく沈むが、どれだけ力を込めて押しても、向こう側へ突き抜けることはない。
 つまり行き止まりだ。仕方なく来た道を戻ろうとしたとき、天井から声が降ってきた。

「ぱすわーどをどーぞ」

 舌っ足らずの、幼い少女の声だ。
 どこかで聞いたことがある声のような――。景が記憶を探っていると、声はまた同じ台詞を繰り返した。

「ぱすわーどをどーぞ」
「パスワード?」

 そんなものは知らない。景は困ってしまった。

「あれ? パスワード忘れちゃった? じゃあ、ティンカー・ベルの真なる名を言って?」

「ティンカー・ベル」。ということはここは、あの悪魔に関係のあるところなのだ。悪魔の薬は、無事効いたらしい。
 しかし、「真なる名」とは――。

「ティンカー・ベルはティンカー・ベルじゃないの?」
「あれれえ? それも知らないの? うーん、じゃあしょうがない。秘密の質問いってみようか。えっとねー。ティンカー・ベルの好きな、パンケーキのトッピングはなんでしょう?」

 簡単だ。景は自信満々で答えた。

「最近はミックスベリーをたっぷり乗っけて、クリームチーズのソースをかけるのがお気に入りのはず!」
「ぴんぽーん。本人確認完了したよ。今、シールドを解除するからね!」

 セキュリティが厳しいのか、ゆるいのか、よく分からない……。
 しばらくすると声が言ったとおり、景の行く手を阻んでいた青い壁は、空気に溶けるように消えてしまった。

「じゃあ、いってらっしゃい。うふふ」
「は、はい」

 壁のあった場所を越えて進むと、数メートル先の空間に真っ黒な穴が空いているのが見えた。なんでこんなところに?と不思議に思った瞬間、景は物凄い力で引っ張られた。

「えっ!? ぎゃ、ぎゃああああああ!」

 足を踏ん張るが、掴まるものもなにもなくては到底太刀打ちできず、景はあっさり穴へ吸い込まれてしまった。

「も、もうダメ……!」

 視界が暗闇に閉ざされ、諦めかけたその直後、景はぽんとどこかへ放り出された。

「いったたた……」

 背中をしこたま打ったが、なんとか起き上がる。下が柔らかい草むらだったおかげで、ケガはしていないようだ。

「ん……?」

 景は、天を衝くほどの巨木が一本だけ生えた、緑地にいた。しかし瑞々しい草花が生えているのは景のいるわずかな周辺だけで、すぐ先には生きものの気配が微塵も感じられない荒野が広がっていた。
 見上げれば、空は厚い雲に覆われている。今が昼だか夜だかも分からなかった。
 なんとも奇妙な土地だ。
 景が戸惑っていると、背後の大木が突然わさわさと揺れ出した。

「きゃっ!?」

 そこで、景の意識はこつ然と消失した。
 景は景でなくなり、その代わり、別の誰かと同化する。
 そう、魔界樹の根元から生まれ出たばかりの、一匹の悪魔と――。

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