【完結済】金のウサギと銀のメガネ

犬噛 クロ

文字の大きさ
3 / 27
1.最初が肝心

3.

しおりを挟む
 生意気なこの娼婦には、言いたいことがたくさんあったはずだ。が、すっかり全部忘れてしまった。

「……せめて、名前で呼んでくれ」
「分かったわ、ギュンター」
「……っ」

 美貌の女性に気安くファーストネームで呼ばれて、ギュンターの背筋にはゾクゾクと電流のような何かが流れた。それが「喜び」なのだと気づいたときには、抱き締められていた。

「ふっ、ん……!」
「ふふっ。あなたの唇、厚いのね。男らしくて素敵……」

 啄むような、くすぐったい口づけののち、舌同士を絡め合う。女の舌と唾液の美味に夢中になっているうちに、ギュンターの性器は再び熱く、張り詰めていった。
 頃合いとばかりに、フロレンツィアは下着を脱いだ。

「……!」

 豊かな乳房、くびれたウエスト。肌は白く、光り輝いている。
 ギュンターは息を飲み、その目はフロレンツィアに釘づけになった。
 一糸まとわぬ彼女は、完璧な美、そのものだ。世界中の芸術家たちを集めたって、女神のようなその姿は、絵画にも彫像にも再現できないだろう。
 男からの称賛には慣れっことばかりにフロレンツィアは薄く笑うと、ギュンターを寝そべらせた。胴を跨ぎ、後ろ手で隆起したペニスを掴む。

「今日はこのままで致しますが、奥様を娶るまでは必ず避妊なさってくださいね。いらぬ面倒を呼び込まないために。あなた自身と、そしておうちのために、絶対ですよ」

 急に教師のような口調で諭すのがおかしい。だがそれを笑う余裕は、ギュンターにはなかった。

 ――そんなことはいいから、早く、早く……!

 自分はすっかり理性を失いかけているのに、自分の上に君臨する女はどこまでも冷静で、それだけが悔しかった。

「あ、あ……! フロ……!」
「フロレンツィアよ、ギュンター。私の名は、フロレンツィア」
「フロレンツィア……!」

 わずかな恐れと、それ以上の期待で、ギュンターの茶色の瞳は揺れる。
 フロレンツィアは微笑むと、ゆっくり腰を下ろしていった。

「いい子ね、ギュンター」
「……っ!」

 初めて侵入する女の内側は熱く、溶けてしまいそうだ。
 自分を柔らかく迎え入れてくれた肉壁は、フロレンツィアが腰をくねらすたび、きゅうきゅうとリズミカルに締めつけてくる。

「あっ、ああっ! くっ……!」

 つい声が漏れてしまう。唇を噛んで耐えるギュンターの耳元に、フロレンツィアは囁いた。

「声、出していいのよ。我慢しないで」
「い、やだ……! 男のくせ、に……!」
「ううん。素直になってくれたほうが嬉しい。私は素直な子が、好きなの……」
「……っ」

 ――もう恥ずかしいところは、散々見せてしまったし。

 開き直ったギュンターは、フロレンツィアの言葉に甘えて喘いだ。

「あっ、ああっ、気持ちい……! 気持ちいい、フロレンツィア……!」
「ふふ、とっても可愛いわ、ギュンター」

 ――可愛いなんて、初めて言われた。

 女のように声を出し、身を捩るたび、心が軽くなっていく気がする。
 フロレンツィアは緩やかな腰の動きを止めず、ギュンターに覆い被さりながら、口づけを与えた。男の舌を吸い出し、甘く噛む。

「ふ、ふぁ、ん……! フロ、レンツィアあ……っ!」
「あら……」

 上と下で深く繋がる感覚に感じ入り過ぎたのか、フロレンツィアの器の中で、ギュンターの陰茎のこわばりは解けてしまった。

「うそだ……こんな……!」

 解放の悦びに打ち震えながら、ギュンターは愕然としていた。

 ――こんなにも辛抱することができないなんて。

 自分は早漏というやつなのか。青年の嘆きを敏感に感じ取り、フロレンツィアは首を横に振った。

「私にかかれば、みんなこんなものよ。売れっ子の名はダテじゃないの」

 励ますためか、おどけた口調でそう言うと、フロレンツィアは結合を解き、ギュンターの隣に寝転んだ。

「それに私は、長くもてばいいとは思わないわ。疲れるだけよ」
「……じゃあ、どうしたらいい? あなたが男に求めるのは、どんなことなんだ?」

 ギュンターは横に来たフロレンツィアに身を寄せ、胸に顔を埋めた。
 本当なら体勢が逆だろう。ギュンターだって、ベッドを共にした相手を抱き締めるのは、男の役目だと思っていた。
 だが今は、無性に彼女に甘えたい……。

「そうねえ……。たくさんあるから、聞かないほうがいいと思うわ。かえって迷っちゃうでしょ」
「たくさんあるのか……」
「ふふ。相手が何を欲しがっているのかひとつひとつ暴くのも、セックスの楽しみですわよ、ギュンター様」
「……あなたに様づけされるのは、嫌だ」

 駄々をこねるようにまとわりついてきたギュンターの頭を、フロレンツィアは慣れた手つきで抱え込んだ。
 ギュンターの目の前には、さっきまで自分の上で揺れていた、魅惑的な膨らみがある。――本当はずっと触れたくて仕方がなかった。柔らかなそのさわり心地を確かめるように揉みしだき、頂点に口づける。ちゅうちゅうと音を立てて吸うと、固くなった頂きに舌を巻きつける。
 フロレンツィアは嫌がることなく、ギュンターのしたいようにさせてくれた。

「いけない赤ちゃんね……」

 声が、わずかに掠れている。感じてくれているのだろうか。
 もう二回射精しているから、肉欲には一区切りついている。
 今度は、フロレンツィアが淫らに溺れるところが見たい。自分の手で、彼女を絶頂に導いてみたい。
 手入れの行き届いたつるつるした娼婦の股間に、恐る恐る触れると、ぬかるみに行き当たった。たどたどしく周囲を探りながら、自分を飲み込んだ入り口を探す。薄い花弁を開き、ようやく目的の窪みに辿り着くと、指を挿し入れた。

「あん……」
「……!」

 フロレンツィアが漏らした艶がかった息遣いを聞いて、ギュンターはたまらない気持ちになった。

「さすが、デマンティウス家の次期ご当主。覚えが早いのね……」

 三度(みたび)頭をもたげ始めたペニスに、フロレンツィアも指を絡め、撫でる。互いの性器をさわり合っているうちに、ギュンターはまた吐精したくなってきた。

「今度はあなたが動いてみる?」
「あ、ああ!」

 魅惑的な誘いに、ギュンターは一も二もなく頷いた。
 美しい女を組み伏せ、普段だったら絶対に拝めないようないやらしいところを眺め回し、自身を埋め込む。
 そこまでで、ギュンターは妙な達成感を覚えていた。
 越えなければならないハードルをようやく越えたような、そんな心持ちである。

「そう、そのまま……」

 リードされたその先に、ギュンター進んだ。
 ほんのわずか力を入れただけで、フロレンツィアは男の剛直を受け入れてくれた。
 彼女の膣は雄を簡単に飲んでしまうくせに、入れたら最後、なかなか離してくれず。ペニスを囲うその壁は、別の生き物のようにうぞうぞと動くのだ。――これでは、ひとたまりもない。

「いいのよ、イキたいときにイッて?」

 思う存分精液をぶち撒けたい欲望と必死に戦いながら、ギュンターは首を振った。

「あ、あなたも……気持ちいい、か……?」

 それだけが、気がかりだった。

「………………」

 フロレンツィアは一瞬だけ真顔に戻り、ギュンターを見上げた。

 「ええ、とっても……。上手よ、ギュンター」

 それが本心からの答えかどうかは、経験の乏しいギュンターには判断がつかない。それでもホッと安堵する。
 フロレンツィアはそんな青年の顔を抱き寄せ、後ろ頭を撫でた。

「あなた、とっても優しいのね。男の人はそれが一番。大好きよ、ギュンター……」

 こんな風に頭を撫でられたのは、何年ぶりだったろう。
 ギュンターは、なぜか泣きたくなった。涙を堪えるために、愛しい人の名を繰り返し呼ぶ。

「フロレンツィア! フロレンツィア……!」
「可愛くて優しい、私のギュンター……」

 ――男にとって必要なのは、何か。

「強くなければ」と思っていたその価値観を、たった一晩で、しかも娼婦ごときに打ち砕かれてしまった。
 だがそれはギュンターにとって、不快な出来事ではなかった。
 勇気を出して変わっていけば、きっと愛してくれる人がいると、信じることができる。

「ああ……! すごく……っ! 気持ちいい……っ! フロレンツィア……!」

 フロレンツィアの最奥に至り、今度こそ一滴残らず注ぐ。全身が歓喜に震え、ゆるゆると痙攣していた。
 ギュンターが抱いていた未来への不安は、つまり孤独への恐れだ。
 今それは綺麗さっぱり消え失せ、彼は温かな充足感に包まれていた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

銀の騎士は異世界メイドがお気に入り

上原緒弥
恋愛
突然異世界にトリップしてしまった香穂。王城でメイドとして働きながら、元の世界に帰る方法を探していたある日、令嬢たちに大人気の騎士団長、カイルに出会う。異世界人である自分がカイルと結ばれるなんてありえない。それはわかっているのに、香穂はカイルに惹かれる心を止められない。そのうえ、彼女はカイルに最愛の婚約者がいることを知ってしまった! どうにか、彼への想いを封印しようとする香穂だが、なぜか、カイルに迫られてしまい――!?

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。 俺と結婚、しよ?」 兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。 昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。 それから猪狩の猛追撃が!? 相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。 でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。 そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。 愛川雛乃 あいかわひなの 26 ごく普通の地方銀行員 某着せ替え人形のような見た目で可愛い おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み 真面目で努力家なのに、 なぜかよくない噂を立てられる苦労人 × 岡藤猪狩 おかふじいかり 36 警察官でSIT所属のエリート 泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長 でも、雛乃には……?

処理中です...