3 / 3
後編
しおりを挟む
一番安い部屋は、狭いし論外。しかしだからといって高いところも、プールやらピアノやら、別に今いらなくない?ってものばかり置いてあるみたいだし、結局真ん中のお値段の部屋を取った。
価格どおりのありきたりな調度品とベッドの間で、俺たちは言葉も交わさず、立ったままでいる。
二人きりで会うようになってから、もう二ヶ月。こういう関係になるのは、早い? 遅い? 大人なんだから、相応だろうか。
「あの……」
なんと言ったらいいか分からず、俺は文華さんと向き合った。
しかし、ここからは俺のターンだ。そうしなければ。
でも最後にこういうことをしたのは、いつだったか。前の彼女とのあれは、もう五年も昔のことだし。
やり方、覚えてる? ちゃんと腰、振れる?
冷や汗をダラダラ流す俺を見て、なにか勘違いしたのか、文華さんの大きな目が悲しそうに揺れた。
「き、嫌いにならないで……ください。私、あなたに嫌われてしまったら、どうしたらいいか……」
今にも泣きそうな顔で、文華さんは懇願した。
「き、嫌いになんか……!」
「いつもこんなことをしているなんて、どうか思わないで……。こんな気持ちになったのは、あなたが初めてなんです……」
それは光栄なことだけど……。
確かに文華さんは、男ときたら誰彼構わず咥え込むような、肉食系ではない。それは二ヶ月間のつき合いで、よく分かっている。
彼女は常識的で奥ゆかしい女性だ。
だから余計に理解できない。なぜ、俺なの?
俺の疑問を悟ったのか、文華さんは告白する。
「花山さんには、私がお願いしたんです。あなたを紹介して欲しいって。仕事であなたの会社の社員食堂を訪れた際に、お見かけして……。一目惚れでした……」
「えっ!? でもお会いするようになってから初めの頃、しょっちゅう俺のこと、睨んでましたよね!?」
「き、緊張してしまって……。私、小心者だから……。それに、睨んでいたのではなく……」
繰り返しになるが、俺は全然モテない。顔もふつーだし、収入もふつーだし、どこにでもいるふつーのおっさんだ。
だから、なんで? なぜ、俺なの?
そうだ、俺は――はっきり言って、自分に自信がない。
――俺が女だったら、決して俺みたいなのは選ばない。
「あなたはどうして、俺なんかを……」
「それは……」
ようやく解を得るときがきた。
文華さんが俺に腕を伸ばす。細い指先が俺の胸に触れ、そのまま手のひらが置かれた。すーっと弱々しく彼女の手に上半身を擦られ、くすぐったかった俺は、つい声を漏らしてしまう。
「あっ……」
「――あなたを、睨んでいたのではありません。ただ、愛しくて……」
文華さんは俺から手を離さない。大胸筋の上部、下部を摩り、腹直筋をなぞり、外腹斜筋を撫でた。どこか思い詰めたような様子で、彼女は俺を優しく嬲る。
「あっ、ああ……! そこは……!」
「あなたの、この――体。たくましい、筋肉に覆われた、この肉体を……。あなたの体が、私……欲しい」
言い終えたあと、弾かれたように文華さんは手を引いた。
「ふ、文華さん。つまり、それは……!」
つまり、筋骨隆々の俺のドスケベボディに目がくらんだ、と。文華さんは、そう言ったのか。
――このときの俺の気持ちを、表現するのは難しい。
俺は金縛りにあったように、動けなかった。それなのに足元から、なにか熱いものがこみ上げてくる。
「感動」。その波に、俺は身を任せた。
「ごめんなさい、私……っ! こんなの、変ですよね。はしたないですよね!」
「……!」
言葉なんて、まどろっこしい。
俺はジャケットを脱ぎ、シャツのボタンを外した。ジーンズを脱ぎ捨て、パンツ一丁になる。そして堂々と仁王立ちになった。
「好きなだけ、触ってください!」
「えっ……」
「さあ! さあ!」
俺のこの体は、俺自身が丹精込めて育てたもの。――唯一、自慢できるもの。
戸惑っている文華さんの前で俺は横を向き、上半身を捩って、左の手首を右の手で掴んだ。もう覚えてくれただろうか、これが「サイド・チェスト」である。
「さあ! あなたの想うがまま! さあ! さあ!」
「ああ……! でもまずは……! その美しいお体を、とくと鑑賞させてください……!」
俺は頷くと、次々とポーズをキメた。
「フロント・ラット・スプレッド」、「アブドミナル・アンド・サイ」、「モスト・マスキュラー」……。
そんな俺を見詰める文華さんの瞳はキラキラと、あるいはギラギラと輝き、憧れと劣情が入り混じった複雑さで俺を犯した。
「文華さん!」
ひととおりの演技を終えると、俺は息を切らしながら文華さんを抱き締め、そのままベッドへ押し倒した。
文華さんは抵抗しなかった。それどころか、自ら俺の背中に腕を回し、抱きついてくる。
「ずっと夢見ていたの。強い男性に――雄に、めちゃくちゃにされることを。私を抱き潰して……! 乱暴に、して!」
艶かしく喘ぎながら、彼女は俺の体の輪郭や厚みを確かめるように、わさわさと手を動かした。
――このあとは、ご想像にお任せします。
ただ、誓って言う。激しくはしたが、乱暴にはしていない。
「体目当て」と、人は蔑むかもしれない。
しかしフェチズム、これもある意味、純粋な愛だ。
文華さんは、顔や頭や性格や稼ぎが良いわけでもない俺を――というか俺の筋肉を、ただ一途に欲してくれた。
彼女は確かにほんの少しおかしいが、俺にとっては理想の女性だ。
そう、俺は――。
自分で思った以上に歪み、こじらせていたのだろう。
さて、こうして正式に結ばれた俺と文華さんは、遊んで食べてやることやって――という日々を繰り返した。
数ヶ月後、文華さんは幸せそうに微笑みながら、俺に告げた。
「赤ちゃんができたみたいです」
そりゃそーだ。思うまま、愛し合ったのだから。
俺は文華さんの手を取り、プロポーズした。彼女も快く受け入れてくれた。
結婚の報告をすると、お互いの親族はびっくりしていたが、喜んでくれたようだ。特に俺の親ときたら、浮かれに浮かれ、お祭り騒ぎになった。
しかし上月家のラスボスたる、姉の都は――。
「なにやってんの!」
結婚式の打ち合わせのために実家に帰ったある日、俺は姉にポカリとげんこつをもらった。
「まったくもう! 子作りするなら、ちゃんと万事整えてからにしなさいよ! お嫁さんだって、不安だったはずだよ!」
「はい、すみません……」
都の言うことはそのとおりなので、俺は素直に反省した。
ついつい劣情に溺れ、だらしないつき合い方をしてしまった。が、言い訳するつもりはないが、とっくに覚悟は決まっていたのだ。
文華さんを逃したら、俺の前にはもうあんな奇特な趣味、かつ正直な女性は現れないだろう。俺は彼女を、心から愛している。
怖い顔をしていた都は、しかしすぐやれやれと表情を和らげた。
「文華さん、すっごくいい子なんだってね? 早く会いたいな~! やっとうちの子にも、イトコができるのかあ! 楽しみ!」
姉も本心では喜んでくれているらしい。俺は安堵した。
姉には小さい頃から世話になったし、やっぱり祝福してもらいたい。
憑き物が落ちたような気になった俺は、今まで聞きたくても聞けなかったことを聞いてみた。
「姉ちゃんさ、なんであの旦那と、ヨータと結婚したの? 決め手はやっぱり経済力?」
「んー? 稼ぎがいいとかってのは、割とどーでもいいのよ。いざってなりゃ、私が働きゃいいからね。まあうちの旦那は、犬みたいで可愛いかったし。あと、大事なのは、相性だよね」
「なるほど……」
これまたふわふわした回答だ。
いるよねー、「お金目当てじゃないの、もっと大事なことがあるの」って、そういうイイ話っぽくまとめようとする女。
俺は納得したフリをしつつも、不満だった。
しかし姉のそれは、軽いジャブだったのだ。そのあと、激烈ストレートが待っていた。
「あんたもね、セックスの問題は大事だよ。大丈夫だった?」
「えっ、相性ってそっちの!?」
都はこっくり頷いた。
「うちの子が全員一発ずつでできたと思ってるの? 子供が欲しけりゃ、何回も何回もするんだよ? 苦痛だったらやれんでしょ。ま、そっちの相性がいいのを、愛って呼ぶ人もいるわね」
「……………………」
そっかー、やっぱり都が結婚を決意した際にも、金とかなんとかいう打算の前に、愛があったんだー。
姉の主張は、そりゃ俺が求めていたものに近いのかもしれないが、いざ言われてみるとなんだかもう……。
俺は白目になった。
獣じみたことを言ったくせに、都は全く冷静だった。ちらりと、またいつもの冷たい目で俺を見る。
「あんた、昔っからふつーの子で、その辺のコンプレックスが強かったから、結婚できてほんと良かったよ。筋トレとか始めたのも、なにか人に胸を張れるものが欲しかったんでしょ?」
「……………………」
俺はなにも言えなかった。とうに気づいていたけれど、認めたくなかった汚い気持ち。
誰にも、いや「ほかの男には負けない」なにかを、俺は確かに欲していた。だから必死になってトレーニングし、筋肉の鎧を纏ったのだ。
特に秀でた能力のない俺は、例えば姉の夫だとか、むしろ優れた「同性」にこそ嫉妬していたのである。でもそんな醜い感情に向き合いたくなくて、だからエリートの男に群がろうとする浅ましい女を蔑むことで、溜飲を下げていた。
しかし俺は文華さんの愛を得て、なんとか心に余裕ができたようだ。これからは自分のみっともない内面と、ぼちぼち折り合いをつけていこうと思う。
――しかし。
「まー、いくら相性良くてもね~。うちのヨータ、年下でまだ若いから、性欲やべーのよ。ほら、こないだ言った『キツクなってきた』って、そういうことよ。この間もさあ、一晩中――」
「もうやめて!」
これ以上、身内の生々しい話は聞きたくない。
俺は両耳を手で押さえて、絶叫したのだった。
~ 終 ~
価格どおりのありきたりな調度品とベッドの間で、俺たちは言葉も交わさず、立ったままでいる。
二人きりで会うようになってから、もう二ヶ月。こういう関係になるのは、早い? 遅い? 大人なんだから、相応だろうか。
「あの……」
なんと言ったらいいか分からず、俺は文華さんと向き合った。
しかし、ここからは俺のターンだ。そうしなければ。
でも最後にこういうことをしたのは、いつだったか。前の彼女とのあれは、もう五年も昔のことだし。
やり方、覚えてる? ちゃんと腰、振れる?
冷や汗をダラダラ流す俺を見て、なにか勘違いしたのか、文華さんの大きな目が悲しそうに揺れた。
「き、嫌いにならないで……ください。私、あなたに嫌われてしまったら、どうしたらいいか……」
今にも泣きそうな顔で、文華さんは懇願した。
「き、嫌いになんか……!」
「いつもこんなことをしているなんて、どうか思わないで……。こんな気持ちになったのは、あなたが初めてなんです……」
それは光栄なことだけど……。
確かに文華さんは、男ときたら誰彼構わず咥え込むような、肉食系ではない。それは二ヶ月間のつき合いで、よく分かっている。
彼女は常識的で奥ゆかしい女性だ。
だから余計に理解できない。なぜ、俺なの?
俺の疑問を悟ったのか、文華さんは告白する。
「花山さんには、私がお願いしたんです。あなたを紹介して欲しいって。仕事であなたの会社の社員食堂を訪れた際に、お見かけして……。一目惚れでした……」
「えっ!? でもお会いするようになってから初めの頃、しょっちゅう俺のこと、睨んでましたよね!?」
「き、緊張してしまって……。私、小心者だから……。それに、睨んでいたのではなく……」
繰り返しになるが、俺は全然モテない。顔もふつーだし、収入もふつーだし、どこにでもいるふつーのおっさんだ。
だから、なんで? なぜ、俺なの?
そうだ、俺は――はっきり言って、自分に自信がない。
――俺が女だったら、決して俺みたいなのは選ばない。
「あなたはどうして、俺なんかを……」
「それは……」
ようやく解を得るときがきた。
文華さんが俺に腕を伸ばす。細い指先が俺の胸に触れ、そのまま手のひらが置かれた。すーっと弱々しく彼女の手に上半身を擦られ、くすぐったかった俺は、つい声を漏らしてしまう。
「あっ……」
「――あなたを、睨んでいたのではありません。ただ、愛しくて……」
文華さんは俺から手を離さない。大胸筋の上部、下部を摩り、腹直筋をなぞり、外腹斜筋を撫でた。どこか思い詰めたような様子で、彼女は俺を優しく嬲る。
「あっ、ああ……! そこは……!」
「あなたの、この――体。たくましい、筋肉に覆われた、この肉体を……。あなたの体が、私……欲しい」
言い終えたあと、弾かれたように文華さんは手を引いた。
「ふ、文華さん。つまり、それは……!」
つまり、筋骨隆々の俺のドスケベボディに目がくらんだ、と。文華さんは、そう言ったのか。
――このときの俺の気持ちを、表現するのは難しい。
俺は金縛りにあったように、動けなかった。それなのに足元から、なにか熱いものがこみ上げてくる。
「感動」。その波に、俺は身を任せた。
「ごめんなさい、私……っ! こんなの、変ですよね。はしたないですよね!」
「……!」
言葉なんて、まどろっこしい。
俺はジャケットを脱ぎ、シャツのボタンを外した。ジーンズを脱ぎ捨て、パンツ一丁になる。そして堂々と仁王立ちになった。
「好きなだけ、触ってください!」
「えっ……」
「さあ! さあ!」
俺のこの体は、俺自身が丹精込めて育てたもの。――唯一、自慢できるもの。
戸惑っている文華さんの前で俺は横を向き、上半身を捩って、左の手首を右の手で掴んだ。もう覚えてくれただろうか、これが「サイド・チェスト」である。
「さあ! あなたの想うがまま! さあ! さあ!」
「ああ……! でもまずは……! その美しいお体を、とくと鑑賞させてください……!」
俺は頷くと、次々とポーズをキメた。
「フロント・ラット・スプレッド」、「アブドミナル・アンド・サイ」、「モスト・マスキュラー」……。
そんな俺を見詰める文華さんの瞳はキラキラと、あるいはギラギラと輝き、憧れと劣情が入り混じった複雑さで俺を犯した。
「文華さん!」
ひととおりの演技を終えると、俺は息を切らしながら文華さんを抱き締め、そのままベッドへ押し倒した。
文華さんは抵抗しなかった。それどころか、自ら俺の背中に腕を回し、抱きついてくる。
「ずっと夢見ていたの。強い男性に――雄に、めちゃくちゃにされることを。私を抱き潰して……! 乱暴に、して!」
艶かしく喘ぎながら、彼女は俺の体の輪郭や厚みを確かめるように、わさわさと手を動かした。
――このあとは、ご想像にお任せします。
ただ、誓って言う。激しくはしたが、乱暴にはしていない。
「体目当て」と、人は蔑むかもしれない。
しかしフェチズム、これもある意味、純粋な愛だ。
文華さんは、顔や頭や性格や稼ぎが良いわけでもない俺を――というか俺の筋肉を、ただ一途に欲してくれた。
彼女は確かにほんの少しおかしいが、俺にとっては理想の女性だ。
そう、俺は――。
自分で思った以上に歪み、こじらせていたのだろう。
さて、こうして正式に結ばれた俺と文華さんは、遊んで食べてやることやって――という日々を繰り返した。
数ヶ月後、文華さんは幸せそうに微笑みながら、俺に告げた。
「赤ちゃんができたみたいです」
そりゃそーだ。思うまま、愛し合ったのだから。
俺は文華さんの手を取り、プロポーズした。彼女も快く受け入れてくれた。
結婚の報告をすると、お互いの親族はびっくりしていたが、喜んでくれたようだ。特に俺の親ときたら、浮かれに浮かれ、お祭り騒ぎになった。
しかし上月家のラスボスたる、姉の都は――。
「なにやってんの!」
結婚式の打ち合わせのために実家に帰ったある日、俺は姉にポカリとげんこつをもらった。
「まったくもう! 子作りするなら、ちゃんと万事整えてからにしなさいよ! お嫁さんだって、不安だったはずだよ!」
「はい、すみません……」
都の言うことはそのとおりなので、俺は素直に反省した。
ついつい劣情に溺れ、だらしないつき合い方をしてしまった。が、言い訳するつもりはないが、とっくに覚悟は決まっていたのだ。
文華さんを逃したら、俺の前にはもうあんな奇特な趣味、かつ正直な女性は現れないだろう。俺は彼女を、心から愛している。
怖い顔をしていた都は、しかしすぐやれやれと表情を和らげた。
「文華さん、すっごくいい子なんだってね? 早く会いたいな~! やっとうちの子にも、イトコができるのかあ! 楽しみ!」
姉も本心では喜んでくれているらしい。俺は安堵した。
姉には小さい頃から世話になったし、やっぱり祝福してもらいたい。
憑き物が落ちたような気になった俺は、今まで聞きたくても聞けなかったことを聞いてみた。
「姉ちゃんさ、なんであの旦那と、ヨータと結婚したの? 決め手はやっぱり経済力?」
「んー? 稼ぎがいいとかってのは、割とどーでもいいのよ。いざってなりゃ、私が働きゃいいからね。まあうちの旦那は、犬みたいで可愛いかったし。あと、大事なのは、相性だよね」
「なるほど……」
これまたふわふわした回答だ。
いるよねー、「お金目当てじゃないの、もっと大事なことがあるの」って、そういうイイ話っぽくまとめようとする女。
俺は納得したフリをしつつも、不満だった。
しかし姉のそれは、軽いジャブだったのだ。そのあと、激烈ストレートが待っていた。
「あんたもね、セックスの問題は大事だよ。大丈夫だった?」
「えっ、相性ってそっちの!?」
都はこっくり頷いた。
「うちの子が全員一発ずつでできたと思ってるの? 子供が欲しけりゃ、何回も何回もするんだよ? 苦痛だったらやれんでしょ。ま、そっちの相性がいいのを、愛って呼ぶ人もいるわね」
「……………………」
そっかー、やっぱり都が結婚を決意した際にも、金とかなんとかいう打算の前に、愛があったんだー。
姉の主張は、そりゃ俺が求めていたものに近いのかもしれないが、いざ言われてみるとなんだかもう……。
俺は白目になった。
獣じみたことを言ったくせに、都は全く冷静だった。ちらりと、またいつもの冷たい目で俺を見る。
「あんた、昔っからふつーの子で、その辺のコンプレックスが強かったから、結婚できてほんと良かったよ。筋トレとか始めたのも、なにか人に胸を張れるものが欲しかったんでしょ?」
「……………………」
俺はなにも言えなかった。とうに気づいていたけれど、認めたくなかった汚い気持ち。
誰にも、いや「ほかの男には負けない」なにかを、俺は確かに欲していた。だから必死になってトレーニングし、筋肉の鎧を纏ったのだ。
特に秀でた能力のない俺は、例えば姉の夫だとか、むしろ優れた「同性」にこそ嫉妬していたのである。でもそんな醜い感情に向き合いたくなくて、だからエリートの男に群がろうとする浅ましい女を蔑むことで、溜飲を下げていた。
しかし俺は文華さんの愛を得て、なんとか心に余裕ができたようだ。これからは自分のみっともない内面と、ぼちぼち折り合いをつけていこうと思う。
――しかし。
「まー、いくら相性良くてもね~。うちのヨータ、年下でまだ若いから、性欲やべーのよ。ほら、こないだ言った『キツクなってきた』って、そういうことよ。この間もさあ、一晩中――」
「もうやめて!」
これ以上、身内の生々しい話は聞きたくない。
俺は両耳を手で押さえて、絶叫したのだった。
~ 終 ~
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました
雨宮羽那
恋愛
結婚して5年。リディアは悩んでいた。
夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。
ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。
どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。
そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。
すると、あら不思議。
いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。
「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」
(誰ですかあなた)
◇◇◇◇
※全3話。
※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜
冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話
水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。
相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。
義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。
陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。
しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。
【完結】体目的でもいいですか?
ユユ
恋愛
王太子殿下の婚約者候補だったルーナは
冤罪をかけられて断罪された。
顔に火傷を負った狂乱の戦士に
嫁がされることになった。
ルーナは内向的な令嬢だった。
冤罪という声も届かず罪人のように嫁ぎ先へ。
だが、護送中に巨大な熊に襲われ 馬車が暴走。
ルーナは瀕死の重症を負った。
というか一度死んだ。
神の悪戯か、日本で死んだ私がルーナとなって蘇った。
* 作り話です
* 完結保証付きです
* R18
冷徹社長は幼馴染の私にだけ甘い
森本イチカ
恋愛
妹じゃなくて、女として見て欲しい。
14歳年下の凛子は幼馴染の優にずっと片想いしていた。
やっと社会人になり、社長である優と少しでも近づけたと思っていた矢先、優がお見合いをしている事を知る凛子。
女としてみて欲しくて迫るが拒まれてーー
★短編ですが長編に変更可能です。
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる