ちょっとエッチな短編集

さち

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ホスト・ボックス席

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 ネオン煌めく繁華街。知る人ぞ知るそのホストクラブは地下にあった。ゴシック調のドアにかけられた小さな看板。一見何の店なのか、開いてるのかさえわからないそこは、会員制のホストクラブだった。そこにやってくる客のほとんどは男性。または、男性同士の睦みあいを見たいという少数の女性だった。
 カラン。小さな音をたててドアが開く。店内に入るとすぐに黒いスーツを着たボーイが頭を下げた。
「工藤さま、いらっしゃいませ」
「樹は空いてるかい?」
会員制のためボーイは全ての客の名前と顔を覚えている。工藤と呼ばれた中年だが引き締まった体に精悍な顔つきの男が尋ねると、ボーイは手にしていた端末を確認した。
「ちょうど空いております。個室をご用意しますか?」
「いや、今日はボックス席でいいよ」
工藤の言葉にボーイが「かしこまりました」と一礼して席まで案内する。薄暗い証明の店内は少し大きめの音量で音楽が流れており、普通に会話してもその声が他の客に聞かれることがないようにされていた。

「こんばんは。お仕事お疲れさまです」
工藤が席についてすぐ、襟足が長めの黒髪の青年がやってくる。整った顔立ちの青年は工藤の隣に座るとそっと手を握った。
「手が冷たい。お疲れですね。食事はすまされました?」
「いや、ここで何か軽く食べようと思ってね。ワインと、何かつまめるものを頼むよ」
工藤が苦笑しながら言うと、ホストの青年、樹はうなずいてボーイを呼んだ。
「ワインとチーズ、あとはおにぎりを」
「かしこまりました」
ボーイがうなずいて席を離れる。おにぎりはメニューにないが、たびたび食事をしないでやってくる工藤へいつからか樹が注文するようになったメニューだった。
「工藤さん、ちゃんと眠れてますか?」
「そこそこな。きみが隣にいないとなかなか安眠できない」
からかうような工藤の言葉に樹はクスクス笑った。
「工藤さんの隣で寝たいって人はたくさんいそうなのに」
「それでも、俺はきみがいいんだよ」
そう言って頬を撫でると樹は嬉しそうに微笑んで「光栄です」と言った。
「明日も来られそうなんだが、予約は入っているかな?」
「明日なら大丈夫です。個室にしますか?」
樹の問いに工藤はにこりと笑ってうなずいた。
「ああ。それから、アフターも頼む」
「わかりました。明日、楽しみにしていますね」
嬉しそうに微笑んだ樹は懐からシルバーのリングを取り出すと左手の薬指にはめた。それはこの店のルールで、当日か翌日にアフターが入っていることを示すものだった。
「明日があるからというわけではないが、今日はあまり長居ができない」
「もしかして、お仕事途中ですか?」
「自宅でやる分が残っていてね」
そう言って苦笑する工藤に樹は心配そうな顔をした。何か言おうと口を開いたとき、ちょうどボーイがワインとチーズ、おにぎりを持ってやってきた。
「お待たせいたしました」
「ありがとう。明日、個室の予約と僕のアフターの予約を入れておいてちょうだい」
樹はそう言ってボーイを下がらせるとおにぎりとチーズを工藤の前においてワインをグラスに注いだ。
「お仕事が残っているならワインは少なめのほうがいいですよね?」
「そうだな」
うなずいた工藤が先におにぎりに手をのばす。普段あまり食べる機会がない工藤にとってここで食べるおにぎりは絶品だった。
「いつもながら美味いな」
「ありがとうございます。あとで厨房に伝えますね」
クスクス笑った樹は工藤が食べ終わるまで他愛ない話をした。
「ここはいつ来ても落ち着くな」
「ありがとうございます。オーナーが喜びます」
食べ終わった工藤が一息ついて微笑む。樹はにこりと笑うとワイングラスを差し出した。
「きみも飲むといい」
「いただきます」
樹のグラスには工藤がワインを注ぐ。ふたりは軽くグラスをあわせて乾杯した。
「工藤さん、明日、何かリクエストありますか?」
「そうだな。明日は日本酒にしようか。料理はそれほどいらない」
「わかりました」
料理はいらないという工藤の言葉に樹が目を細める。この店では客とホスト、互いに同意があれば多少のことは黙認されていた。特に個室、アフターではかなり自由にできる。それを知っているために樹は明日が楽しみで仕方なかった。
「樹、そんな顔をしないでくれ。我慢ができなくなる」
「すみません。明日が待ち遠しくて」
つい物欲しそうな顔をしてしまった樹に工藤が苦笑する。樹は肩をすくめると工藤に寄り添うように体を密着させた。
「ね、工藤さん。少しだけ、キスしてくれませんか?」
「それだけで我慢できるのかい?」
内緒話をするように小声で話す樹にクスッと笑って工藤が細い腰を抱き寄せる。樹はその手のぬくもりにうっとりすると猫のようにすり寄った。
「頑張って我慢します」
「なるほど」
クスクスと笑った工藤は樹の顎に指をそえると上向かせて唇を重ねた。
「ん、ふ…」
くちゅっと音をたてて互いの舌が絡み合う。甘い吐息をこぼした樹はすがるように工藤のスーツを握った。
「ふぁ…はぁ…」
「大丈夫かい?」
しばらく互いにキスを堪能して工藤が唇を離す。樹は濡れた唇をそのままにうっとりとした表情を浮かべていた。
「とても気持ちよかったです」
ふわりと微笑む樹は欲情した体を名残惜しげに離した。
「続きは明日。たくさん可愛がってくださいね?」
「もちろんだよ」
にこりと笑ってうなずいた工藤はその後少し会話とワインを楽しむと店を出ていった。
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