よみじや

松田 詩依

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6.「よみじや」

6-5

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「――にしても、これで本当に会えるの? なにも起きないじゃん」
「少し待っててください」

 暖簾と提灯が下げられた屋台の中、美奈は不思議そうに首を傾げ流れる川を眺めていた。
 すると突然目眩が起きたかのように目の前の世界が歪み、平衡感覚が奪われたような嫌悪感に思わず目を閉じる。目が回った時のような感覚が通り過ぎ、ゆっくりと目を開け広がっていた世界を見て美奈は目をまあるく見開いた。

「嘘……マジかよ……」

 一面の夕焼けが広がっていた河川敷は真夜中のように真っ暗闇の帳が落ちていた。
 信じられないといわんばかりに、美奈は丸椅子を倒す勢いで立ち上がり、ぐるりと周囲を一望した。

「ここが三途の川です」

 呆然と口を開けている美奈に声をかけた。
 千代とてこの場所に来るのは数週間ぶりのことだった。目の前に広がる飲み込まれそうな暗闇と、川の音だけが聞こえる奇妙な静寂の世界に思わず息を飲んだ。
 すると、蝋燭の明かりを灯すように川に一面に流れる数百もの灯篭が上流から下流に向けて順にぽつぽつと明かりが灯リ始めた。

「すげぇ綺麗……ここが三途の川なんだ……」

 ゆっくりと流れていく幻想的な光景を近くで見ようと、思わず美奈は暖簾に手をかけた。
 無意識の内に足は外へ誘われるように動いていく。

「外には出ないでください」

 少し強めの声で彼女を呼び止めた。はっとしたように美奈は振り返った。

「外には絶対に出てはいけません。きっと……きっと、二度と此処には戻ってこれなくなるから」

 前で組んだ手を強く握りしめた。
 きっと母もこの灯篭の明かりに誘われて、外に出てしまったのだろうか。そして彼女はきっと、あちらの世界へ行ってしまったのだろう。
 複雑そうな表情で外を見つめる千代を見て、美奈はわかったと素直に忠告を聞いて倒れた椅子を戻し座り直した。
 川の音以外聞こえない静かな空間に、突然石を踏み歩く足音が聞こえた。二人は音がした方を見ると、流れていたはずの灯篭がその場でぴたりと動きを止めて静止していた。

「なんで止まって……」
「あの……」

 川は流れているのにそこに浮いている灯篭が止まっていることが信じられない。
 美奈が驚いて目を丸くしていると、目の前から聞き覚えのある声が屋台の中に響き渡った。座っていた美奈がゆっくりと視線を上げ、暖簾の隙間から顔を出した人物を見て目を見開いた。

「……かあ、さん」
「美奈……」

 そこに立っていたのは美奈とどことなく面影が重なる、眼鏡をかけた女性。
 互いに顔を見合わせたまま呆然と立ち尽くしているところを見る限り、彼女が美奈の母親である里香なのだろう。

「なんで美奈が!?」
「本当に母さんなの!?」

 数秒の沈黙が流れた後、二人は信じられないと言わんばかりに歩み寄り、確認するように互いの顔や体をぺたぺたと触りあっている。

「えっ……もしかして美奈も……」

 死んでしまった自分の前にいるということはまさか娘も、と母親の顔からさっと血の気が引いた。美奈の両肩に手を置いて、何があったのと混乱しながら問い詰める。

「母さん違うよ、落ち着いて! 私は生きてるってば!」
「でも、死んだ私と美奈が会えるわけないじゃない!」

 母の慌てようはごもっともだ。
 かといって美奈がこの状況をうまく説明できるはずもなく、助けを求めるように背後に佇む千代を見た。

「……此処はよみじやという屋台です。娘さんがお母さんにお伝えしたいことがあるそうなので、開かせていただきました」

 千代の説明に、里香は納得いかなさそうに首を傾げた。

「細かいことは私もわかりませんが、この屋台はここの三途の川に伝わって、一度だけ死んだ方と生きている方が会うことができます」
「一度だけ?」
「……はい、たった一度だけ。あの灯篭が止まっている、ほんのわずかな時間だけです」

 頷きながら千代は目の前にいる親子を真っ直ぐと見据えた。
 こうして再会できたのだから、後悔だけはしてほしくはなかった。そんな気持ちを込めて美奈と目を合わせると、彼女は覚悟を決めたようにゆっくりと頷いた。
 未だ状況が飲み込めず呆然と辺りを見回している母の手を取ると美奈は椅子に座らせた。

「あの、驚かせてごめんね。あたし……お母さんに謝りたいことがあって――」

 久しぶりに会えた嬉しさか、驚きか、はたまたこれから話さなければならない緊張からか、母の手を握る美奈の手は震えていた。
 俯きがちに言葉を零しながら恐る恐る母の顔を見た。

「ごめんね。また美奈に迷惑かけちゃった」

 美奈の言葉を遮るように、里香は申し訳なさそうに微笑んだ。
 その顔を見た瞬間、美奈は目を見開いたまま言葉を失い、力なく母から手を離したと思うと悔しげに唇を噛み締めた。

「っ……そうやって笑ってごまかすなよ!」

 次の瞬間、美奈は椅子をひっくり返すほどに勢いよく立ち上がり母の胸ぐらを掴んでいた。
 怒りの篭った瞳で母を見下ろしても、彼女は怒られて当然だといわんばかりに何も言わずに美奈を見上げていた。それが美奈の逆鱗に触れ怒り震える拳を握りしめた。

「ちょっ……落ち着いて!」

 このまま放っておいたら確実に美奈が拳を振り下ろすことは目に見えており、千代が慌てて母親から美奈を無理矢理に引き剥がす。それでも美奈の怒りはおさまらないのか、千代の手を剥がそうともがき暴れていた。

「あの時だってそうやって笑って謝って、突き放して! なんであたしに教えてくれなかったのさ! そんなにあたしは頼りなかったのかよ!」

 美奈は声を荒げながら、千代の手を振りほどくと再び母の胸ぐらを掴み上げた。
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