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第弐話「幽霊屋敷」
幽霊屋敷・漆
しおりを挟む三毛縞が応接間に向かうと待ってましたといわんばかりに鴉取が椅子に座っていた。
「おはよう。三毛縞先生。よく眠れたかな?」
「おはようございます。寝る間もなく夜が明けてしまいましたよ」
三毛縞は目元に色濃い隈をこしらえながらも、不適な笑みを浮かべ鴉取の前に立つ。
「ほぉ、その様子だと何かわかったみたいだな」
「ええ」
力強く頷く三毛縞。
鴉取は興味深そうに、机に組んだ手を付いて目の前に立つ美丈夫を見上げた。
「それでは大先生の名推理をお聞かせ願おうか?」
「その前に一つお聞きしても良いですか?」
鴉取は三毛縞を見上げたままゆっくりと頷く。
「鴉取さん。貴方は昨晩何時頃お帰りになられました?」
「嗚呼……確か、十一時頃かな。帰ってきたところで丁度時計が鳴ったからよく覚えているよ。留守の礼をいおうと思ったけれど、休んでいたら迷惑だと思ってね。遠慮したんだ」
鴉取の部屋である二〇一号室の入り口は一つしかない。
鴉取が返ってきたのであれば必ず三毛縞がいた客間の前を通ったはず。しかしその時間、三毛縞は鴉取の足音も、扉が開く音も聞こえていなかった。
--やはり、自分は怪異に巻き込まれていたのだ。
三毛縞の予感は核心へと変わる。
現世と異界とでは時の流れが異なるという。だから三毛縞がいた部屋は先程まで現世とは違う異界に繋がっていたのだろう。
半日以上かけて調査した推理。点と点が繋がり、一本の線となった。
三毛縞は足を踏み出し、机に手を付いて黒髪に隠れた紅い瞳を真っ直ぐと見つめた。
「怪異の正体は——鴉取さん。貴方です」
「何故そう思ったんだ?」
驚いたように僅かに目を丸くした鴉取は三毛縞を真っ直ぐと見据える。
「東都のこんな一等地に、べらぼうに家賃が安い立派なアパート。それには何か事情があるのではないかと誰だって怪しむでしょう。おまけに大家がこんな怪しい風貌をしていたら余計に不安を煽られたに違いない」
目を隠す長い前髪。素肌を殆ど見せない全身黒ずくめの格好。
鴉取久郎という男の風貌は見るからに怪しすぎるものだった。こんな洋館に一人で住んでいるとなれば尚更その怪しさに拍車がかかる。
「そして貴方は過去の住人にも僕と同じような賭けを持ちかけたのではないのですか? 『この幽霊屋敷の原因を突き止めれば家賃をタダにする』と」
「ほぉ。それで?」
鴉取は否定も肯定もせず、可笑しそうに口元を緩ませながら三毛縞探偵の推理に耳を傾けた。
「怪しすぎる大家。安い家賃。古い洋館に、奇妙な賭け——そこまで条件が揃えば、人間は嫌でも勝手に想像してしまう。『この屋敷にはなにかがある』と。人の想像力は恐ろしいものだ。暗闇の中、一度恐怖を覚えてしまえば、存在しない筈のものも存在させてしまう」
「……つまり、君が思う怪異の原因、とは?」
挑発気味に鴉取は三毛縞を見上げた。
人によって見るものが異なる怪奇現象。そして自分はそれらを一晩で全て体験した。対して長年住んでいるという大家は何一つそれらに遭遇していなかった。
騒ぎ、笑い、怯えさせながらも、人を襲うことなく、ある一定以上は絶対に踏み込んでこなかったモノ達。
これらの事象から導き出される答えは一つ。
「--怪異の正体は、住人たちの思い込みだよ。本来はないものを、あると思い込んでしまう。そして自身の中で作り出した幻想を見て、それに怯える。例えそれが気のせいだったとしても、一度認識してしまえばそれは怪異として形を成す。そして人の噂により、怪異は様々な形になり広まった。それがこの幽霊屋敷の正体。そして、その怪異を作り出した大元の原因は鴉取、君だ」
一息で推理を述べた三毛縞に鴉取は暫く黙っていた。
「いや、素晴らしい。君ならたどり着けると思っていた」
鴉取はくつくつと怪しい笑みを浮かべながら三毛縞を讃えるように手を叩く。
「やはり答えを知っていたんだな」
「嗚呼。だが少し行きすぎた。想像を膨らませすぎだよ三毛縞先生。私は其処までするつもりはなかったのさ」
「……どういうことだ?」
「私はただ、家賃の値段を下げただけだよ」
平然と口を出てきた言葉に、三毛縞は目をぱちくりと見開いた。
「は? え、下げただけって……」
「態々人を驚かそうなんて企む訳ないだろう。家賃収入だって立派な商売だ。正規の値段で募集をかけたら誰も入らなかったから、家賃を下げたんだ」
正規の値段はこれくらいだと、鴉取が弾いたそろばんを見て三毛縞は声を失った。
確かにこの値段ならよほどの金持ちしか借りることしかできないだろう。
「それで値段を吊り下げるなり沢山人が入ってきた。そこまで儲けるつもりはなかったんだが……高くて誰も入らないなら、安くて実入りがあったほうがいいだろう?」
鴉取の言い分は実に最もだ。三毛縞はゆっくりと頷く。
「それで、住人達が勝手に怪しんだんだ。こんな一等地に立つアパートにしては安すぎる。なにか曰くつきの理由でもあるのではないか、と。それで、私はこう答えたんだ。この部屋にはなにもない、と。するとどうだろう。住人たちはひと月も経たずして勝手に怯えて出ていった。あの井守という男は大分持ったほうだがな……大体は君の推理通りだよ」
「やっぱり、怪異の正体は住人の思い込み……だったんですね」
「そう。思い混み。人間は勝手な想像で、恐怖を膨らまし、怪異を作り上げてしまう。そんなことができるのも人間だけだろう……本当に面白い生き物だ」
けらけらと楽しそうに鴉取は笑った。
「……しかし、回りくどい言い方をしなくても、最初から何もないと教えればよかったのでは?」
「こんな怪しい風貌の人間が、それをいったところで信じてくれると思うかい? 余計に不安を煽るだけだろう」
鴉取は三毛縞の揚げ足を取るように、先ほど彼が言った言葉をそのまま返した。
これには何も言い返せず、じとっと肩を落とし鴉取を見る。
「……じゃあ、この妙な賭けは」
「君にしかやっていないよ。三毛縞先生」
意味ありげに鴉取は肩をすくめた。
どういう意味かわからず三毛縞が首を傾げていると、彼は答えることなく机の引き出しから長方形の菓子箱を取り出した。
「そういえば、昨日の留守番のお礼を買ってきたんだよ。好きだっただろう」
鴉取が差し出したのは有名点のカステラだった。
ふかふかの布団のような黄色とこげ茶の生地。底に敷かれたザラメ砂糖。思わず涎が滴りそうになる程、三毛縞の大好物だった。
「確かに好きですが、何故これを……」
不思議そうに首を傾げると、赤い目は優しく細められた。
「久し振りに友人と再会したんだ。少し遊びたくなるのも当然だろう。なぁ——ミケ?」
「————」
三毛縞は思わず言葉を失い立ち尽くした。この男、まさか最初から。
「……あとっ……君っ。まさか最初から僕のことを」
「学生時代の友人を忘れるほど、俺は薄情な人間ではないよ」
懐かしい呼び名に砕けた一人称。
一体何が起こっているのかわからない。徹夜で疲れた頭は理解が追いつかなかった。
「じゃあ何故、知らない振りなんてしたんだ」
「いやぁ、すぐに冗談だといおうとしたんだが。あまりにも君が目に見えて落ち込んだり、嬉しそうに表情がころころと変わるのが面白くてね……つい、からかいたくなってしまったんだ」
すまないね、と悪びれもせず鴉取は笑った。
嗚呼、そうだ。彼は昔から一度気に入ったものを見つけるととことん遊び倒す。自覚ある性悪--鴉取久郎とはこういう男なのだ。
「相っ変わらず意地が悪いな。他人行儀をして損したじゃないか」
「くくっ、君も相変わらずだ」
安堵したように、落胆したように肩を落とす三毛縞の肩を鴉取は軽く叩いた。
「遊びだとしても、なんでこんな賭けをしたんだい?」
「数々の怪異と巡り合っている君ならすぐにわかると思ったよ。あの本も君が体験したことだろう?」
鴉取は三毛縞が手にしていた手帳を奪い、使い古されたその頁を捲った。
そこには今回のものだけではなく、その他の怪異についての情報がとても鮮明に記載されている。
何故なら、三毛縞がこのような状況に遭うのはこれが一度や二度ではないからだ。
作家、三毛縞公人が描く奇々怪界な物語は、全て三毛縞自身が体験したことを元にして描いている。しかしこの事を知っているのは三毛縞自身と鴉取のみ。担当の井守ですら、これらの怪異は皆創作の話だと思っているのだ。
「……だからこそ、君の描く話は如実で面白い」
「少しは君の役には立てている……かな?」
「嗚呼。お陰様で役に立っているよ」
鴉取は右の手で左の手を摩りながらにこやかに笑った。
「さて……賭けは俺の勝ちだな、三毛。約束通り俺の仕事を手伝ってもらおうか」
鴉取は右手の手袋を脱ぎ、白い手を三毛縞に差し出した。
「やっぱり君には敵わない。改めてよろしく頼むよ、鴉取」
三毛縞は差し出された手を握り返した。
そうして三毛縞は八咫烏館唯一の住人となり、鴉取久郎探偵の助手として働くこととなったのであった。
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