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第肆話「絡繰舞台」
絡繰舞台・弐
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「——あら。お客さん?」
鈴がなるような可愛らしい女の声が聞こえ、自然と三毛縞の視線はそちらに向けられる。そして彼は扉を開けた状態で固まった。
白い少女がカウチソファに座り三毛縞を出迎えた。決して比喩などではない。その女は頭の先から爪先まで真っ白だった。
歳の頃は十七、八だろうか。絹糸のような白髪。白蛇のような青白い肌と深紅の瞳。常人とは違う異質な容姿。その特徴からして恐らく彼女は稀に白髪赤目で生まれる奇病をもった白子《しろこ》と呼ばれる人間だろう。
まるで西洋画に描かれているかように美しい少女は妖美な笑みを浮かべ三毛縞を見つめている。
「もしかして、クロウのオトモダチ?」
吸い込まれそうな紅玉の大きな瞳に見つめられ、三毛縞はしばし呼吸を忘れていた。
興味津々な表情でソファから立ち上がった少女の姿を見て三毛縞はぎょっとした。
素肌に浴衣を軽く羽織っただけどいう露出度が高い格好。目を瞬かせていた三毛縞の顔が真っ赤に染まり、目が泳ぎ出す。
「あら。これくらいでお顔を真っ赤にするなんて……可愛い人」
少女はくすりと笑うと、蛇のようなしなやかな動きでこちらに歩み寄ってくるではないか。
部屋の入り口で茫然と立ち尽くしている三毛縞を抱き寄せるように、首の後ろに少女の白くしなやかな細腕が回る。
彼女が僅かに動くたびに花のような妖艶な香りにむせ返りそうになった。抱きあうように互いの体が密着すると、服の布越しに伝わってくる女の体の柔らかさと甘ったるい香りに三毛縞は思わず目眩に襲われた。
「——っ、目のやり場に困るからやめてくれないか!」
三毛縞はなるべく彼女の裸体を見ないようにと目を固く閉じ、叫びながら両肩を掴み引き剥がした。
三毛縞は混乱する、確かここは鴉取の部屋のはずだ。部屋を間違えたと思ったが、第一この八咫烏館には二人しか住んでいないはずだ。
「こら。リリ。あまりミケを虐めてやるな」
混乱している頭に聞き慣れた低音がよく聞こえた。
はっ、と三毛縞が目を開けると、家主の鴉取が寝室の扉に凭れ掛かりながら可笑しそうにこちらを見ていた。
「だって、この人とっても可愛いんだもの」
鴉取が現れると白い少女はくすりくすりと笑いながら三毛縞から離れ、彼の元へと戻っていく。まるで気まぐれな猫のようだ。
「初心《うぶ》な作家先生にはお前の格好は些か刺激が強すぎるようだぞ。早く着替えておいで」
「はぁい」
鴉取に促されると白い女は間延びした返事をすると手を振って寝室に消えていった。
「これ、夢じゃないよな」
あまりにも色々なことが起こりすぎて頭の整理が追いつかない。
三毛縞は茫然としながら頬を軽くつねってみる。痛い。どうやら夢ではなさそうだ。
「やぁ、ミケ。数日見ないうちに大分やつれたように見えるが……生きていて何よりだよ。死んでいないか後で様子を見に行こうと思ってたんだよ」
彼女と入れ替わる様に鴉取がくつくつと笑いながら三毛縞に近づいてくる。相変わらず彼の着物は襟元一つ乱れていない。
「今のでどっと疲れたよ……あんな格好をした女の子がいるなら鍵くらい閉めておいたらどうだい」
赤くなった顔を手で仰ぎながら、三毛縞は腰が抜けたようにソファに腰を下ろした。
「くくっ……そいつは悪いことをしたな」
反省する気のない謝罪の言葉を述べながら、鴉取は友人の向かいに腰を下ろした。
「あの女の子が今の君の恋人かい?」
「リリが? まさか」
あまりにもきっぱりとした否定に三毛縞は目を瞬かせた。彼が異性に対してあからさまな態度を取るのは珍しい。
「誰がこんな色欲魔の恋人ですって?」
嫌悪感たっぷりの言葉を発しながら、少女は白百合が描かれた白い着物を着て戻ってきた。そして鴉取の隣に座る。二人が二人が並ぶ様はまさに対となる漆黒と純白だ。
「……で、こちらの女性は一体どちらさまで?」
「彼女はリリ。俺とは古くからの知り合いでね。今、劇場通り裏に来ている見世物小屋の芸人だよ」
「見世物小屋って——」
三毛縞は少女をちらりと横目で見ながら、はっと口を噤んだ。
見世物小屋とは世にも珍しい物や芸を見せ物にする興行のこと。
この世のものとは思えない物を売り物にし、観客を呼び楽しませる。それは美しい宝石であったり、精巧な絡繰であったり、リリという少女のように一般人とかけ離れた奇妙な特徴をもった人間だったりと、劇団によって見せるものは多種多様。
昔は江戸の時代から庶民の間で人気の娯楽である。
「白くて気味悪いでしょう。無遠慮に近づいてしまってごめんなさいね。クロウのお友達だったから……つい」
早めにお暇したほうがいいわね、とリリは顔を背けながら悲しそうに笑う。
その表情を見て三毛縞はすかさず自分の非礼を恥じ、慌てて首を横に振った。
「あ……さっきは純粋に君の格好に驚いたんだ。鴉取の部屋を開けたら綺麗な子がいて幻でも見たのかと思ってつい固まってしまって……」
「ははっ、そりゃあ扉を開けてほぼ全裸の女がいたら誰だって驚いて当然だろう」
三毛縞の言葉に鴉取はけらけらと笑う。
「だから……気味が悪いとかそういうわけではないんだ。もし不快にさせたのなら謝るよ。僕は三毛縞公人といいます、鴉取の部屋の向かいに住んでいて……作家をしています」
無礼を詫びるどころか、自分を見てもなにも思わず普通に挨拶をする三毛縞にリリは目を瞬かせた。
「貴方……目はちゃんと見えているの?」
「え、うん。視力はいいほうだけど」
三毛縞の反応にリリはやりづらそうに鴉取に目配せする。
「クロウ……貴方も変わっていると思うけど、オトモダチも随分変わっているのね」
「だろう。作家は変人しかいないからな」
鴉取は三毛縞を見ながらどこか誇らしそうに微笑んだ。
「貴方はそのままでいてね。こんな色欲魔を見習わないように」
「色欲魔とは酷い言い様だな」
「あら。事実じゃない。今は誰とおつきあいしているの? 芸子? それとも人妻? この間噂で聞いたわよ。また芸妓さんを泣かせたんですって?」
「付き合っただけだが、結婚を求められても困るんでね」
「女にとって破瓜は大切なのに……ほんっと、いつか殺されるわよ。クロウ」
朝っぱらから耳を塞ぎたくなるような会話が続き、三毛縞は茹でダコのように真っ赤になっていく。
「あら猫ちゃん先生はウブなのね。本当に可愛い」
「嗚呼。ウブなんだ」
二人から浴びせられる揶揄いの眼差しを、三毛縞は大きく咳払いをして振り払う。
「さて、リリ。そろそろ行こうか」
「……そうね」
鴉取の言葉に先ほどまで明るかったリリの表情に若干の影が落ちる。
「二人でどこかに出掛けるのかい?」
「ああ。これから真面目に仕事だよ」
立ち上がった鴉取を見上げながら三毛縞は数度瞬きを繰り返す。
「そうか。それなら僕はお暇したほうが良さそうだな」
「あら。猫ちゃん先生は一緒にこないの? クロウの助手なんでしょう?」
純粋な眼差しでリリは三毛縞を見つめる。
しかし三毛縞は原稿を書かなければいけない。息抜きにと喫茶店に誘いに来ただけで、彼らが仕事だというのであれば自室に戻って書いたほうがいいだろう。だが、全くもって原稿に向かう気力が起きない。
「ミケ。一緒に来るか? 息抜きになるかもしれないぞ」
「いいわね。私、もっと先生とお話ししたいもの」
悩んでいる三毛縞を誘うように鴉取は微笑み、リリは三毛縞の手を引いた。
確かに。外に出たらなにかいいものが思いつくかもしれない。どちらにせよ今の状態ではなにも生み出すことはできないだろう。
「……いく」
「ふふっ、じゃあ一緒に行きましょう」
悩んだ末の返答に、リリは嬉しそうに微笑んだ。
そして彼女は二人の男の間に入り、彼らの腕を引きながら部屋を出るのであった。
鈴がなるような可愛らしい女の声が聞こえ、自然と三毛縞の視線はそちらに向けられる。そして彼は扉を開けた状態で固まった。
白い少女がカウチソファに座り三毛縞を出迎えた。決して比喩などではない。その女は頭の先から爪先まで真っ白だった。
歳の頃は十七、八だろうか。絹糸のような白髪。白蛇のような青白い肌と深紅の瞳。常人とは違う異質な容姿。その特徴からして恐らく彼女は稀に白髪赤目で生まれる奇病をもった白子《しろこ》と呼ばれる人間だろう。
まるで西洋画に描かれているかように美しい少女は妖美な笑みを浮かべ三毛縞を見つめている。
「もしかして、クロウのオトモダチ?」
吸い込まれそうな紅玉の大きな瞳に見つめられ、三毛縞はしばし呼吸を忘れていた。
興味津々な表情でソファから立ち上がった少女の姿を見て三毛縞はぎょっとした。
素肌に浴衣を軽く羽織っただけどいう露出度が高い格好。目を瞬かせていた三毛縞の顔が真っ赤に染まり、目が泳ぎ出す。
「あら。これくらいでお顔を真っ赤にするなんて……可愛い人」
少女はくすりと笑うと、蛇のようなしなやかな動きでこちらに歩み寄ってくるではないか。
部屋の入り口で茫然と立ち尽くしている三毛縞を抱き寄せるように、首の後ろに少女の白くしなやかな細腕が回る。
彼女が僅かに動くたびに花のような妖艶な香りにむせ返りそうになった。抱きあうように互いの体が密着すると、服の布越しに伝わってくる女の体の柔らかさと甘ったるい香りに三毛縞は思わず目眩に襲われた。
「——っ、目のやり場に困るからやめてくれないか!」
三毛縞はなるべく彼女の裸体を見ないようにと目を固く閉じ、叫びながら両肩を掴み引き剥がした。
三毛縞は混乱する、確かここは鴉取の部屋のはずだ。部屋を間違えたと思ったが、第一この八咫烏館には二人しか住んでいないはずだ。
「こら。リリ。あまりミケを虐めてやるな」
混乱している頭に聞き慣れた低音がよく聞こえた。
はっ、と三毛縞が目を開けると、家主の鴉取が寝室の扉に凭れ掛かりながら可笑しそうにこちらを見ていた。
「だって、この人とっても可愛いんだもの」
鴉取が現れると白い少女はくすりくすりと笑いながら三毛縞から離れ、彼の元へと戻っていく。まるで気まぐれな猫のようだ。
「初心《うぶ》な作家先生にはお前の格好は些か刺激が強すぎるようだぞ。早く着替えておいで」
「はぁい」
鴉取に促されると白い女は間延びした返事をすると手を振って寝室に消えていった。
「これ、夢じゃないよな」
あまりにも色々なことが起こりすぎて頭の整理が追いつかない。
三毛縞は茫然としながら頬を軽くつねってみる。痛い。どうやら夢ではなさそうだ。
「やぁ、ミケ。数日見ないうちに大分やつれたように見えるが……生きていて何よりだよ。死んでいないか後で様子を見に行こうと思ってたんだよ」
彼女と入れ替わる様に鴉取がくつくつと笑いながら三毛縞に近づいてくる。相変わらず彼の着物は襟元一つ乱れていない。
「今のでどっと疲れたよ……あんな格好をした女の子がいるなら鍵くらい閉めておいたらどうだい」
赤くなった顔を手で仰ぎながら、三毛縞は腰が抜けたようにソファに腰を下ろした。
「くくっ……そいつは悪いことをしたな」
反省する気のない謝罪の言葉を述べながら、鴉取は友人の向かいに腰を下ろした。
「あの女の子が今の君の恋人かい?」
「リリが? まさか」
あまりにもきっぱりとした否定に三毛縞は目を瞬かせた。彼が異性に対してあからさまな態度を取るのは珍しい。
「誰がこんな色欲魔の恋人ですって?」
嫌悪感たっぷりの言葉を発しながら、少女は白百合が描かれた白い着物を着て戻ってきた。そして鴉取の隣に座る。二人が二人が並ぶ様はまさに対となる漆黒と純白だ。
「……で、こちらの女性は一体どちらさまで?」
「彼女はリリ。俺とは古くからの知り合いでね。今、劇場通り裏に来ている見世物小屋の芸人だよ」
「見世物小屋って——」
三毛縞は少女をちらりと横目で見ながら、はっと口を噤んだ。
見世物小屋とは世にも珍しい物や芸を見せ物にする興行のこと。
この世のものとは思えない物を売り物にし、観客を呼び楽しませる。それは美しい宝石であったり、精巧な絡繰であったり、リリという少女のように一般人とかけ離れた奇妙な特徴をもった人間だったりと、劇団によって見せるものは多種多様。
昔は江戸の時代から庶民の間で人気の娯楽である。
「白くて気味悪いでしょう。無遠慮に近づいてしまってごめんなさいね。クロウのお友達だったから……つい」
早めにお暇したほうがいいわね、とリリは顔を背けながら悲しそうに笑う。
その表情を見て三毛縞はすかさず自分の非礼を恥じ、慌てて首を横に振った。
「あ……さっきは純粋に君の格好に驚いたんだ。鴉取の部屋を開けたら綺麗な子がいて幻でも見たのかと思ってつい固まってしまって……」
「ははっ、そりゃあ扉を開けてほぼ全裸の女がいたら誰だって驚いて当然だろう」
三毛縞の言葉に鴉取はけらけらと笑う。
「だから……気味が悪いとかそういうわけではないんだ。もし不快にさせたのなら謝るよ。僕は三毛縞公人といいます、鴉取の部屋の向かいに住んでいて……作家をしています」
無礼を詫びるどころか、自分を見てもなにも思わず普通に挨拶をする三毛縞にリリは目を瞬かせた。
「貴方……目はちゃんと見えているの?」
「え、うん。視力はいいほうだけど」
三毛縞の反応にリリはやりづらそうに鴉取に目配せする。
「クロウ……貴方も変わっていると思うけど、オトモダチも随分変わっているのね」
「だろう。作家は変人しかいないからな」
鴉取は三毛縞を見ながらどこか誇らしそうに微笑んだ。
「貴方はそのままでいてね。こんな色欲魔を見習わないように」
「色欲魔とは酷い言い様だな」
「あら。事実じゃない。今は誰とおつきあいしているの? 芸子? それとも人妻? この間噂で聞いたわよ。また芸妓さんを泣かせたんですって?」
「付き合っただけだが、結婚を求められても困るんでね」
「女にとって破瓜は大切なのに……ほんっと、いつか殺されるわよ。クロウ」
朝っぱらから耳を塞ぎたくなるような会話が続き、三毛縞は茹でダコのように真っ赤になっていく。
「あら猫ちゃん先生はウブなのね。本当に可愛い」
「嗚呼。ウブなんだ」
二人から浴びせられる揶揄いの眼差しを、三毛縞は大きく咳払いをして振り払う。
「さて、リリ。そろそろ行こうか」
「……そうね」
鴉取の言葉に先ほどまで明るかったリリの表情に若干の影が落ちる。
「二人でどこかに出掛けるのかい?」
「ああ。これから真面目に仕事だよ」
立ち上がった鴉取を見上げながら三毛縞は数度瞬きを繰り返す。
「そうか。それなら僕はお暇したほうが良さそうだな」
「あら。猫ちゃん先生は一緒にこないの? クロウの助手なんでしょう?」
純粋な眼差しでリリは三毛縞を見つめる。
しかし三毛縞は原稿を書かなければいけない。息抜きにと喫茶店に誘いに来ただけで、彼らが仕事だというのであれば自室に戻って書いたほうがいいだろう。だが、全くもって原稿に向かう気力が起きない。
「ミケ。一緒に来るか? 息抜きになるかもしれないぞ」
「いいわね。私、もっと先生とお話ししたいもの」
悩んでいる三毛縞を誘うように鴉取は微笑み、リリは三毛縞の手を引いた。
確かに。外に出たらなにかいいものが思いつくかもしれない。どちらにせよ今の状態ではなにも生み出すことはできないだろう。
「……いく」
「ふふっ、じゃあ一緒に行きましょう」
悩んだ末の返答に、リリは嬉しそうに微笑んだ。
そして彼女は二人の男の間に入り、彼らの腕を引きながら部屋を出るのであった。
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