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第伍話「血ヲ吸ウ鬼」
血ヲ吸ウ鬼・伍
しおりを挟むそれから数日後の夜、三毛縞は鴉取を誘いスクイアルに夕食を食べにやってきた。
「君から食事に誘われるなんて珍しい。何かいいことでもあったのか」
「ああ、小説がもう少しで書き終わりそうなんだ。景気づけに外で食事を食べたくてさ」
これまで執筆に思い悩んでいた三毛縞の表情はとても晴れ渡っており、それをみた鴉取はどことなく安心したように微笑んだ。
「それはめでたいことだ。そんなことなら喜んで付き合おう。しかし、男二人でいいのか? どうせなら花街で芸妓を呼んでぱーっとやるのも……」
「いいんだよ、そんな金もないし。まだ完成したわけじゃないからね。近場で美味しい食事が食べられれば」
そうして二人は数日ぶりにスクイアルに入店した。
まだ閉店時間まではかなりあるというのに、客の姿は一人もいない。まるで休業しているかのようだった。
「……店、やってるんだよな?」
「——あっ、いらっしゃいませ!」
入り口で不安げに店内を見回していると、女給の兎沢が二人に気づきこちらにやってきた。
「と、兎沢さん……!」
「三毛縞さん、鴉取さん、お久しぶりです!」
まさか兎沢がいると思わず、三毛縞は目を丸くして硬直した。
明らかに様子がおかしくなった友人を見て鴉取はくすりと笑う。
「久しいな、ユキさん。ミケに誘われて夕食を食べにきたんだ。お店はやっているのかな?」
「もちろんです! どうぞお好きな席へ! 今店長を呼んできますね」
鴉取の言葉に兎沢はにこりと笑って店内へ促した。
「っ、ふふ……筆も乗り、意中の女性にも会えた。中々幸運じゃないか、三毛縞先生」
僅かに耳が赤くなっている三毛縞を茶化しながら店の奥へ進んでいく鴉取。
三毛縞はその言葉に何も言い返さず、友人の後に続いた。
*
「鴉取さん、三毛縞さん、こんな時にきていただいてありがとうございます。最近めっきりお客さんも減ってしまって困ってたんですよ」
食後、仕事がひと段落ついたのか店主が客席に赴き鴉取たちに声をかけた。
「巷は通り魔の噂が広まってますからね。夜ともなると出歩く人間もそうはいないでしょう」
「……兎沢さん、こんな遅くに出てきて大丈夫なんですか?」
三毛縞はそういいながらカウンターの奥で作業をしている兎沢を見た。
「危ないし、お客さんもそんなに来ないだろうから無理に出てこなくていいっていったのに」
「いいえ。最近体調不良でお休みしてたので、その分しっかり稼がないと! それに家がすぐ近くなんで大丈夫ですよ。店長一人じゃかわいそうですしね」
「あはは……確かに、手伝ってくれるのはとてもありがたいよ」
兎沢は店主と話をしながら、何かを持ってこちらにやってくる。
「はい、こちら食後の珈琲になります。私が淹れたんですよ!」
兎沢は嬉々として二人に珈琲を差し出した。
「ありがとう」
「……あ、あの。お砂糖、いただいてもいいですか?」
差し出された珈琲を見つめ、三毛縞が申し訳なさそうに手を上げた。
すると兎沢は一瞬目を瞬かせて、次の瞬間笑顔ではい、と頷く。
「今持ってきますね!」
そして兎沢は小走りで砂糖を取りにいく。その姿を三毛縞は目で追った。
「ミケ、見過ぎだぞ」
鴉取が声をかけても三毛縞はただじっと兎沢を見つめている。
「どうかしたのか?」
「……そう、か?」
「……いや。なんだか兎沢さんがいつもと違うような気がして」
三毛縞の呟きに、鴉取は僅かに眉をしかめ兎沢に視線を移した。
彼女は砂糖が入った入れ物を取りに行きすぐに戻ってきた。いつもと変わった素振りはない。
その後、珈琲を飲みながら兎沢と店主を交え四人で談笑に花を咲かせる。その間、時々ふと兎沢の視線が店の外を見ていた。まるで外の通行人をじっと見定めるように真剣に。
「……鴉取?」
三毛縞の声に鴉取は我に返る。
「ああ、いや。そういえば、ミケは今どんな話を書いているんだ?」
「あ、それ私も気になります!」
その問いに三毛縞は答えるべきか迷ったが、彼らにならばいいだろうと口を開いた。
「……血を吸う鬼の話だよ」
その答えに、その場にいた全員が驚き目を瞬かせた。
「血を吸う鬼って……この通り魔のことですか?」
「ええ。不謹慎かも……知れないですけど。とてもいい話が書けそうなんです」
「うん。それならば早く事件を解決しなければいけないな」
鴉取の言葉に三毛縞は不思議そうに首を傾げた。
「このまま事件が解決せず、さらに被害者が増えたらミケが一生懸命書いた小説が世に出ずお蔵入りになってしまうかも知れないだろう? 君の作品が読めなくなったら困るからな」
「解決って……手立てはあるのか?」
三毛縞は驚きながら鴉取を見た。
「ああ、きっと通り魔はもうすぐ姿を表すだろうよ。いつまでも姿を隠し続けるのも限界だろうからな」
鴉取は目を細め、にやりと怪しい笑みを浮かべた。
「店主殿、私たちが帰ったら店はどうするんだ?」
「……そうですね、お客さんももうこないでしょうし店じまいにしようかと」
その言葉を聞いた鴉取はほぉ、とどこか嬉しそうに頷く。
「それならミケ、ユキさんを家まで送っていってあげたらどうだ?」
「……は?」
なんの脈絡もない言葉に三毛縞は目を点にした。
そしてもう一度鴉取が同じ台詞を繰り返すと、三毛縞は鴉取と兎沢を交互に見やる。
「ちょっ、え、何いってるんだ」
「こんな物騒なご時世、まさか女性を一人で家まで帰すつもりかい?」
「三毛縞さんいいんですか?」
「え……ちょっと」
まるで全員で示し合わせていたかのように、三毛縞を置いて話はどんどん進んでいく。
「いや、三毛縞さんそれは助かります。私も兎沢さんを一人で帰すの心配だったので」
「じゃあ、決まりだな」
そうして三毛縞の意見は一切聞かず、兎沢を送っていくことになってしまった。
くつくつと笑いながら鴉取は三毛縞の耳元で何かを囁く。
「————え」
「————ミケ、送り狼にはなるなよ?」
最後に囁かれた言葉に三毛縞は顔を真っ赤にして立ち上がった。
そうして三毛縞が兎沢を送ることに決定し、食後の珈琲を楽しんだ後、喫茶スクイアルの店の明かりは消えたのであった。
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