ロイレシア戦記:青の章

方正

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第七話

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「で、何か言い訳はあるの?」
私とクロウは兵士達の宴から少しだけ離れた位置にある丸い木製のテーブルを挟んで座っている。
 兵士達は料理人が次々に作り出す料理を受け取っては、お互いに取り合ってにぎやかに食事を進めていた。
 酒は少しだけなら許可した。一分隊につきワインは4本だけ。
 少しだけクレームを受けたが、皆しぶしぶ承諾してくれた。
 酔い潰れた兵士なんて、武器の振り方を知らない一般人よりも役に立たない。
 クロウの方を見ると顔面には私が投げ付けた木の桶が当たった赤い跡が残っている。その跡を手でさすっている。
 テーブルの上に置いてある一口大に切り分けられ、トマトピューレーで味付けされた鳥肉にフォークを刺して一口で噛り付く。
 噛み砕いて飲み込んでからクロウを見ると申し訳なさそうに視線を伏せていた。
「……目の保養になりました」
思いっ切り、ブーツで左足の甲を踏みつける。クロウは小さい悲鳴を上げる。
 左足を抱き上げて苦悶の表情をしていた。再び睨みつけると苦笑いで返された。
 心の中でため息をついて、どうしようもない男だと改めて認識させられる。
「もういいわ、これ以上言ったところで何も進展が無さそうだからね」
銅製のコップに注がれた水を飲み干してから立ちあがって、手招きをしてクロウに着いて来るように指示をする。
 そうするとテーブルの上に置いてあったワインボトルを2本と小さい木製のコップを2個抱き抱えて私の背中を追う。
 クロウの腰にはいつもの剣を携えて、動きに合わせて揺れていた。
 ほとんど獣道になっている砂利道を進む。満月のお陰でいつもの夜に比べてはだいぶ明るい。
 私は腰の後ろで左手首を右手で掴んでゆっくりと体を揺らして歩く。私のバスタードの鞘と短剣が時折、ぶつかり小さい金属音が鳴り響く。
 林の中から聞こえる虫の鳴き声が心地良い。今日の昼間の戦いがまるで嘘のようだった。
「静かね。あなたは酒場の様な所よりも静かな方が好きでしょ?」
私は歩みを進めながらクロウに問いかける。
「そうっすね……お嬢の言う通りかもしれません。酒が一瓶、干し肉とチーズが数切れあれば十分ですかね」
相変わらず孤独を好む男。傭兵の時代が長かったゆえだろうか。
 小川のほとりに近づくと倒れていた丸太に腰を掛けて、ブーツを脱ぎ捨ててからズボンの裾をまくり上げてから裸足のままで、川の中へと足を入れた。水面に映るもう一つの世界には波打つ月が映っている。
 足から伝わる冷たさは心地よかった。夜風が吹き静かに木の葉を揺らし、髪の毛が乱れる。手で風に揺れている髪の毛を抑えてから、水面から満月へと視線を移す。
 三歩だけ歩いてから、クロウの方へと体ごと振り向いた。彼は2個のコップに赤ワイン注いでいた。もう一つは私の分。もう片方はクロウの左手に持って、少しずつ飲んでいる。
 私と視線が合うと静かに微笑む。クロウは静かに目を閉じて、ワインを口の中へと入れる。
「私にもそれ頂戴?」
そう言って、クロウは自分の分を持っていた分の丸太の上に置いて、私は川の傍まで移動する。
 そして、私の分をコップを右手で握って私に差し出した。両手で受け取ってから少しだけ口の中へと流し込んだ。
 目を閉じて、ワイン独特の渋さと微かな香りを味わう。息をゆっくりと吐き出しつつ、目を静かに開いた。
「ありがとう。美味しいよ、このワイン」
クロウに向かって笑みを返した。そうすると、クロウも微笑んでくれる。この温かい感覚はとても心地が良い。
 私は残りのワインを飲み干した。少しだけ体が熱くなったような気がする。
 近くの岩に腰を掛けてクロウと向き合うように座る。クロウはワインの入った瓶二つと自分のコップを取りに戻ると、私の正面で地面に足を曲げて座ると私のコップとクロウのコップにワインを追加で注いでくれた。
 再びほのかなブドウの甘い香りが漂い、鼻をくすぐる。
 そして、一緒に一口飲む。
「ねぇ、クロウの師匠ってどんな人?」
私は、水面に着けていた足を上げて、両膝を抱き抱えるように座る。
 その言葉を聞いたクロウは縁を指先だけで鷲掴みして飲んでいた。すると、体を前に少しだけ前側に倒すと両手で改めて握り直した。
 そうして、静かに目を閉じて春のそよ風に吹かれている。
 話無くないことだっただろうか。それとも、癇に障る事だったのか。
「構いません。ただ、どんな事を言っても驚かないでくださいよ?」
虚ろな目でそっと私の足元へ広がる水面と視線を移した。
 水面に映る月は丁度、私とクロウの間で輝いている。まるで、私とクロウの身分の差を明確に示しているかのように。
 私が知っているクロウの最初の記憶は屋敷前の酒場で暴れたのち、山の中で三日三晩で憲兵と兵士達相手に戦い続けたという事だけ。その前に何をしていたかは傭兵として戦場を駆け回っていたという。
「まずは俺の師匠も傭兵でした。まぁ、いろいろな武器を使って戦う人でしたが、特に好んで使っていたのはこの武器ですね」
腰にぶら下がっている刀を軽く叩いた。
 少し湾曲して切り裂く為に特化した武器。サーベルとは違い刀身の厚さも切れ味も違う。
 そして、クロウは抜刀術という鞘に納めた状態から音を超える斬撃を放つ事が出来る。
「俺は戦争孤児で師匠に拾われて、戦場を駆け巡る事になるんですが。最後まで俺を拾った理由は教えてくれませんでした。そして、俺も師匠の様に旅を始める訳です」
クロウの口から次々に師匠との思い出と、一人旅で戦った猛者たちとの思い出を語り続ける。
「ライトランス帝国の貴族内乱では死にかけましたよ。ハルバードがあんなに強いなんて思いませんでしたね」
 私はクロウの言葉に静かに聞いた。時折、ワインを口に運びながら。
 いつの間にか、お互いのコップの中にはワインが尽きていた。
「ねぇ、私にくれたあの短剣は何なの?いつでも、持っておくようにって言われたけど」
一通り聞き終えると私は質問を投げかけた。
 新しいワインの瓶のコルクを抜いてから、私のコップに注いでくれる。さっき飲んだワインよりも甘い匂いとまろやかな味がした。
 クロウも同じようにコップに注いでから、中身を軽く回して少しだけ飲む。
「師匠の遺言ですよ。『俺には守る者が居なかったからここで死ぬ、お前は命を懸けて守りたい人を見つけたらこの短剣渡せ』って」
私は短剣を腰のベルトから外してみる。赤い鞘に炎の様な模様が彫られている。短剣を抜いてみると、真っ白な刃と赤黒い刀身。
 その独特な刀身以外は特に変わったところはない。
 そして、静かに鞘に戻した。
「それでクロウは私を選んでくれたわけね?」
にやけた顔をしてクロウを見ると明後日の方へと視線を向けた。間違いなくこの男は照れている。
 この戦闘バカの思考は思った以上に単純だ。
「お嬢はホントに反則ですね。俺はただ、お嬢の為なら何しても構わないって思っただけですよ」
クロウはそう言葉を吐き捨てた。再びワインへと口を付ける。
 私にとっては嬉しい言葉。元々は私の騎士として選ばれる儀式的な試合だったが、ここまで思ってくれるなんてあの頃の私は思いもしなかっただろう。
 ヴィオの騎士である、第五騎士団元帥ヴァンからの攻撃を防いでくれた。
 国内でもクロウに勝てる戦士はどれだけいるだろうか。
 それからは雑談を繰り返した。出会ってからの頃。初めて共に戦争に出た事。この戦争について。
 丁度開けたワインは空になって、二つの透明な空き瓶がクロウの足元に綺麗に並んでいる。
「お嬢、そろそろ帰りましょう。明日に響きます」
かれこれ、1時間は過ぎただろう。正直、これ以上は明日の行動に影響が出てしまいそうだ。
 足を岩の上から降ろして水面の中へと足を付けたが、足の痺れと水底の小石でバランスを崩して前に倒れそうになる。
 そうすると、すぐに駆け付けてくれたクロウが私の身体を受け止めてくれた。
「あ、ありがとう。クロウ」
クロウの身体からゆっくりと体を離した。足に着いた水気を払ってからブーツを履く。
 私は心臓の位置へ左手で握り拳を作り、静かに置いた。ワインを飲んだからだろう、少しだけ心臓の動きがうるさい。
 クロウは中身が無くなった二本瓶と私とクロウのコップを重ねてから片腕で抱える。
「さっ、帰りましょうか」
来たときと同じ道を私が先頭に立って進む。その後ろを続くクロウ。
 正直、クロウの過去の話は興味はあったが、思ったよりも重い話だった。
 時折後ろへと視線を向けるが、目を閉じて夜風を感じているように遠い顔をしている。
 本来の騎士と君主の形は、ヴィオとヴァンの関係が正しいのだろう。
 それに比べて、私とクロウは異質だ。命懸けで守り守られる関係は本来の制約としては同じだけど、本来であれば正しい血統の元に二人が結ばれるもの。
 けれど、クロウは孤児で血筋なんてない。
 それに私は、現国王マクバーン様の元騎士の娘という事だけだ。
 私とクロウを繋げているものは、私がクロウからもらった短剣だけのような気がする。
 鞘をそっと触ってみる。赤い塗料で染められて木で出来た鞘が少しだけ温かく感じる。
 彼の師匠が私に問いかけているような気がした。
 お前はクロウに何を与える事ができるのか、と。
 私が与える事が物、クロウからは貰ってばかりのような気がする。
 体の向きを反対側へと変えて、クロウの胸の中へと飛び込むように抱き着いた。
「お、お嬢?何してるんで?」
クロウが持っていたワインの瓶は地面に落ちて、鈍い音がする。
 そっとクロウへ顔へ向けて視線を向けるとクロウの心臓の音が少しだけ早くなっていった。
「もし、クロウが誰よりも強い騎士に成れたら、あなただけの私になってあげるから」
クロウにだけに与える事が出来る物、それは私の未来。
 私とクロウの改めて結ぶ制約だ。
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