ロイレシア戦記:青の章

方正

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第十六話

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 焦げ付いた匂いが香る朝だった。
 風が吹くと匂いがより濃くなる。
 それと同時に頭の中であの、クロウ達が戦った昨日の光景が思い浮かんだ。
 予定の範囲よりも広く燃えた森の中では、自軍の兵士達が等間隔で見回りを行っているのが見える。
 私はその奥にある物をただ見つめていた。
「ここまで進めるまで、様々な人が物が犠牲になってしまいました」
制圧戦の会議が終わったテントから声をかけられる。
 振り返ると赤い髪に赤い瞳、朱色の軍服に身を包んで首からは緋の色をしたダイヤモンドのネックレスをさげている彼女がいた。
 視線を下げてから再び正面を向く。
「これは戦い。ヴィオは私の上になる存在だけど、こんなの上手く行くなんて思えない。本気なの?」
私の隣に立つと同じ視線で、同じ風景を見つめる。同じ光景が見えているとは思えなかった。
 彼女はずっと先を見つめているはず。この戦いが終わってからの事も。
 風に髪が揺れるヴィオはどこか人間ではない存在に感じてしまった。
「私は本気です。それと密偵からですが増援が要塞に向けて首都から出発したとの事です」
このタイミングで増援とは。そもそもいくつもの戦地を抜かれてしまっている相手からしては増援を要請するのは当然か。
 私が司令官だった場合だったら、間違いなく要請する。
 それよりも問題は数だ。
 城や要塞を突破には敵兵士の何倍もの戦力や物資が必要になる。
 増援が届く前に決着を付けたいだろう。増援が来ると分かったという事は戦いの期限が決まったという事だ。
「なぜ私達の国は帝国相手に進行を防ぐことができたと思いますか?」
真っ直ぐな目で私を見ると、手に持っていた茶色の紙に包まれた小包を渡す。
 開いてみると火打石式マスケット銃の銃身を短く切り詰めて、片手で握れるように銃尻を短くしてある。
 銃口は八角形の外周に綺麗な円系の穴が開いて、茶色の台に鋼鉄の筒を載せて引き金などは濃い茶色の金属が使われていた。
 それを二丁だ。
 私が使っている皮のベルトにはマスケット銃を納める為の輪っかが両方の太ももの位置にある。
 元々は長銃を納める箇所だが、長さが短くなっただけだ。装備する分には特に問題はないだろう。
「私達は優秀な戦術家や優秀な武将、それに武器の品質で数的不利を覆してきました」
グリップを握って持ち上げて側面を眺めると反対側に向ける。
 日の光を反射するほど銃身を磨き上げられていた。
「これがその一つという事?」
彼女は頷いた。私にこれを渡したという事は使って欲しいという事だろう。
 二つ束ねて、再び紙で包む。弾と弾薬は自軍のを使えばいい。
「フィオ、あなたには一番辛い事をお願いすることになります。申し訳ございません」
小さく俯いて私に言った。風に揺れる彼女の髪。
 これは私にしかできないこと。ヴィオが立てた作戦はこうだった。
 私を含めた師団が前線に立ち、敵の防衛部隊や迎撃部隊をすべて打ち倒して、別働隊が要塞内を占領するという事。
 指示は敵を引き付けるだけ。
 別動隊がどう動くか、機密という事で具体的な内容は知らせてくれなかった。他に指揮をする者達は動揺を示したが、サマル軍師がその場を沈めた。
 サマル軍師はヴィオが立てた作戦の事は既に聞いている様子だった。
「私はヴィオの事を信じるだけだよ。そうすれば、勝利に近づけるでしょ?」
そう言うと目を大きく開いて、私に微笑みを作って見せてくれる。
 大丈夫、私は、私達は何も間違えていない。
 この戦いが始まって二カ月と半分。やっとここまでたどり着いた。
 私の髪を揺らす風。目の前にちらつく髪を左手で左耳に乗せる。
「そう言って貰えて嬉しいです。今日と明日は前哨戦。明後日からが本番です……今のうちに万全に整えてください」
そして、ヴィオに一礼をしてその場を去る。本拠点の入口で待たせていたクロウに声を駆けた。
 退屈そうに柱に背を預けて腕を組んで、顔を下に向けて目を閉じていた。
 背を丸めて、クロウの顔を覗き込む。
「クロウ?帰るよ」
立て掛けていた刀を腰に携えて、柄に手を載せていつもの立ち姿になる。
 あくびをして傷みきった黒髪を指で弄っていた。
 周りに居た衛兵の視線が私達に突き刺さり、ひそひそと声が聞こえた。耳を澄ませば、あいつがヴァン騎士団元帥と共闘してバンディットを打ち倒したと会話が聞こえる。
 クロウは気にしていないようだった。
 私が視線を合わせると会話を辞めてどこかへと去って行った。
「噂になってるね。どんな気分?私の英雄さん?」
「やめてください、お嬢。全身が痒くなる。帰るんでしょ?」
私はにやけながらクロウの隣を歩いた。
 敵兵は森林地帯での戦闘をやめて、要塞前の開けた個所で迎撃する事にしたらしい。
 乱戦になる森の中よりも、大砲やバリスタの援護を受ける事ができるところで対面した形の方が確かに戦いやすくはある。
 そうなると相手は攻める必要は無いに等しい。
 要塞の防衛力で攻撃を徹底的に防ぎ、弱ったところを蹂躙する。それに増援を待てば彼らの勝ち。
 一方、私達は攻撃できる回数には限りがある上、常に効率が良い手を打ちつつ、先手を仕掛けなければならない。そして、時間制限ありという綱渡りしているみたいな戦況だ。
 この戦況をどうやって逆転させるのは、一軍人として気になる所。
「あのお姫様とは何を話してたんで?呼び出された人たちが出て行っても話し込んで居たみたいですが」
この男には細かい作戦を伝えても変わらない。
 私の護衛が主な仕事になる。つまりいつもと同じ。
 だから、私はこう言った。
「いつも通り、私を守ればいいだけ。細かい指示を受けるよりはいいでしょ?」
その言葉を聞いたクロウは歯を出して笑顔を作り出している。
 柄に乗せていた手を力強く握り占めていた。次の戦場を楽しみにしているのだろう。
 少しずつじりじりと暑くなりだした日差しが雲の合間から抜けて、一瞬だけ視界を眩ませる。
 太陽に手を伸ばして影を作った。この戦いでヴィオは皆を導く太陽で私は影の一人。
 父上は私にヴィオの友として戦う事を誓ったけど、友として戦えているようには思えなかった。従者としてはこれ以上のパフォーマンスは無い。それは優秀な兵士としての話。
 友として戦いたかった。
 ヴィオは敵将軍と戦っている時に駆けつけてくれた。
 私は何をするべきなのだろう。立場とは違う、対等な関係に私はなりたい。
 同じような状況になったら、同じような事が起きるだろうか。
 もし、ヴィオが戦地の真ん中に残されていたら、単騎突撃で救援に向かえるだろうか。
 再び太陽は雲に隠れてしまった。それに合わせて、影を作っていた手を降ろす。
「お嬢はよくやってくれていますよ」
「それは……みんなが良くやってくれているからで、別に私のおかげなんかじゃない」
私の頭にポンと何かが乗った。形からして手の平、クロウの分厚い皮に覆われた手。
 乱れる私の髪の毛。瞼を半分落して、クロウを睨み付ける。
 へらへらした笑みを浮かべていたクロウの手を振り払う。
 両手で私は乱れた髪の毛を整える。小さく息を吐いてため息を付いた。
「何するのよ、バカ!……けど、ありがとう」
私はクロウに視線を合わせて、笑みを浮かべる。
「さっ、帰りますよ。皆が待ってる」
先を歩く彼の後ろを進む私。楔帷子を仕込んだコートを揺らして、左腰からは一本の鞘が出ている。
 私は腰辺りの部分を摘まんで、クロウと歩く速度を合わせた。
 摘まんだことに対しては何も反応を示さなかった。特に気にしていない様子。
 新しい戦いまで約一日と半分以上。既に新兵や熟練兵すらも失ってしまっている。
 今はただ、彼らにしっかりと休んでもらおう。
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