8 / 37
ヴィルハント平原(現在、書き直し作業中)
1-7.全て引きつけた物ならば
しおりを挟む
――やはり、薄い。俺たちの色は至って普通なのだが、やはりこの世界は全体的に色褪せているようだ。まるで絵本の中に閉じ込められたかのような、そんな錯覚すら覚えてしまう。
そのまま違和感はずるずると引きずられていくが、他の二人はどのように感じているのだろうか。
「な、なぁ……」
「はい、なんですか?」
山中が俺の言葉に反応して、顔をこちらへと向ける。
それにしても、昨日今日で随分と馬の扶助が上手くなったもんだ、やはり彼には将来性がある。
「なんか、薄くね?」
「……薄いって、何がですか?」
「へ? あ、いや……なんか、世界全体が、色が消えてるっていうか、そんな感じの――」
「へぇ、君には薄く見えてるんだ」
ヨトが横から会話に入ってきて、予想外の言葉を投げてきた。
「え、どういう事?」
「なんだろうね、私は寧ろ濃く、というよりは暗く見えるんだ。ちょっと陽が落ちたのかなって思ったけど、君の話聞く限り違うみたいだね」
この世界の褪せを見れば、彼女の言っている事は分かる。
山中はどうやらどういう意味か分かっていないらしい……彼には普通に見えて、俺達には異常に見えている。俺とヨト、そして山中の違いというのは――この異世界での生活日数、というのがまず挙がるだろうか。
彼女がどうかは分からないが、少なくとも俺は山中よりも生きている、つまりこの異世界での体験が多くなればなるほどここでの色が濃くなる、とかそういうわけではないみたいだ。ならば一体何に起因しているのだろうか。
とりあえずは疑問を頭の片隅にしまいこんで、また何かこの世界での情報を得た時に思索にふけよう。
――ヨトが、刀を抜いた。相変わらずその刀は、僅かに黒紫の炎を帯びている。
「……ねぇ、今度は私から、いい?」
「う、うん、どうした?」
突然ヨトが真剣な口調で聞いてくるので、少し驚いてしまった。何か気付いたなら早く言って欲しい、特に敵とか、そういう情報なら特に――
「――そこにいる、黒い化物は見えない?」
「へ? 黒い――」
「そっか見えないんだね、ならいいよ」
ヨトが空中に向かって刀を振ると、ゆがんだ空気が刃となってこちらまで飛んでくる。すると、突如目前から黒い飛沫が飛んできた。
「うわっ、何じゃこりゃ!?」
その飛沫は身体中を覆って、俺の服や肌にじっとりとまとわりついた。肌の上でうぞうぞとし、まるで身体のなかに浸透していくような感じがして――
「きっもちわりぃ! うわっ、何だよこれ!」
必死になって肌や服をはたく、若干こびりつくが取れないものでもなく、取れた跡は綺麗スッキリしている。
「ちょっと、ヨトさんやめてくださいよ!」
どうやら山中にも飛沫がかかったようで、彼もこの気持ち悪いものの除去に悪戦苦闘しているようだ。
「ごめんね、でも見えてないけどこの血は飛んでる、ってことはこいつは本当にそこにいるって事でいいんだね?」
どうやら彼女にしか見えない透明人間のような敵がいるらしく、ヨトしか認知できないのなら俺らはただ彼女の活躍を祈るしかない。
ヨトは一つ舌なめずりをした後、深く短い祈りを捧げた。途端にシンキが興奮していくのが分かる、恐らくはまた、あの舞踏を始めるつもりなのだろう。
――刹那、上からシャワーのように黒い血飛沫が降り注いできた。
「ちょちょちょっ、何が起きてんだよこれっ!」
「わっ、分かりませんけど、ヨトさんが頑張ってるんですよ!」
せめて被害を最小限にとどめようと、背負った盾を片手に、上へと伸ばして傘の代わりとして使った。
上を見ると、後ろから降り注いでくる飛沫――振り向けば、空中に浮いているヨトがいた。いや、正確に言えば何かに乗っかっているヨト。
彼女は一心不乱に片手で何かを掴みながら、刀を突き刺しては抜き、突き刺しては抜きを繰り返している。そこからは黒い飛沫と同時に紫の火花が飛び散り、謎の生物の体液を燃しているようだった。
シンキに至っては、何もない空間に向かって何度も何度もタックルを繰り出している――彼女らには一体何が見えているのだろうか。ただ一つ、彼女の位置を見てみれば、それが非常にでかい怪物であることが分かる。
いつしか俺は馬を止めていて、彼女の方を向いていた。このまま彼女を置いておけば、恐らく俺達はその見えぬ何かに狩られるのであろう。
山中だって気持ちは同じらしい、俺の馬の近くに寄り、彼女の動向をうかがっている。
ヨトは、最後に一つ刀を横にして、首を掻っ切るような動作で一気にそれを引いた。
黒い血飛沫は辺りを覆い、既に草地が黒い泥の湿地と化していた。
「ちょっ、そんなところにいないでよ! もっと遠くに離れて遠――」
そう叫びながら俺達の方を見たヨトの顔が、一気に青ざめていった。
「走れ! 私は後で追いつくから、全力で走ってさっさと行け! 私達は後で追いつくから、前だけ見て走ってろ!」
部分部分が金切声と化していて、その表情は、焦燥、恐怖、絶望で満ちていた。
俺達はただそれを聞いた後、何も言わずに前を向き直し、無言のまま馬を走らせた。それも全力で、彼女のリクエスト通りにただ前だけを向いて、ひたすらに走っていった。
「山中、ついてきてるか?」
「ちょっと早いけど、だ、大丈夫です!」
非常に速く馬を走らせているので、山中がついてこれているか不安だったがまずは一安心だ。俺は振り向いて彼の姿を急いで探り、横並びになった後に盾を手渡す。
「これ、使え」
「えっ、それタジさんの……」
「俺は槍がある。直剣だけじゃ心もとないだろ?」
「――あ、ありがとうございます」
山中はあまり躊躇わず素直に盾を受け取ってくれた。そのまま付かず離れずの距離で槍を手にし、短く祈りを捧げる。
ヨトの風技で思い出したが、こんなものもあったっけか。滅多に使わないが風棘という負担の軽い槍技があり、それならば当てずっぽうでダメージを与えられるかもしれないと考えた。
――生温かいものに包み込まれるのを感じた後、目を開いて、槍を投げるような要領で……突く!
鋭い風が風棘となって空中を飛ぶ。そのまま辺りを手当たり次第突き、二つ三つと風棘を飛ばしていった。
その一つが何かに突き刺さり、飛沫が散る。山中の近くだ。
彼はそれに気付くと急いで俺の手渡した盾を構える。何かが盾の上にのしかかってきたような苦しそうな姿勢になったため、急いで更に二つの風棘を飛ばした。
盾の上のそれが軽くなったようで、山中はそれを押し返すと更に馬を速く走らせた。
「なっ、何かに潰されそうになりました! タジさんの方も気をつけてください!」
「おう、こりゃ何かいるっていうのが確定だな」
ヨトがいないまま、一人でこのクエストを受けていたら俺はどうなっていたのだろうか――そもそも、この空間に入れたどうかすら疑わしく、そうなったらもう面倒くさくなって破棄していただろう。
――色褪せた世界に、少しずつだが色がついてきているように感じる。馬を走らせていくうちに、鮮明に、色づいていって……
――後ろを見ると、赤く大きな瞳がこちらをじっと見ていた。
「うわっ!?」
「どうしたんですかタジさ――ヒッ」
どす黒い一つ目の巨人が、四つん這いになりながら俺達を捕らえようと手を伸ばしている。ぐりぐりとしたおぼつかない瞳がこちらを見据え、イボだらけの指で俺達の身体を摘もうとしている。
しかし世界が色づいたその境目に壁があるらしく、その壁に阻まれて向こうから先には入れないようだった。
「……」
馬から降りて、巨人を見つめる。
先程のヨトにはこの巨人が見えていたのだろう。確かに人の形をしているが、全く出来損ないだ。この黒い物体を継ぎ接ぎして、なんとか人の形を保っているような物体。ここから先に来れないのなら、俺は全くこの異物を恐れる理由がない――こっち側にいる限り。
その巨人の目に槍を突き入れると、黒い飛沫だけはこちらに飛んでくる。先程のヨトの行動の意味が分かった、こいつのまぶたと思しき場所を掴んで、一生懸命突き刺していたんだろうか。
――にしても、驚くほど反応が無い。目玉を思いっきり突いたのに、呻き一つ、身動ぎ一つしない。ただただこちらを摘もうと必死になっている。
「タ、タジさん、ちょっとかわいそうじゃないですか?」
すこし尻込み気味で俺の後ろについていた山中がそう言ってくるが、何故かわいそうだと思えるのかが分からない。
そのまま目玉の中で槍を動かすと、ぶちぶちと目玉の筋繊維のような黒物質が千切れていく音が聞こえてくる。目玉を蹴って槍を引っこ抜き、考える。
「見ろ、全く痛みを感じていないんだぞこいつは。山中くんだったら、どう殺す?」
「えっ、どうって……首を、掻き切る?」
「できれば良いんだけどねぇ」
ヨトの最後に行っていた行動、あれがヒントになるだろうか。とりあえずは真似をしようと思い槍で何度も目玉を突いてみるが何も変わらない。
「ちょ、ちょっと、飛び散るのでもうやめましょうよ! こいつがこっちに来ないなら、もういいじゃないですか!」
ビクビクと後ろで盾を構えながら中山が一言、これ以上やっても何も変わらないだろうしもう相手にする必要もないだろう。問題は――
「ヨトは?」
「えっと、こ、こいつが邪魔で見えないですね……」
どんなに目玉を突かれようと、ただただこっちを摘もうとしてくる。横に動くと這いずってきてまたこちらを摘もうとしてくる。
「ヒィッ! あぁ、もっ、もう……タジさん、こんなの殺しちゃってくださいよ!」
よほど心臓を冷やされたようだ、山中は冷や汗をたっぷりかいてそうな声で訴えてきた。
これでは埒が明かないが、馬に乗れば回避できるのは分かっている。見えない壁の向こうに行ってしまわないように気をつけながら、俺は馬に乗って向こうの様子を伺った――
――巨人が一斉に、一箇所に群がっていた。恐らくはその中央にヨトがいて――
「っ!? あの馬鹿っ! おい山中、盾を返せ!」
「ちょっ、ちょっと待っててください! ヨトさんは、ヨトさんはどうなっ――ちょっ、なんですかあれは、まずいですよ! どうするんですかタジさん!」
俺が叫ぶと、山中は急いで馬に乗りこちらへ向かってきた、途中であの惨状を見たらしく、盾を渡す手が大きく震えている。
「盾ありがとう、さーて……山中、ちょっとここで待っててくれ。もし帰ってこなかったら、そのまま先に進んでてくれないか」
山中は不安げな顔で俺を見るが、それ以上何も言ってやれなかった。そのまま彼を無視して、巨人の数を見る。
群がっているところはすぐに分かる、周辺には一、二匹うろついてる奴がいるだけだ。
それだけで十分だ、ここから見ていれば思っていたより奴らの動きは鈍重、ヨトならどうにかできているんじゃないか。
俺はただそこに向かって、馬を走らせた。
「タジさっ――」
「大丈夫だって、絶対帰ってくるからな!」
――やはり色褪せる、どんどん色が薄くなっていって、巨人たちの姿はすぐに見えなくなった。ヨトの姿があるなら、見えるはずだが……
「……ッ!!」
誰も、自分を犠牲にしろだなんて言ってない。ただ彼女は、見えない俺達のために誘導をしたのかもしれない。しかし、俺達を逃がす為に自分への意識を疎かにしろ、とかそんな事は誰も望んじゃいない。
ヨトの身体は宙に浮いていた。横たわり、浮かんで、まるで泥人形のような状態だった。彼女の刀はその傍らに刺さったまま、同じく浮いている。
――そして、その足元にいるシンキだけが必死に動き回っていた。巨人の攻撃を避けているのだろう、彼らの集中攻撃を避けながら主人を救う機会を伺っているのだろうか。
「ははっ……」
乾いた笑いが漏れた。
――いつの間にかシンキの姿が大きく見えていて、すでに巨人の足元にいることを悟る。
「痛みも感じてないならよ……こうしてもいいってことだろ!」
俺は、そこいらを手当たり次第槍で突いていき、確かにそこに黒飛沫が飛ぶのを確認した。そのまま周辺を手で掴むと、手応えがある。そこから巨人の身体を思い出し、自分が今どこにいるのかを考えながらその巨体を登っていった。
するすると登っていき、あっという間にヨトのところにたどり着く――正確に言えば、ヨトが視界の一直線上にいるところに。
「……ったく、そんな心配する必要無いのにさ。でもまぁ助けてくれたっていうなら、それに応えないと」
盾を構え、巨人の身体に押し付ける。確かにここだ、背中辺りだろうか。そこに突き刺した槍をしっかりと握り、身体から落ちないように身体を支える。
――そのまま、深く集中し、イメージの中で一気に駆け抜ける!
身体が一気に引っ張られるのと同時に、盾がそのまま巨体を貫いていき、一気にヨトの元へ、物量など無視して辿り着くことができた。
とはいえそれもこの突進の最中、一瞬でその身体を小脇に抱え、そのまま巨人の大群の身体の中を駆け抜けた。
やめどきが分からず、ただただ集中力の続く限り、突進を続けた。次第に集中力が切れ、俺の身体は少女を抱えたまま宙を落下していく。
――彼女の相棒が、宙に舞った俺を見事背中でキャッチしてくれた。
「……ありがとう、シンキ」
シンキはそのまま速く走り始め、巨人から遠ざけようとしてくれているようだ。
その間に、小脇に抱えた彼女を前に下ろしてから、槍を背負ってその上に盾を重ねる。
泥人形のようになったヨトの顔にこびりついた血を落とすと、すぐに咳き込み意識を戻した。
「けほっ、けほっ!……んえ? あれ、なんで?」
「思い出せないか?」
「あー、捕まっちゃったんだ、でもなんで?」
「ん、なんでって?」
「いや、なんで戻ってきたんだって!」
「助けるために決まってんだろ!」
助けられた彼女は、何故か納得がいかないようだった。そのまま前を向き直すと、身体中の血をはたき落としてから馬の扶助を始めた。
「良く分かんないけどありがとう、でもどうやって助けたのさ」
「あるところを境目にしてだな、巨人共が見えるようになったんだ」
「ふーん、今は?」
「見えないよ」
「不思議だねぇ、まぁいいや君はシンキちゃんに乗っててよ、私は君の馬に乗って帰るから」
「えっちょっとどういうこと?」
ヨトは突然こっちを振り向いて、俺の手を両手で握ると笑顔で一言、
「ありがとうってこと」
彼女はそのまま馬を飛び降りると、そのまま大地を走っていった。
「ちょっ、何やってんだよ戻ってこいって! また捕まったらどうすんだ!」
「大丈夫大丈夫!」
やっぱダメだ、彼女を放っておけない! また何か無茶をするつもりだ、大方予想はつく、あの刀を取り戻すんだろう。なら俺のできることっていうのは――
彼女はするすると巨人の上を登っていく。見えない俺は槍で突いて手探りで登るのが精一杯だったが、見えたらあそこまで違うのだろうか。にしても身のこなしが軽すぎる、俺には到底あんな動きできないだろう。軽々と山を登っていくかのような動きは、見ていて惚れ惚れするものだ。
恐らく頭頂部まで辿り着いたのだろう、頭の上から何かを探している。俺はすかさず、彼女に聞こえるよう、必死に大声で叫んだ。
「お前からみて左前だ! 左前のやつに刺さってる!」
俺なら、彼女の捜し物の位置を一発で見ることができる。俺の言葉が無事届き、彼女はそのまま刀を取ることができたようだ。
そのまま降りてくる彼女を俺はシンキを動かして迎えようするが、俺の思うとおりには動いてくれなかった。
巨人を避けているのだろう、俺はそのままシンキを信じてヨトの方へと向かった。それに気付いた彼女は、シンキが脇に近付くとすぐに俺の前に飛び乗る。
「どうも、お陰で大事なものを取り返せたよ、君がパートナーで良かったかな!」
「……おう!」
ヨトから素直な笑顔を受け取って、俺も素直にそれに応える。そのままシンキが俺の乗っていた馬に近付くと、ヨトはそいつに飛び移った。
「ほいやっ、動け!」
ヨトは燃えた刀の峰で馬の尻を引っ叩くが、馬は全く動かなかった。
「むっ、何だよこいつ反抗期か!? おいタジ、ちゃんとしつけてよ!」
「えぇ……」
いつもの調子に戻ったようだ、ヨトは馬の腹をちょいちょい蹴って、普通に走らせていった。シンキはそのまま、馬の横に並んで走り出した。
――にしても、シンキは本当に凄い馬だ。ここまで調教されている馬というのも見たことがない、というより人並みの自我を持っているといっても過言ではない。
「それで、ちょっと詳しく聞かせてくれないかな? 巨人が見えた経緯っていうの?」
「あぁ、そうだな……」
俺は山中と一緒に見たものを、全てヨトに話した。
「へぇ……っていうと、あそこでなんか一人だけ犬の真似してるのが、例のそいつってわけだ」
「そうそう、あそこを堺に壁があって、その向こうで山中くんが待ってくれている」
山中は、彼の馬と一緒に確かに向こうで待ってくれている。さっさと壁の向こうにいって、さっさと桜を探しに行こう。
「タっ、タジさんに……ヨトさん、大丈夫でしたか!?」
「あいよー、おかげ様でばっちり快調だよ!」
「ほらっ、世界の色もここで戻るでしょ?」
「そうだね、あんな気持ち悪い世界もう二度と見たくないなぁ、明るいだけでこの化物共も大分印象が変わるねぇ」
見えない壁の向こうで遂に三人集まり、再会を喜んだ。
ヨトは後ろの巨人を見てしみじみとしているようだ、そうだった、ここからならあいつらが――
「――ひゃあああっ!?」
「どうしたんですかタジさ――きゃあああっ!」
女の子みたいな叫び声を出してしまった。確かにこっちからならあの巨人共が見れるのだが……
そこにはまさしく巨人の壁とでもいうべきか、何体もの巨人が集まってこちらを捕まえようと何度も手を伸ばそうとしている姿があった。視界にはいくつもぎょろついた赤い目玉が映り、蠢く赤い目目連のようだ。
こんなのが暗い世界に、赤い目玉を光らせて何匹も何匹もやってくる様を想像すると、確かにこれ以上怖いものなんて無い。情けない話だが見えなくて良かったかもしれない。
「あははっ、なんで乙女よりも乙女っぽい反応してるんだろうね!」
――その光景を目撃していた当の本人は俺達を茶化す程には余裕のようだ、もう彼女には頭が上がらない。
「じゃあ行こっか、さっさと桜探すよ!」
俺達は馬をもとに戻して、そのまま巨人達から離れるように、桜を探しに緑の草原を駆けていった。
――後ろを見ると、巨人の壁がどんどん小さくなっていく。ここで巨人が見えている人間と見えていない人間の違いというのが一つ分かる。
見えている人間は非常に巨人を引きつけやすいということだ、言うまでもないが。ヨトに群がったのも、ヨトがきてから大量の巨人がへばりついたのも、彼女に引き寄せられたんだろう。
となれば、やはり自然と彼女の持つあの刀が気になってくる。思えばこの世界、このクエストじゃほとんどヨトが主役だ。ヨトにしか開けない世界をひらき、更にはこの世界にはヨトにしか見えない敵がいた――見えない壁を越えるまでは――。
……この世界に、ヨトあるいは彼女の持つ刀が深く関わっている事は間違いない。そしてヨトが刀を手に入れるクエストで得た情報、ヴィルムの双英雄タジャとナッキ、そして彼らが打ち倒した闇の大王。空間の歪の中にいた巨人の黒い血と、刀の纏った黒紫の炎に、依頼文を燃やした炎、そしてこの世界へと導いた黒い液体の滴る炎、そして彼女だけに見える暗い世界――思い返せば明らかだ。これら全ての事象は、全て一つのワードに関連付ける事ができる……
”闇”
……もしかしたら俺達は、これから意図せず大きな物語の幕引きをすることになるのかもしれない。
――波の音が聞こえてきた。静かで心地よい、海の音が聞こえてくる。そのまま、二つの岩山に挟まれた道を進み続けると広い場所に出た。
その向こうには海が見えた。
小さく起伏した草原の最果てには、一本の桜が咲き誇っている。
その前で一人、薄灰色のローブを羽織った老人が佇んでいた。
そのまま違和感はずるずると引きずられていくが、他の二人はどのように感じているのだろうか。
「な、なぁ……」
「はい、なんですか?」
山中が俺の言葉に反応して、顔をこちらへと向ける。
それにしても、昨日今日で随分と馬の扶助が上手くなったもんだ、やはり彼には将来性がある。
「なんか、薄くね?」
「……薄いって、何がですか?」
「へ? あ、いや……なんか、世界全体が、色が消えてるっていうか、そんな感じの――」
「へぇ、君には薄く見えてるんだ」
ヨトが横から会話に入ってきて、予想外の言葉を投げてきた。
「え、どういう事?」
「なんだろうね、私は寧ろ濃く、というよりは暗く見えるんだ。ちょっと陽が落ちたのかなって思ったけど、君の話聞く限り違うみたいだね」
この世界の褪せを見れば、彼女の言っている事は分かる。
山中はどうやらどういう意味か分かっていないらしい……彼には普通に見えて、俺達には異常に見えている。俺とヨト、そして山中の違いというのは――この異世界での生活日数、というのがまず挙がるだろうか。
彼女がどうかは分からないが、少なくとも俺は山中よりも生きている、つまりこの異世界での体験が多くなればなるほどここでの色が濃くなる、とかそういうわけではないみたいだ。ならば一体何に起因しているのだろうか。
とりあえずは疑問を頭の片隅にしまいこんで、また何かこの世界での情報を得た時に思索にふけよう。
――ヨトが、刀を抜いた。相変わらずその刀は、僅かに黒紫の炎を帯びている。
「……ねぇ、今度は私から、いい?」
「う、うん、どうした?」
突然ヨトが真剣な口調で聞いてくるので、少し驚いてしまった。何か気付いたなら早く言って欲しい、特に敵とか、そういう情報なら特に――
「――そこにいる、黒い化物は見えない?」
「へ? 黒い――」
「そっか見えないんだね、ならいいよ」
ヨトが空中に向かって刀を振ると、ゆがんだ空気が刃となってこちらまで飛んでくる。すると、突如目前から黒い飛沫が飛んできた。
「うわっ、何じゃこりゃ!?」
その飛沫は身体中を覆って、俺の服や肌にじっとりとまとわりついた。肌の上でうぞうぞとし、まるで身体のなかに浸透していくような感じがして――
「きっもちわりぃ! うわっ、何だよこれ!」
必死になって肌や服をはたく、若干こびりつくが取れないものでもなく、取れた跡は綺麗スッキリしている。
「ちょっと、ヨトさんやめてくださいよ!」
どうやら山中にも飛沫がかかったようで、彼もこの気持ち悪いものの除去に悪戦苦闘しているようだ。
「ごめんね、でも見えてないけどこの血は飛んでる、ってことはこいつは本当にそこにいるって事でいいんだね?」
どうやら彼女にしか見えない透明人間のような敵がいるらしく、ヨトしか認知できないのなら俺らはただ彼女の活躍を祈るしかない。
ヨトは一つ舌なめずりをした後、深く短い祈りを捧げた。途端にシンキが興奮していくのが分かる、恐らくはまた、あの舞踏を始めるつもりなのだろう。
――刹那、上からシャワーのように黒い血飛沫が降り注いできた。
「ちょちょちょっ、何が起きてんだよこれっ!」
「わっ、分かりませんけど、ヨトさんが頑張ってるんですよ!」
せめて被害を最小限にとどめようと、背負った盾を片手に、上へと伸ばして傘の代わりとして使った。
上を見ると、後ろから降り注いでくる飛沫――振り向けば、空中に浮いているヨトがいた。いや、正確に言えば何かに乗っかっているヨト。
彼女は一心不乱に片手で何かを掴みながら、刀を突き刺しては抜き、突き刺しては抜きを繰り返している。そこからは黒い飛沫と同時に紫の火花が飛び散り、謎の生物の体液を燃しているようだった。
シンキに至っては、何もない空間に向かって何度も何度もタックルを繰り出している――彼女らには一体何が見えているのだろうか。ただ一つ、彼女の位置を見てみれば、それが非常にでかい怪物であることが分かる。
いつしか俺は馬を止めていて、彼女の方を向いていた。このまま彼女を置いておけば、恐らく俺達はその見えぬ何かに狩られるのであろう。
山中だって気持ちは同じらしい、俺の馬の近くに寄り、彼女の動向をうかがっている。
ヨトは、最後に一つ刀を横にして、首を掻っ切るような動作で一気にそれを引いた。
黒い血飛沫は辺りを覆い、既に草地が黒い泥の湿地と化していた。
「ちょっ、そんなところにいないでよ! もっと遠くに離れて遠――」
そう叫びながら俺達の方を見たヨトの顔が、一気に青ざめていった。
「走れ! 私は後で追いつくから、全力で走ってさっさと行け! 私達は後で追いつくから、前だけ見て走ってろ!」
部分部分が金切声と化していて、その表情は、焦燥、恐怖、絶望で満ちていた。
俺達はただそれを聞いた後、何も言わずに前を向き直し、無言のまま馬を走らせた。それも全力で、彼女のリクエスト通りにただ前だけを向いて、ひたすらに走っていった。
「山中、ついてきてるか?」
「ちょっと早いけど、だ、大丈夫です!」
非常に速く馬を走らせているので、山中がついてこれているか不安だったがまずは一安心だ。俺は振り向いて彼の姿を急いで探り、横並びになった後に盾を手渡す。
「これ、使え」
「えっ、それタジさんの……」
「俺は槍がある。直剣だけじゃ心もとないだろ?」
「――あ、ありがとうございます」
山中はあまり躊躇わず素直に盾を受け取ってくれた。そのまま付かず離れずの距離で槍を手にし、短く祈りを捧げる。
ヨトの風技で思い出したが、こんなものもあったっけか。滅多に使わないが風棘という負担の軽い槍技があり、それならば当てずっぽうでダメージを与えられるかもしれないと考えた。
――生温かいものに包み込まれるのを感じた後、目を開いて、槍を投げるような要領で……突く!
鋭い風が風棘となって空中を飛ぶ。そのまま辺りを手当たり次第突き、二つ三つと風棘を飛ばしていった。
その一つが何かに突き刺さり、飛沫が散る。山中の近くだ。
彼はそれに気付くと急いで俺の手渡した盾を構える。何かが盾の上にのしかかってきたような苦しそうな姿勢になったため、急いで更に二つの風棘を飛ばした。
盾の上のそれが軽くなったようで、山中はそれを押し返すと更に馬を速く走らせた。
「なっ、何かに潰されそうになりました! タジさんの方も気をつけてください!」
「おう、こりゃ何かいるっていうのが確定だな」
ヨトがいないまま、一人でこのクエストを受けていたら俺はどうなっていたのだろうか――そもそも、この空間に入れたどうかすら疑わしく、そうなったらもう面倒くさくなって破棄していただろう。
――色褪せた世界に、少しずつだが色がついてきているように感じる。馬を走らせていくうちに、鮮明に、色づいていって……
――後ろを見ると、赤く大きな瞳がこちらをじっと見ていた。
「うわっ!?」
「どうしたんですかタジさ――ヒッ」
どす黒い一つ目の巨人が、四つん這いになりながら俺達を捕らえようと手を伸ばしている。ぐりぐりとしたおぼつかない瞳がこちらを見据え、イボだらけの指で俺達の身体を摘もうとしている。
しかし世界が色づいたその境目に壁があるらしく、その壁に阻まれて向こうから先には入れないようだった。
「……」
馬から降りて、巨人を見つめる。
先程のヨトにはこの巨人が見えていたのだろう。確かに人の形をしているが、全く出来損ないだ。この黒い物体を継ぎ接ぎして、なんとか人の形を保っているような物体。ここから先に来れないのなら、俺は全くこの異物を恐れる理由がない――こっち側にいる限り。
その巨人の目に槍を突き入れると、黒い飛沫だけはこちらに飛んでくる。先程のヨトの行動の意味が分かった、こいつのまぶたと思しき場所を掴んで、一生懸命突き刺していたんだろうか。
――にしても、驚くほど反応が無い。目玉を思いっきり突いたのに、呻き一つ、身動ぎ一つしない。ただただこちらを摘もうと必死になっている。
「タ、タジさん、ちょっとかわいそうじゃないですか?」
すこし尻込み気味で俺の後ろについていた山中がそう言ってくるが、何故かわいそうだと思えるのかが分からない。
そのまま目玉の中で槍を動かすと、ぶちぶちと目玉の筋繊維のような黒物質が千切れていく音が聞こえてくる。目玉を蹴って槍を引っこ抜き、考える。
「見ろ、全く痛みを感じていないんだぞこいつは。山中くんだったら、どう殺す?」
「えっ、どうって……首を、掻き切る?」
「できれば良いんだけどねぇ」
ヨトの最後に行っていた行動、あれがヒントになるだろうか。とりあえずは真似をしようと思い槍で何度も目玉を突いてみるが何も変わらない。
「ちょ、ちょっと、飛び散るのでもうやめましょうよ! こいつがこっちに来ないなら、もういいじゃないですか!」
ビクビクと後ろで盾を構えながら中山が一言、これ以上やっても何も変わらないだろうしもう相手にする必要もないだろう。問題は――
「ヨトは?」
「えっと、こ、こいつが邪魔で見えないですね……」
どんなに目玉を突かれようと、ただただこっちを摘もうとしてくる。横に動くと這いずってきてまたこちらを摘もうとしてくる。
「ヒィッ! あぁ、もっ、もう……タジさん、こんなの殺しちゃってくださいよ!」
よほど心臓を冷やされたようだ、山中は冷や汗をたっぷりかいてそうな声で訴えてきた。
これでは埒が明かないが、馬に乗れば回避できるのは分かっている。見えない壁の向こうに行ってしまわないように気をつけながら、俺は馬に乗って向こうの様子を伺った――
――巨人が一斉に、一箇所に群がっていた。恐らくはその中央にヨトがいて――
「っ!? あの馬鹿っ! おい山中、盾を返せ!」
「ちょっ、ちょっと待っててください! ヨトさんは、ヨトさんはどうなっ――ちょっ、なんですかあれは、まずいですよ! どうするんですかタジさん!」
俺が叫ぶと、山中は急いで馬に乗りこちらへ向かってきた、途中であの惨状を見たらしく、盾を渡す手が大きく震えている。
「盾ありがとう、さーて……山中、ちょっとここで待っててくれ。もし帰ってこなかったら、そのまま先に進んでてくれないか」
山中は不安げな顔で俺を見るが、それ以上何も言ってやれなかった。そのまま彼を無視して、巨人の数を見る。
群がっているところはすぐに分かる、周辺には一、二匹うろついてる奴がいるだけだ。
それだけで十分だ、ここから見ていれば思っていたより奴らの動きは鈍重、ヨトならどうにかできているんじゃないか。
俺はただそこに向かって、馬を走らせた。
「タジさっ――」
「大丈夫だって、絶対帰ってくるからな!」
――やはり色褪せる、どんどん色が薄くなっていって、巨人たちの姿はすぐに見えなくなった。ヨトの姿があるなら、見えるはずだが……
「……ッ!!」
誰も、自分を犠牲にしろだなんて言ってない。ただ彼女は、見えない俺達のために誘導をしたのかもしれない。しかし、俺達を逃がす為に自分への意識を疎かにしろ、とかそんな事は誰も望んじゃいない。
ヨトの身体は宙に浮いていた。横たわり、浮かんで、まるで泥人形のような状態だった。彼女の刀はその傍らに刺さったまま、同じく浮いている。
――そして、その足元にいるシンキだけが必死に動き回っていた。巨人の攻撃を避けているのだろう、彼らの集中攻撃を避けながら主人を救う機会を伺っているのだろうか。
「ははっ……」
乾いた笑いが漏れた。
――いつの間にかシンキの姿が大きく見えていて、すでに巨人の足元にいることを悟る。
「痛みも感じてないならよ……こうしてもいいってことだろ!」
俺は、そこいらを手当たり次第槍で突いていき、確かにそこに黒飛沫が飛ぶのを確認した。そのまま周辺を手で掴むと、手応えがある。そこから巨人の身体を思い出し、自分が今どこにいるのかを考えながらその巨体を登っていった。
するすると登っていき、あっという間にヨトのところにたどり着く――正確に言えば、ヨトが視界の一直線上にいるところに。
「……ったく、そんな心配する必要無いのにさ。でもまぁ助けてくれたっていうなら、それに応えないと」
盾を構え、巨人の身体に押し付ける。確かにここだ、背中辺りだろうか。そこに突き刺した槍をしっかりと握り、身体から落ちないように身体を支える。
――そのまま、深く集中し、イメージの中で一気に駆け抜ける!
身体が一気に引っ張られるのと同時に、盾がそのまま巨体を貫いていき、一気にヨトの元へ、物量など無視して辿り着くことができた。
とはいえそれもこの突進の最中、一瞬でその身体を小脇に抱え、そのまま巨人の大群の身体の中を駆け抜けた。
やめどきが分からず、ただただ集中力の続く限り、突進を続けた。次第に集中力が切れ、俺の身体は少女を抱えたまま宙を落下していく。
――彼女の相棒が、宙に舞った俺を見事背中でキャッチしてくれた。
「……ありがとう、シンキ」
シンキはそのまま速く走り始め、巨人から遠ざけようとしてくれているようだ。
その間に、小脇に抱えた彼女を前に下ろしてから、槍を背負ってその上に盾を重ねる。
泥人形のようになったヨトの顔にこびりついた血を落とすと、すぐに咳き込み意識を戻した。
「けほっ、けほっ!……んえ? あれ、なんで?」
「思い出せないか?」
「あー、捕まっちゃったんだ、でもなんで?」
「ん、なんでって?」
「いや、なんで戻ってきたんだって!」
「助けるために決まってんだろ!」
助けられた彼女は、何故か納得がいかないようだった。そのまま前を向き直すと、身体中の血をはたき落としてから馬の扶助を始めた。
「良く分かんないけどありがとう、でもどうやって助けたのさ」
「あるところを境目にしてだな、巨人共が見えるようになったんだ」
「ふーん、今は?」
「見えないよ」
「不思議だねぇ、まぁいいや君はシンキちゃんに乗っててよ、私は君の馬に乗って帰るから」
「えっちょっとどういうこと?」
ヨトは突然こっちを振り向いて、俺の手を両手で握ると笑顔で一言、
「ありがとうってこと」
彼女はそのまま馬を飛び降りると、そのまま大地を走っていった。
「ちょっ、何やってんだよ戻ってこいって! また捕まったらどうすんだ!」
「大丈夫大丈夫!」
やっぱダメだ、彼女を放っておけない! また何か無茶をするつもりだ、大方予想はつく、あの刀を取り戻すんだろう。なら俺のできることっていうのは――
彼女はするすると巨人の上を登っていく。見えない俺は槍で突いて手探りで登るのが精一杯だったが、見えたらあそこまで違うのだろうか。にしても身のこなしが軽すぎる、俺には到底あんな動きできないだろう。軽々と山を登っていくかのような動きは、見ていて惚れ惚れするものだ。
恐らく頭頂部まで辿り着いたのだろう、頭の上から何かを探している。俺はすかさず、彼女に聞こえるよう、必死に大声で叫んだ。
「お前からみて左前だ! 左前のやつに刺さってる!」
俺なら、彼女の捜し物の位置を一発で見ることができる。俺の言葉が無事届き、彼女はそのまま刀を取ることができたようだ。
そのまま降りてくる彼女を俺はシンキを動かして迎えようするが、俺の思うとおりには動いてくれなかった。
巨人を避けているのだろう、俺はそのままシンキを信じてヨトの方へと向かった。それに気付いた彼女は、シンキが脇に近付くとすぐに俺の前に飛び乗る。
「どうも、お陰で大事なものを取り返せたよ、君がパートナーで良かったかな!」
「……おう!」
ヨトから素直な笑顔を受け取って、俺も素直にそれに応える。そのままシンキが俺の乗っていた馬に近付くと、ヨトはそいつに飛び移った。
「ほいやっ、動け!」
ヨトは燃えた刀の峰で馬の尻を引っ叩くが、馬は全く動かなかった。
「むっ、何だよこいつ反抗期か!? おいタジ、ちゃんとしつけてよ!」
「えぇ……」
いつもの調子に戻ったようだ、ヨトは馬の腹をちょいちょい蹴って、普通に走らせていった。シンキはそのまま、馬の横に並んで走り出した。
――にしても、シンキは本当に凄い馬だ。ここまで調教されている馬というのも見たことがない、というより人並みの自我を持っているといっても過言ではない。
「それで、ちょっと詳しく聞かせてくれないかな? 巨人が見えた経緯っていうの?」
「あぁ、そうだな……」
俺は山中と一緒に見たものを、全てヨトに話した。
「へぇ……っていうと、あそこでなんか一人だけ犬の真似してるのが、例のそいつってわけだ」
「そうそう、あそこを堺に壁があって、その向こうで山中くんが待ってくれている」
山中は、彼の馬と一緒に確かに向こうで待ってくれている。さっさと壁の向こうにいって、さっさと桜を探しに行こう。
「タっ、タジさんに……ヨトさん、大丈夫でしたか!?」
「あいよー、おかげ様でばっちり快調だよ!」
「ほらっ、世界の色もここで戻るでしょ?」
「そうだね、あんな気持ち悪い世界もう二度と見たくないなぁ、明るいだけでこの化物共も大分印象が変わるねぇ」
見えない壁の向こうで遂に三人集まり、再会を喜んだ。
ヨトは後ろの巨人を見てしみじみとしているようだ、そうだった、ここからならあいつらが――
「――ひゃあああっ!?」
「どうしたんですかタジさ――きゃあああっ!」
女の子みたいな叫び声を出してしまった。確かにこっちからならあの巨人共が見れるのだが……
そこにはまさしく巨人の壁とでもいうべきか、何体もの巨人が集まってこちらを捕まえようと何度も手を伸ばそうとしている姿があった。視界にはいくつもぎょろついた赤い目玉が映り、蠢く赤い目目連のようだ。
こんなのが暗い世界に、赤い目玉を光らせて何匹も何匹もやってくる様を想像すると、確かにこれ以上怖いものなんて無い。情けない話だが見えなくて良かったかもしれない。
「あははっ、なんで乙女よりも乙女っぽい反応してるんだろうね!」
――その光景を目撃していた当の本人は俺達を茶化す程には余裕のようだ、もう彼女には頭が上がらない。
「じゃあ行こっか、さっさと桜探すよ!」
俺達は馬をもとに戻して、そのまま巨人達から離れるように、桜を探しに緑の草原を駆けていった。
――後ろを見ると、巨人の壁がどんどん小さくなっていく。ここで巨人が見えている人間と見えていない人間の違いというのが一つ分かる。
見えている人間は非常に巨人を引きつけやすいということだ、言うまでもないが。ヨトに群がったのも、ヨトがきてから大量の巨人がへばりついたのも、彼女に引き寄せられたんだろう。
となれば、やはり自然と彼女の持つあの刀が気になってくる。思えばこの世界、このクエストじゃほとんどヨトが主役だ。ヨトにしか開けない世界をひらき、更にはこの世界にはヨトにしか見えない敵がいた――見えない壁を越えるまでは――。
……この世界に、ヨトあるいは彼女の持つ刀が深く関わっている事は間違いない。そしてヨトが刀を手に入れるクエストで得た情報、ヴィルムの双英雄タジャとナッキ、そして彼らが打ち倒した闇の大王。空間の歪の中にいた巨人の黒い血と、刀の纏った黒紫の炎に、依頼文を燃やした炎、そしてこの世界へと導いた黒い液体の滴る炎、そして彼女だけに見える暗い世界――思い返せば明らかだ。これら全ての事象は、全て一つのワードに関連付ける事ができる……
”闇”
……もしかしたら俺達は、これから意図せず大きな物語の幕引きをすることになるのかもしれない。
――波の音が聞こえてきた。静かで心地よい、海の音が聞こえてくる。そのまま、二つの岩山に挟まれた道を進み続けると広い場所に出た。
その向こうには海が見えた。
小さく起伏した草原の最果てには、一本の桜が咲き誇っている。
その前で一人、薄灰色のローブを羽織った老人が佇んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる