【完結】Ωになりたくない僕には運命なんて必要ない!

なつか

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18. これまでと、これからと

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 千歳たちが二次性外来へ行ってから少し経った頃、すっきりとしない梅雨の時期はあっという間に終わりを告げ、季節は一気に夏へと変わった。
 連日、真夏日どころか猛暑を記録し、テレビでは最高気温更新に関連したニュースばかりが繰り返される。何度も見聞きしたおかげで、熱中症対策はばっちりだ。

 今日も、暑い。うだるような暑さの中、千歳は学校へと向かって歩きながら制服の胸元を掴み、少しでも風を送ろうとぱたぱたとあおぐ。

「千歳さん、それやめて」
「千歳、それやめろ」

 若干違うニュアンスで全く同じことを言うのは、累と湊だ。相変わらず仲がよろしいことで――。「はいはい」と聞く気もない返事を返して、千歳は少し後ろに下がった。
 千歳を真ん中に、右には累、左には湊というフォーメーションで歩いてきた。だから、少しでも日の光を遮るため、背の高い二人の陰になるように後ろを歩こうという思惑だ。
 本音を言うと、三人並んで歩いてるのが目立って仕方がないからだが。そんな千歳の思いなど、前を歩くαたちは気にする様子もない。
 目立つことに慣れているαだからなのか、それとも二人の性格によるものなのか。βとして地味に生きることを目標にしてきた千歳には理解が及ばない。

「あーーあづいーーー。ねー千歳さん、やっぱり車で行こうよぉ」
「いや」
「お前だけ行けばいいじゃん」
「なんでよ」

 結局、最近は毎朝、湊は自転車で、累は車で千歳の家にやってくる。
 累は千歳に学校まで車に乗るように言ったが、それは断固として拒否した。いくら累が千歳に触れないよう”配慮”しているとはいえ、二人っきりという状況は可能な限り避けたい。
 この二人と一緒にいる限り、Ω因子を完全に消すことは難しいかもしれない。でも、増やさないように気をつけることはできるはずだ。
 だから、千歳としては今こうして一緒に登校していることは、最大限の譲歩ともいえる。
 多分、累もわかってはいるのだろう。文句をぶつぶつと垂れ流してはいるが、決して無理強いはしてこなくなった。

 千歳の家から学校までは徒歩で15分程度。三人でとりとめもないことを話していれば、すぐについてしまう距離だ。
 今日も校舎につくなり、「もうちょっと一緒にいたい~」とごねる累をおいて、さっさと自分の教室へと向かう。

「あいつも毎朝、懲りないよなぁ」

 そういう湊だって、千歳からしたら同類だ。
 気まずさが残るだろうかと思っていた湊との関係は、それとは違うところで少し変わった。
 以前は気軽に肩や髪に触れてきたが、今は一切しなくなった。その代わりとでもいうように、千歳のそばから全くと言っていいほど離れなくなったのだ。
 もともとクラスメイトや教師から千歳と湊はセットだと認識されているくらい、いつも一緒にいた。でも、今はそれどころじゃない。
 登下校はもちろん、千歳がトイレに行くのにも、自販機や購買へ行くのにも、日直や係の用事にも、千歳が動けば、必ず湊もついてくる。ここ最近、家以外で一人になった覚えがない。

 極め付きは、少し前のことだった。



「あの、田辺先輩。今少しいですか……?」

 放課後、千歳と湊が部室へと向かって並んで歩いていた時、二年生の女子に声をかけられた。
 色の薄い長い髪をふわふわと揺らし、大きな瞳で湊を見上げる彼女は、校内でも特にかわいいと有名なΩだ。
 千歳は内心「これは!」と思いながら、湊をちらりと見た。驚いたり、少し戸惑うような顔をしているかなと思ったのだが――、湊は「無」という言葉がこれほどまでに似あう表情はないだろうと言うくらいに、感情のない瞳でその女子生徒を見下ろしていた。

「なに?」

 その日も朝から30度を超え、熱中症警戒アラートが当たり前のように発表されるような暑い日だった。それなのに、湊のその一言は、真冬の風を正面から受けたような冷たさをまとっていた。
 彼女もそんな反応をされるとは思っていなかっただろう。口の端をひくりとひきつらせていた。でも、すぐに口元に緩く握った拳をあて、瞳を潤ませる姿は「かわいい」もてはやされるにふさわしいものだった。

「……あの、ここだとちょっと」

 彼女は下げていた視線をそっと千歳へと向けた。
 ――ですよね。
 千歳は累と違って、ちゃんと空気を読む。千歳は湊の横からささっと一歩ずれ、そのまま邪魔者は退散しようと思ったのに。

「ここで言えないようなことなら聞けない。俺は千歳のそばから離れたくないから」
「えっ、そんな……。ちょ、ちょっと待って……!」

 湊は千歳に「行くぞ」と促すと、彼女を放置したまま歩き出してしまった。
 呆然と立ちすくむ彼女を見て、おろおろとしてしまったのは千歳のほうだ。でも、千歳だけその場にとどまるわけにもいかず、湊を追いかけるしかない。

「よかったの?!」
「なにが」

 湊は足を止めない。後ろを振り返りもしない。まるでさっきの彼女には微塵も興味はないと言わんばかりだ。いや、それどころじゃない。

「何がって、あれ、絶対告白でしょ?!」

 湊は千歳の言葉に嫌悪感をあらわにしたように顔をしかめた。

「千歳はさ、俺が前に告白されてるところって見たことあった?」
「えっ……いや、ない、けど」

 そもそも湊とは恋愛にまつわる話をした記憶が千歳にはない。だから、告白をしただのされただのという話は、聞いたことも、見たこともなかった。
 聞かされていないだけ、という可能性は無きにしも非ずだが、は、良くも悪くもすぐに噂になる。そのレベルの話ですら、これまで一度も聞いたことはない。

「αだってわかった途端に寄ってくる奴に、ろくな奴はいない」

 言い捨てるような言葉に、千歳は「なるほど」と思った。

 今まで湊はβのふりをしていた。
 分厚い前髪と眼鏡で顔を隠し、背を丸めて歩く姿は、校内で目立つこともなかった。
 でも、今はどうだ。自らを隠していたすべてを取っ払い、胸を張って歩く湊の姿は、見とれてしまうほどに目を惹く。千歳だってしばらくは慣れなかった。

 そんな湊に近づこうとする人は確かに増えた。さっきのような告白めいた呼び出しだって、他にもあったのだろう。
 αだと言うだけで、手のひらを返したようにいろんな思惑の人が寄ってくる。それが上位種となればなおさらだ。その種にふさわしい容姿だけでも人を引き付けるというのに。

 そう考えると、何やら同情めいた気持ちがわいてきて、千歳は、小さく「そっか」とだけつぶやいた。



 そういえば――。
 ついつい回想に浸っていた千歳はふと思い出す。

「この間湊に告白しようとしてたΩの女の子、転校したんだってね?」
「へぇ」

 横にいた湊から返ってきたのは、やっぱり少しも興味がなさそうな返事だけだった。
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