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19. オリオール・ペレイラ (2)
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「オリオール様はバラがお好きなんですか?」
「……えぇ。心を癒してくれますので」
「そうですか。僕は別に好きでも嫌いでもなかったんですが……つい最近、棘に刺されてしまいましてね。あまりに容赦がなくて、今は大嫌いです」
ピンク色のマカロンを手に取り、半分を口に運ぶ。
ザクっと小気味よい音を立てて割れたマカロンを、見せつけるようにオリオールへと掲げる。中央にあったバラの刻印は砕け、半分以上がユーフォルビアの口の中へと消えて行った。
「さすがに腹が立ったので、一瞬、本気で根こそぎ焼き払ってやろうかと思いましたよ」
言い終えるなり、残りの半分もぱくりと口に入れ、悠々と噛み砕く。「おいしいですね」などと軽く声をかけても、オリオールの表情は険しいままだ。
「……ずいぶんと過激なことをお考えなんですね」
さすがにユーフォルビアがバラそのものの話をしているわけではないと、オリオールも気が付いているだろう。
ユーフォルビアを刺した”愛らしいバラ”など、一人しかいない。
エルミラ・セルダ公爵令嬢。
そして、オリオールの冷ややかな態度と隠し切れない不満からして、彼の”バラ”もエルミラで間違いないだろう。
「逆に伺いますが、なぜ、僕と、僕の大切な家族に仇なす存在を許すことができると?」
バラの花びらが乗った一口大のケーキを皿へと移す。生地までピンク色をした可愛らしいケーキの頂点にフォークを突き刺し、ためらいなく一口で平らげた。
後ろにいるのがアドロミスクスだったら、間違いなく顔をしかめている。レジェスはどうだろうか。表情は変えずとも、心の中で苦笑していそうだ。
「でも、僕だって鬼じゃありませんから。大人しく反省してくれるなら、許そうとは思っているんですよ」
フェルナンドが謹慎を言い渡されたように、エルミラも登城禁止となっている。
フェルナンドに比べるとずいぶん軽い罰のように見えるかもしれないが、もちろんそれだけではない。
多額の賠償金に加え、セルダ公爵夫人も社交界への出入り禁止が言い渡された。期間はやはりユーフォルビアの新しい婚約者が決まるまで。
貴族夫人にとって社交界は交友関係を保ち、情報を得る生命線だ。そこから締め出されれば、話題に乗り遅れ、求心力は一気に落ちる。たとえワンシーズンでも致命的だ。
王妹であり、公爵夫人として社交界を牛耳っていた公爵夫人にとっては、これ以上ない屈辱だろう。
それで、ちゃんと自分たちの行いを顧みてくれればよいのだが――。
オリオールがいつからエルミラと関わりがあるのかは知らない。だが、こうしてわざわざ”匂わせて”くるあたり、期待は薄そうだ。
オリオールが一方的にエルミラに懸想をしているだけはないのか――?
それも考えたが、オリオールは今日のお菓子やお茶を用意したのは自分だと言っていたことで、その可能性は消えた。
この国ではお茶会の準備は夫人の仕事。侯爵家の嫡男であるオリオールが采配をふるうことは本来あり得ない。そもそも経験がないのだから、”ノウハウ”だってない。
だからこそ、侯爵夫人が用意したのでない以上、オリオールには”助言した誰か”が絶対にいるということだ。
おそらく、侯爵夫人には『カクト家と親しい人から助言を受けたから任せてほしい』とでも言ったのだろう。
そうすれば、侯爵夫人には婚約への意欲も示せるし、ユーフォルビアには嫌がらせもできる。一石二鳥といったところか。
あれだけフェルナンドとの『真実の愛』を叫んでいたのだ。エルミラがオリオールを想っているとは考えにくい。おそらく、オリオールの一方通行だろう。
エルミラはその恋心を利用し、うまく裏で糸を引いているのだろう。生かさず殺さず、都合のいい駒として。
なめられたものである。
ユーフォルビアはティーカップを持ち上げ、あくまで優雅に飲み干した。
「自分に悪いところがあったとは思わないんですか?」
「僕に? う~ん」
確かに、ユーフォルビアとフェルナンドの仲は良くなかった。だが、それはお互い様。
唯一、反省すべき点があるとしたら、もっと早くこちらから婚約破棄をしていればよかったということくらいだ。でも、それだってセツ曰く『ストーリーの強制力』というやつのせいらしいから、ユーフォルビアは悪くない。
「ないですね」
きっぱりと言い切ると、オリオールは呆れたようにため息をついた。
「そんなふうでは、新しい婚約者が決まってもうまくいかないでしょうね」
「少なくともあなたとは絶対に無理でしょうね。あぁでも、お母様の言いつけで、僕の婚約者にならないといけないんでしたっけ?」
オリオールは何も答えない。というよりは、本当のことだから反論できないのだろう。哀れだなとは思うが、家庭の事情に巻き込まないでほしい。
「僕には理解できませんね。自分の意思を殺して、親に従うなど」
「我が家は高位貴族だ! お前たちとは違う!!」
――カッチーン。
今のは間違いなく、ユーフォルビア、ひいてはカクト家への侮辱だ。
確かに高位貴族には下位貴族にはないしがらみや、責務があるのだろう。
だが――。
「それなら、ちゃんとそう振る舞ってくださいよ」
今のオリオールは何もかもが中途半端だ。
家の方針に従順なふりをしながら、ユーフォルビアへは嫌がらせとも言える態度をとる。そのどこに高位貴族としての矜持があるというのか。
「まぁ『陰湿な行い』が高位貴族の嗜みというなら、僕から言えることは何もありませんが」
お上品な皮肉も、ある意味では貴族の専売特許だろう。
ちゃんと意味が伝わったらしく、オリオールは顔を赤くして勢いよくソファから立ち上がる。その瞬間、背後で剣の柄に触れる微かな音がした。
ユーフォルビアは振り返り、レジェスへ穏やかに微笑みかける。「大丈夫」と目で伝えると、彼はそっと柄から手を離した。
ユーフォルビアへ本気で危害を加えるような度胸などオリオールにはない。
再びオリオールへと向き直り、レジェスに見せたものとは違う、冷ややかな笑みを浮かべた。
「僕にケンカを売りたいのなら、正面からどうぞ。そう、あなたの”バラ”にもぜひお伝えください」
言い終えるなりユーフォルビアは席を立った。
そして、部屋を出た途端――。
「やりすぎだ」
ため息まじりのレジェスの低い声が、耳元に落ちてくる。
――うん、叱られると思ってた。
ユーフォルビアは「ふふっ」と柔らかい笑みをこぼしながら、足取り軽くペレイラ侯爵家を後にしたのだった。
「……えぇ。心を癒してくれますので」
「そうですか。僕は別に好きでも嫌いでもなかったんですが……つい最近、棘に刺されてしまいましてね。あまりに容赦がなくて、今は大嫌いです」
ピンク色のマカロンを手に取り、半分を口に運ぶ。
ザクっと小気味よい音を立てて割れたマカロンを、見せつけるようにオリオールへと掲げる。中央にあったバラの刻印は砕け、半分以上がユーフォルビアの口の中へと消えて行った。
「さすがに腹が立ったので、一瞬、本気で根こそぎ焼き払ってやろうかと思いましたよ」
言い終えるなり、残りの半分もぱくりと口に入れ、悠々と噛み砕く。「おいしいですね」などと軽く声をかけても、オリオールの表情は険しいままだ。
「……ずいぶんと過激なことをお考えなんですね」
さすがにユーフォルビアがバラそのものの話をしているわけではないと、オリオールも気が付いているだろう。
ユーフォルビアを刺した”愛らしいバラ”など、一人しかいない。
エルミラ・セルダ公爵令嬢。
そして、オリオールの冷ややかな態度と隠し切れない不満からして、彼の”バラ”もエルミラで間違いないだろう。
「逆に伺いますが、なぜ、僕と、僕の大切な家族に仇なす存在を許すことができると?」
バラの花びらが乗った一口大のケーキを皿へと移す。生地までピンク色をした可愛らしいケーキの頂点にフォークを突き刺し、ためらいなく一口で平らげた。
後ろにいるのがアドロミスクスだったら、間違いなく顔をしかめている。レジェスはどうだろうか。表情は変えずとも、心の中で苦笑していそうだ。
「でも、僕だって鬼じゃありませんから。大人しく反省してくれるなら、許そうとは思っているんですよ」
フェルナンドが謹慎を言い渡されたように、エルミラも登城禁止となっている。
フェルナンドに比べるとずいぶん軽い罰のように見えるかもしれないが、もちろんそれだけではない。
多額の賠償金に加え、セルダ公爵夫人も社交界への出入り禁止が言い渡された。期間はやはりユーフォルビアの新しい婚約者が決まるまで。
貴族夫人にとって社交界は交友関係を保ち、情報を得る生命線だ。そこから締め出されれば、話題に乗り遅れ、求心力は一気に落ちる。たとえワンシーズンでも致命的だ。
王妹であり、公爵夫人として社交界を牛耳っていた公爵夫人にとっては、これ以上ない屈辱だろう。
それで、ちゃんと自分たちの行いを顧みてくれればよいのだが――。
オリオールがいつからエルミラと関わりがあるのかは知らない。だが、こうしてわざわざ”匂わせて”くるあたり、期待は薄そうだ。
オリオールが一方的にエルミラに懸想をしているだけはないのか――?
それも考えたが、オリオールは今日のお菓子やお茶を用意したのは自分だと言っていたことで、その可能性は消えた。
この国ではお茶会の準備は夫人の仕事。侯爵家の嫡男であるオリオールが采配をふるうことは本来あり得ない。そもそも経験がないのだから、”ノウハウ”だってない。
だからこそ、侯爵夫人が用意したのでない以上、オリオールには”助言した誰か”が絶対にいるということだ。
おそらく、侯爵夫人には『カクト家と親しい人から助言を受けたから任せてほしい』とでも言ったのだろう。
そうすれば、侯爵夫人には婚約への意欲も示せるし、ユーフォルビアには嫌がらせもできる。一石二鳥といったところか。
あれだけフェルナンドとの『真実の愛』を叫んでいたのだ。エルミラがオリオールを想っているとは考えにくい。おそらく、オリオールの一方通行だろう。
エルミラはその恋心を利用し、うまく裏で糸を引いているのだろう。生かさず殺さず、都合のいい駒として。
なめられたものである。
ユーフォルビアはティーカップを持ち上げ、あくまで優雅に飲み干した。
「自分に悪いところがあったとは思わないんですか?」
「僕に? う~ん」
確かに、ユーフォルビアとフェルナンドの仲は良くなかった。だが、それはお互い様。
唯一、反省すべき点があるとしたら、もっと早くこちらから婚約破棄をしていればよかったということくらいだ。でも、それだってセツ曰く『ストーリーの強制力』というやつのせいらしいから、ユーフォルビアは悪くない。
「ないですね」
きっぱりと言い切ると、オリオールは呆れたようにため息をついた。
「そんなふうでは、新しい婚約者が決まってもうまくいかないでしょうね」
「少なくともあなたとは絶対に無理でしょうね。あぁでも、お母様の言いつけで、僕の婚約者にならないといけないんでしたっけ?」
オリオールは何も答えない。というよりは、本当のことだから反論できないのだろう。哀れだなとは思うが、家庭の事情に巻き込まないでほしい。
「僕には理解できませんね。自分の意思を殺して、親に従うなど」
「我が家は高位貴族だ! お前たちとは違う!!」
――カッチーン。
今のは間違いなく、ユーフォルビア、ひいてはカクト家への侮辱だ。
確かに高位貴族には下位貴族にはないしがらみや、責務があるのだろう。
だが――。
「それなら、ちゃんとそう振る舞ってくださいよ」
今のオリオールは何もかもが中途半端だ。
家の方針に従順なふりをしながら、ユーフォルビアへは嫌がらせとも言える態度をとる。そのどこに高位貴族としての矜持があるというのか。
「まぁ『陰湿な行い』が高位貴族の嗜みというなら、僕から言えることは何もありませんが」
お上品な皮肉も、ある意味では貴族の専売特許だろう。
ちゃんと意味が伝わったらしく、オリオールは顔を赤くして勢いよくソファから立ち上がる。その瞬間、背後で剣の柄に触れる微かな音がした。
ユーフォルビアは振り返り、レジェスへ穏やかに微笑みかける。「大丈夫」と目で伝えると、彼はそっと柄から手を離した。
ユーフォルビアへ本気で危害を加えるような度胸などオリオールにはない。
再びオリオールへと向き直り、レジェスに見せたものとは違う、冷ややかな笑みを浮かべた。
「僕にケンカを売りたいのなら、正面からどうぞ。そう、あなたの”バラ”にもぜひお伝えください」
言い終えるなりユーフォルビアは席を立った。
そして、部屋を出た途端――。
「やりすぎだ」
ため息まじりのレジェスの低い声が、耳元に落ちてくる。
――うん、叱られると思ってた。
ユーフォルビアは「ふふっ」と柔らかい笑みをこぼしながら、足取り軽くペレイラ侯爵家を後にしたのだった。
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