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1. ふざけんな
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土地神の話を聞いたあと、呆然とした状態で部屋から出ると、本殿前で父親が待ち構えていた。どうやら、笹目家の役目については家の後を継いだものだけが聞かされるらしく、父親も承知のことだったらしい。だが、それを息子が担うことになるとはさすがに思っていなかったのだろう。昔から基本的に無表情で、沈着冷静な父親の眉間にもさすがにしわが寄っている。
「種主にあてはあるのか」
「あるわけないだろ……どうしろっていうんだよ、こんな話」
父親が眉間に寄せるしわの深さの分だけ、この話が嘘ではないことを表しているかのようで、旭は思わず頭を抱えその場に座り込んだ。
「……巴は、」
「やめてくれ、こんなことに巴を巻き込めるわけないだろ」
「だが……」
「巴だけはダメだ。はぁ……とりあえず東京に戻る。あっちなら多分すぐに相手も見つかると思うから。このこと巴には絶対に何も言わないでくれよ」
東京にはこんな田舎では考えられないような“出会いの場”がたくさんある。それこそ、SNSやら掲示板やらで探せば“男の相手をしてくれる男”もきっといるだろう。問題はそれを受け入れる覚悟が旭にあるかどうかだ。
――くそ、くそっ。あんな村、大っ嫌いだ。
大嫌いな村のためになぜ自分がこんな目に合わないといけないのか。呪わしい気持ちで東京での住まいがある駅で降り立つと、その先に見覚えのある姿を見つけた。
キレイに整えられた栗色の真っ直ぐな髪に、長い睫毛が揺れる少しだけ吊り上がった大きな目。その間を通る高い鼻筋の下には、優しく上向いていることの多い薄い唇。その美しいパーツが収まる小さな顔は、いつ見ても完璧な造形だ。そこから伸びる細い首筋と長い手足も相まって、何にもない駅に立っているだけなのに、ファッション雑誌の一ページのようにみえる。
「巴、わざわざ待ってなくてもよかったのに」
「おかえり、旭」
この完璧な造形の持ち主、宇多川 巴は、旭と同じ村の出身で、家が隣同士でもある、いわゆる幼馴染。保育園から高校までずっと同じ学校で過ごし、大学は別々ではあるものの、進学時に一緒に上京してきた。しばらくは旭と同じアパートの隣の部屋に住んでいたが、バイトがてら始めたモデルの仕事がそれはもう順調にいき、雑誌の表紙を飾るほど人気モデルとなった今は事務所が用意したマンションで暮している。
でも、結局毎日のように旭のところに来ているため、旭の住むアパートから数駅離れたところにあるそのマンションにはほとんど寝に帰るだけだと言っていた。
さっきも実家から戻る電車の中で『今から行く』と巴からメッセージが届いていることに気が付いた。まだ電車の中だ、と返すと、『それなら駅で待ってる』と返信があった。
モデルとして華やかな世界にいる巴が、なぜ自分のような地味な幼馴染とつるみたがるのかよくわからないが、本人曰く、“そういうところ”は疲れるらしい。
確かに、村全員が顔見知りと言う超絶田舎育ちからしてみれば、東京は人が多すぎる。その上、なぜかみんな駆け足で進んでいるかのようにせわしない。当然、居心地がいいとは言えないし、巴の言う通り疲れる。それでも村に帰りたいと思ったことは一度もない。もう帰らないと心に決めて東京へ来た。
そのつもりだったのに、急に背負わされた意味不明な役目のことを思い出し、旭は思わず深いため息を吐いた。
「どうしたの? 親父さんの話、そんなに気が重い話だったの?」
「あっ、い、いや、それは別に大した話じゃなかった。それより、今月も雑誌の表紙を飾ってたような奴が、なんでこんな狭いアパートで野菜切ってんだよ、って思っただけ」
父親に言った通り、この役目のことには絶対に巴を巻き込みたくない。
巴は優しい。本人はそうとは言わないけど、毎日のように旭のアパートに来るのだって、料理が壊滅的にできない旭に夕飯を作るためだ。
村にいる頃から、ずっとずっと巴は旭に優しかった。そんな巴に甘えてきたという自覚がある。だからきっと頼めば“種主”とやらも引き受けてくれてしまう。でも、そんなことは絶対にさせたくはない。
――そもそも、巴と“そういうこと”をするなんて……。
狭いキッチンでいそいそと二人分の夕食を準備する、造詣の美しい幼馴染をチラリと目を向ける。今は菜箸を持つあの長い指が、炒めた野菜を味見しているあの口が、自分に向かって伸ばされ、触れようとする姿がふと頭に浮かぶ。その瞬間、生ぬるい風に撫でられたような感触がゾクリと背を這い、思わずぴんと背筋を伸ばした。
「どうしたの旭、顔真っ赤だよ?」
出来上がった料理を机に並べながら不思議そうな顔をする巴の声にハッとし、旭は浮かんだ映像を吹き飛ばすように首を横に大きく振った。
「えっどうしたの。なんかさっきからおかしいよ。やっぱり、何か……」
「いやいや、なんもないって。今日はチンジャオロース? 今日もうまそうだな。いつも悪い」
「……うん。ご飯は二人分の方が作りやすいし、好きでやってるから気にしないで」
「そうは言っても、毎日俺のところ来るの面倒だろ。俺だってご飯くらい自分で何とか出来るし……」
「僕が来るの迷惑?」
「違う、違う! そうじゃなくて……」
「なら、気にしないで。こうやって料理して食べてもらうのも僕のストレス発散になってるんだよ。だから、旭が迷惑じゃないならこれからもやらせて」
「迷惑なわけない。いつも助かってる。ありがと」
旭がそういうと、巴は「うん」と頷きながらきれいな形の唇の端を柔らかく上げた。
巴が帰った後、旭はソファにゴロンと寝転びながら『男同士 出会い』などとスマホで検索を始めた。もし本当に役目を果たす必要があるのなら、“種主”は後腐れのない相手がいい。それなら現実の知り合いではなく、ネットで見知らぬ相手を探すのが一番だ。便利な世の中でよかった、なんて思いながらいろいろ検索をしていく。
――あーあ、彼女がいたこともないのに、なんでこんな……。
村には学校がなく、旭は村で唯一の同級生だった巴と一緒に、保育園から高校までそこそこ人口の多い隣町に通っていた。巴は幼い頃から格別に美しい子供で、小学生、いや、保育園のころから当然のように女子たちの視線は巴に集まった。そんな巴の隣に常にいた旭は、あからさまに巴の付属品のような扱いで、ラブレターやプレゼントの受け渡しを頼まれることなんてしょっちゅうだったし、たまに旭に興味があるそぶりを見せる女子がいても、結局は旭を通じて巴に近づこうとするやからばかりだった。
それは都会に出て大学生になった今でも変わらない。みんな旭を通じてその先にいる巴を見ている。思春期の頃なんかはそれで多少がっかりすることもあったが、今ではそうなるのが普通で、当然のことだと思っている。
何とか巴に取り入ろうとする女子たちの言動は、かわいらしいと思うどころか、恐怖を覚えるレベルだったし、それの相手をしないといけない巴には憐れみさえ覚えた。むしろ、守ってやらなければ、とすら思っていた。
そもそもどんな女子よりも巴の方がずっと美人だ。その上、優しくて、気遣いができて、料理もできる。幼い頃からずっと一緒にいるから旭の性格も、嗜好ももちろんすべて把握済み。
そんな完璧で最高に居心地のいい存在が常に側にいるのだ。当然、女子に大した興味も抱けないから彼女が欲しいと思ったこともないし、モテもしなかったせいで、旭は彼女いない歴を毎年更新している。つまりは女性経験もない、童貞だ。
それなのになぜ、“男”との出会いを探さなければいけないのか、スマホの画面をスクロールしながら、旭はため息しか出ない。とりあえず、口コミも多くて、安全そうなマッチングアプリに登録し、掲載されている登録者たちを見ていく。当たり前だが、顔がはっきり写った写真を載せている人はほとんどいない。簡単なプロフィールと雰囲気がわかる程度の写真から体の関係を持つ相手を選ぶなんて、正直恐怖しかない。でも、このアプリを利用している人たちは、きっとそうしているんだろう。こういうのはきっと勢いだ、と自分に言い聞かせ、画面を送っていく。
この人はちょっと怖そう。この人はちょっと年上すぎる。
どうせなら優しくて、年の近い人がいい。
この人は優しそう。でも巴より背が低いな。この人は髪の色が巴に似てる。でも、すごくチャラそう。この人は巴と同じくらいの背だな。でもちょっと太ってる。
なんて、自然と巴を基準にしていたことに気が付き、スクロールする指を止めた。
――“巴みたいな人”がそう簡単にいてたまるかよ……。
美人で優しい自慢の幼馴染。その美しい顔を頭に思い浮かべると、ふと今日会った土地神と名乗った男の顔立ちに、なぜか既視感を覚えたことを思い出した。
髪の色が違うからぴんと来なかったが、そうだ、あの土地神は巴に似ているんだ。少しだけ吊り上がった大きな目とその間を通る高い鼻筋。形の良い眉と唇は、土地神と巴で正反対の方向を向いていたが、その美しいパーツも、それが収まる小さな顔の形も、驚くほどよく似ている。自分の幼馴染の美しさは神レベルなのかと感動していると、突然、心臓がドクンと大きく動いた。
その衝撃で、思わず手に持っていたスマホを落とした。カツンと音を立てて床に転がったスマホを拾い上げようと手を伸ばしたが、なぜか視界がぐにゃりとゆがむ。スマホが拾えないまま、息が上がり始め、内側からせりあがってくる熱で体が火照っていく。その症状は風邪で高熱を出した時に似ているが、なぜかその熱は、頭ではなく下半身に向かって集まっていく。
しばらくその熱に耐えるようにギュッと服の胸元を掴みながらソファで丸くなっていると、なぜか下着の後ろ側に不快感を覚えた。前は痛いほど熱く張り詰めているのに、なぜか後ろは湿り気を帯びて冷たい。荒げた息と早い鼓動をぐっと握った服に縫い留めながら、恐る恐るそこに触れると、ぬるりとした液体が指に張り付いた。
その感触に背筋がゾッと凍り付く。熱を増す体に反して冷えていく心を握りしめるように強く目を瞑ると、土地神の言葉がこだまのように脳内に響いた。
『発情は種を受けないと収まらないから、早いうちに種主を捜すんだな』
――ほんとに、こんな……。ふざけんなよ。
朦朧とする意識で悪態をつきながら、自然とあふれ出る涙を何とかこらえようと旭は唇を噛んだ。
「種主にあてはあるのか」
「あるわけないだろ……どうしろっていうんだよ、こんな話」
父親が眉間に寄せるしわの深さの分だけ、この話が嘘ではないことを表しているかのようで、旭は思わず頭を抱えその場に座り込んだ。
「……巴は、」
「やめてくれ、こんなことに巴を巻き込めるわけないだろ」
「だが……」
「巴だけはダメだ。はぁ……とりあえず東京に戻る。あっちなら多分すぐに相手も見つかると思うから。このこと巴には絶対に何も言わないでくれよ」
東京にはこんな田舎では考えられないような“出会いの場”がたくさんある。それこそ、SNSやら掲示板やらで探せば“男の相手をしてくれる男”もきっといるだろう。問題はそれを受け入れる覚悟が旭にあるかどうかだ。
――くそ、くそっ。あんな村、大っ嫌いだ。
大嫌いな村のためになぜ自分がこんな目に合わないといけないのか。呪わしい気持ちで東京での住まいがある駅で降り立つと、その先に見覚えのある姿を見つけた。
キレイに整えられた栗色の真っ直ぐな髪に、長い睫毛が揺れる少しだけ吊り上がった大きな目。その間を通る高い鼻筋の下には、優しく上向いていることの多い薄い唇。その美しいパーツが収まる小さな顔は、いつ見ても完璧な造形だ。そこから伸びる細い首筋と長い手足も相まって、何にもない駅に立っているだけなのに、ファッション雑誌の一ページのようにみえる。
「巴、わざわざ待ってなくてもよかったのに」
「おかえり、旭」
この完璧な造形の持ち主、宇多川 巴は、旭と同じ村の出身で、家が隣同士でもある、いわゆる幼馴染。保育園から高校までずっと同じ学校で過ごし、大学は別々ではあるものの、進学時に一緒に上京してきた。しばらくは旭と同じアパートの隣の部屋に住んでいたが、バイトがてら始めたモデルの仕事がそれはもう順調にいき、雑誌の表紙を飾るほど人気モデルとなった今は事務所が用意したマンションで暮している。
でも、結局毎日のように旭のところに来ているため、旭の住むアパートから数駅離れたところにあるそのマンションにはほとんど寝に帰るだけだと言っていた。
さっきも実家から戻る電車の中で『今から行く』と巴からメッセージが届いていることに気が付いた。まだ電車の中だ、と返すと、『それなら駅で待ってる』と返信があった。
モデルとして華やかな世界にいる巴が、なぜ自分のような地味な幼馴染とつるみたがるのかよくわからないが、本人曰く、“そういうところ”は疲れるらしい。
確かに、村全員が顔見知りと言う超絶田舎育ちからしてみれば、東京は人が多すぎる。その上、なぜかみんな駆け足で進んでいるかのようにせわしない。当然、居心地がいいとは言えないし、巴の言う通り疲れる。それでも村に帰りたいと思ったことは一度もない。もう帰らないと心に決めて東京へ来た。
そのつもりだったのに、急に背負わされた意味不明な役目のことを思い出し、旭は思わず深いため息を吐いた。
「どうしたの? 親父さんの話、そんなに気が重い話だったの?」
「あっ、い、いや、それは別に大した話じゃなかった。それより、今月も雑誌の表紙を飾ってたような奴が、なんでこんな狭いアパートで野菜切ってんだよ、って思っただけ」
父親に言った通り、この役目のことには絶対に巴を巻き込みたくない。
巴は優しい。本人はそうとは言わないけど、毎日のように旭のアパートに来るのだって、料理が壊滅的にできない旭に夕飯を作るためだ。
村にいる頃から、ずっとずっと巴は旭に優しかった。そんな巴に甘えてきたという自覚がある。だからきっと頼めば“種主”とやらも引き受けてくれてしまう。でも、そんなことは絶対にさせたくはない。
――そもそも、巴と“そういうこと”をするなんて……。
狭いキッチンでいそいそと二人分の夕食を準備する、造詣の美しい幼馴染をチラリと目を向ける。今は菜箸を持つあの長い指が、炒めた野菜を味見しているあの口が、自分に向かって伸ばされ、触れようとする姿がふと頭に浮かぶ。その瞬間、生ぬるい風に撫でられたような感触がゾクリと背を這い、思わずぴんと背筋を伸ばした。
「どうしたの旭、顔真っ赤だよ?」
出来上がった料理を机に並べながら不思議そうな顔をする巴の声にハッとし、旭は浮かんだ映像を吹き飛ばすように首を横に大きく振った。
「えっどうしたの。なんかさっきからおかしいよ。やっぱり、何か……」
「いやいや、なんもないって。今日はチンジャオロース? 今日もうまそうだな。いつも悪い」
「……うん。ご飯は二人分の方が作りやすいし、好きでやってるから気にしないで」
「そうは言っても、毎日俺のところ来るの面倒だろ。俺だってご飯くらい自分で何とか出来るし……」
「僕が来るの迷惑?」
「違う、違う! そうじゃなくて……」
「なら、気にしないで。こうやって料理して食べてもらうのも僕のストレス発散になってるんだよ。だから、旭が迷惑じゃないならこれからもやらせて」
「迷惑なわけない。いつも助かってる。ありがと」
旭がそういうと、巴は「うん」と頷きながらきれいな形の唇の端を柔らかく上げた。
巴が帰った後、旭はソファにゴロンと寝転びながら『男同士 出会い』などとスマホで検索を始めた。もし本当に役目を果たす必要があるのなら、“種主”は後腐れのない相手がいい。それなら現実の知り合いではなく、ネットで見知らぬ相手を探すのが一番だ。便利な世の中でよかった、なんて思いながらいろいろ検索をしていく。
――あーあ、彼女がいたこともないのに、なんでこんな……。
村には学校がなく、旭は村で唯一の同級生だった巴と一緒に、保育園から高校までそこそこ人口の多い隣町に通っていた。巴は幼い頃から格別に美しい子供で、小学生、いや、保育園のころから当然のように女子たちの視線は巴に集まった。そんな巴の隣に常にいた旭は、あからさまに巴の付属品のような扱いで、ラブレターやプレゼントの受け渡しを頼まれることなんてしょっちゅうだったし、たまに旭に興味があるそぶりを見せる女子がいても、結局は旭を通じて巴に近づこうとするやからばかりだった。
それは都会に出て大学生になった今でも変わらない。みんな旭を通じてその先にいる巴を見ている。思春期の頃なんかはそれで多少がっかりすることもあったが、今ではそうなるのが普通で、当然のことだと思っている。
何とか巴に取り入ろうとする女子たちの言動は、かわいらしいと思うどころか、恐怖を覚えるレベルだったし、それの相手をしないといけない巴には憐れみさえ覚えた。むしろ、守ってやらなければ、とすら思っていた。
そもそもどんな女子よりも巴の方がずっと美人だ。その上、優しくて、気遣いができて、料理もできる。幼い頃からずっと一緒にいるから旭の性格も、嗜好ももちろんすべて把握済み。
そんな完璧で最高に居心地のいい存在が常に側にいるのだ。当然、女子に大した興味も抱けないから彼女が欲しいと思ったこともないし、モテもしなかったせいで、旭は彼女いない歴を毎年更新している。つまりは女性経験もない、童貞だ。
それなのになぜ、“男”との出会いを探さなければいけないのか、スマホの画面をスクロールしながら、旭はため息しか出ない。とりあえず、口コミも多くて、安全そうなマッチングアプリに登録し、掲載されている登録者たちを見ていく。当たり前だが、顔がはっきり写った写真を載せている人はほとんどいない。簡単なプロフィールと雰囲気がわかる程度の写真から体の関係を持つ相手を選ぶなんて、正直恐怖しかない。でも、このアプリを利用している人たちは、きっとそうしているんだろう。こういうのはきっと勢いだ、と自分に言い聞かせ、画面を送っていく。
この人はちょっと怖そう。この人はちょっと年上すぎる。
どうせなら優しくて、年の近い人がいい。
この人は優しそう。でも巴より背が低いな。この人は髪の色が巴に似てる。でも、すごくチャラそう。この人は巴と同じくらいの背だな。でもちょっと太ってる。
なんて、自然と巴を基準にしていたことに気が付き、スクロールする指を止めた。
――“巴みたいな人”がそう簡単にいてたまるかよ……。
美人で優しい自慢の幼馴染。その美しい顔を頭に思い浮かべると、ふと今日会った土地神と名乗った男の顔立ちに、なぜか既視感を覚えたことを思い出した。
髪の色が違うからぴんと来なかったが、そうだ、あの土地神は巴に似ているんだ。少しだけ吊り上がった大きな目とその間を通る高い鼻筋。形の良い眉と唇は、土地神と巴で正反対の方向を向いていたが、その美しいパーツも、それが収まる小さな顔の形も、驚くほどよく似ている。自分の幼馴染の美しさは神レベルなのかと感動していると、突然、心臓がドクンと大きく動いた。
その衝撃で、思わず手に持っていたスマホを落とした。カツンと音を立てて床に転がったスマホを拾い上げようと手を伸ばしたが、なぜか視界がぐにゃりとゆがむ。スマホが拾えないまま、息が上がり始め、内側からせりあがってくる熱で体が火照っていく。その症状は風邪で高熱を出した時に似ているが、なぜかその熱は、頭ではなく下半身に向かって集まっていく。
しばらくその熱に耐えるようにギュッと服の胸元を掴みながらソファで丸くなっていると、なぜか下着の後ろ側に不快感を覚えた。前は痛いほど熱く張り詰めているのに、なぜか後ろは湿り気を帯びて冷たい。荒げた息と早い鼓動をぐっと握った服に縫い留めながら、恐る恐るそこに触れると、ぬるりとした液体が指に張り付いた。
その感触に背筋がゾッと凍り付く。熱を増す体に反して冷えていく心を握りしめるように強く目を瞑ると、土地神の言葉がこだまのように脳内に響いた。
『発情は種を受けないと収まらないから、早いうちに種主を捜すんだな』
――ほんとに、こんな……。ふざけんなよ。
朦朧とする意識で悪態をつきながら、自然とあふれ出る涙を何とかこらえようと旭は唇を噛んだ。
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