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2. 律樹side
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「ヴィヴィ、≪Stand up≫」
まだ床に寝ころんだままだったヴィヴァルドは律樹のコマンドに少しだけ表情を緩め、その場で立ち上がった。
続けざまにコマンドを舌にのせる。
「≪Come≫」
まだ不機嫌が抜けないヴィヴァルドは唇を尖らせながら律樹の正面で立ち止まった。
「そんなに拗ねないでください」
「拗ねてない、怒ってるんだ。勝手に触らせないで」
「すみません、気を付けます」
まるでおもちゃを取られたことを怒る子供のようなヴィヴァルドに律樹は苦笑を漏らすしかない。
実際、ヴィヴァルドにとって律樹は”所有物”であり、それ以上でもそれ以下でもない。”自分のもの”に向けた愛情や占有欲はあれど、恋情のようなものはないのだ。
もし、律樹が命を落とすようなことがあったとしても、悲しんではくれるかもしれないが、喪失感に苦しむようなことはないだろう。
でも、それは律樹も同じようなもので、なんでもしてやりたいと思うほど恩人に向ける強い敬愛の念はあれど、恋焦がれるような熱情はない。
もともと人に対する執着が薄かった律樹にとってヴィヴァルドは性欲とダイナミクスの欲求を満たすパートナーとしてはこれ以上にないほど理想的な相手だった。
ヴィヴァルドの見た目が好みであることも大きい。
目の前に立つ麗人の顔をベッドに座ったまま見上げると、朝、律樹がみつあみに結わえた黄金色の髪は、倒れたせいで乱れてしまっている。意味を成していない髪紐をほどくと、まるで秋風に揺れる小麦畑のように輝く黄金色の髪がさらりと美しくなびいた。
ヴィヴァルドの腰の下ほどまである長い髪は、手入れをするのも、整えるのも大変だ。
しかも本人は頓着がまるでなく、この長さまで延びたのは、ただほったらかしにしていただけだし、以前は全く手入れをしていなかったせいで、ぼさぼさで艶もなかった。
それをここまで美しく整えたのは律樹だ。
手塩にかけた美しい髪をなだめるように撫で、ヴィヴァルドの翡翠色をした瞳に視線を合わせた。
「約束します、もう誰にも触らせないと」
ふいに隣の部屋から響いた書類が崩れる音に耳だけを向けながら腰を引き寄せ、さらにコマンドを贈る。執務室も仮眠室も本や書類でいっぱいだが、ベッドの上だけはきれいでよかった、なんて頭の片隅で考えながら。
「ヴィヴィ、≪Sit and Kiss≫」
大人しく律樹の膝に乗ったヴィヴァルドとしばらく互いに唇を食んだり、なぞったりを繰り返す。顔が離れたときにはもうヴィヴァルドの顔から陰りは消えていた。
「忘れないで、きみは僕のものだよ」
「はい」
「あぁ、でも、」
片側の口角を上げ、にやりと笑ったヴィヴァルドは、律樹の首に手を回すと、そのまま体重をかけてくる。かけられた重みに逆らうことなく後ろに倒れると、ヴィヴァルドは律樹の腰に跨った。
「兄上ならいいよ」
ベッドの横にはこの部屋唯一の窓がある。すっかりと沈んでしまった太陽の代わりに顔を出した月の光を浴びたヴィヴァルドの美しさは神秘的ですらある。
神の考えることなどわからない。だから律樹にはヴィヴァルドの言葉に頷く以外の選択肢はない。
「機会があれば」
「ふふっ、そうだね」
倒れこんできたヴィヴァルドの頭に手を添え、またキスを交わす。口を開くとすぐに舌がヴィヴァルドの口内へと吸い込まれた。唾液に含まれる律樹の魔力を取り込んでいるのだろう。まるで自分がキャンディにでもなったのかと錯覚してしまうほど、ヴィヴァルドは美味しそうに律樹の魔力を舐めとっていく。
「ヴィヴィ、≪Stay≫」
少しだけ体の力が抜け始めたところで、律樹はヴィヴァルドの頭を引き離した。
息を切らしながら不満げな顔を向けてくるが、キスだけで魔力を失いすぎればこの後が続けられない。
「キスだけでいいんですか?」
「……やだ」
「それなら、まだ我慢して。さあ、≪Strip≫」
魔法師の正装は律樹が着ている司祭服のような上下のセットアップにローブを羽織るのだが、今のヴィヴァルドは私室にいたこともあり、簡素なボタン付きのシャツにスラックスを履いているだけだ。
その何でもないシャツのボタンに細く長い指をかけ、一つ一つ外していく姿は美しく、まるで舞台芸術のように圧巻だ。
ヴィヴァルドが披露するショーを特等席で観覧しながら、律樹はあらわになった肢体を首筋から胸を通り、腰元までゆっくりと撫でおろした。
「下も、全部」
「ん」
恍惚とした笑みを浮かべながらヴィヴァルドは律樹の上から降りてベッドの中央に座りなおすと、言いつけ通りに下着ごとスラックスを脱いだ。露わになった髪色と同じ黄金色の下生えは月光に照らされて輝き、すでにそそり立ったヴィヴァルドの陰茎を彩っている。その先端は律樹の視線を受け、物欲しそうによだれを垂らしていた。
「このまま見ているだけでイってしまいそうですね」
「やだぁ、ちゃんと触って」
「どこを触ってほしいんですか? ≪Say≫」
律樹のコマンドに少しだけ考えるそぶりをしたヴィヴァルドは、胸元に自分の手を持っていきながら腰を浮かせ、膝で立ち上がった。
「乳首と、ちんちんも」
「両方ですか、欲張りですね」
「だめ?」
「いいえ、もちろんいいですよ。上手におねだりできましたね、≪Good boy≫」
褒めてやれば、もともと甘く垂れた目尻がとろりとほころぶ。恥じらいのないところは少し惜しいなと思うが、この美貌をとろけさせるだけでも十分にDomとしては満たされる。
膝立ちのままのヴィヴァルドに向かい合うように体を起こし、もう一度律樹の腰をまたがせてから、すでにピンと立ち上がった薄桃の乳首を口に含む。硬くした舌先でその先端を転がすように舐めながら反対側を指先で摘まむと、ヴィヴァルドは口から熱く溶けた声を漏らした。
空いている手を下に伸ばし、竿を握る。あふれ出している先走りを塗りつけるようにパンパンに張った亀頭を親指でグリグリと刺激すれば、ヴィヴァルドは身をよじらせ、律樹の頭を抱え込んだ。
「すぐイッちゃいそう」
「まだダメですよ、我慢して」
唸るヴィヴァルドの腕にこもる力がだんだんと強くなっていく。限界が近いのだろう。
それでも攻める手は緩めない。容赦なく扱く手を速めると、あっという間にヴィヴァルドは白濁を吐き出した。
「あーあ、まだいいって言ってないのに」
「だって、我慢とかできないし」
あっけらかんと言ってのけるヴィヴァルドを睥睨すると、ふてくされたように視線をそらされた。
この世界に律樹が来てから早三年。これまでに一度もヴィヴァルドの口から謝罪の言葉を聞いたことはない。
強情で不遜。そして、とても強いSubだ。コマンドに従ってはくれるが、決して屈しはしない。それがヴィヴァルドの魅力であり、Domの欲求を湧きたてられる理由でもある。
たとえプレイの最中だけであっても、この孤高の存在を”支配”することを許されているのは自分だけなのだと。
「ヴィヴィ、≪Roll≫」
白いシーツの上に長い黄金色の髪を揺蕩わせながら、惜しげもなく白く細い手足を投げ出したヴィヴァルドに、今度は両足の膝裏を自分で抱えるように指示をする。こうすれば、黄金色の茂みも、先ほど一度達したにもかかわらず、すでに頭をもたげ始めている陰茎も、張り詰めた陰嚢も、その下でまだ慎ましやかに口を閉じたままの後孔までも、すべてが丸見えだ。煽情的な光景に、すでに熱を蓄え始めていた下半身がさらなる昂りを取り戻していく。
ベッドのわきにあるチェストから香油を取り出し、晒された会陰にゆっくりと垂らしていく。ぷっくりと膨れた後孔の淵にそってゆっくりと進路を変えていくさまが艶めかしい。
同じ香油を指にもまとわせ、垂れた香油を丁寧に塗りこめながら隘路を拓いていく。このままじらすのもいいが、ヴィヴァルドへの”お仕置き”としてはあまり効果的ではない。
少し思案した律樹は、準備は最低限にとどめ、ヴィヴァルドの両足を持ち上げると後孔に自身のものを押し当てた。
「入れますよ」
「ん。あっんん~~~はっ」
背をのけぞらせるヴィヴァルドの腰をつかみ、狭い入口を慎重にこじ開けていく。膨らんだ先端が入れば、後はうねる肉壁が奥へ奥へと導いてくれる。すべてをヴィヴァルドの中へ収めると、律樹は一度動きを止めた。
視線だけを動かして先ほどヴィヴァルドの髪からほどいた髪紐を探す。それは律樹のすぐ足元に落ちていた。ヴィヴァルドの瞳と同じ翡翠色のリボンと、律樹の瞳の色である黒のリボンを編み込んだ髪紐は律樹がヴィヴァルドに贈ったものだ。『自分のSub』に贈ったものを身につけさせたいと思うのは、Domとしての本能の一つでもある。
手に取った髪紐を見せつけるように掲げると、何をしようとしているのか察したらしいヴィヴァルドがきゅっと眉をひそめた。
「……それ、やだなぁ」
「堪え性のないあなたには必要でしょう?」
「……お仕置き?」
「はい」
まだ不満そうにしてはいるが、拒絶の言葉が続かなかったことを「同意」と捉えた律樹は、手に持った髪紐をくるりとヴィヴァルドの陰茎の根元へと結んだ。
これでもう、ヴィヴァルドはこの紐をほどかない限り射精することができない。先ほど、許可がないまま達してしまったことに対する”お仕置き”には最も効果的だろう。
「後でイケたらほどいてあげますよ」
「……だって、飛んじゃうし」
「大丈夫、あとは俺に任せてください」
「え~っ、あっ、まって、あぁっ!」
腰を引き、一気にガツンと奥へと叩きつける。もちろん一度では終わらない。何度も何度も肉壁を抉っていく。そのたびにヴィヴァルドは体を跳ねさせ、悲鳴のような嬌声を上げる。
「ひっ、あっあっ、もうやだぁ! 出したい!! とってぇ!!」
「ダメです、よ」
「やだ、やだ、あぁんあぁ!!」
肌同士が激しくぶつかり、透き通るような真っ白なヴィヴァルドの肌は真っ赤に染まってしまっている。頭を振り乱し、泣きながら自身を戒める紐を取ってほしいと懇願するヴィヴァルドの両腕を掴んでシーツに縫い付けながら、腰をさらに深く押し付けた。
「ほら、後でイってみせて。上手にできるでしょう? 」
「はっ、ひぁ、あっあっ、、む、り、、、」
奥をこねるようにぐりぐりと腰を押し付ける。はくはくと浅い息を吐くヴィヴァルドの顔は乱れた髪が汗で張り付き、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。その姿に律樹はたまらなく興奮していた。
再びギリギリまで腰を引く。そしてまた一気に奥へと押し戻す。繰り返し打ちつけられた奥の扉は柔く、もろくなっている。とどめの一撃とばかりに腰を打ち付ければ、ぐぼんといういびつな音を立てながらヴィヴァルドの最奥に亀頭が喰い込んだ。
「……入った」
「あぇ…? あっあぁああっーー!!」
白い喉をのけぞらせながら全身を震わせるヴィヴァルドに追い打ちをかけるように、何度も最奥をこじ開ける。それでも歯を食いしばり、迫りくる絶頂にあらがおうとするヴィヴァルドの耳元に唇を寄せた。
「ヴィヴィ、≪Cum≫」
「っーーーーーー!!!」
その瞬間、ヴィヴァルドは最も大きく体を震わせ、音のない叫び声をあげる。同時に収縮したヴィヴァルドの雄膣に絞られるようにして律樹も達した。
「上手にイケましたね、≪Good boy≫」
ドライオーガズムの余韻でまだ痙攣が収まらないヴィヴァルドの頭を撫で、乱れた髪を少し整える。翡翠色の瞳は焦点が定まらず、うつろだ。
律樹はヴィヴァルドの中から自身を引き抜くと、ヴィヴァルドの陰茎に結ばれていた髪紐をほどいた。とろとろとあふれ出してくる白濁液を眺めながら、ゆっくりと瞳を閉じていくヴィヴァルドの額にキスを落とす。
「おやすみなさい、よい夢を」
そのまま眠りに落ちたヴィヴァルドの体を清めると、律樹はそっとベッドから立ち上がった。
普段ならばこのまま同じベッドで寝てしまうのだが、今日は確かめなければならないことがある。
プレイの高揚をまだ体に残したまま、律樹はチェストの上に置いてあったランプを手に執務室へと向かう。
執務室と仮眠室は一応別れてはいるが扉がない。律樹は物音を立てないように執務室へ入ると、手に持っていたランプに明かりを灯し、部屋を照らす。書類や本が雑然と積まれた部屋の中には、一つだけ明らかに異質な影があった。
一気に背を駆け上がる興奮を抑えるように口元に手を当てるが、勝手に口角が上を向こうと引くついている。なるべく平静を装って、うずくまる影に向かって声をかけた。
「……そんなところでなにをされているんですか、アウグスト様」
律樹の声に驚いたのだろう。パッと顔を上げたアウグストの黄金色の髪がランプの光を反射して星が瞬くように光る。その顔には、赤みが差していた。
息も荒く、いつもはきれいに整えられている髪も乱れてしまっている。まるでさっきまで律樹の下で喘いでいたヴィヴァルドのように。
その様に律樹は思わず喉を鳴らしそうになったが、なんとか笑顔を作り、アウグストへと近づく。
「く、くるな」
「どうしてですか? お体の具合がすぐれませんか?」
何も知らないふりをして律樹が近づくと、アウグストはその分後ろへとずり下がる。そんなことをしても逆効果でしかないのに。
積まれた本や書類がバサバサと崩れ落ちる音も相まって、逃げ惑う獲物を追う狩人のような気分だ。
大して広くもない執務室で、立ち上がって逃げるでもなくただただ後ろにずり下がるだけだったアウグストの背が壁に着くのはすぐだった。
「なんで逃げるんですか?」
「う、うるさい! あっちへ行け!!」
なるべく優しく出したはずの声は、自分でもわかるほどに興奮に染まっている。今の自分はひどい顔をしているだろう――。その証拠にアウグストの翡翠色の瞳に浮かぶのは”怯え”だ。
威圧は出していない。
自分の状態がわからない不安。得体のしれないものへの恐怖。それらをないまぜにして、律樹に怯えている。
そんなアウグストの姿に、律樹は自分の予想が当たっていたことを確信した。
おそらく、アウグストは律樹が戻った少し後にこの部屋に入ってきたのだろう。
目的は分からないが、律樹のことをよく思っていないアウグストのことだ。何かしら言いがかりをつけに来たのかもしれない。
ところが、部屋に戻ってすぐに律樹とヴィヴァルドはプレイを始めてしまった。
本来、プレイはパートナーであるDomとSubの間に信頼関係がなければコマンドは通らない。
ところが、何度も言った通り律樹は強いDomだ。
おそらくヴィヴァルドに対して使ったコマンドの影響が執務室にいたアウグストにまでおよび、アウグストはその場から動けなくなってしまったのだろう。
律樹はずっと、思っていた。
まるで王座に座っているかのように多くの部下にかしずかれ、こちらを見下すアウグストを見て。――おまえはそちら側ではないだろう? と。
アウグストはSubなのだから。
「立ち上がれない様ですね? 部下のかたを呼んできましょうか?」
「いい! 休めば、問題ない!」
「ふっ」
「なにがおかしい!」
強がる姿につい笑いを漏らした律樹をアウグストが睨み上げた。その視線だけでも全身の毛が逆立つほどゾクゾクと興奮が背筋を走る。
もちろん部下なんて呼んでくるつもりはさらさらない。
今のアウグストは中途半端にかかったコマンドのせいで体の自由が利かなくなってしまっている。それを解消できるのはもちろんDomである律樹だけだ。
先ほど二度も放ったとは思えないほど昂る下半身に気づかれないよう律樹は屈みこみ、ランプをアウグストへと近づけた。
「そんな姿、部下には見せられないですもんね」
ランプの光で照らし出したアウグストの下半身もまた、見るからに膨らんでいた。
懸命に隠そうとしているが、じたばたと無意味な抵抗をしているようにしか見えない。それがまた愛らしく感じる。
「でも、このままではずっと立ち上がれませんよ」
「は? なんでお前にそんなことがわかる?!」
「だって、そうなってしまっているのは俺のせいですから」
興奮しているせいか、やたら体が熱い。乾いてしまった下唇を無意識のうちにぺろりと舐めると、律樹はアウグストの耳元に唇を寄せた。
「俺とヴィヴァルド様がしていたこと、聞いていたのでしょう?」
「っーーーー!」
「あれと同じことをすれば、立ち上がれるようになりますよ」
「う、嘘をつくな!」
「嘘ではありません。試してみますか?」
「ふざけるな! あっ、あんなことできるか……!」
「アウグスト様、≪Shush≫。あなたの大切な弟君が起きてしまいます」
律樹が自分の唇に人差し指を立てると、アウグストはぐっと唇を引き結んだ。
――コマンドが効いた!!
おそらく、本能的なものと、アウグストのヴィヴァルドに対する想いの強さからだろうが、それでも抵抗されなかったというのは大きな一歩だ。
「上手にできましたね、≪Good boy≫」
高揚したまま手を伸ばし、黄金色の髪を撫でる。すると、アウグストの体から力が抜けたように感じた。
それだけでも、とても強く満たされる。ヴィヴァルドとプレイした時に得られるものとはまた違う満足感だ。
「大丈夫、あなたが嫌がることは決してしません。だから、俺に身をゆだねて」
律樹の言葉にアウグストは小さく頷いた。
ヴィヴァルドとアウグストはよく似た外見をしている。顔立ちもよく似ているし、髪の色も瞳の色も同じだ。
それでも決して見間違えたりしないのは、髪の長さが違うことよりも、何よりまとう雰囲気が違うせいだ。
少しだけ垂れ目でおおらかな雰囲気のヴィヴァルドに対し、アウグストはつり目できつい印象な上に、いつもかけている細い銀縁の眼鏡がさらに鋭利さを助長している。
それが今はどうだ。眼鏡の奥にある翡翠色の瞳はとろりと下がり、髪を撫でていた律樹の手に頬を摺り寄せている。
アウグストもヴィヴァルドと同様にSubとしての欲求をずっとため込んでいたのだろう。そのせいで、ほんの軽いコマンドでも過剰に反応し、酩酊したような状態になってしまっている。
「どうしても嫌な時は『ヴィヴィ』と。ヴィヴァルド様に助けを求めてください」
またアウグストがこくりと頷く。
ゆっくりと、焦らないように。そう思っても、昂る感情が先を求めて急がせる。きっとこの機会を逃せばもう二度とない。
――さぁ、なんて呼ぼうか。
プレイの時に使う呼び名はDomからSubへの贈り物のようなものだ。まさか、アウグストに対して使う日が来るとは思わなかった。
律樹はアウグストの前で立ち上がり、飲み込めなかった興奮をそのままコマンドに乗せる。
「オーガス、≪Kneel≫」
まだ床に寝ころんだままだったヴィヴァルドは律樹のコマンドに少しだけ表情を緩め、その場で立ち上がった。
続けざまにコマンドを舌にのせる。
「≪Come≫」
まだ不機嫌が抜けないヴィヴァルドは唇を尖らせながら律樹の正面で立ち止まった。
「そんなに拗ねないでください」
「拗ねてない、怒ってるんだ。勝手に触らせないで」
「すみません、気を付けます」
まるでおもちゃを取られたことを怒る子供のようなヴィヴァルドに律樹は苦笑を漏らすしかない。
実際、ヴィヴァルドにとって律樹は”所有物”であり、それ以上でもそれ以下でもない。”自分のもの”に向けた愛情や占有欲はあれど、恋情のようなものはないのだ。
もし、律樹が命を落とすようなことがあったとしても、悲しんではくれるかもしれないが、喪失感に苦しむようなことはないだろう。
でも、それは律樹も同じようなもので、なんでもしてやりたいと思うほど恩人に向ける強い敬愛の念はあれど、恋焦がれるような熱情はない。
もともと人に対する執着が薄かった律樹にとってヴィヴァルドは性欲とダイナミクスの欲求を満たすパートナーとしてはこれ以上にないほど理想的な相手だった。
ヴィヴァルドの見た目が好みであることも大きい。
目の前に立つ麗人の顔をベッドに座ったまま見上げると、朝、律樹がみつあみに結わえた黄金色の髪は、倒れたせいで乱れてしまっている。意味を成していない髪紐をほどくと、まるで秋風に揺れる小麦畑のように輝く黄金色の髪がさらりと美しくなびいた。
ヴィヴァルドの腰の下ほどまである長い髪は、手入れをするのも、整えるのも大変だ。
しかも本人は頓着がまるでなく、この長さまで延びたのは、ただほったらかしにしていただけだし、以前は全く手入れをしていなかったせいで、ぼさぼさで艶もなかった。
それをここまで美しく整えたのは律樹だ。
手塩にかけた美しい髪をなだめるように撫で、ヴィヴァルドの翡翠色をした瞳に視線を合わせた。
「約束します、もう誰にも触らせないと」
ふいに隣の部屋から響いた書類が崩れる音に耳だけを向けながら腰を引き寄せ、さらにコマンドを贈る。執務室も仮眠室も本や書類でいっぱいだが、ベッドの上だけはきれいでよかった、なんて頭の片隅で考えながら。
「ヴィヴィ、≪Sit and Kiss≫」
大人しく律樹の膝に乗ったヴィヴァルドとしばらく互いに唇を食んだり、なぞったりを繰り返す。顔が離れたときにはもうヴィヴァルドの顔から陰りは消えていた。
「忘れないで、きみは僕のものだよ」
「はい」
「あぁ、でも、」
片側の口角を上げ、にやりと笑ったヴィヴァルドは、律樹の首に手を回すと、そのまま体重をかけてくる。かけられた重みに逆らうことなく後ろに倒れると、ヴィヴァルドは律樹の腰に跨った。
「兄上ならいいよ」
ベッドの横にはこの部屋唯一の窓がある。すっかりと沈んでしまった太陽の代わりに顔を出した月の光を浴びたヴィヴァルドの美しさは神秘的ですらある。
神の考えることなどわからない。だから律樹にはヴィヴァルドの言葉に頷く以外の選択肢はない。
「機会があれば」
「ふふっ、そうだね」
倒れこんできたヴィヴァルドの頭に手を添え、またキスを交わす。口を開くとすぐに舌がヴィヴァルドの口内へと吸い込まれた。唾液に含まれる律樹の魔力を取り込んでいるのだろう。まるで自分がキャンディにでもなったのかと錯覚してしまうほど、ヴィヴァルドは美味しそうに律樹の魔力を舐めとっていく。
「ヴィヴィ、≪Stay≫」
少しだけ体の力が抜け始めたところで、律樹はヴィヴァルドの頭を引き離した。
息を切らしながら不満げな顔を向けてくるが、キスだけで魔力を失いすぎればこの後が続けられない。
「キスだけでいいんですか?」
「……やだ」
「それなら、まだ我慢して。さあ、≪Strip≫」
魔法師の正装は律樹が着ている司祭服のような上下のセットアップにローブを羽織るのだが、今のヴィヴァルドは私室にいたこともあり、簡素なボタン付きのシャツにスラックスを履いているだけだ。
その何でもないシャツのボタンに細く長い指をかけ、一つ一つ外していく姿は美しく、まるで舞台芸術のように圧巻だ。
ヴィヴァルドが披露するショーを特等席で観覧しながら、律樹はあらわになった肢体を首筋から胸を通り、腰元までゆっくりと撫でおろした。
「下も、全部」
「ん」
恍惚とした笑みを浮かべながらヴィヴァルドは律樹の上から降りてベッドの中央に座りなおすと、言いつけ通りに下着ごとスラックスを脱いだ。露わになった髪色と同じ黄金色の下生えは月光に照らされて輝き、すでにそそり立ったヴィヴァルドの陰茎を彩っている。その先端は律樹の視線を受け、物欲しそうによだれを垂らしていた。
「このまま見ているだけでイってしまいそうですね」
「やだぁ、ちゃんと触って」
「どこを触ってほしいんですか? ≪Say≫」
律樹のコマンドに少しだけ考えるそぶりをしたヴィヴァルドは、胸元に自分の手を持っていきながら腰を浮かせ、膝で立ち上がった。
「乳首と、ちんちんも」
「両方ですか、欲張りですね」
「だめ?」
「いいえ、もちろんいいですよ。上手におねだりできましたね、≪Good boy≫」
褒めてやれば、もともと甘く垂れた目尻がとろりとほころぶ。恥じらいのないところは少し惜しいなと思うが、この美貌をとろけさせるだけでも十分にDomとしては満たされる。
膝立ちのままのヴィヴァルドに向かい合うように体を起こし、もう一度律樹の腰をまたがせてから、すでにピンと立ち上がった薄桃の乳首を口に含む。硬くした舌先でその先端を転がすように舐めながら反対側を指先で摘まむと、ヴィヴァルドは口から熱く溶けた声を漏らした。
空いている手を下に伸ばし、竿を握る。あふれ出している先走りを塗りつけるようにパンパンに張った亀頭を親指でグリグリと刺激すれば、ヴィヴァルドは身をよじらせ、律樹の頭を抱え込んだ。
「すぐイッちゃいそう」
「まだダメですよ、我慢して」
唸るヴィヴァルドの腕にこもる力がだんだんと強くなっていく。限界が近いのだろう。
それでも攻める手は緩めない。容赦なく扱く手を速めると、あっという間にヴィヴァルドは白濁を吐き出した。
「あーあ、まだいいって言ってないのに」
「だって、我慢とかできないし」
あっけらかんと言ってのけるヴィヴァルドを睥睨すると、ふてくされたように視線をそらされた。
この世界に律樹が来てから早三年。これまでに一度もヴィヴァルドの口から謝罪の言葉を聞いたことはない。
強情で不遜。そして、とても強いSubだ。コマンドに従ってはくれるが、決して屈しはしない。それがヴィヴァルドの魅力であり、Domの欲求を湧きたてられる理由でもある。
たとえプレイの最中だけであっても、この孤高の存在を”支配”することを許されているのは自分だけなのだと。
「ヴィヴィ、≪Roll≫」
白いシーツの上に長い黄金色の髪を揺蕩わせながら、惜しげもなく白く細い手足を投げ出したヴィヴァルドに、今度は両足の膝裏を自分で抱えるように指示をする。こうすれば、黄金色の茂みも、先ほど一度達したにもかかわらず、すでに頭をもたげ始めている陰茎も、張り詰めた陰嚢も、その下でまだ慎ましやかに口を閉じたままの後孔までも、すべてが丸見えだ。煽情的な光景に、すでに熱を蓄え始めていた下半身がさらなる昂りを取り戻していく。
ベッドのわきにあるチェストから香油を取り出し、晒された会陰にゆっくりと垂らしていく。ぷっくりと膨れた後孔の淵にそってゆっくりと進路を変えていくさまが艶めかしい。
同じ香油を指にもまとわせ、垂れた香油を丁寧に塗りこめながら隘路を拓いていく。このままじらすのもいいが、ヴィヴァルドへの”お仕置き”としてはあまり効果的ではない。
少し思案した律樹は、準備は最低限にとどめ、ヴィヴァルドの両足を持ち上げると後孔に自身のものを押し当てた。
「入れますよ」
「ん。あっんん~~~はっ」
背をのけぞらせるヴィヴァルドの腰をつかみ、狭い入口を慎重にこじ開けていく。膨らんだ先端が入れば、後はうねる肉壁が奥へ奥へと導いてくれる。すべてをヴィヴァルドの中へ収めると、律樹は一度動きを止めた。
視線だけを動かして先ほどヴィヴァルドの髪からほどいた髪紐を探す。それは律樹のすぐ足元に落ちていた。ヴィヴァルドの瞳と同じ翡翠色のリボンと、律樹の瞳の色である黒のリボンを編み込んだ髪紐は律樹がヴィヴァルドに贈ったものだ。『自分のSub』に贈ったものを身につけさせたいと思うのは、Domとしての本能の一つでもある。
手に取った髪紐を見せつけるように掲げると、何をしようとしているのか察したらしいヴィヴァルドがきゅっと眉をひそめた。
「……それ、やだなぁ」
「堪え性のないあなたには必要でしょう?」
「……お仕置き?」
「はい」
まだ不満そうにしてはいるが、拒絶の言葉が続かなかったことを「同意」と捉えた律樹は、手に持った髪紐をくるりとヴィヴァルドの陰茎の根元へと結んだ。
これでもう、ヴィヴァルドはこの紐をほどかない限り射精することができない。先ほど、許可がないまま達してしまったことに対する”お仕置き”には最も効果的だろう。
「後でイケたらほどいてあげますよ」
「……だって、飛んじゃうし」
「大丈夫、あとは俺に任せてください」
「え~っ、あっ、まって、あぁっ!」
腰を引き、一気にガツンと奥へと叩きつける。もちろん一度では終わらない。何度も何度も肉壁を抉っていく。そのたびにヴィヴァルドは体を跳ねさせ、悲鳴のような嬌声を上げる。
「ひっ、あっあっ、もうやだぁ! 出したい!! とってぇ!!」
「ダメです、よ」
「やだ、やだ、あぁんあぁ!!」
肌同士が激しくぶつかり、透き通るような真っ白なヴィヴァルドの肌は真っ赤に染まってしまっている。頭を振り乱し、泣きながら自身を戒める紐を取ってほしいと懇願するヴィヴァルドの両腕を掴んでシーツに縫い付けながら、腰をさらに深く押し付けた。
「ほら、後でイってみせて。上手にできるでしょう? 」
「はっ、ひぁ、あっあっ、、む、り、、、」
奥をこねるようにぐりぐりと腰を押し付ける。はくはくと浅い息を吐くヴィヴァルドの顔は乱れた髪が汗で張り付き、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。その姿に律樹はたまらなく興奮していた。
再びギリギリまで腰を引く。そしてまた一気に奥へと押し戻す。繰り返し打ちつけられた奥の扉は柔く、もろくなっている。とどめの一撃とばかりに腰を打ち付ければ、ぐぼんといういびつな音を立てながらヴィヴァルドの最奥に亀頭が喰い込んだ。
「……入った」
「あぇ…? あっあぁああっーー!!」
白い喉をのけぞらせながら全身を震わせるヴィヴァルドに追い打ちをかけるように、何度も最奥をこじ開ける。それでも歯を食いしばり、迫りくる絶頂にあらがおうとするヴィヴァルドの耳元に唇を寄せた。
「ヴィヴィ、≪Cum≫」
「っーーーーーー!!!」
その瞬間、ヴィヴァルドは最も大きく体を震わせ、音のない叫び声をあげる。同時に収縮したヴィヴァルドの雄膣に絞られるようにして律樹も達した。
「上手にイケましたね、≪Good boy≫」
ドライオーガズムの余韻でまだ痙攣が収まらないヴィヴァルドの頭を撫で、乱れた髪を少し整える。翡翠色の瞳は焦点が定まらず、うつろだ。
律樹はヴィヴァルドの中から自身を引き抜くと、ヴィヴァルドの陰茎に結ばれていた髪紐をほどいた。とろとろとあふれ出してくる白濁液を眺めながら、ゆっくりと瞳を閉じていくヴィヴァルドの額にキスを落とす。
「おやすみなさい、よい夢を」
そのまま眠りに落ちたヴィヴァルドの体を清めると、律樹はそっとベッドから立ち上がった。
普段ならばこのまま同じベッドで寝てしまうのだが、今日は確かめなければならないことがある。
プレイの高揚をまだ体に残したまま、律樹はチェストの上に置いてあったランプを手に執務室へと向かう。
執務室と仮眠室は一応別れてはいるが扉がない。律樹は物音を立てないように執務室へ入ると、手に持っていたランプに明かりを灯し、部屋を照らす。書類や本が雑然と積まれた部屋の中には、一つだけ明らかに異質な影があった。
一気に背を駆け上がる興奮を抑えるように口元に手を当てるが、勝手に口角が上を向こうと引くついている。なるべく平静を装って、うずくまる影に向かって声をかけた。
「……そんなところでなにをされているんですか、アウグスト様」
律樹の声に驚いたのだろう。パッと顔を上げたアウグストの黄金色の髪がランプの光を反射して星が瞬くように光る。その顔には、赤みが差していた。
息も荒く、いつもはきれいに整えられている髪も乱れてしまっている。まるでさっきまで律樹の下で喘いでいたヴィヴァルドのように。
その様に律樹は思わず喉を鳴らしそうになったが、なんとか笑顔を作り、アウグストへと近づく。
「く、くるな」
「どうしてですか? お体の具合がすぐれませんか?」
何も知らないふりをして律樹が近づくと、アウグストはその分後ろへとずり下がる。そんなことをしても逆効果でしかないのに。
積まれた本や書類がバサバサと崩れ落ちる音も相まって、逃げ惑う獲物を追う狩人のような気分だ。
大して広くもない執務室で、立ち上がって逃げるでもなくただただ後ろにずり下がるだけだったアウグストの背が壁に着くのはすぐだった。
「なんで逃げるんですか?」
「う、うるさい! あっちへ行け!!」
なるべく優しく出したはずの声は、自分でもわかるほどに興奮に染まっている。今の自分はひどい顔をしているだろう――。その証拠にアウグストの翡翠色の瞳に浮かぶのは”怯え”だ。
威圧は出していない。
自分の状態がわからない不安。得体のしれないものへの恐怖。それらをないまぜにして、律樹に怯えている。
そんなアウグストの姿に、律樹は自分の予想が当たっていたことを確信した。
おそらく、アウグストは律樹が戻った少し後にこの部屋に入ってきたのだろう。
目的は分からないが、律樹のことをよく思っていないアウグストのことだ。何かしら言いがかりをつけに来たのかもしれない。
ところが、部屋に戻ってすぐに律樹とヴィヴァルドはプレイを始めてしまった。
本来、プレイはパートナーであるDomとSubの間に信頼関係がなければコマンドは通らない。
ところが、何度も言った通り律樹は強いDomだ。
おそらくヴィヴァルドに対して使ったコマンドの影響が執務室にいたアウグストにまでおよび、アウグストはその場から動けなくなってしまったのだろう。
律樹はずっと、思っていた。
まるで王座に座っているかのように多くの部下にかしずかれ、こちらを見下すアウグストを見て。――おまえはそちら側ではないだろう? と。
アウグストはSubなのだから。
「立ち上がれない様ですね? 部下のかたを呼んできましょうか?」
「いい! 休めば、問題ない!」
「ふっ」
「なにがおかしい!」
強がる姿につい笑いを漏らした律樹をアウグストが睨み上げた。その視線だけでも全身の毛が逆立つほどゾクゾクと興奮が背筋を走る。
もちろん部下なんて呼んでくるつもりはさらさらない。
今のアウグストは中途半端にかかったコマンドのせいで体の自由が利かなくなってしまっている。それを解消できるのはもちろんDomである律樹だけだ。
先ほど二度も放ったとは思えないほど昂る下半身に気づかれないよう律樹は屈みこみ、ランプをアウグストへと近づけた。
「そんな姿、部下には見せられないですもんね」
ランプの光で照らし出したアウグストの下半身もまた、見るからに膨らんでいた。
懸命に隠そうとしているが、じたばたと無意味な抵抗をしているようにしか見えない。それがまた愛らしく感じる。
「でも、このままではずっと立ち上がれませんよ」
「は? なんでお前にそんなことがわかる?!」
「だって、そうなってしまっているのは俺のせいですから」
興奮しているせいか、やたら体が熱い。乾いてしまった下唇を無意識のうちにぺろりと舐めると、律樹はアウグストの耳元に唇を寄せた。
「俺とヴィヴァルド様がしていたこと、聞いていたのでしょう?」
「っーーーー!」
「あれと同じことをすれば、立ち上がれるようになりますよ」
「う、嘘をつくな!」
「嘘ではありません。試してみますか?」
「ふざけるな! あっ、あんなことできるか……!」
「アウグスト様、≪Shush≫。あなたの大切な弟君が起きてしまいます」
律樹が自分の唇に人差し指を立てると、アウグストはぐっと唇を引き結んだ。
――コマンドが効いた!!
おそらく、本能的なものと、アウグストのヴィヴァルドに対する想いの強さからだろうが、それでも抵抗されなかったというのは大きな一歩だ。
「上手にできましたね、≪Good boy≫」
高揚したまま手を伸ばし、黄金色の髪を撫でる。すると、アウグストの体から力が抜けたように感じた。
それだけでも、とても強く満たされる。ヴィヴァルドとプレイした時に得られるものとはまた違う満足感だ。
「大丈夫、あなたが嫌がることは決してしません。だから、俺に身をゆだねて」
律樹の言葉にアウグストは小さく頷いた。
ヴィヴァルドとアウグストはよく似た外見をしている。顔立ちもよく似ているし、髪の色も瞳の色も同じだ。
それでも決して見間違えたりしないのは、髪の長さが違うことよりも、何よりまとう雰囲気が違うせいだ。
少しだけ垂れ目でおおらかな雰囲気のヴィヴァルドに対し、アウグストはつり目できつい印象な上に、いつもかけている細い銀縁の眼鏡がさらに鋭利さを助長している。
それが今はどうだ。眼鏡の奥にある翡翠色の瞳はとろりと下がり、髪を撫でていた律樹の手に頬を摺り寄せている。
アウグストもヴィヴァルドと同様にSubとしての欲求をずっとため込んでいたのだろう。そのせいで、ほんの軽いコマンドでも過剰に反応し、酩酊したような状態になってしまっている。
「どうしても嫌な時は『ヴィヴィ』と。ヴィヴァルド様に助けを求めてください」
またアウグストがこくりと頷く。
ゆっくりと、焦らないように。そう思っても、昂る感情が先を求めて急がせる。きっとこの機会を逃せばもう二度とない。
――さぁ、なんて呼ぼうか。
プレイの時に使う呼び名はDomからSubへの贈り物のようなものだ。まさか、アウグストに対して使う日が来るとは思わなかった。
律樹はアウグストの前で立ち上がり、飲み込めなかった興奮をそのままコマンドに乗せる。
「オーガス、≪Kneel≫」
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