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プロローグ

どこぞの脇役のエピローグ

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西暦2015年、日本、某所


「で、お前はまだこんなとこでなにやってんだい小僧」
燦然と輝く月の下、鉄塊と呼ばれたこの槍で妖怪どもの血風を巻き上げながら、俺は小僧にそう尋ねた。

——だけど、

と小僧は言葉を濁しながら俺に答える。
馬鹿野郎め、と俺はそう返す。
迫る、何十何百の敵がこちらへ迫る。
「お前がやることはここにはねぇだろう」

ねじ倒す、斬りふせる、薙ぎ落とす、腕を振り上げるごとに敵の死体が積み上げる。

どうだ見たか小僧。
いっちょまえに心配なんてしやがって。

逆にのよ、お前がいるとよ。
だから。

「いけよ、お前の戦場に」

どんと槍を地面に突き立て俺は告げる。振り返らずに。まっすぐ目の前の敵どもから目を離さず。

小僧は俺の後ろで一瞬何かを口にしようとして、
なにも言わずその場を飛び立った。

やっといきやがったか。
馬鹿野郎、大馬鹿野郎め。
俺は口元に笑みを浮かべながらひとりごちる。
敵は秒を過ぎるごとに数を増やしていく。
敵のシルエットが一つ一つ折り重なり、まるで黒い山が蠢いてる様だ。

だが俺は止まらない。
山を切り崩すが如く、俺の技は敵が増えるごとにキレを増し、
反射的に自動的に敵を解体していく。

しかし思考はなにぶん冷静で。
一匹一匹と解体していく最中、一向に減らない敵の数を前に、

——ああ、俺はここで死ぬんだろう。

そう確信していた。

2015年、今まで散発的に起きていた妖怪と俺たち鬼會衆きかいしゅうとの闘争。
それが白眉の大蛇という首魁を得た妖怪は人間へと反旗を翻し、日本と鬼會衆にわずか1カ月の間で壊滅的な打撃を与えた。
奴らは日本を出た後、そのまま世界壊滅へと乗り出し世界中を地獄に変えた。
もうダメだと誰もが考えた。
実際そうなるはずだった。
しかしそうはならなかった。
そこから挽回し、こうやって敵を追い詰め、やつの喉元まであと一歩と近づけたのは、
認めたくはないがあの小僧の活躍にあった。
あとはあのデカブツを打ち倒すだけ。それをできるのは小僧しかいない。
そういう話になったのだ。

——まったくなんの修行もしてこなかったタダの高校生に世界の命運を託すとは、全く漫画みたいな話だ。
さしずめ俺はその漫画の脇役か。

そんなくだらないことを考えながらも敵を潰す手は止まらない。
ハナから獲物の数は数えていないが、恐らく1000体目の敵に鉄塊を振り下ろした際に、
ミシリと自身の愛槍から嫌な音がした。

限界が来たか?
一瞬意識がそちらにうつる。
それがいけなかった。

『■■■、ー!!■■■■!!』

隙とみて突っ込んで来たバケモノの尖爪が俺の右脇腹を抉り、あまりの痛みで一瞬意識が途切れる。

「 ……!! ちっ、このかぼす野郎が!!」
即座に相手の頭を叩き潰す。
抉られた傷から血が吹き出す。
気づけば俺の体は脇腹だけでなく傷が付いてない場所など既になく、
人から見ればズタブクロから足が生えてるような有様だった。
全身が熱を帯び、灼熱のような痛みが脳みそを駆け巡る。
だが敵は止まらない。
俺も止まるわけにはいかない。

いてぇいてぇ泣きそうだ。
まったく損な役回りだぜ。
一人気ままに日頃の鬱憤を妖怪にぶちまけてた人生が、ひとりの小僧に負けてから全部狂っちまった。
負ける喧嘩に顔突っ込んじまって、しかも舞台裏で時間稼ぎたぁ、貧乏くじにもほどがある。

だがまぁこんなもんだ。俺程度のやつは。
わかってるさ。自分の立ち位置ぐらい。
俺はヒーローってガラでもねぇ。
見てくれの通り頭の悪いケンカしか脳がねぇ悪たれだった。
だから死ぬ場所も場所も選べずに、後悔して悪態をつきながら、のたうち回りながら死ぬんだとわかっている。

「だからこそよぉ」

俺は叫ぶ。力の限り。
のたれ死ぬとわかっているからこそ生き汚く最後まで喚き散らしてやると。
それが俺の矜持だと、生きた証だと。

「こんぐらいやんねぇと、かっこつかねぇだろうが!!」

ちぎる千切る千切って潰す。
既に俺は人ではなく、一つの暴風とかしていた。
一振り一振りはらうごとに寿命を削っていることを実感として感じる。

敵のほうも既に山などというモノではなく、形容するには規模が大きすぎるほどまでに数が膨れ上がっていた。
奴らも自身の御大将の窮地に駆けつけたい一心で、紙切れのような命を投げ打っているのだ。

涙ぐましい献身じゃないか。
ゴミにはゴミなりの矜持があるってか。
だったら付き合ってやらねばならないよ。
俺のようなゴミが、な。

鉄塊を一振り、数十の敵を巻き上げながら、鉄塊を脇に締め、構え直す。

俺は息を吸い込み、そして静かに、吠え叫んだ。

「吉野総連鬼會衆が第四位  鉄廻のソウザ、推して参る……!!」

そこから先はよく覚えていない。


気づけばいつのまにか夜は明け、俺は敵の骸で築いた丘の上で、仰向けになりながら朝日を拝んでいた。
紅色に染まる空に、初夏にふさわしくない粉雪が見える。

そんな朝焼けに輝く雪の欠片が舞い落ちる幻想的な様を見て俺は確信した。

妖怪どもを滅した際に出る塩の欠片。
それがそこら一帯に降り積もる規模。
白眉の大蛇の残滓だ。

「やり遂げたかよ小僧」

はぁっと、息をはいて空を眺める。
もう既に体は動かない。
もって数分。
助けは、おそらく来ない。

しかしどういうわけか何一つ怖くはなかった。
 駆け巡るは走馬灯。
どうしようもない悪童の生き様。
親に捨てられ荒れた幼少期。
修行に明け暮れ、妖怪どもに当り散らした青年期。
そして初めて完膚なきに負けた大喧嘩。

誰に誇れるわけでもないクソのような人生だったのに。


「なんだい話しが違うじゃねぇか」

俺は最後にはのたれ死ぬもんだと思っていたのに、

朝焼けに照らされながら見る自身の生き様は、
後悔など何一つなく、
ただひたすら輝いていた。


——ああ、楽しかったな。




誰にも看取られることなく、骸の丘で彼は逝った。

人から言わせれば彼の死など記憶に止めるものではなく、彼のことなど覚えてはいないものが大半なのだろう。
人から言わせればただの脇役でしかなかったのだろう。
これは物語の主役になれなかった、一人の悪童の一エピソード。

そしてこれから始まるのは、
脇役だった彼が主役になるまでの話だ。
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