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1章
5話
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「何かお困りでしょうか?」
遠慮がちな口調で背後から声がした。
振り返ると物腰の柔らかな初老の女性が私達を心配そうに見ている。
突然現れたこの女性に私達はどう対処したらいいのか困惑していた。
「お見かけしたところ、何か困ってらっしゃるようでしたのでお声をかけました…。ご迷惑でなければお力になりますが…」
穏やかな彼女の声は私達の警戒心を少しずつ解いていくが、まだ安心できない。
「あの…」
母が返答に戸惑っていた時だった。
「…!ここに隠れて!」
女性は突然、近くの物陰に私達を押し込めると何事もなく元の場所に戻っていく。そうして、しばらくすると遠くから兵士が一人彼女の元に駆け寄って来た。
「そこのご婦人、少し聞きたい事があるんだが。このあたりで女性と、10歳くらいの女児の二人組の旅人をみかけなかったか?二人とも整った容姿で金色の髪色をしているんだが」
私達が隠れている物陰のすぐ近くで、兵士はそんな話を始めた。
やはり追われていたのだと私達は一気に落胆した。そんな絶望感に襲われながらも二人の会話に意識を集中させる。あの女性はどんな返答をするのだろう。息を飲みながら見守る時間はとても長く感じられた。
「いえ。見ていませんよ。なぜ、その二人組を探しているのですか?」
「ああ。向こうにある大きな街で窃盗と暴力事件を起こしたらしいんだよ。なんでも子供を囮に使って男達から金品を盗んでいたんだそうだ」
「まぁ。それはそれは…。もし見かけたら教えますね」
「ああ。頼むよ」
そういって兵士はすぐに去って行くと、女性は兵士が見えなくなるまでその場でじっと見送りながら私達が隠れている場所に来て話しかけてきた。
「さぁ。もう大丈夫よ。早くここから離れて私と一緒に逃げましょう」
「…えっ…!?でも…。あんな話を聞いて何故私達を助けようとしてくれるんですか?」
見ず知らずの私達を助けてもなんの得もないはずだ。
「見たところ複雑な事情があるようにお見受けしました。私には、あなた達があの兵士がいうような罪人にはとても見えないのです。とにかく、ここは安全ではありません。向こうに私が乗ってきた荷馬車があります。そこで私の姉が待っているんです。私達と一緒に行きましょう」
「でも…。あなたを巻き込んでしまうかもしれない…」
母はこの心優しい女性を巻き込む事に躊躇している。
「気にしないで!さぁ早く行きましょう!」
「…ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
私達は急いで彼女の後について歩くと、少し遠くにある荷馬車が目に入った。
「あの荷馬車の幌の中に入ってください。私は姉に事情を説明してきますので」
辺りを警戒しながら私達はサッと荷台の幌の中に滑り込んだ。
御者席に座っている女性に事情を説明している声が聞こえる。説明を終えると彼女もすぐに荷台に入ってきた。
「さぁ。出発しましょう。私達の家まで行けば安全です」
「恩にきります」
母がそう言うと女性はにこやかにな笑顔を私達に見せる。
「名乗り遅れたわ。私はエスタよ。御者席にいるのは私の姉のノラよ。差し支えなければ、あなた達が追われている本当の理由を聞かせてくれないかしら」
「はい。こちらも申し遅れました。私はローラといいます。こちらは私の娘のレイラです」
馬車が走り出すと私達は彼女に今ままでの経緯を最初から全て話した。
「そう…。そんな事があったの。帰る場所を無くしたのね。辛かったわね。とてもひどい話だわ。それにあの街の警備隊長がそんな事をしていたなんて。その男がやっている事は決して許される事ではないわね。吐き気がするわ。きっと今までもそうやって好き放題やってきたんでしょう。他にも被害者がいるにちがいないわ」
「ええ…。まさか自分の権力を乱用してこんな事をしているなんて…。それに、ここまで根回しして私達に執着するなんて…。とても恐ろしいわ…」
「捕まったら確実にひどい目にあわされるわ。しばらくの間は私の家に身を置きなさい。いいこと?」
「ありがとうございます。恩にきります」
「もう堅苦しい言葉使いは不要よ。私達はもう他人ではないわ。ローラ、レイラ。これからよろしくね」
出発してからしばらくして、ようやく荷馬車が止まった。
「さぁ。着いたわよ」
「随分遠くからあの町に来ていたんですね」
「えぇ。月に一回、こうしてあの町まで買い出しに行くのよ。どうしても自給自足では賄えない物があるからね」
そう説明してくれたのは、いつの間にか御者席から降りていたエスタの姉のノラだった。私達は改めてお互いに挨拶をかわした。
「でも…。本当にお世話になって大丈夫なのでしょうか…
「えぇ、もちろんよ。うちはとても賑やかなのよ。一人も二人も同じなの。さぁ。我が家へようこそ。どうぞ入って」
そういってエスタとノラが玄関のドアを開けるやいなや、家の中から沢山の子供達が出てきた。
「ステラ叔母さん、ノラ叔母さん!おかえりなさい!」
「だだいま。いい子にしていた?」
「うん、ちゃんと小さな子の面倒もみれたよ。僕、もうお兄ちゃんだもん」
「そう、いい子ね」
私達は沢山の子供を目にしながら唖然として立っていた。
「ちょうどみんないるわね。紹介するわね。今日から一緒に暮らす事になったローラとレイラよ」
「わぁ!綺麗な人!素敵!楽しくなるね!」
そう言って子供達は私達を囲むと次々と話をはじめる。
「はい、みんな少しあちらに行っていてね。二人とも長旅で少し疲れているから休ませてほしいの」
エスタは優しく諭すように子供達に説明している。
「うん、わかった!」
子供達が素直に私達から離れて行くと、エスタは私達を部屋へ案内してくれた。
「あの…。あの子達は…?」
「あの子達はみな親がいないの。ここは孤児院よ。私と姉のノラと2人でここを運営しているわ。子供達は全員で12人。上の子が13歳で下は3歳からいるわ」
「みんな明るくていい子達ですね」
「色んな事情でここに来ている子達だから最初はとても大変だったけど、皆、素直な良い子達に成長してくれたわ」
優しい表情で子供達の話をするエスタはとても心優しい人なのだろうと私は思った。
その日の夕食はとても賑やかな食卓になった。
あの家にいた時はいつも食事は母と二人きりだった。母と二人の食事も楽しかったが、大勢で食べる食事がこんなにも賑やかで温かいものだと今日、初めて知る事が出来た。
食事中、子供達に質問攻めにあいながらもワイワイと賑やかな食事の時間を終え、その後はしばらくぶりの柔らかいベッドの上で安心して眠る事が出来た。
翌朝、私達は早起きをしてエスタとノラと朝食を作り、家事を手伝った。その日から母は子供達に勉強を教え、ここで教師としての役割を始めた。
私はエスタやノラを手伝いながら家事を覚えた。料理の仕方、裁縫の仕方、掃除の方法など、生きる上で必要な事を沢山教えてもらった。一番年長で12歳のリンダも穏やかで優しく、とても面倒見がよかった。私に色々な事を教えてくれた。優しい姉が出来たようで私はとても嬉しかった。
それから何事もなく3ヶ月が過ぎた頃、エスタから衝撃的な話を聞くことになった。
「あの男が捕まったわよ」
「えっ?」
「ほら、あの街の警備隊長の男よ。今までの数々の悪行がついに明らかになったの。あの男がでっちあげたあなた達の罪は嘘だと判明したわ。あの男に協力していた二人組の男達も一緒に捕らえられたそうよ。だからもう怯えて暮らさなくてもいい」
「本当に良かった…」
母と私は泣きながら、心から喜んだ。
「でね…。あなた達はまた旅を続けるの?私は貴方たちと今まで通りここで一緒に暮らしていきたいわ。あなた達はどうしたいの?」
神妙な面持ちでエスタとノラは私達の返答を待っている。
「私達はここでの生活が大好きです。旅の目的は穏やかに幸せに暮らせる場所を探す事でした。私達の目的は果されたんです。ここがその場所なのですから。だから…。このままここでお世話になってもかまわないでしょうか…?」
「もちろんよ!ローラ。レイラ。あなた達はもうとっくに私達の大切な家族なのよ!」
エスタとノラは目に涙を浮かべながら私達を抱きしめてくれた。
私達に新しい家族ができた瞬間だった。
暖かくて心地よいこの場所でずっと暮らそう。長かった私達の旅はここでようやく終わりを迎えた。 穏やかで幸せな暮らしをようやく手に入れる事ができたのだった。
私達は幸せだった。
あの日、あの出来事が起こるまでは。
遠慮がちな口調で背後から声がした。
振り返ると物腰の柔らかな初老の女性が私達を心配そうに見ている。
突然現れたこの女性に私達はどう対処したらいいのか困惑していた。
「お見かけしたところ、何か困ってらっしゃるようでしたのでお声をかけました…。ご迷惑でなければお力になりますが…」
穏やかな彼女の声は私達の警戒心を少しずつ解いていくが、まだ安心できない。
「あの…」
母が返答に戸惑っていた時だった。
「…!ここに隠れて!」
女性は突然、近くの物陰に私達を押し込めると何事もなく元の場所に戻っていく。そうして、しばらくすると遠くから兵士が一人彼女の元に駆け寄って来た。
「そこのご婦人、少し聞きたい事があるんだが。このあたりで女性と、10歳くらいの女児の二人組の旅人をみかけなかったか?二人とも整った容姿で金色の髪色をしているんだが」
私達が隠れている物陰のすぐ近くで、兵士はそんな話を始めた。
やはり追われていたのだと私達は一気に落胆した。そんな絶望感に襲われながらも二人の会話に意識を集中させる。あの女性はどんな返答をするのだろう。息を飲みながら見守る時間はとても長く感じられた。
「いえ。見ていませんよ。なぜ、その二人組を探しているのですか?」
「ああ。向こうにある大きな街で窃盗と暴力事件を起こしたらしいんだよ。なんでも子供を囮に使って男達から金品を盗んでいたんだそうだ」
「まぁ。それはそれは…。もし見かけたら教えますね」
「ああ。頼むよ」
そういって兵士はすぐに去って行くと、女性は兵士が見えなくなるまでその場でじっと見送りながら私達が隠れている場所に来て話しかけてきた。
「さぁ。もう大丈夫よ。早くここから離れて私と一緒に逃げましょう」
「…えっ…!?でも…。あんな話を聞いて何故私達を助けようとしてくれるんですか?」
見ず知らずの私達を助けてもなんの得もないはずだ。
「見たところ複雑な事情があるようにお見受けしました。私には、あなた達があの兵士がいうような罪人にはとても見えないのです。とにかく、ここは安全ではありません。向こうに私が乗ってきた荷馬車があります。そこで私の姉が待っているんです。私達と一緒に行きましょう」
「でも…。あなたを巻き込んでしまうかもしれない…」
母はこの心優しい女性を巻き込む事に躊躇している。
「気にしないで!さぁ早く行きましょう!」
「…ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
私達は急いで彼女の後について歩くと、少し遠くにある荷馬車が目に入った。
「あの荷馬車の幌の中に入ってください。私は姉に事情を説明してきますので」
辺りを警戒しながら私達はサッと荷台の幌の中に滑り込んだ。
御者席に座っている女性に事情を説明している声が聞こえる。説明を終えると彼女もすぐに荷台に入ってきた。
「さぁ。出発しましょう。私達の家まで行けば安全です」
「恩にきります」
母がそう言うと女性はにこやかにな笑顔を私達に見せる。
「名乗り遅れたわ。私はエスタよ。御者席にいるのは私の姉のノラよ。差し支えなければ、あなた達が追われている本当の理由を聞かせてくれないかしら」
「はい。こちらも申し遅れました。私はローラといいます。こちらは私の娘のレイラです」
馬車が走り出すと私達は彼女に今ままでの経緯を最初から全て話した。
「そう…。そんな事があったの。帰る場所を無くしたのね。辛かったわね。とてもひどい話だわ。それにあの街の警備隊長がそんな事をしていたなんて。その男がやっている事は決して許される事ではないわね。吐き気がするわ。きっと今までもそうやって好き放題やってきたんでしょう。他にも被害者がいるにちがいないわ」
「ええ…。まさか自分の権力を乱用してこんな事をしているなんて…。それに、ここまで根回しして私達に執着するなんて…。とても恐ろしいわ…」
「捕まったら確実にひどい目にあわされるわ。しばらくの間は私の家に身を置きなさい。いいこと?」
「ありがとうございます。恩にきります」
「もう堅苦しい言葉使いは不要よ。私達はもう他人ではないわ。ローラ、レイラ。これからよろしくね」
出発してからしばらくして、ようやく荷馬車が止まった。
「さぁ。着いたわよ」
「随分遠くからあの町に来ていたんですね」
「えぇ。月に一回、こうしてあの町まで買い出しに行くのよ。どうしても自給自足では賄えない物があるからね」
そう説明してくれたのは、いつの間にか御者席から降りていたエスタの姉のノラだった。私達は改めてお互いに挨拶をかわした。
「でも…。本当にお世話になって大丈夫なのでしょうか…
「えぇ、もちろんよ。うちはとても賑やかなのよ。一人も二人も同じなの。さぁ。我が家へようこそ。どうぞ入って」
そういってエスタとノラが玄関のドアを開けるやいなや、家の中から沢山の子供達が出てきた。
「ステラ叔母さん、ノラ叔母さん!おかえりなさい!」
「だだいま。いい子にしていた?」
「うん、ちゃんと小さな子の面倒もみれたよ。僕、もうお兄ちゃんだもん」
「そう、いい子ね」
私達は沢山の子供を目にしながら唖然として立っていた。
「ちょうどみんないるわね。紹介するわね。今日から一緒に暮らす事になったローラとレイラよ」
「わぁ!綺麗な人!素敵!楽しくなるね!」
そう言って子供達は私達を囲むと次々と話をはじめる。
「はい、みんな少しあちらに行っていてね。二人とも長旅で少し疲れているから休ませてほしいの」
エスタは優しく諭すように子供達に説明している。
「うん、わかった!」
子供達が素直に私達から離れて行くと、エスタは私達を部屋へ案内してくれた。
「あの…。あの子達は…?」
「あの子達はみな親がいないの。ここは孤児院よ。私と姉のノラと2人でここを運営しているわ。子供達は全員で12人。上の子が13歳で下は3歳からいるわ」
「みんな明るくていい子達ですね」
「色んな事情でここに来ている子達だから最初はとても大変だったけど、皆、素直な良い子達に成長してくれたわ」
優しい表情で子供達の話をするエスタはとても心優しい人なのだろうと私は思った。
その日の夕食はとても賑やかな食卓になった。
あの家にいた時はいつも食事は母と二人きりだった。母と二人の食事も楽しかったが、大勢で食べる食事がこんなにも賑やかで温かいものだと今日、初めて知る事が出来た。
食事中、子供達に質問攻めにあいながらもワイワイと賑やかな食事の時間を終え、その後はしばらくぶりの柔らかいベッドの上で安心して眠る事が出来た。
翌朝、私達は早起きをしてエスタとノラと朝食を作り、家事を手伝った。その日から母は子供達に勉強を教え、ここで教師としての役割を始めた。
私はエスタやノラを手伝いながら家事を覚えた。料理の仕方、裁縫の仕方、掃除の方法など、生きる上で必要な事を沢山教えてもらった。一番年長で12歳のリンダも穏やかで優しく、とても面倒見がよかった。私に色々な事を教えてくれた。優しい姉が出来たようで私はとても嬉しかった。
それから何事もなく3ヶ月が過ぎた頃、エスタから衝撃的な話を聞くことになった。
「あの男が捕まったわよ」
「えっ?」
「ほら、あの街の警備隊長の男よ。今までの数々の悪行がついに明らかになったの。あの男がでっちあげたあなた達の罪は嘘だと判明したわ。あの男に協力していた二人組の男達も一緒に捕らえられたそうよ。だからもう怯えて暮らさなくてもいい」
「本当に良かった…」
母と私は泣きながら、心から喜んだ。
「でね…。あなた達はまた旅を続けるの?私は貴方たちと今まで通りここで一緒に暮らしていきたいわ。あなた達はどうしたいの?」
神妙な面持ちでエスタとノラは私達の返答を待っている。
「私達はここでの生活が大好きです。旅の目的は穏やかに幸せに暮らせる場所を探す事でした。私達の目的は果されたんです。ここがその場所なのですから。だから…。このままここでお世話になってもかまわないでしょうか…?」
「もちろんよ!ローラ。レイラ。あなた達はもうとっくに私達の大切な家族なのよ!」
エスタとノラは目に涙を浮かべながら私達を抱きしめてくれた。
私達に新しい家族ができた瞬間だった。
暖かくて心地よいこの場所でずっと暮らそう。長かった私達の旅はここでようやく終わりを迎えた。 穏やかで幸せな暮らしをようやく手に入れる事ができたのだった。
私達は幸せだった。
あの日、あの出来事が起こるまでは。
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