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1章
8話
しおりを挟む「ねえ、あなた宛てに何か届いてるわよ」
そう言ってエスタは私に茶色のクラフト紙で包まれた小さな小包を手渡してきた。
「えっ。誰から?」
「それがね…。差出人が何処にも書かれていないのよ」
誰からだろう…。不思議に思いながらその小包を受け取る。差出人が書いてある箇所を探すが、私の名前とここの住所以外は何も書いてはいなかった。恐る恐る小包を開けると中には一冊の本が入っていた。
浅葱色の表紙で手に収まる程度の大きさの本だった。
「中には何が入っていたの?」
「うん、これ。本が入っていたよ」
そういって私は入っていた本をエスタに見せる。
「ああ、その本。今世間で流行っている本よね。私は読んだことはないけど、長い間想い合っていた男女がすれ違いの末に結ばれた感動のラブストーリーらしいわよ」
「へぇ…そんなものが今は流行っているんだ。私は興味ないや。でもどうしてその本が私宛に届いたのかな…」
「不思議ねぇ…」
私がぺらぺらとその本のページをめくると本の間から何かがハラリと落ちてきた。
落ちたものは白い紙で、私はその紙を拾おうと手を伸ばした。
その紙の裏にはないやら手書きで文字が書いてあるのが見える。
「ん?何か書いてある」
私は文字が書いてある面を向けた。
『悪役令嬢に制裁を与えよ』
殴り書きのように乱雑に描かれたその文字が何を言いたいのか、私にはさっぱり分からなかった。
私の隣で一緒にそれを見ていたエスタは顔を顰めている。
「何…これ…」
私はそのメモ紙に描かれた言葉の真意を突き止めようと、手がかりを探すためその小説を読むことにした。
努めて冷静を装いながら深い深呼吸をする。そうして自分の部屋へ歩いていくと机に座ってゆっくりとその本を開いた。
主人公は、想い合う大切な存在の彼女との仲を複雑な事情からお互いの両親に猛反対される。その後、無理やり両親から彼女との縁を切られ、他の女性との望まない婚約を強いられるのだ。婚約者となった女性は嫉妬に狂い、主人公の知らない所で彼女に酷い嫌がらせをする。その後、その婚約者と無理やり結婚をさせられてしまうのだが彼女の事を変わらず想い続ける。
妻となったその女性は傲慢でわがままで嫉妬深い。湯水のように自分の欲の為に金を使い続ける。そんな結婚生活に心は休まる暇もなく次第に疲弊していく。
ある時、主人公は運命のいたずらで想い続けた彼女と再会をする。そうして互いに想い続けた歳月を知る事になるのだ。
しかし、互いのそれまでの生活や立場から想いは交差し、すれ違っていく。
ある時、止められない思いのたけを彼女にぶつけた主人公はついに長い時を経て想い続けた女性と結ばれるというラブストーリーだった。
全て読み終えると最後のページには見知った顔の男性の写真が載っていた。父だった。
隣にいる女性とその人が抱いている小さな子供にやさしい眼差しを向けて笑っていた。私が一度もみた事がない表情だった。この人はこんなふうに笑う事ができたんだなと何か他人事のようにただ漠然とした感想を抱いた。
しかし、後書きに書かれた一行に私は激高する。
『この物語は作者自身の体験を元に事実にそって書かれました』
そう書いてあった。
それを見た瞬間、私は激高した。
この物語に登場する、二人の仲を妨害する彼の婚約者、のちに妻になる人物は母の事なのだろうか…?
小説に登場していたその人物像は激しい性格の悪役、わがままで金使いが荒く、ひどく嫉妬深い。いつも高価な貴金属を身に着け、つねに横柄な態度だった。母とは真逆の性格で似ても似つかない。
母はいつも質素な服装をしていたし、高価な貴金属は一切好まなかった。つけていたものは唯一結婚指輪だけだったし、穏やかな性格で激しく怒る事はなかった。
事実を元に小説をかいたのなら婚約者、妻の人物像は酷く歪曲してある。事実とは程遠い内容だ。
そうするとあのメモ書きの内容も納得がいく。悪役令嬢とは母の事を言っているのだろう。
差し出し人はさしずめこの本の物語に心酔している見知らぬ誰かなのだろう。
でも…。どうして私と母の正体が分かったのか?どうして居場所が分かったのか?コンテストの一件で新聞に載ってしまったから?
どれだけ考えてもその答えは分からなかった。
何てことだ…。こんな事を書かれるほど疎まれる筋合いはないのに。
私達がなにをしたのだろう。辛い事はあったものの、幸せに暮らしているのに。どうして今更私達に再び追い打ちをかけるのだろう。
そこまでして父に疎まれた私達の存在とはなんだったのだろう。父に歩み寄ろうとした母の努力は?夢を諦めた代償がこれだったのか…。
結果として父は想い続けた女性と駆け落ちしたのだ。私達は切り捨てられた。父のあの態度も全部腑に落ちた。母が父に捧げたすべてのものはもう決して戻らないというのに。
悲しみと怒りでどうにかなりそうだった。持っていた本を思い切り床に投げ捨て、机にあるペン立てや本や紙、すべてのものを床に叩き落としていた。気が付くと何もなくなった机の上を自分の拳で何度も切り叩きつけていた。
母にとってあまりにも残酷な結末を彼女の耳に入れるわけにはいかない。私はこの事実を隠し通す決意をした。この本の存在は絶対に知られてはいけない。絶対に。私が母を守ると固く誓った。
激しいノックの音が聞こえている。
消え入りそうな声で返事をすると、心配そうな顔でエスタが部屋に入ってきた。
ひどく散乱した部屋の様子を見てエスタは真っ青になっている。
「どうしたの!?何があったの!?」
私の異常な様子にエスタはひどく心配した様子だった。
「ねえ、エスタ。お願いがあるの。絶対に守ってほしいお願いなの」
「そんなに神妙な顔でどうしたの?本当になにがあったの?」
「うん…。ごめん…。今は言えないし言いたくないの。気持ちの整理が付かない。ごめんなさい」
「そう…。無理には聞かないわ。お願事はなにかしら」
「今日、私が受け取ったこの本の存在を母に絶対に知られたくないの。今日私がこの本を受け取った事実も。今、この本は世間で話題のようだけど、街から遠いこの場所で生活しているのだから、その存在を母が知る事はないと思うの。だから絶対に話題には出さないでほしい。私のだた一つのお願いよ。どうか、この本の存在を母には隠しておいてほしい」
私のただならぬ様子に驚いたエスタは真剣な顔でそのお願いを引き受けてくれた。
「分かったわ。約束する」
それを聞いた途端私は、ぐちゃぐちゃになって泣いていた。エスタは私が落ち着くまで黙って私の背中をさすり続ける。暖かい手のぬくもりが背中から伝わると私はまた泣いてしまった。
この出来事はこれでもう終わりだと思っていた。日々の生活に警戒はしつつも、また平和な日常が続くものだと私は考えていたのだ。
すぐにその考えは甘かったのだと痛感する事になる。
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