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2章
24話
しおりを挟む朝、起きて学校に行く、学校が終わったらダンの仕事を手伝う、仕事が終わったら帰ってきて寝る。
そんな毎日を繰り返していた。
特に変わった事はない。いつも通りの生活が続いていた。
学校にいる間は、暇さえあれば母や父の姿を探してみるものの、二人の姿を見つける事は出来なかった。図書館にも毎日通った。父があの時、探していたメモ紙が何だったのか気になっていたからだ。
ひょっとしたら母との婚約を破棄させる良い材料になるかもしれない。
また父と遭遇して自分の感情が爆発してしまう事が怖かったが、ウジウジ考えているより行動しなければ何も始まらない。私はそう自分に言い聞かせていた。
図書館の受付にいる女の子にはすっかり顔を覚えられていて、最初の不愛想な態度から一変して、私が来ると笑顔を見せてくれるようになった。図書館に入る度に強張る私の心は、彼女の笑顔によって救われていた。
父が立っていた辺りを何度も探ってみるが、父が手に取ったあの本も見つからない。特徴的な背表紙の本だった。そのあたりにある本は片っ端から開いてみたものの、何も見つける事は出来なかった。
あれ以来父の姿を見る事もないし、母の姿も見かけた事はない。
ひょっとして母はこの学校に来ていないのかもしれない。以前の私がそうだったように。
そうだとしたらやはり、この学校にいる父から攻めるしかない。どうにかして近づいて婚約を破棄させなければいけない。しかし、その婚約は当人同士で決めたものではない。家同士の企みなのだから高く壁が立ちはだかる。
いつものように図書館から教室に戻って来ると、私の席には何故かマシューがいて机に突っ伏して寝ている。すぐ前の席の、マシュー自身の席には違う生徒が座っていた。
仕方がないので空いているルークの席に座っている事にした。これからどうすればいいのか、ルークの席でじっと考え込んでいた。
「レイ。そこ、邪魔だ。どいて」
席の主であるルークが帰って来ていた。
「あっごめん。いたんだ。気が付かなかった」
「お前、難しい顔をして何を考えてるんだ?悩み事か?」
ルークはいつものように無表情でぶっきら棒にそんな事を言った。
「まぁ…。いや、大丈夫。気にしないで」
「そんなふうに言われたら余計に気になるだろう。どうした?」
「ルーク。今日はやけに優しいね。これから雨でも降るのかな?」
窓の外は清々しいほどに良い天気だ。
「お前…。いつも不機嫌で意地悪な奴みたいにいうなよ」
「あっごめんね」
お道化るジェスチャーをして話題を変える。
「それより、どうして俺の席にいるんだ?」
「だって、僕の席で気持ちよさそうに寝ている奴がいるからだよ」
私の席で気持ちよく寝ているマシューを指刺す。
「……。そんな奴、イスから蹴落として起せ」
ルークがマシューを蹴飛ばそうと足を上げた瞬間、彼は目を覚ました。運が良い奴だと思った。
「…なになに?俺の事、話題にしてた?いやぁ、俺って人気者?」
昼寝から目覚めたマシューはまだ少し寝ぼけ気味だが、いつもの調子だ。
「いや、マシューの声が聞こえないと静かでいいなと…」
「レイ、酷いよ…。俺、そんなにウザい?」
わざとらしく泣きまねをする。
「どうでもいいから席どいてよ。そろそろベルなるよ」
「はーい」
マシューは、すでに空いている自分の席に座りなおした。
学校に通い出してからずっと私は、毎日ルークとマシューと一緒にいる。
外交的なマシューを通じて、たまに他のクラスメイトとも話をする事はあるが、その全てはいつも男子だ。
男だと思われている私が突然女子の輪に入る事は不可能だ。いや、そんな勇気はむしろない。
同性の友達と何の気兼ねもなくワイワイ出来る事に憧れるがそんな事は所詮叶わない。
ルークもマシューも良い奴だし、良い友人だ。でもたまに、女の私にはよく分からない事が話題になる。そもそも私を男だと思っているからそんな話題になるのだろうけど、その受け答えにいつもとても困るのだ。その辺りが最近の悩みだったりする。
今日も何事もなく授業を終える。
さて、今日の現場はどこだろう。今日はどんな作業かな、などと、ぼんやりと考えながら歩いていた。
「あっ…。あの…」
当然後ろから、今にも消え入りそうな女の子の声がして呼び止められる。
振り返ると小柄で可愛らしい女の子が一人、上目遣いをしながら立っていた。同じ制服を着ている。
「あの…。こっこれ!受け取ってください」
震える手にはピンク色の封書が握られていて、恐る恐るそれを私に差し出してきた。
「あっはい…。でもこれはなんですか?」
「よっよんで返事をください。明日の朝、手紙に書いてある場所で待ってます!」
そういうと、可愛らしいその女子生徒は急いで走り去っていった。
一体なんだったのだろう。明日?何時に何処に行けばいいの?そんな疑問だけが頭をよぎっていた。
仕事を終えて、モリスが作ってくれた夕食を食べた。後は寝るだけという時間、手紙の事を思い出して封を開けた。しかし手紙を開いた瞬間、目に飛び込んできた文字を見て、イスから転げ落ちそうになるほど驚いてしまった。
内容はいわゆる、愛の告白だった。女の子と仲良くなりたい。たしかにそう思ったけど、こういう事ではない。恋愛感情を持たれていたら友情は成立しない。
翌朝、なんと言って断ったらいいのか、悩みに悩んだあげく、結局眠れなかった。そのせいで朝から酷くげっそりした顔をしている。
モリスに心配されながら家を出ると、手紙に書かれた場所へ向かう。人気のない、校庭の隅の大きな木の下に行くと女子生徒はすでに来ていた。
「来てくれたんですね!嬉しい!」
そういって嬉しそうにしているその子に私はひたすら謝った。
ごめんなさい!私は本当は女です!とはいえず、それでいて適当な嘘もつけない。そんな自分が心底情けなかったが、ごめんさないと何度も何度も繰り返し謝ると、何とか諦めてくれたがひどく泣かせてしまった。
女子生徒が泣きながらその場からいなくなると、寝不足と緊張と罪悪感からその場に座り込んで動けなくなってしまった。そうして、しばらく三角座りで突っ伏したまま項垂れていた。
「大丈夫ですか?」
突然頭上から声が聞こえた。
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