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2章
閑話2
しおりを挟む原稿の上にペンを置いた。根詰めて書いたせいで眼の奥がズンと痛む。
両腕を上げて背伸びをする。イスの背もたれにゆっくりと寄りかかると部屋中を見渡す事が出来た。
書斎兼、金庫室になっているこの部屋は厳重に管理され、僕と妻以外入る事ができない。部屋の隅には、無造作に積み上げられた札束がいくつも積みあがっている。早く金庫に入れてしまおうと思って、もう数日がたっていた。
僕が書いたあの小説はこの国で記録的な人気を博した。
いくつもの舞台で上演され、そのどれもに空席ができる事はなかった。そうして各地で上演されるたびに僕の小説の知名度は上がり、さらに売り上げを伸ばし続けた。
もはやこの国で僕の小説を知らない人間などいない。
国中を回り、たくさんの新聞や雑誌記者からインタビューを受ける。ひとたび道を歩けば、すぐに喝采が上がり、人々はサインを求め僕に群がる。
大金が舞い込むようになると今度は大きな屋敷も手に入れた。使用人も多くいる。その屋敷の書斎で僕は今、新しい作品の執筆をしている。次の作品も大ヒット間違いないだろう。
おもむろにイスから立ち上がると、無造作に積み上げた札束の前に立った。束の一つを拾いあげてじっとそれを見つめる。そうして僕は深いため息をついた。これだけの金をあの時、最初からもっていれば、あの女と結婚しなくて済んだものの…。
あの当時、僕の生家であるウォード家の経営状態はとても厳しかった。いつどうなってもおかしくない状況だったのだ。いっそ商売をたたんだ方が楽だったのかもしれない。でも、代々受け継がれてきた由緒だたしい稼業を僕の父は諦める事が出来なかった。それゆえ、父は再建への開路を必死に探し求め毎日奔走していた。
その時だった。あの女の家であるブルックス家が現れ、共同経営を持ち掛けてきたのだ。
父とあの家とは昔からの付き合いがあった。困窮しているこちらを見かねてそうしたのだろうが、泥船に手を貸すほどお人好しもそういない。だからブルックス家にもそれなりの打算と意図があったはずだ。
同等の立場でお互いに助けあいたい。誘い文句はそんな感じだった。その言葉に僕は偽善的で嫌な印象を受けたが、一方で父は共に新しく立ち上げた事業で再建を図る事に賭けたのだ。その結果、結束の証として僕達の婚姻が浮上したのだ。
僕達が結婚した後、しばらくすると共同経営の事業は右肩上がりになり、経営危機を脱却したのだ。
その後、あの女との間に子供が生まれてから、同等だった両家の立場に少しずつ上下関係が出来るようになったのだ。こちらが優位に立っていた。
そんな中、偶然にも今の妻に再会した。運命の再会とはまさにこの事だろう。その瞬間から互いの想いは止める事ができなかった。何度も彼女と会ううちにその想いは次第に強くなっていった。
子が10歳になった年、ウォード家は完全にブルックス家より有利な立場に立っていた。あの家の協力がなくても、もう問題は無かった。むしろブルックス家が邪魔になっていたのだ。
だからあの女と子を捨てても何の問題も無かった。どうせこちらの言う事に逆らえないあの女の家は離縁されても文句を言わない。父がまだまだ現役だった事と、僕はその補佐はしていたものの、そもそも商売に少しも興味がなかった。僕がいなくてもどうせ父が親戚の中から後継者を見つけて来るだろうから。だから僕は彼女と新しい人生を始めるため、あの家からも去ったのだ。
手に持った札束を見ながらふと、そんな昔の事を思い出していた。積み上げられた札束をいくつか手に取り、帯封を切って天井に向けて放り上げると、束はすぐに空中でバラけていく。そうして、たくさんの紙幣が紙吹雪のように舞いながら部屋中に落ちていった。
最愛の人を手にいれ、金と自由もある。僕は最高に幸せだ。舞うように落ちてくる紙幣を眺めながら、気が付くと声をだして笑っていた。
札束は毎日湧くように積みあがっていく。湯水のように金を使って贅沢をしても減る事はない。そうやって毎日を過ごした。
そんな生活を続けていると、僕達の屋敷には様々な人間が出入りするようになっていった。金が増えると共に、それに群がる人間も増えていった。商人も頻繁に出入りしているようだ。
執筆だけに専念していたかった僕は全ての事を妻に任せていた。
だから、そんな事は特に気に留める事はなかった。自分を取り巻いている状況にとても鈍感だったのだ。
平穏だった毎日が少しずつ狂い始めている事に僕はまだ気が付いてはいなかった。
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