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3章
35話
しおりを挟む今までため込んでいた父に対する憎悪が爆発したようだった。自分でも信じられないくらいの力で父に掴み掛かっていた。
父の胸ぐらを締め上げる手を止める事ができない。
「くっ…!お前…誰なんだよ。関係ないだろう!」
父が吐き出した言葉に怒りが増して、さらに力が入っていく。
苦しそうな形相の父は、胸ぐらを締め上げている私の手をがっしりと掴んで必死に振り払おうといている。
「関係なくないんだよ!」
腹の底からこみ上げてくる野太い声でそう返していた。
「レイ!!お願い止めて…!」
悲鳴に近いリサの声が聞こえた。
先の事を考えられるほど冷静ではいられなくなっている。そんな自分を止める事ができない。
しかし、次の瞬間、父と私の間に、誰かが突然割って入ってきたのだ。
必死な形相で私達を引き剝がそうとしているのは驚く事に母だった。
今にも泣きだしそうな顔の彼女が目に入った。その顔を見た瞬間、スッと全身から力が抜けていくのを感じた。そうして私は父から手を離していた。しかし、急に私が父から離れた事で私達の間に割って入っていた母は、反動で地面に倒れ込んでいく。それはまるでスローモーションの様に見えて、咄嗟に私は彼女の腕に手を伸ばしていた。
その時だった。腹部に激痛が走った。目の前にいる父は私の腹に渾身の力で蹴りを入れてきたのだ。
バランスを崩して、後ろに蹴り飛ばされた私を背中から誰かが受け止めてくれた。
「レイ!!」
私のすぐ後ろからルークとマシューの声が聞こえる。その声を最後に私の意識は途切れてしまった。
気が付くと私は、誰も居ない真っ白な空間に一人立っていた。前にもここに来た記憶がある。そうだ。思い出した。タイムリープする直前までいたあの空間だ。
ふと、前方から真っ白い髪の綺麗な青年が近づいてくるのが見える。
あぁ、きっと私は失敗したのだろう…。目的は果たせなかった。ゆっくりと近づいてくる青年をぼんやりと見ながらそんな事を考えていた。
私の目の前までやってきたその青年は、宝石のような翡翠色の瞳で私を見ている。
説教でもされるのだろうか。運命を変えるチャンスを与えられたのに、結局無駄にした自分の愚かさを呪いたい。こんな私はもう抹消されるべきなのだ。
何か言いたげな青年は相変わらず黙って私を見ている。
何も言わない青年にしびれを切らした私は口を開いた。
「あの…。何か言いたい事があるんでしょう?」
突然の私の問いかけに一瞬驚いた反応を見せるが相変わらず何も言わない。
沈黙が続く中、彼はおもむろに口を開いた。
「どうして僕に気がつかないんだ」
「……」
青年が何を言っているのかよく分からない。
「だから。どうして僕に気がつないんだ」
「…。言っている意味がよく分からないんですが…」
「だからさ。猫、いたよね?」
「猫って…。あの図書館にいた白い猫ですか?」
「そう。あの猫。あれ、僕なんだよ。君を連れて帰らなかった事と独断でタイムリープさせた事が問題になってしまって…。結果、僕はあの世界で君の監視役兼、刑罰で猫になっているんだ」
「はっ!?…えっ!?…なるほど…。迷惑をかけてしまってすいません」
突拍子もない言葉に驚く。とりあえず迷惑をかけた事はすぐに謝った。
「いや、いいんだよ。君の意思が固すぎてあの時連れて帰る事は不可能だったし、これで良かったと思っているよ。でもさ、気がつかれないのは寂しいよ…。あんなに派手に君を転ばせたのにさ」
「えっ!?あの図書館の通路で?」
「そう、その時」
「…あれ、あなたの仕業だったんですか!?どうりで…何もない所で転ぶなんておかしいと思っていました。正直ものすごく痛かったんですが…」
「ごめんよ。でも、君のお母さんに会えたでしょう?あの時見つけたメモのおかげで。あれ、僕が書いたんだ」
「あっ…なるほど…。はい。確かに…。でも…一緒に父にも出会ってしまって、怒りを抑える事ができませんでした。結果、取り返しのつかない事をしてしまいました。私、失敗したんです…」
「まぁ…憎いのは分かるよ。仕方がない。でも、あんな男でも危害を加えてはいけないよ。あくまで目的は君のご両親の婚約破棄なんだから。今後気を付けて。僕は猫のままあの世界にいるから、困ったら話しかけてよ。さぁ、そろそろ戻るよ」
そういうと青年は突然目の前から消えてしまった。
「えっ!?ちょっと、色々理解が追い付かないんですけど…。私また、あの世界に戻れるんですか?猫の姿の貴方に話かけて会話ができるんですか?そうだ!!名前!あなたの名前は?ちょっと!?答えてください!」
そんな事を一人虚しく叫び続けていると、やがてその白い部屋は消え失せ、真っ暗な意識だけが残っていた。
遠くで声が聞こえる。
「レイ!しっかりしろ!起きて!!」
ゆっくり目を開けると心配そうな表情のマシューが必死で私の肩をゆすっている。その横にはリサとルーク。そして彼らのすぐ後ろには心配そうに私を見つける母の姿を見つけた。
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