ラブストーリーの片隅に切り捨てられた私達

麦 若葉

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3章

36話

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「ねぇ!あの男を何とかしてほしいんだ!」



 私の目の前には真っ白な子猫がいて、その可愛らしい姿には似つかわしくない低い声を発している。



「…あー。ルークの事か。彼、猫が大好きなんですよ。悪い奴じゃないですよ?」



「いや、違う。そういう問題じゃない。聞いて。もうさ、ぼくの姿を見つけると、いつもニコニコして近づいてくるんだ。それでさ、奴は卑怯にも、いつも猫じゃらしを持っていてさ、猫の本能に逆らえない僕を、そのねこじゃらしで、いいように翻弄するんだよ。完全に遊ばれているのは分かっているのにどうしても体がそれを拒否出来なくて、いつもズルズル続けてしまうんだ!」



「…。あの…。なんだか男に弄ばれている女性の様なセリフに聞こえますが…。まぁ遊ばれているのは間違ってはいないけど…」



「そんな事はどうでもいいんだ!どうにかしてほしいんだよ!」



「まぁいいじゃないですか。猫じゃらし、楽しいんでしょう?」



「え…?楽しい?うん。そうだよ。楽しいよ。だって僕は今、猫だからね!」



 一瞬キョトンとした様子をみせるが、我に返った子猫は少しムキになりながらそう答えた。



「じゃあ、問題ないじゃないですか…」



「いや、違う!そうじゃないんだって。問題の本質からズレている!もっとこう…。だからさぁ…。要するにだ!男に遊ばれても楽しくなんだよ!」



「なるほど…。そこなんだ…」



 私はそう必死に訴えてくる、男の声の子猫を苦笑いしながら見ていた。



「あっ!ほら、噂をすれば奴が来た!」



 そう言って逃げようとする子猫をルークは難なくサッと捕まえてしまう。

 彼は愛おしそうに子猫を見ながら子猫を抱きかかえて去って行った。



 真っ白い子猫は自分を抱きかかえているルークに酷い文句を言っている。



『レイ!!助けて!くそっ…!。今日もこの男に遊ばれるのか…。嫌だ!離せ!離してくれ!」



 ルークはとてもやさしい笑顔で子猫を見ている。ひどい文句を言われているのに笑顔が崩れる事はない。彼には鳴き声にしか聞こえていないようだ。私にしか聞こえていない子猫の声はだんだん遠のいていった。



 館内に入ってすぐの長テーブルが置いてある読書スペースの隅にいた。カウンターがあるホールの方から賑やかな声が聞こえる。



 その声につられて私もその方向へ歩いていく。



「ローラさんは本当に面白い人ね!、もっと早く仲良くなりたかったわ」



「ふふっ。ありがとう。でね、その話の続きはこうなのよ…」



 カウンター越しに会話をしている二人はとても楽しそうだ。



「レイ!探していた本、見つかった?」



 私が館内からカウンターがあるホールに入って来た事に気が付いたリサは、笑顔で私に話しかけてくる。

 あの日、父に腹蹴りをされて一時的に意識を失ったあの日から数日が経った。

 あの日以来、母は頻繁にここにやってくるようになって、あの日あの場所にいた私達ともよく話すようになっていた。



「ローラさん、こんにちは。うん。本、あったよ。リサのおすすめならリハビリだと思って少しづつでも読んでみるよ。それと、リサの小説もね。ローラさん、こんにちは」



「レイ君。こんにちは。ねぇ、リハビリって?リサの小説って?」



 興味津々で私に質問をしてくる。



 そんなふうに無邪気な様子の母に少し驚く。いつも頑張り屋で気丈な人だと思っていたものだから母のそんな一面に、つい面食らってしまった。



 今から数日前の事だ。あの日言い合いをしている母と父を偶然見つけて父に掴み掛かったのだ。その際に隙をつかれて蹴り飛ばされてしまって私は一瞬、意識を失ってしまったのだ。



 目を覚ました私をルークやマシュー、リサと一緒に母も私を心配そうに見ていたのだ。



 私を心配そうに見ていた母はひどく顔色が悪く、今にも泣きそうだった。

 目を覚ました私に開口一番、ひどく申し訳なさそうに謝罪をしてきたのだ。母さんは全く悪くないのに。私が勝手に首を突っ込んだだけなのに…。自分の取った行動を酷く反省していた。



「こちらこそごめんなさい。酷い扱いをされていたあなたをどうしても放っておけなくて…」



「いえ、いいんですよ。あの人、いつもああなんです。私は慣れっこなんですよ」



 そういって私を安心させるように微笑みながらそんな事をいう姿は、私の良く知っている母と同じだった。



「なにか困った事があったら力になります」



「ありがとう。でも掴み掛かるのはもうだめよ?」



「…。はい…。すいません…」



「それにしても…。私はあなたに、どこかで会ったかしら?あなたのその顔、誰かに似ているのよね…」



「そうだよ。僕もずっとそう思っていたんだけど…そうだよ。ローラさんに似ているんだよ」



 そういってマシューが横から会話に入って来る。



「そうか?似ているか?」



 ルークが私と母を見比べながら頭をひねっている。



「血縁関係でもあるのかしら?」



「いえ、違いますよ!」



 とっさの母の言葉に、私は否定以外の言葉を続ける事が出来なかった。



「まぁ、似ている人はいるのだし。どちらでもいいじゃない!ローラさん、これから仲良くなりましょう。私、前からローラさんとお話してみたかったんですよ。いつもあの絵本、借りに来るでしょう?その理由がどうしてか知りたくて」



「あの絵本ね」



 そう言ってリサと母が話を弾ませて今に至る。

 リサのおかげで母と接点が出来た。彼女に感謝しないといけない。そんな事を考えながら私は、まっすぐ母を見ながら口を開いた。



「あの、ローラさん」



「なに?レイ君。真剣な顔して…。レイ君?」



「……。婚約破棄しませんか?」



 少し間をおいてから私は母にそう提案した。

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