ラブストーリーの片隅に切り捨てられた私達

麦 若葉

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3章

38話

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 気がつくとダンの元に向かう時間が迫っていた。

 慌てて用意をしてバタバタと玄関に向かうと、後ろの方から『いってらっしゃい!』という呑気な声を聞こえる。振り返るとリビングのソファで早速くつろいでいるミゲラの姿が目に入った。

 その後、何とか時間に間に合って、その日の作業は無事に終える事ができた。

 ダンと共に家に帰ると、いつものようにモリスが出迎えてくれて、彼女は私達が脱いだ上着を受け取りながらダンにミゲラの話を始めた。

「あのね、今日、レイが子猫を連れて帰って来たのよ。気が付いたらカバンに入っていたみたいなの。身寄りもない子みたいだし家でお世話をしても構わないかしら」

 モリスがそういうとミゲラはダンの足元に駆け寄り、行儀よく床にお座りをして彼を見上げている。

「あぁ。この子がその子猫か。すごく綺麗な子だね。それに賢そうだ。とても良い目をしているね」

『あなたがダンさんですね!はじめまして!僕、こちらでお世話になりたいんです!』

「もちろん、0Kだよ。こんなに小さい子を放ってはおけないし、断る理由が他にないよ」

『ありがとうございます!とても助かります!』

「今日からよろしく」

 ダンにミゲラの声が聞こえているはずもないのに、微妙に二人の会話がかみ合っている事に驚く。
 ダンはしゃがみ込んで子猫の頭を優しく撫でると、ミゲラも嬉しそうにしている。

「今日は新しい家族が増えたから夕食も少し豪華にしたのよ。さぁ、早速席に着いて!」
 
 そういってモリスは私達を食卓に促すと早速席に着かせた。
 テーブルの上にはいつもよりも豪華な料理が並んでいて、どれもとても美味しそうなものばかりだ。 
 何から食べようか迷っていると足元から声が聞こえた。

『レイ!あの肉が食べたい!あっちのソーセージも美味しそう!ちょっとまって!むこうの料理はなに!?』

 足元でずっとそんな事を興奮気味に言っている彼を後目に、私は無言で彼の前に置いてある、ミルクの皿を指さした。

『ミルクよりも肉がいいんだ!肉が食べたい!』

 猫の体に味が濃いものは合わない。私の足元で肉!を連呼するミゲラを無視していると、鳴き続ける子猫の声にモリスが気がついた。

「あら、ミゲラも食べたそうね」

『そうなんです!食べたいんです。分かってくれましたか!やっぱりモリスさんは優しいなぁ。レイとは大違いだ』

「でも…あなたの体に合わあいものばかりだからねぇ…」

 その言葉に愕然としたミゲラは分かりやすく落ち込んでいる。

「あっ、でも、普通に焼いた魚なら食べられるかしら。用意してあるのよ。これをどうぞ」

 そう言って食べやすいように綺麗にぼくされた白身の魚をミゲラの前に置いた。
 その瞬間、ミゲラは生き返ったように元気になって美味しそうにそれを食べ始めた。

 和やかな夕食も終わり、片付けを手伝ってからお風呂に入った。部屋着に着替えて自分の部屋に入ると見慣ない物が置いてある事に気がつく。
 私のベッド脇にはふかふかの可愛らしいクッションが置かれていて、その上でミゲラが気持ちよさそうに寝ているのだ。

 リビングに降りて慌ててモリスを探すと、丁度彼女はソファで裁縫をしているところだった。

「モリス、ミゲラが僕の部屋にいるんだけど!」

「あら、なにか問題でもあるの?」

「いや…。その…」

 可愛らしい子猫が自分の部屋で大人しく寝ている事に何の問題があるのか。確かにそうなのだ。だから私は言葉に詰まってしまった。

「すっかりあなたに懐いているようだったから、あなたの部屋にあの子のベッドを置いたのよ。一緒に寝てあげてね。まだ子猫なんだし」

 そういうとモリスは途中だった裁縫に意識を戻してしまった。

 確かに、見た目は猫だけど…!実はあれは人間なんだと言えるはずもなく、結局、色んな葛藤を全部飲み込んで、あれはもう猫なんだと無理やりそう思う事にした。

 明日の用意を済ませてベッドに入ると、すぐ横に置かれた、ふかふかのクッションの上でミゲラがぐっすり寝入っている姿が見える。よほどここが安心できるのか、とても穏やかな寝顔だ。

 しかし、彼は結局どういう存在なんだろう。彼自身の事を実はよく知らない。名前だって今日初めて知ったくらいなのだ。でも、私を救ってくれた恩人には違いない。そのせいで罰を受けて猫の姿になっているのだから。
 一方的に私が想像している彼の役割は死後の世界への案内人。崇高で神秘的、気高くて気品がある存在だった。一番最初に私の前に現れた彼の印象はそんな感じだった。でも、今までの彼の話し方でその印象はかなり薄くなっている。全身真っ白い姿だから俗にいう天使みたいなものなんだろうか。
 天使がいるとすれば悪魔も存在するのか?そんな事をつらつらと考えているといつの間にか深い眠りに落ちていた。



 微かに衣擦れの音が聞こえる。ぼんやり目を開けると辺りはまだ薄暗い。起きるにはまだ少し早い時間だ。もう少し寝ようと思いなおした時だった。

 寝ぼけながら逆側に寝返りをうつと、ふと違和感を覚えた。すぐ隣で人の気配がするのだ。

「…誰…?」

 うつらうつらとしながら、そんな事を呟くと視界の端に真っ白い髪のようなものが見える。
 髪…?人の…?何で!?
 一瞬で意識が覚醒した私はすぐに飛び起きた。すぐ隣には綺麗な顔の男性が同じ毛布にくるまって呑気に寝ている姿が見える。人間の姿のミゲラだった。

「なんで猫じゃないの!?」

 私の声に気がついた彼は、まだ眠そうな目をこすりながら上半身を起こす。
 その姿に再び絶句する。毛布からはだけて見える上半身は裸なのだ。

「あぁ…。おはよう…。服がないから寒くて…。ベッドに入っちゃった…」

 ミゲラは半分寝ながらそう答える。

「はぁぁぁ!?」

 私は彼が放った言葉に驚愕してしまった。
 服がない?えっ?今、裸なの?パニック寸前の私がもう一度彼を見ると、そこには見慣れたかわいらしい子猫がいて、気持ちよさそうに眠っている姿が見えた。
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