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3章

39話

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 結局、朝まで眠る事が出来なかった。

 あれから完全に眠気が吹っ飛んでしまった私は、気持ちよさそうに眠るミゲラに、ベッドを明け渡して、部屋の隅で突っ伏しながら三角座りをして夜を明かした。朝になってベッドの上で目を覚ました子猫はそんな私を見て小さく悲鳴を上げた。



『…!!レイ?どうしてそんな所にいるの?…何かあった…!?』



「いや…。何かあったじゃないよ。どの口がそんな事言うの?」



 寝不足でじっとりしている視線を子猫に向ける。

 そんな私の様子を見てミゲラは慌てている。



『ひょっとして見てしまったのか…』



「はい、見ましたよ」



「たまに夜のほんの少しの間だけ元の姿に戻るんだよ。服がないからいつもとても困ってた」



「えっ!?じゃぁ学校の敷地にいた時もそんな事があったの?」



『そう。まぁ、いつも夜中に戻るんだけどね』



「それって…もし誰かに見られてたら完全に変質しゃ…」



『レイ…?それ以上は言わないで。こう見えても僕はガラスの心の持ち主なんだよ?』



「あぁごめん。まぁ…色々大変だったわけだね。好きでそうなっているわけでもないし…。ミゲラが要らない苦労をしているのは私の責任でもあるしね」



『まあまあ。そんなに自分を責めないでよ。僕が自分の意志であの時ああしてこうなっているから、君は悪くない。でも…また元の姿に戻ったら…。また君を驚かせるよね。でも…君の服だとサイズが合わなかったし。あっ!君には何もしてないからね!?こう見えても僕は清らかな存在なんだよ』



「それはそうと…。…ん?ちょっと待って。私の服、着ようとしたんだ?」



『うん。きつくて着れなかった』



「さらっと言うんだね…。じゃぁ…。ルークかマシューに着なくなった服があったら譲ってもらえるようにお願いしてみようかな」



『レイ!ありがとう!恩に着るよ!』





「レイ!起きてる?ご飯よ!」



 そんな会話をしていたら、下の階からモリスが呼んでいる声が聞こえた。



「はーい!今行くよ」



 ドアを開けて彼女に返事を返した。



『ご飯だ!僕は先に下に降りるから君は早く着替えを済ませなよ。モリスさん、ご飯ですね!?今行きます!』



 子猫は素早く部屋を出て行くと、一階まで駆け下りて行った。





 朝食を終えると、呑気な口調のミゲラに見送られながら家を出る。いつもよりかなり早い時間に出てしまった。教室に着くとルークだけが既にいて、一人、席に座っていた。相変わらず朝は早い。浮かない顔でぼんやりとしている。明らかにいつもと様子が違う。



「おはよう!ルーク。分かりやすく元気がないように見えるけど、何かあったの?」



「レイか…。おはよう…。昨日から子猫の姿が見えないんだ…。何かあったんだろうか…」



 よほど子猫の事を心配しているのだろう。いつもの彼らしくない。



「あぁ…なるほど…」



「どこに行ったんだろう…。元気にしているんだろうか…」



 ぼんやりと窓の外を見ながら、またもやルークらしくない口調でそんな事を言い出した。



「ルーク。実は…。あの子猫。昨日から僕のうちで世話をしているんだよ」



「えっ!?」



 咄嗟に自身の席から身を乗り出して私の次の言葉を待っている。



「実は昨日、気が付かないうちに私のカバンに潜り込んでいたみたいで…。それを見つけた叔母さんが是非うちで世話をしましょうって」



「なるほど…。無事だったなら安心だ。そうか…。あの子はお前を選んだんだな。幸せにしてあげてくれ。あの子の事をよろしく頼むよ…」



 ひどく寂しそうな表情でそんな事を言い出したルークはどこか儚げで、遠い目をしている。まるで私が彼の大切な恋人を奪ってしまったような言い方だなと思わず苦笑いをしてしまう。

 あの可愛らしい子猫の正体は男だよ?と内心突っ込みを入れながらも、同時に彼にそんな表情をさせている子猫のミゲラに妙な苛立ちを覚える。そんな感情に気が付いて戸惑っている自分がいた。

 しっかりしようと気を取り直して、落ち込んでいるルークに声をかけた。



「ルーク。今生の別れじゃないんだから。うちに来たらいつでも会えるよ」



 私がそういうと、さっきまでの儚げで物悲しい表情から、うってかわって、ぱっと明るい表情へと変化する。



「それは本当か!?会いにいってもいいのか!?本当だな!?」



 そう言いながら、突然、席から立ち上がったルークに驚く。私も思わずイスから腰を上げてしまった。



「う…うん。良いよ。今度会ってあげて」



「レイ。ありがとう!!」



 そういってルークは、咄嗟に正面から私に抱き着いてきた。当然、男性にまったく免疫のない私はこの状況をどうしたらいいのか分からずパニックになってしまった。抱き着かれるなんて前代未聞の出来事なのだ。心臓が一気にバクバクと音を立てる。

 私は顔を真っ赤にしながら彼を引き剥がそうとしているところに、タイミングが良いのか悪いのかマシューが教室に入って来た。



「二人とも朝っぱらから何してんの?男同士で…まさか、実はそういう関係!?」



 そんな私達を見て、すぐに揶揄い出したマシューは何事もなく私の目の前に席に着いた。



「ルーク。分かったからもう離して。マシュー!呑気に座ってないで早く助けてよ!!」







 朝からそんな事があったせいでどっと疲れてしまった。学校と仕事を終えて、何とかその日一日をやり過ごし、クタクタになって家に帰ると、呑気な声のミゲラがそんな私を出迎えてくれた。

 お風呂と夕食を終えて後は寝るだけという時にミゲラが唐突に口を開いた。



「ねぇ、そういえばさ、もうすぐほら…あの男の妹の…ほら、えーと!あの子、アルマの誕生日パーティーに招待されているでしょう?プレゼント、買ってないんじゃない?」



「あぁ!そうだ。もう明後日じゃないか!!色々あってすっかり忘れていた!でも、なんでそんな事を知っているの?」



「一応僕は君の監視役だからね…。少し前までは特殊能力はあったわけで、でも、重要な事以外は知らないよ」



「重要な事?」



「あぁ…えーと…。そう!交流関係は大事だからね!」



 彼の反応に少し違和感を覚えたが、すぐにそんな事は頭の片隅に消えてしまった。



「確かにそうだね、教えてくれてありがとう。とりあえず明日仕事の帰り、雑貨屋によってプレゼントを買ってくるよ。良いものが見つかればいいのだけど。そうだ。明日、ルークが服、持ってきてくれるって。ミゲラと背丈も同じだから合いそうだよ。丁度破いてしまって着なくなったものがあるらしいから、貰ったらすぐ手直してておくよ」



『本当!?すごく助かるよ』





 そうな会話を代わしながら、私はベッドに入って、ミゲラはクッションの上で丸くなった。昨日寝不足だったせいもあって、すぐに眠りに落ちて行った。









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