ラブストーリーの片隅に切り捨てられた私達

麦 若葉

文字の大きさ
43 / 48
3章

閑話4

しおりを挟む
 長い間投稿が滞っていました。申し訳ありません。




 ドアのノックが聞こえて、人が部屋に入って来る。

「失礼します。まだ支度をされていないんですか?まあ、良いです。時間がないのでそのまま聞いてください。今日の予定ですが…」

 寝着のままの僕を無表情で一瞥しているこの男は僕の秘書だ。

 この男を雇ったのはちょうど半年前。
 本が売れて大金が入るようになった僕は、妻と共にこの屋敷に移り住んできた。移り住んで間もなく、屋敷には毎日のように様々な商人が訪れ、あらゆる物を売り込みに来るようになった。仕事に専念したい僕はその対応の全てを妻に任せていた。やがてそのうちの一部は頻繁に出入りするようになって、そんな商人の一人に紹介された人物がこの男だった。
 僕の大ファンだと言って、出会って早々、秘書として雇ってほしいと懇願してきたのだ。ちょうどスケジュール管理も難しくなるほど仕事に忙殺されていた僕はそれを承諾したのだ。

 この男は生真面目で几帳面な性格だ。その性格を反映するように、びっしりと文字が並んだ手帳を開く。それからその手帳を見ながら、長い呪文でも暗唱するかのように今日の僕のスケジュールを伝え始めた。
 まだ目が覚め切っていない僕は適当に彼の言葉を聞き流しながら、ダラダラと身支度を始めた。

 ジャケットの最後のボタンを閉め終わってもまだ、何やら話をしているので、そんな秘書にぶっきら棒に声をかける。

「もう話は終わった?さっさと行こう」
 
 秘書は話を中断された事に怪訝な目を向けながらも僕の後ろを黙ってついてくる。

 昼食の時間を大幅に過ぎても、その日のスケジュールの半分も終えていない事に嫌気がさしていた。

「次の約束まで少し時間があります。遅くなりましたが、どこかで昼食をとりましょう。店を探してきますので、申し訳ありませんが、少しここで待っていてください」

 そういうと秘書は辺りをきょろきょろしながら足早にその場から去って行った。

 一人残された僕は、ひどく疲れていたので素直に秘書の言葉に従うことにした。
 昼下がりの街中の広場は珍しく人がまばらだった。その広場にある噴水の縁に腰を掛ける。
 背後から、打ち上げられては水面に落ちる水飛沫の音が聞こえている。その音を聞きながらぼんやりとしていると、まばらではあるがさっきまで人がいたのに、辺りに誰もいない事に気がつく。
 ただ背後で、水が落ちる音だけが聞こえている。

 どれくらいそこでそうしていたのかよく分からない。秘書はまだ戻ってきていないようだ。ふと前方に視線を向けると、目の前には真っ白な猫がいて、こちらをじっと見て座っていた。
 いつのまにそんなところに猫がいたのだろう。純白の美しい毛並みが目を引く。上等な宝石のような深い青色の瞳がじっと僕を見ている。
 もっと近くでその瞳を見てみたい。不思議とそんな欲望に駆られていた。でも、ここから少しでも動いたらその猫は逃げてしまいそうだった。
 何か食べ物で釣ろうか。警戒されないようにゆっくりとした動作でポケットの中に手を入れた。しかし、何も見つける事ができない。そうこうしていると猫は徐に歩き出し、その場から離れて行く。いけない。このままでは見失う。
 咄嗟にそう思った僕は、気が付けば猫を霧中で追いかけていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

なほ
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模るな子。新入社員として入った会社でるなを待ち受ける運命とは....。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる

歩く魚
恋愛
 かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。  だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。  それは気にしてない。俺は深入りする気はない。  人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。  だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。  ――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」 高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。 そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。 見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。 意外な共通点から意気投合する二人。 だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは―― > 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」 一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。 ……翌日、学校で再会するまでは。 実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!? オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。

処理中です...