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3章
42話
しおりを挟む勝手についてきてしまったミゲラをとりあえず足元の紙袋に放り込んで、自分が座っている椅子の真下にしっかりと置いた。
アルマはニコニコしながら私がプレゼントをした猫の人形を大事そうに抱いて愛でている。
「ねぇ、レイさん。あのお人形どこで売っているの?私もほしい」
隣に座っているアルマの友達が私にそう尋ねてくる。
「あれはね、恥ずかしいんだけど僕が作ったものだから他で売っていないんだよ」
「手作りなんだ!すごい!私にも今度作って欲しい」
「材料がなくて同じものは作れないんだけど、それでもいいなら今度作るよ」
「作ってくれるの?ありがとう!」
隣の子とそんな会話をしていると、向かいに座っているエルドがじっと私を見ている事に気が付く。
どこか冷たい視線だ。
彼に視線を合わせた途端、エルドはいつもの様に柔らかな表情に戻って、口を開いた。
「あの人形は君の手づくりなんだ。とても器用だね」
「昔から縫物が好きなんですよ。男なのに変でしょ?」
「いや、そんな事はないよ。僕は料理が好きでよく作るから」
「そうなんですね。僕も母から教わってよく作っていました。得意料理はなんですか?」
「パンだよ」
「パンですか!今度食べてみたいです」
「うん、よろこんで作るよ」
エルドとそんなふうに何気ない会話をしながらその後はアルマに手を引かれて彼女の友達とボードゲームやカードゲームをして遊んでいるとあっという間に誕生日会はお開きの時間を迎えた。
「え~!レイ、もう帰っちゃうの?もっと一緒に遊んでよ」
プレゼントにあげた猫の人形を脇に大事そうに抱えながら名残惜しそうに私のジャケットの裾を引っ張っている。
「うん、また今度ね」
「絶対よ!また遊びに来てね」
それから、アルマの隣にいる彼女の母親に挨拶をする。
「今日はお招きいただき、ありがとうございました。お料理、とても美味しかったです」
「こちらこそありがとう。うちの娘もあなたにとても懐いているみたいで、また今度相手をしてやってください。これ良かったら食べてくださいね。クッキーを焼いたのよ」
綺麗に包装されたクッキが入った包みをお礼を言って受け取ると、玄関先で見送られながら家を出た。紙袋をしっかりと抱えて歩き出すと、途端にガサガサと音を立てて、袋の中からミゲラが顔を出した。
「はぁ!やっと外に出れる!レイ、お腹がすいたよ。さっき帰りがけに貰っていたクッキーを食べさせてよ」
「それは無理。あなた猫だし。人が食べる濃い味はダメだよ」
「少しなら大丈夫だって!」
「ダメだよ。家に帰るまで我慢して」
「ひどい…!人でなしだ」
子どものようにふてくされながら何やら文句を言っている。
「はいはい。どうとでも言ってください。それに、勝手についてきたのはあなたでしょう?」
「…ねぇ…、君、ひょっとして猫としゃべっているの?」
突然背後から声がして、びくりとして振り向く。そこにはエルドが立っていた。
「!!」
いつから後ろにいたのだろう。まったく気が付かなかった。
「そんなに驚かないでよ。幽霊じゃないんだし」
「い…いつから後ろにいたんですか!?」
驚きすぎて少し裏声が出てしまった。
「さっきだよ。忘れ物を届けに来たんだ。それよりその子猫、君の?つれてきていたの?」
「すいません…。実は…気がつかないうちにジャケットのポケットに忍び込んでついてきてしまって…」
ミゲラはエルドを見ながらピクリとも動かないで、ただじっと私達の様子を見ている。
「そうなんだ。ところで君は猫の声が分かるの?楽しそうに会話しているように見えたけど」
「恥ずかしいんですが、僕は動物に話しかける変な癖があるんですよ…!変わってるってよく言われるんです」
「ふ~ん。そうなんだ。まぁ、よく動物に話しかけてる人はいるからね。君、家は確か街の方だよね。前にダンさんが言っていた。僕もそこら辺りに用事かがあるからそこまで一緒に行くよ」
そう言われて断る口実がすぐに思いつかなかった私は気が付くとエルドと一緒に歩いていた。
「それにしても綺麗な猫だね。名前は?」
「はい、ミゲラっていいます。学校の校庭にいたんですよ。飼い主もいない様子で校庭に住み着いていたみたいなんです。だから見かねてうちで引き取ったんです」
「へぇ、学校の校庭っていっても結構広くて木々でうっそうとしてるしね。子猫だけじゃ危ないだろうからね」
その間ミゲラは一言も話す事はなかった。いつもなら自分の言葉が理解されていない事を良い事に、趣味なのか癖なのか相手に向かって一方的に応対するのに、エルドが相手だと何故がとても大人しい。
遊歩道の時計塔の針は16時を指していた。
週末の繁華街は沢山の人が行き来していた。
そんな人混みの中、大きな通りが交差する十字路に差し掛かった時だった。私の視線は一人の人間を捕らえた。あの男だった。私達の前を横切っていった。
顔はよく見えなかったがセミロングの茶髪の女性と歩いている。華奢ですらりとした体形だ。男の腕に絡みつくように体を寄せて歩いている。
通り過ぎた際に見えた男の顔は笑顔だった。記憶の中の彼はいつも不機嫌だったので、笑顔の男に少し驚いてしまった。
「すいません。急用を思い出しました。今日はありがとうございまいした。また!」
私は咄嗟にエルドに別れを告げ、その男の後を追った
前を歩く二人はまるで恋人同士のように腕を絡ませ、親し気に歩いている。気が付かれないように慎重に後をつけていくと、やがて彼らは人気の少ない通路に入っていった。
その先はいわゆるホテル街で男女の情事が行われる場所がある。どす黒い感情が広がっていく。私一人でそんな場所を歩いていたらとても目立つだろう。その場で立ちすくんでしまった。
「君さぁ」
気が付くとエルドが隣に立っている。
「あの男とどういう関係?それにさぁ…君…本当は女の子だよね?あの男を追ってこの先に行きたいんでしょう?一緒に行こうか?」
そういったエルドは、壁を背に立っている私の体を挟むように自身の両手を壁についた。私は完全に動きを封じられてしまった。
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