マイナー神は異世界で信仰されたい!

もののふ

文字の大きさ
31 / 55

勘違いの連鎖

しおりを挟む
王国軍六千は、森を抜け、草原をシャリアータに向けて一直線に進んでいた。
昨夜、急に降った雨で、足元はぬかるんでいる。
それを六千もの人間が、重い防具をつけて歩いているのだ。
遠くから見ると、彼らが通った後は草が踏み倒され、泥でぐしゃぐしゃになっている。まるで、なめくじが這った後のようだ。

「フッツメーン様、シャリアータが見えてきましたな」
王国騎士団団長のグレッグ・ナリアーダは、山のように大きな体を屈めて、フッツメーンに視線を合わせた。
フッツメーンは、鷹揚に頷いた。
「うむ。それにしても、スタンピードは収束したようだな。現れる魔物の数が、予測より少ない」
「ですが、スタンピードです。収束したとはいえ、シャリアータは兵を失い、疲弊しているでしょう」
「もしかしたら、シャリアータは魔物だらけになっておるのではないか?」
「いえ、そのようなことは無さそうです。先ほど斥候が戻ってきましたが、シャリアータの城門は閉じられていたものの、城壁の上には何人か人の姿が見えたとか」
「まあ、邪神は私の計略にはまって命を落としたはずだから、町が魔物に支配されているということはないか……。あまり準備の時間もなかったし、何故か近隣の領に謎の疫病が流行していて、合わせても五千ほどしか兵を徴集できなかったが、なに、兵や男達をほとんど失ったボロボロの相手には充分な戦力であろう」
「真に。ところでフッツメーン様、どのあたりまで軍を進めましょうか?」
「ふむ……。とりあえずこの辺りに陣幕を張ろう。兵達に休憩を取らせる。その後、手筈通り一斉に攻撃だ」
「御意」

グレッグが部下達に陣屋の設営を指示し、伝令に休憩を伝えさせる。
王国軍は歩みを止めて、兵達はそれぞれに弁当を使い始めたのだった。



そんな王国軍の様子を、城壁の上からている男がいる。
頭に『Merry Christmas!』と書かれた靴下を被り、胸元のサンタクロースの笑顔が眩しい靴下レオタードを着こなした、ルイドート・ハビット公爵その人である。
なぜ白髭の爺が描かれているのかルイドートには理解できなかったが、ドロンズのパートナー(尻)であるクリソックスのことだ。
恐らく、クリソックスの好みのタイプが描かれているのだろう、そうルイドートは論付けていた。

ルイドートはおのれの目にかけた【強化】の支援魔法を解除し、傍らに侍るハビット公爵家騎士団長のタローウに告げた。
「奴ら、陣を張って弁当を使うようだ。恐らく、その後すぐに攻めてこよう。迎撃の準備は問題ないか?」
「は。既に兵、並びに冒険者達の準備は済んでおります。……今なら、こちらから仕掛ければ簡単に蹴散らせますが」
ルイドートは眉間に皺を寄せて、タローウを見た。
「馬鹿を言うな。私は反逆者になるつもりはない。攻めてこられたら、容赦はせんがな」

「それは、反撃の際にフッツメーン様を弑する覚悟がある、ということですか?」

城壁の上に上がり、ルイドートに近づいてきたラングレイだった。
『悪魔のエンゲージリング』の悲劇から難を逃れたラングレイ達王国騎士団の生き残りは、スタンピードが収束した後、討伐を逃れてシャリアータ周辺に散った魔物達の駆除を手伝っていた。
そして、そのまま今回の騒動を受け、王都に戻るのを見合わせたのだ。
彼らは王国に忠誠を誓った騎士である。
だが、その忠誠がフッツメーンの裏切りにより、揺らいでいたのである。

ルイドートはラングレイの問いに答えずに、逆に問い返した。
「あなたは、どうなのだ?」

ラングレイ達は王国騎士団に所属する身でありながら、今回、王国軍からシャリアータを守る側に身を投じていた。
それは、生き残りの皆で話し合って決めたことだ。
シャリアータには、国から攻められる謂れなどない。
忠誠も揺らいだ今、王国軍に戻ってシャリアータに攻め入る気にはなれなかったのだ。
だが、クズとはいえフッツメーンは王国の王太子だ。
反撃とはいえ、騎士として、王国民として、その判断が迫られた時にフッツメーンを殺せるのか。

その迷いが晴れぬのは、ルイドートもラングレイも同じであった。
そして、できれば誤解を解いて穏便に済ませたいと思っていたのである。
そこで、ラングレイが王国軍に向かう交渉役として名乗りを上げたのである。

ルイドートはラングレイに言った。
「頼む、ラングレイ殿。あれらがどういう名目で出兵したのかわからぬが、私は国に楯突くつもりも王族に仇なすつもりもない。王達は愚かだが、私の親族なのだ。私がはっきりと物申すのが気に入らぬのであろうが、私が言わねば誰が彼らの間違いを指摘できるのか。ただ、国のためを思っておるだけなのだが、恐らく王達は目の上のたんこぶの私を排除したいのだろう。だが、そのために、王国民の血を流すわけにはいかぬ」
ラングレイは頷いた。
「わかっております。私自身、フッツメーン様に怒りや失望はありますが、国への忠誠を失ったわけじゃない」

そう言ってラングレイは、王国軍の元へと向かっていった。
草原を行くラングレイの姿が小さくなっていく。
そんなラングレイの背を、しかめ面のルイドートと笑顔のサンタクロースが見つめ続けている。


城壁の際に腰かけて、ドロンズと景色を眺めていたクリソックスがルイドートを見て呟いた。

シリアス尻assだねえ」

大変だ。神のセリフに何かが起こっている。
もしかしたら、シャリアータの信者達の信仰邪推が高まりすぎて、二柱に新たな属性が付与されつつあるのかもしれない。
このままいくと、ドロンズに尻穴が発生する可能性もある。
危険な兆候であった。



一方、王国軍の陣営にたどり着いたラングレイは、フッツメーンに面会を求めた。
ラングレイは、王国騎士団副団長である。
王国兵や騎士達の信用もあるため、すんなりとフッツメーンのいる陣幕内に通され、今やラングレイはフッツメーンに大袈裟に抱きしめられていた。

「おお、よくぞ戻った、ラングレイ!魔物にやられて死んでしまったかと思ったぞ!」

茶番である。ラングレイは呆れると同時に、心の奥底で怒りの炎がたぎるのを感じていた。
(何が『よくぞ戻った』だ!いけしゃあしゃあと!
私がたまたま範囲外にいたからお前に殺されずに済んだのだ。この裏切り者め!)

ラングレイが言葉を発さないのを不審に思った騎士団団長のグレッグが、ラングレイを叱咤した。
「フッツメーン様のお言葉に礼を言わぬか、馬鹿者!」

ラングレイはそれでも、無言だ。
フッツメーンは体を離して、ラングレイを見た。
ラングレイは、能面のような表情で、フッツメーンを見ていた。
怒りを表に出さぬように、必死だったのだ。
フッツメーンは、気まずそうにラングレイから離れた。

「それで、今までどうしていたのだ、ラングレイ。何故すぐに王都へ戻らなかった?」
フッツメーンの言葉に、ラングレイは答えた。
「シャリアータで魔物の討伐を。スタンピードが収束したとはいえ、溢れた魔物をそのままにしておけませんから」
「そ、そうか。真面目よな、ラングレイは」

(あなたに言われたくない!)
騎士の命を贄にして、真っ先に逃げたフッツメーンである。何を言われても、腹が立つ。
ラングレイは怒りをこらえ、フッツメーンに問うた。
「ところで、この軍勢は何事ですか。何故シャリアータを攻めようというのです!」

フッツメーンは、意気揚々と答えた。
「それよ!お前も見ただろう?あの神を自称する者達を!私にはすぐにわかった。あれが邪神であるとな!」
「邪神……。ドロンズ様とクリソックス様のことですか?」

(邪神……。よこしまな神……。確かに尻を使った邪な行為を行っているらしいが、ホオークのように我々にソレを強要するわけではないし。そういえば、ダンジョンコアを従えて魔物を操っていたな。……待てよ、邪神とは、邪な行為をする神ということで邪神なのか?生殖行為も邪といえば邪だが、子を作る聖なる行為でもある。ハッ、そうか。生殖行為の対として、『不浄の穴を使う行為』を邪な行為とするのか。だとしたら、邪神というのは、つまり……!)
ラングレイの中の邪神像が固まった。

とんでもない結論に達したラングレイの心中なぞ知らぬフッツメーンは、語り始めた。
「『様』?お前も騙されておるのだな。あれが、邪神よ。幸いにも私の機転によって邪神の命は奪ってやったがな。だが、ルイドート・ハビットは邪神を領内に引き入れ、多くの民を惑わせた邪神の徒だ。私を殺そうと、魔物まで呼び寄せた。よって謀反罪で処刑する」
「なんですって!?」
「まあ、あやつのことだ。なけなしの兵を出して見苦しく足掻くだろうからな。そのために軍勢を率いてきたのだ。……それに、ルイドート・ハビットが滅べば、この私がシャリアータを統治せねばならんしな」
「まさか、それが目的で!」

ラングレイは失望した。
武辺一辺倒の団長はともかく、王も、恐らくはルイドートと犬猿の仲の宰相も、この計画をわかっていて軍勢を出したのだろう。
なんのことはない。ルイドート・ハビットが邪魔なので、罪をでっち上げて排除し、彼の築き上げてきたものを全て奪おうというのだ。
(この国は、終わっている……)
ラングレイの気持ちは固まった。

ラングレイは、膝をついた。
「フッツメーン様、私は今をもって、王国騎士団を辞します。これまで、お世話になりました」
「な、何故だ!」
「どういうことだ、ラングレイ!」
フッツメーンとグレッグが驚愕する。
ラングレイは、言った。
「私は国のために戦ってきた。だが、このままだと、国は腐り落ちてしまうだろう。王と次代の王が、これではな!」
「ぶ、無礼な!」
フッツメーンは顔を真っ赤にして吠える。ラングレイはそんなフッツメーンを見て言い放った。

「ルイドート・ハビット公爵は、真に国を思う忠義の人だ!それに、ドロンズ様とクリソックス様は邪神かもしれない。いや、邪神だろう。だが、それがなんだ!」
「お前、邪神を擁護するのか!?」
「あなたこそ、邪神を誤解している!邪神とは、邪な行為をする神だろう。でもあの方達が、我々にそれを強要したことなどないぞ。ならば、ドロンズ様とクリソックス様が愛し合ったって、いいじゃないか!『尻を愛する神』がいたって、いいんじゃないか!!」
「な、何を言ってるんだ!?あの爺達、そういう関係だったのか?!ええい、何でもいいわ!この男を捕らえろ!邪神の徒だ、殺しても構わん!!」

すかさず、グレッグとラングレイの背後に控えていた騎士がラングレイに飛びかかった。
だがその瞬間、ラングレイの立っている地面が盛り上がり、破裂した。
騎士達は、目に土礫をくらって怯み、後退する。
当然、ラングレイも下から礫を浴びて、吹っ飛んだ。
フッツメーンは、腰を抜かしている。


「だ、誰が『尻を愛する神』じゃあ!!?」


そこには、疑惑の神ドロンズが、憤怒の形相で顕現していた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

陸上自衛隊 異世界作戦団

EPIC
ファンタジー
 その世界は、日本は。  とある新技術の研究中の暴走から、異世界に接続してしまった。  その異世界は魔法魔力が存在し、そして様々な異種族が住まい栄える幻想的な世界。しかし同時に動乱渦巻く不安定な世界であった。  日本はそれに嫌が応にも巻き込まれ、ついには予防防衛及び人道支援の観点から自衛隊の派遣を決断。  此度は、そのために編成された〝外域作戦団〟の。  そしてその内の一隊を押しつけられることとなった、自衛官兼研究者の。    その戦いを描く――  自衛隊もの、異世界ミリタリーもの……――の皮を被った、超常テクノロジーVS最強異世界魔法種族のトンデモ決戦。  ぶっ飛びまくりの話です。真面目な戦争戦闘話を期待してはいけない。  最初は自衛隊VS異世界軍隊でコンクエストをする想定だったけど、悪癖が多分に漏れた。  自衛隊名称ですが半分IF組織。  オグラ博士……これはもはや神話だ……!

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

転生女神さまは異世界に現代を持ち込みたいようです。 〜ポンコツ女神の現代布教活動〜

れおぽん
ファンタジー
いつも現代人を異世界に連れていく女神さまはついに現代の道具を直接異世界に投じて文明の発展を試みるが… 勘違いから生まれる異世界物語を毎日更新ですので隙間時間にどうぞ

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。 「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

処理中です...