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騎士の天敵

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王国騎士団が、凄まじい迫力で迫ってくる。

人質という策を弄したら、実際は囮とした人質も誘き寄せたルイドート・ハビットも、魔物が化けていた。

このことは、騎士団団長のグレッグからしたら、馬鹿にされたように感じたのだろう。
怒り任せに、相当部下に発破をかけたようだ。
精鋭の騎士団の猛者達が、死に物狂いで向かってくる。

公爵家の抱える騎士団も精鋭を揃えているが、数ではどうしても王国軍に劣る。
特にその装備には金をかけている。
希少なミスリルをふんだんに使った甲冑に武具に、身体能力強化のスキルを使って、公爵軍を蹂躙していく。
公爵軍の騎士達も負けてはいないが、ルイドートは軍事にそれほど金をかけていなかった。
身につけるものは、質のよいものを使ってはいるが、やはり騎士の質が同程度なら、武具の性能の差が勝敗を分ける。

公爵軍は、少しずつ押され始めていた。



「これは、いかんな」
城壁の上から戦況を眺めていたドロンズは、呟いた。
「助けに行こう!」
クリソックスが、ウキウキしながらドロンズに言う。

「お主は、楽しみたいだけじゃろうが」
ドロンズは呆れたようにそう言うと、ダンジョンから持ち出してきたコアを取り出した。
「泥カッターで命を刈り取るのも良いが、せっかくじゃし、手に入れたこれを使ってみるかの!」
「自分だって、面白がってるじゃないか」
クリソックスは、楽しそうなドロンズをジト目で見ると、ふっと姿を消した。
ドロンズも、おって姿を消す。

そうして二柱は、ムキムキの騎士達が組んずほぐれつする、男祭りの戦場に顕現したのである。


ドロンズは、眷属化したダンジョンコアに命じた。

「騎士どもが恐れる魔物をどんどん生み出せ!」

ダンジョンコアが、ドロンズの命に応えるように禍々しい黒光を放った。
漆黒の球体の表面が波打ち始める。
そして、次の瞬間、ダンジョンコアは溢れた。

溢れ落ちたコアの一部は、地に落ちる前に泥となり、その泥が魔物の形をとる。
二メートルほどの、逞しい鈍色の体躯。
潰れた鼻に、ミミガー(加工前)。

そして、一糸まとわぬ裸体の中心には、ヤる気スイッチびんびん物語。

そう。騎士の天敵、『ホオーク(泥)』である。


ホオーク(泥)は、ダンジョンコアによって次々と生み出されていく。
彼らは地に足をつけた瞬間には、近くの騎士達に襲いかかった。
騎士達は恐怖した。
普通のホオークですら、オークよりも格段に強く、いろんな意味で恐ろしいのだ。
さらにこの鈍色のホオークが厄介なのは、(泥)の特性だ。

なんとかホオーク(泥)を斬り倒したとする。
普通のホオークなら、そこで終わりだ。しかしホオーク(泥)は、殺すと体が崩れて泥に還る。そしてその泥から新たなホオーク(泥)が再生するのである。
なんとも、エコロジーな進化を遂げた魔物である。
そうして、復活した再生ホオーク(泥)は、また騎士を襲う。

「ねえ、ドロンズ。なんかあの豚の魔物、味方の騎士も襲ってるよ?」
「あ!しもうたわい」
ドロンズは、テヘペロコツンした。

「ダンジョンコアよ、ホオーク(泥)達に、王国軍の騎士だけ襲うよう指示してくれ」
ドロンズがダンジョンコアに新た命令を下す。しかしダンジョンコアは、ふるふると球体を横に揺らした。

「ああー、なるほど。それは確かにそうじゃ」
「なに?どうしたの?」
「ダンジョンコアやホオークには、どの騎士が王国軍でどの騎士が公爵軍か、見分けがつかぬらしい」
「ああ、確かにねえ。似たような格好だもんね!」


のんきな神達の会話内容に、公爵軍の騎士達は絶望した。
彼らの尻は、オウンゴールされるというのだ。

とはいえ、ドロンズもクリソックスもシャリアータに祀られた神である。
信者たるシャリアータの民、つまり騎士達の貞操を守ってやろうという気持ちはある。
そこで、クリソックスは一計を案じた。

「よし、私が味方の騎士が逃げる時間を稼ぐよ。靴下ラッピングーー!!」

クリソックスは、ホオーク(泥)と王国軍の騎士達全員を、靴下でくるんだのである。
その隙に、公爵家の騎士達は、シャリアータに全速力で逃げ帰った。
騎士達は、自分達の尻を守ってくれたクリソックスへの信仰を篤くした。
クリソックスの尻は、吸い付くような手触りになった!


さて、公爵軍が高速撤退した平原では、靴下から抜け出した王国軍騎士達とホオーク達による地獄絵図が繰り広げられていた。

騎士達は、半狂乱になって逃げ惑う。
しかし、ここは現在、騎士だらけの男祭り会場。
ホオーク(泥)にとっては天国であり、騎士にとっては阿鼻叫喚の地獄となった。
至る所から、「くっ、殺せ!」や「んほおーー!」の声が聞こえてくる。
また、辺りには、クリソックスの靴下の中に閉じ籠って死んだふりをする騎士入りのプレゼントソックスも、転々と転がっている。
ホオーク達にとって、彼らはまるで、靴下に入ったクリスマスプレゼントのようだ。

ちなみに、騎士団よりも後方にいた王国軍兵士達は、騎士を犠牲にして、散り散りで、より遠くに逃げ去っている。


この恐ろしい光景を、シャリアータの城壁から見ていたルイドート達は、青い顔で呟いた。

「これが、神の鉄槌か……」


ドロンズは、騎士団の心が再起不能になった所で、ダンジョンコアに頼み、ホオーク(泥)の軍勢を泥に還した。

後は、簡単である。死屍累累の王国軍騎士達は、公爵軍によって難なく拘束された。

その中に、靴下の中に閉じ籠ったまま震えているフッツメーンが紛れており、彼もまた、拘束されたのである。




王手だ。勝敗は決した。
公爵軍は、勝利したのである。


そしてドロンズは、『尻の神』としての地位を確立してしまったのだった。
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