卑屈ギャル♂、自己肯定感爆上げな恋をする

野中にんぎょ

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卑屈ギャル♂、王子様に出会う。

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「おい! なんで紫苑しおんがいんだよっ!」
 レンズの奥の鳶色の瞳をすがめ、広尾茜ひろおあかねは背後にチョコレートを隠した。同じく、茜に対峙している久住紫苑くずみしおんも、茜に向かって漆黒の瞳をすがめている。二人の間にピシャンと稲妻が走った。
「それはボクの台詞。なんで茜がいんの? まさか、バレンタインデーにかこつけて先輩に告白しようって? ボクを出し抜こうったってそうはいかないんだからね」
 茜は犬歯を見せて紫苑を威嚇し、彼が手にしているケーキボックスを指差した。
「それはおまえだろっ! はりきってガトーショコラなんか焼いてきやがって!」
 くりくりと跳ねた黒髪の下で切れ長の瞳がカッと見開かれる。滲み出た感情が頬を彩り、紫苑の美貌はますます輝いた。
 奥二重、さして高くもない鼻、小さな唇。そんな地味顔をカバーするためのセンターパートの金髪ボブと赤ぶち眼鏡も、紫苑の美貌の前では意味を成さない。けど、そんなことで諦めてたんじゃ、叶う恋も叶わない!
「テキトー言わないでよ! ガトーショコラだとは限らないでしょ!」
「うそつけぇ! こんな時期にそんな箱に入ってんのはガトーショコラだって決まってんだよっ!」
 突然始まったキャットファイトに騒然とする体育館裏。「おれが先に先輩を好きになったのっ! 邪魔すんなぁ!」「はあ!? ボクの方が先に決まってる!」火花を散らし睨み合う茜と紫苑。その後方から、二人の意中の彼がやって来た。「せんぱぁいっ」茜と紫苑は瞳にハートを浮かべ、彼を迎えた。
「先輩、クリーヴのボンボンショコラが好きなんでしょっ? おれ、日曜日の朝から並んで買って来ちゃいましたぁっ」
「先輩。甘いものがお好きだと聞いていたので、ボク、ガトーショコラを作ってみました。先輩のお口に合うといいんですけど……」
 しなを作る紫苑を横目に、茜は「けっ」と顔を顰めた。
「手作りアピールうざいんだよ! やっぱりガトーショコラじゃん!」
「先輩の前ではおしとやかにするんじゃなかったの? ピーチクパーチクうるさいったらないね」
 言い合う二人を前に、先輩は大きく咳払いした。
「あのさ。おれ、彼女できたんだよね。だから、こういうの、もうやめてほしい」
「えぇっ!」二人は揃って声を上げ、先輩の背後から現れた女子を凝視した。
「じゃ、そういうことだから」先輩は彼女の肩を抱くと、二人に背を見せ去って行った。茜と紫苑は顔を見合わせ、「おまえのせいだ!」とキャットファイトを再開した。



「なあ紫苑。先輩ってさぁ、確かに顔はかっこいいけどぉ、どっかイマヒトツだったよな?」
「確かに茜の言う通りかもね。明るくて気持ちのいい人だけど、ユーモアや気遣いには欠けてたね」
「わかるぅ。おれ、なんであんな人好きだったんだろ。つか、このガトーショコラうまっ。店開けるっ!」
「ボクが作ったんだから当然でしょ。……クリーヴだっけ? このオレンジピールが乗ったチョコ、すごく美味しい」
 昼休み、茜と紫苑は机にガトーショコラとボンボンショコラを並べ、「先輩がいかに取るに足らない男だったか」というトピックで盛り上がっていた。失恋後の愚痴大会は二人の恒例行事だ。
「だろ!? 見た瞬間に、紫苑の好きなヤツある~って思ったんだって! ぜんぶ食べちゃっていーよ、おれ、甘いの好きじゃないし。でも、このガトーショコラはいける」
「そりゃ、ビターチョコで作ったから。ついでに言うと、バターも小麦粉も不使用。どんだけ食べても肌荒れの心配なし。……っていうのは言い過ぎか」
「紫苑、おまえ天才かぁ~!?」
 背後から抱きつくと、紫苑は「やめてよ暑苦しい」と言いつつ茜の腕に手を添えた。
 明るく能天気な茜と、クールでひねくれたところのある(だが美人な)紫苑。三歳の頃から双子のようにくっついて過ごしている二人は、性格は真逆なのに好みのタイプや惚れっぽい所は似ていて、意中の男を取り合っては失恋して、というサイクルを幼稚園時代から繰り返している。
「なんだ? また傷心会か? 今回はいつにも増して早かったな」
 伸びて来た手にボンボンショコラを奪われ、茜は「あーっ!」と声を上げた。クラスメイトの小林新こばやしあらたはチョコを含み、「結構甘いな。広尾、甘いの苦手じゃなかったか?」と首を傾げた。
「小林ぃ! 食べたの返せっ! それは先輩へのチョコなんだよっ!」
「受け取ってもらえなかったんだろう? チョコだって、やけ食いされるより味わって食べられる方がいいに決まってる。それに、おれはちゃんと返すぞ? ホワイトデーは何がいい?」
 線のしっかりした長身に、凛々しい眉、切れ上がった一重、鷲鼻、薄い唇。サイドを刈り上げたベリーショートが似合う硬派な顔立ちをしているせいか、口角がほんの少し上がるだけで甘い雰囲気が漂う。けれど茜は「べっ」と舌を出し、チョコレートを腕の中に隠した。
「小林には絶対チョコあげない!」
「それは残念だな。まだおれと付き合う気はないのか?」
「いつまでそんなこと言ってんの? いい加減しつけーんだよっ」
「おれは本気だ。好きだ、広尾。おれと付き合ってくれ」
 真っ直ぐに目を見て言われ、茜は内心たじろぎつつも、「ゼッタイやだ!」と新の告白を突っぱねた。
「そうか、それは残念だ。次のチャンスを待つことにする。……チョコ、美味かった。柑橘の香り、おれ好きなんだ」
 踵を返した新をシャーッ! と威嚇する茜に、紫苑は頬杖を突いた。
「これでもう何度目? いいかげん付き合っちゃえばいいのに」
 新に告白されるのは、これで四度目だ。
 初めての告白は、去年の夏、野球場でのことだった。
 ――広尾、おまえが好きだ。
 思わぬ相手からストレートに告白され、茜は狼狽えに狼狽えた結果、「無理!」とその告白を突っぱね、その場から逃げ出してしまった。以来、新は茜が失恋するたびに、こうやって変わらぬ愛を告げに来る。
「やだよっ。なにがどうして優等生の小林がおちこぼれのおれを好きになるんだよっ。あんなの冗談に決まってる!」
「でも、茜がどんなにこっぴどくフッても、またこうやって告白してくれるじゃない? 好きな人がいる間は見守ってくれるし、茜のことを想ってくれてるのは間違いないと思うけど」
「それがおかしいんだって! 好きならフツー、相手に好きな人ができたら悲しいんじゃないの? なのに、おれが新しく好きな人できても、見守ってるっていうか、むしろ応援してくるし……」
 席に座り本を広げた新をちらちらと打見し、茜は頬を熱くした。入学当初から学年首位をキープし続けているような優等生の彼が、こんな自分に好意を寄せている理由がどうしても分からない。
 おまけに、新は茜に意中の相手ができても涼しい顔で恋を応援してくる。クリーヴのボンボンショコラのことを教えてくれたのだって新だ。小林、ほんとうにおれのことが好きなのかな。不可解な彼に、茜の疑念は深まるばかり。
 ふと、新から微笑みかけられ、茜はバッと視線を逸らした。どっ、どっ、どっ、どっ……。新の微笑みは心臓に悪い。
「まー、ボクはおもしろいからいいけど。小林に愛想尽かされて茜が後悔しないか心配。二年になったらクラス離れちゃうかもしんないよ?」
「後悔? そんなのするわけないじゃん!」
「どうだか」
 クラス替えまであと一カ月。アタマの良い小林は進学クラスへ、アタマの悪いおれは底辺クラスへ……。想像するだけで胸がざわざわする。……って、なんでおれが小林のことでざわざわしなくちゃなんないんだよっ!
 茜はボンボンショコラを引っ掴み、口に放り込んだ。やっぱり、喉がカッとするほど甘ったるかった。




「ねえ、マジで無理なんだけど! 見て紫苑、顎にニキビできてるぅ……」
「茜、夜に油分の多いもの食べたでしょ? ただでさえ肌荒れしやすいのに、やめな?」
 電車の窓ガラスに映ったニキビ予備軍を見て、茜はがっくりと肩を落とした。バカ兄貴!深夜にポテチなんか買ってきやがって!
「はあ。フラれるしニキビできるしサイアク」
「そうでもないんじゃん? ねえ、見て……」
 項垂れている茜の肩を紫苑が意味ありげに叩く。紫苑の視線の先には、進学校として名高い「青陽高校」の学ランを身に纏った黒髪の王子様が座っていた。
「ヤバ」
「ね」
 二人して語彙力を喪失し、学ラン姿の王子様に見惚れる。天使の輪が浮かんだ漆黒のマッシュショートに、色白のうりざね顔。くっきりとした二重から覗く力強い眼差しに、しょぼくれていた背筋がピンと伸びた。
「ちょっとっ」
 どすっ。脇腹に肘鉄砲を食らい、茜は「なにすんだよっ」と眉を吊り上げた。
「見つけた、おれの王子様……! とか思ってんでしょ? ボクが先に見つけたんだよっ」
「なにそれ。紫苑の方から教えてきたくせにっ!」
 応酬しつつ、茜は焦っていた。ちんちくりんな上にニキビ予備軍までいる自分とは違い、紫苑には持ち前の美貌がある。スタートダッシュだけは決めないと! 茜は乗客の出入りに紛れて紫苑の傍を離れ、王子様の元へ駆け寄った。
 一気にごった返した車内で王子様の隣に割り込む。トン。肘が当たってしまった……と見せかけ、「すみません」と上目遣いで謝罪。ワイヤレスイヤホンをした王子様は、会釈を返すが早いか音楽の世界へ戻ってしまった。
 掴みはまずます。秀でたものがないからこそ、積極性でカバーしなければ!
さぞ怒り狂っているだろうと向かいを見やると、そこにいたはずの紫苑がいなくなっていた。
 紫苑……?
 嫌な予感がして車両を見渡す。見覚えのあるくせ毛がちらつき、茜は身を乗り出した。凍りついた表情の紫苑、次いでその背後にぴったりと張り付いた中年男が目に入り、茜は床を蹴って立ち上がった。
「おいっ! なにしてんだよオッサン!」
 乗客を掻き分け、紫苑の元へ一目散に駆けて行く。紫苑と男の間に割って入ると、男は顔を真っ赤にして「違う! 私はただ、この子が気分が悪そうだったから、背中をさすってあげようと!」と声を荒げた。
「言い訳してるとこ悪いけど、おれ、見てたから。摩ってたのは背中じゃなくてケツだろ? そーゆーのは親切じゃなくて痴漢って言うんだよっ」
「あかねっ、やめて、ボクのことはいいから、」
 紫苑に肩を掴まれても、茜は振り返らなかった。「いいわけないだろ。おれの後ろに下がってて」茜は紫苑に言い含め、男を睨みつけた。
「オッサン! 身体に触ったこと、紫苑に謝れよ!」
 ビジネスバッグを抱きふうふう言っている男に向かって吠え立てる。男は突如、「うおおおおおっ!!!」と叫んだ。
 ビジネスバッグから取り出されるスタンガン。電極の間に光が走ったのを見て、茜は身体を強張らせた。「きゃああっ!」車内に女性の叫び声が響く。茜と紫苑、そして男の周囲から、一斉に人の波が引いて行った、次の瞬間……。
「うぉあああっ!? なんだおまえっ、……るぬほっ!?」
 あの王子様が颯爽と二人の前に現れ、男のスタンガンを蹴り上げ、そこから……、王子様が男の手首を引き寄せると、何の力が働いたのか、男は奇妙な断末魔を上げ、円を描くように宙へ投げ出された。
「取り押さえてっ! 警察呼んで!」
 茜が呆然としている間に、サラリーマンたちが総出で男を抑え込み、次の駅に到着した瞬間には武装した警察官が突入して来た。警察に連行されていく痴漢男を前にしても、茜の頭の中は王子様のことでいっぱいになっていた。この人、おれを守ってくれた……!
「茜! 茜ってば! どこも怪我ないの!? 大丈夫なの!?」
「え? おれ? らいじょ~ぶ……」
 目をハートにしている茜に、紫苑は唖然とした。
「茜! 間違ってたら怪我してたかもしんないんだよ!?」
「え~? あ~、そだね~」
 恋をすると、心の中がピンク色のハートでいっぱいになる。その中に一つだけ違う色をしたハートがあることには知らないふりをして、茜は警察官に事情を訊かれている王子様を見つめた。見つけた、おれの王子様……!
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