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ダイヤモンドよりきれいなもの
しおりを挟む日の沈んだ街を、息を切らして駆け抜ける。商店街の入り口にある時計が八時を指そうとしていて、茜は歩幅を大きくした。……きっと、彼はおれの言葉を信じて、おれを待っている。
「……ああ。思ったより早かったな」
閉じた校門に寄りかかった人影。コートを翻して駆けて来る茜を見つけ、新は微笑んだ。言葉とは裏腹に、その表情はやけにホッとしていて、茜は強く地面を踏み込んだ。
どっ。無言のまま抱きつくと、それを待っていたかのように両腕が伸びて来た。新の手から抜け落ちた文庫本の頁を、風がいたずらに捲った。
「小林。待たせて、ごめん……」
「待ったうちに入らないよ、こんなのは」
はあ、と弾んだ白い息が闇に溶けていく。「走って来てくれたんだな」新は茜が吐いた息さえ愛しそうに見つめ、「嬉しい」と茜の耳元へ囁いた。耳殻に触れた唇が冷たい。茜は背伸びをして新の腕の中から顔を出した。
手を伸ばし、赤い鼻先に触れる。……冷たかった。その冷たさが、切なくて、愛しかった。
「ずっとここにいたの」
「すれ違ったら、嫌だから」
ずっとここにいた。小林は、ずっとここでおれを待ってた。
長い間、待たせた。惚れっぽいおれだから、そんな恋はしたことがない。
一途な彼を、こんなおれが愛してもいいんだろうか。
「おれね……、フラれたんだ。優成君はおれの気持ちに気付いてたみたい。おれとは友だちになりたいって……」
胸に頬を寄せると、新の鼓動を感じた。ここは、ほのかに温かい。その温みに感じ入っていると、新は顔を茜の顔を覗き込み、「それで?」と話を促した。
「それで、優成君と一緒に紫苑の家に行ったんだ。おれと紫苑は仲直りして、紫苑と優成君は今……二人で話し合ってる最中。でも、きっとうまくいく。おれはそう思う」
「おまえはそれでいいのか?」
額に唇が触れそうで、茜は身を捩った。それを別の意味と取ったのか、新の腕に力がこもる。茜は新の身体に引き寄せられ、よろけた。
「いいに決まってる。紫苑と優成君がどんな選択をするかは分かんないけど、それをおれは受け入れるし、応援するっ」
「そうか。なら、よかった」
こちらが蕩けそうなほど優しい笑みを向けてくるのに、「フラれた」と伝えたのに、あの言葉はない。茜は両腕を広い背中へ伸ばし、新の抱擁に応えた。
そうだ。待ってるなんて、おれらしくない。
茜はパッと面を上げ、新を見つめた。眼差しが重なった瞬間に、蕾だったものが次々と花開き、茜の心が真っ赤に染まった。
「そんでなっ、おれ、好きな人ができたんだ!」
「……えっ、」新の表情が凍りつく。先ほどまでの表情との落差が激しくて、茜はプッと噴き出し、それから、大きく息を吸った。
「好きっ!」
「えっ」
「小林が好き! おれの彼氏になって!」
一拍遅れて、ぼぼぼぼぼ、と新の顔が真っ赤になった。くっついた胸と胸の間で二つの鼓動がこれ以上なく高鳴って、茜はそれが嬉しくてぴょんと飛び跳ねた。
「返事はっ!? 今すぐくれなきゃ嫌いになる!」
「あ、ちょっと、ちょっと待ってくれ、おれだって色々考えてたんだ、おまえが優成を想う気持ちもないがしろにしないように、押しつけがましくないようにって、色々……」
「色々なんかいらないって! いつもみたいに……シンプルに、バカなおれでも分かるように言ってよ!」
胸を叩いて訴えると、新はぐっと胸を膨らませ、それから、茜の両肩を掴んだ。
「広尾、好きだ! おれはおまえの彼氏になりたい!」
あ、見つけた。ダイヤモンドよりきれいなもの。
新の瞳の中で光が躍る。茜はその光に吸い寄せられるようにして瞼を下ろした。……そのうちに、冷たくて柔らかいものが茜の唇に重なった。何度も、何度も何度も角度を変えて重ねるうちに、唇と息の温度が上がっていく。
「ホワイトデー、ちょっと早いけど、これでいい? ファーストキスだから……」
鼻先と鼻先をくっつけたまま囁くと、新は胸で息をしながら目をすがめ、茜の顎に触れた。
「もっと欲しい」
新は茜の口端や頬に唇を押し付け、「もらったそばから足りなくなる。どうしてだろう、ずっと夢見ていたことが、現実になったのに……」と吐息交じりに言った。
「欲張り」
詰ったようでも、声音は甘くて。茜は新の唇を舌先でつつき、口づけた。新の舌は、オレンジピールの乗ったボンボンショコラよりも、ずっと甘かった。
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