すばる君♡BIIIIG LOVE!!!

野中にんぎょ

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君がいるだけで、La Vie en Rose

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 あなたに最愛の人はいますか。
 最愛の人がいるだけで日常が華やぎ、心が躍る。窓の外の景色はきらめいて、行き交う人々もみな満ち足りているように見える……。
 矢部睦月やべむつきはカーテンを開け放ちベッドに頬杖を突いて最愛の人の寝顔を見つめた。睫毛の先についた目ヤニに、息を吸って膨らむ胸、次第に皺が増えていく眉間。彼は今日も生きている。ああ、なんて素晴らしい朝!
 感嘆の息を漏らし、「今日も昴君が生きてて最高!」と天を仰ぐ。……睦月はもう五年もこんな生活を送っている。
「昴君っ。おはよお。朝ですよ~」
 耳元に囁くと、彼は薄っすらと瞳を覗かせた。
「睦月、眩しいっつの……、カーテン閉めて……」
 寝返りを打とうとしている最愛の人・奥泉昴おくいずみすばるに覆い被さり、睦月は彼の唇にキスを落とした。
「だぁめ。今日はお仕事でしょ。昴君が大好きな挽肉入りのオムレツ出来てるよ。きゅうりのサラダと、『山猫』の厚切りトーストもついてるよっ」
 顔を顰め拒否の意を示している恋人の唇を追い、何度も何度もキスを降らせる。十六回目のキスが終わる頃、昴は観念してベッドから起き上がった。
「毎日毎日……。きつい。うざい。もっとマシな方法で起こしてって言ってんのに……」
「えへへ。だって、こうでもしないと起きないでしょ、昴君は。ねえ~、昴君からもチューしてっ」
 唇を突き出している睦月の額を小突きキスのおねだりをスルーする昴。「メシ食いたい」「はあい」頭を掻きながら自室を後にする恋人の背を睦月は満面の笑みで追った。
「なにこれ」
 黄色のオムレツに描かれたケチャップのハートを見て昴は目をすがめた。
「ハートだよ。昴君、大大大大すきだよ!って意味!」
「……」
 睦月は愛妻弁当の仕上げに「大すきビーム!今日も昴君が健やかに楽しく生きられますようにっ!」と両手で作ったハートをかざした。背後から聞こえた溜息も、愛しい昴が生きている証拠。弁当を入れた巾着の紐を心を込めて蝶々結びにし、昴の傍へと飛んでいく。
「昴君おいし~?」
 四方八方に跳ねた黒髪を整えてやりながら尋ねても昴は無言のまま。睦月はそんな昴をよそに溜息交じりに独り言つ。「はあ。昴君、今日もかっこいい。はあ……」一粒の輝きも取り込まない漆黒の瞳、そこにヴェールのように掛かった長い睫毛、凛々しい眉、高い鷲鼻、桜色の厚い唇。それらが神の配慮が行き届いた形で顔面に納まっている。昴は誰の目から見ても美貌の人だ。
 低血圧かつローテンションな昴。腹が満たされるとすぐに船を漕ぎ始めてしまう。睦月は彼が朝食を食べ終わったと見るや否や身だしなみの支度に取り掛かった。ローテーブルの前から動かない昴に歯磨き粉つきの歯ブラシを渡し「服選んでくるね」と彼の自室へ駆け込む。
 今日は昼から雨の予報。もう四月で春も深まって来たけれど、手足の冷えがある昴には肌寒く感じるかもしれない。服一つとっても昴が身に纏うならば細心の注意を払わなくては。睦月は緩いモックネックのシャツとシルエットにボリュームのある薄手のカーディガン、そして黒のスラックスを手に洗面台の前に居る昴の傍へ。
「顔洗った?スキンケアした?」
「ん?……あ~……」
「さてはスキンケアしてないな~?もう、駄目だよ、お肌痒くなっちゃうよ?」
 眉を整え、化粧水、乳液、日焼け止めにBBクリームからのルースパウダー、仕上げにリップバーム。昴は顔を思い切り顰めて嵐が去るのを待つ。「髪もやっちゃうね~」髪全体を濡らし根元を摩りながらドライヤーをかける。襟足は跳ねるようにヘアアイロンでセットして、ソフトワックスを揉み込めば……。
「できあがり~!昴君、ウルフヘア似合う!むしろヘアが昴君に合わせに来てる!」
「はいはい。服は?」
「勿論持ってきてるよ!は~い、ばんざいしてくださ~い」
 スウェットに手を掛けたところで洗面所から締め出されてしまう睦月。「も~。シャイなんだからっ」ぶつぶつ言いつつも、睦月の面には笑みが絶えない。弁当を入れた巾着を保冷バックに入れて、少し温かめのほうじ茶を入れたタンブラーを隣に添えておく。
「靴は?」
 昴の声に振り返り睦月は驚愕した。イケメン!時代が時代なら国を揺るがすほどのイケメンがここにいる!「……く、つ、は?」ぼさぼさヘアに寝間着の自宅スタイルから睦月プロデュースの出勤スタイルになった昴は車の鍵とタンブラーを手に取って玄関前に立った。睦月は慌てて弁当を手に玄関へ向かう。
「靴は黒のレースアップにしてみた!もちろん、いつものインソールも入れてるよ。最近スニーカーが多かったから新鮮でしょ?」
「……ん」
「お客さんに連絡先訊かれても絶対に、ぜえったいに教えちゃ駄目だよ!予約のやりとりも最小限にしてね。あんまり女の子をその気にさせないで。もちろん男の子も!」
「ん」
「お弁当忘れないでね。気を付けてね。お仕事頑張ってね。でもでも、無理しないでね」
「ん」
 昴の両手が塞がっているのをいいことに、睦月は彼の胸の中にぴょんと飛び込んだ。「……なに。時間ないんだけど」「えへへ」いつもなら頭を叩かれて強制終了のハグも、朝だけは好きにさせてもらえる。……二分くらいなら。
「昴君の心臓、今日も頑張ってるね。頑張り屋さん。早く帰って来てね」
「それは分かんない。多分無理。七時にお客さんの予約入ってるし」
「そっかあ」
 素っ気ない声に面を上げるとほんのひと時だけ視線が通った。真っ黒の瞳は近くで覗き込むと光彩の端々が濡羽色になって滲んでいる。あれだけくっつきたかったのに急に恥ずかしくなってきて、睦月はその場を飛び退いた。
「いってらっしゃい!気を付けてね!大すきだよ、昴君!」
「はいはい」
 上空の飛行機にするように大きく両手を振れば、昴はほんの少しだけ下瞼を上げて「じゃあね」と手を振り返してくれた。
 手、振ってくれた……。じゃあね、って、言ってくれた……。
 静かに閉まった扉の向こうを呆けたように見つめ、睦月は逸る胸をきゅっと抑えた。と、リビングにある睦月のスマートフォンがリンリロリンリンとアラーム音を響かせ始める。
「あ、いけない、僕も急いで出ないと……!」
 菓子パンを胃に放り込み、一瞬で顔を洗い、歯を磨き、いつものパーカーを羽織って玄関先に置いていたリュックを背負う。あれだけ昴の身だしなみを整えておいて自分の外見には頓着の無い睦月。年季の入ったママチャリに飛び乗り、五年物のスニーカーでペダルを踏みしめる。
 今日の夜はお祝いだ。ローストビーフかお赤飯にしないと!
 睦月の中心にはいつだって最愛の昴がいる。睦月にとって、それはこれ以上ない僥倖だ。
 マスタード色のママチャリは古びたマンションの一階にある喫茶店の前で停車した。『喫茶さざんくろす』。睦月は六年前に脱サラし、今はこの店の店主として細々と生計を立てている。元は五年前に亡くなった祖父の店で、二年の準備期間を経て睦月が店を再開した。
「みゃー、もうやってるかい」
「大丈夫だよ、座ってて!」
「じゃあいつもの頼むよ。ああ、急がなくてもいい、コレも読めてないから」
 店のブラインドを上げてすぐに常連の山木さんが扉をくぐった。いつも手にしている競馬新聞を振って上機嫌だ。「みゃー」こと睦月は掃き掃除をひと段落させてカウンターに入っていく。アメリカン・コーヒーとタマゴサンドが山木さんの「いつもの」だ。
 ドリップしている珈琲に気を配りつつタマゴとマヨネーズのシンプルなフィリングをお隣のパン屋『山猫』のパンで挟む。睦月は猫目をぱっと輝かせ、淹れたての珈琲とサンドイッチを銀色のトレーに乗せた。
「お待たせいたしました。アメリカン・コーヒーとタマゴサンドです」
「おお、みゃー、早いな。さすがゲンさんの孫だ」
 タマゴサンドを頬張り「これこれ」と頷く山木さんとはもう二十年来の付き合い。「みゃー」は小さな頃からの愛称だ。つんと跳ねた目尻にビー玉のような瞳、指先で摘まんだような小さな鼻におちょぼ口。白金色まで脱色された短髪は美容師である昴の仕業だ。
「おーい、みゃー、やってるか。……って、山木さん、あんた早すぎやしないか」
「んなことないさ。ほら、いつものヤツも出てきてるだろ」
 次々と現れる常連さん。睦月は「いらっしゃいませ!」と明るい声を響かせながら温かいおしぼりとお冷を持って行く。そんないつもの風景の中にサヴィル・ロウから若紳士が迷い込んだ。
「Meow?ずいぶん可愛らしい愛称だね」
 男は撫でつけた黒髪を朝日に輝かせ、さざんくろすの扉をくぐった。品と艶のあるグレーのスリーピースを身に纏った彼は目を見開いている睦月に微笑みかけた。睦月は相好を崩して彼の元へと駆け寄った。
「源城君!いつ帰って来たの?言ってくれれば……!」
「ドイツからは一週間前に。せっかくだからサプライズしようかと思ってね。おいで親友。ハグさせてくれ」
「もちろん!すごく会いたかった。ああ、知っていれば君の好きなレモンケーキを焼いて待っていたのに!」
 二人はひしと抱き合いチークキスを交わした。早朝の喫茶店で突如始まった異文化交流に常連たちは興味津々だ。
「素敵な店じゃないか。趣と品がある。一朝一夕には手に入れられないものだ。ミャオ、ボクにも珈琲を一杯お願いできるかな?」
 睦月は満面の笑みで頷きドリップポットを手に取った。
 源城一誠みなしろいっせいとは以前勤めていた外資系医療機器メーカーで同期として出会った。互いに「親友」をわざわざ職場で作るようなタチでもないのに、出会ってすぐに意気投合。十四歳までイギリスで暮らしていたという彼は言うまでもなく即戦力で、更に言えば優秀だった。けれど日本の企業体質が肌に合わず、結局、日本で営業職を三年務めたのちにドイツの本社の方へ引き抜かれていった。
 手紙やメールのやりとりは頻繁にしていたけれど……。最後に直接会ったのはいつだろう。こちらに帰って来るとは聞いていたけれど、まさかこんな場所で再会することになるなんて!
「しばらくこっちに居るつもりなの?」
「そのつもりだよ。幸い、すぐに住めるような家もこちらにあって。ムツキへのドイツ土産がたくさんあるんだ。君の好きなロンネフェルトの紅茶とか、クマのぬいぐるみとかね。ぜひ我が家でおもてなしさせて欲しい」
「気を遣わなくてもよかったのに。でも嬉しい。近い内に新居にお邪魔させてもらうね」
 さざんくろすオリジナルのブレンドコーヒーと今朝焼いたばかりのエッグタルトをサーブすると、源城の瞳がらんと輝いた。
「ムツキのエッグタルトが早速食べられるなんて!幸先がいいな。黄金の国ジパング、ここに在りだね」
「うふふっ。もう、なにそれ。おっかしい。ふふ。源城君、お上手なんだから」
 よく分からない源城の冗句を朗らかに笑う睦月。常連たちは顔を見合わせて疑問符を交わした。
「そうそう。君、ボクの家に来たらびっくりするぞ。バームクーヘンやぬいぐるみよりももっといいドイツ土産があるんだ」
 自身のスマートフォンを睦月の前へ滑らせる源城。画面を覗き込み睦月は「ええ!?」と声を上ずらせた。
「ずいぶんと可愛いワンちゃんだね。ドイツで拾ったの?」
「うふふ。可愛いだろう。この通りまだパピーちゃんでね。可愛すぎてね、ドイツから連れて来ちゃったんだ。早く君に会わせたい」
「……僕がお邪魔したら勘違いされて噛みつかれない?」
「噛みつかないように躾けておくさ。ぜひ我が家に来てくれ。ミヒャと歓迎するよ」
 二人してしたり顔で頷き合い、睦月は可愛い子犬の「ミヒャ」の話題をしかるべき時に取っておくことにした。今日はやっぱりいい日。ローストビーフにお赤飯、ついでに昴の好きなチキン南蛮も作りたい気分だ。


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