23 / 25
臆病なピアニストの愛しいアジール
しおりを挟む
定食屋だと思っていたのに、連れて行かれたのはいかにも格式高い和食の店で、暖簾から現れたロマンスグレーの紳士に「譲司君、その方が君の大切なひと?」と笑みを向けられた時には、世良は卒倒しそうになった。
通常であれば昼の営業はしていないというその店は、どうやら譲司の祖父の行きつけで、大将は「直にあの天丼を食べさせたい」という譲司の一声で店を開けてくれたらしかった。
「もう!びっくりした!メニューがないんだもん!全部、“時価”なんだもん!」
「む……。確かに驚いたな、あの天丼が私のためのものだったなんて。十八にならないと入れない店に、子どもの私はどうやって入っていたんだろうな……」
今日の譲司がしたように、おじいちゃんの「鶴の一声」があったに違いない。やはり、この人はおじいちゃんにあの手この手で愛されていたようだ。
「ほんとうにびっくりする、なんでランチだけで四万円もしちゃうの」
「まあ、そういう店だから。私も普段は行かないよ。それに、美味かっただろう?君、出されたものを次々と頬張っていたじゃないか」
「う、それは……。というか譲司さん、すぅちゃんのことを大将になんて伝えたんですか。大将、すぅちゃんのことを譲司さんの娘だと思い込んでましたよ……」
大将は直を見るなり蕩けるような笑みを浮かべ、「この子が譲司君のお嬢さんだね?」と譲司に尋ねた。譲司はというと、否定もせず肯定もせず軽く微笑んで見せただけ。大将はすっかり直のことを「譲司君の娘」だと思い込み、ご馳走をめいっぱいふるまってくれた。
「私はただ、あの頃に食べた天丼を食べさせたい子がいると伝えただけだよ」
誤解を招く発言があったことに、世良は唇を「へ」の字にした。譲司は何を思ったのか、「もちろん、君のことは恋人だと伝えた」と弁解し、失態を重ねた。
世良は怒る気も失せて、頬のほてりを誤魔化すように速足で廊下を進んだ。
直はご馳走をお腹いっぱい食べると、店のカウンターで船を漕ぎ始め、譲司におんぶされるとすぐに眠ってしまった。ずっとそうしているわけにもいかず、三人は麻布十番にある譲司の自宅へ向かった。
「寝室、こっちですか?」
世良は譲司の背中から直を受け取り、大きなベッドへ寝かせた。気を張っていた分、疲れたのだろう。世良は直の口端から垂れた涎を指先で掬い、淡い息を吐いた。
ふと、譲司がこちらを見ていることに気付く。笑いかけると、譲司はこちらに歩み寄りベッドの縁に腰掛けた。
「ふしぎだ。あの頃は寒いばかりの部屋だったのに、君たちがいるだけであたたかい」
出会った頃よりもずっと柔らかくなった表情に、世良の心がときめく。譲司の瞳を見つめているうちに自然と瞼が下りて、気が付くと、二人は唇を温め合うようなキスを交わしていた。
「子どもの体温って、眠ると熱いくらいでしょう」
「うん。驚いた。この歳になっても知らないことばかりだ」
「僕も驚きました。あんなホールに入るのは初めてで、こんな場所があるんだって。あんな大きな拍手も初めて聞いた。あの日の嵐みたいだった。……なのに、当のあなたは台風の目みたいになんでもない顔で、さっさと袖へ戻ってしまって。僕、思わず笑っちゃった」
譲司は世良の肩に、世良は譲司の腕に触れ、ひそめた声で言葉を交わした。譲司は何も言わず微笑み、温かく潤んだ瞳で世良を見つめた。
「僕、譲司さんも好きだけど、譲司さんのピアノも同じくらい好き。でも、会場のお客さんは僕以上にあなたのピアノを愛していて、あなたの帰りをずっと待っていたんだと思う」
心からそう思っているのに、譲司は笑って首を振った。
「神野のコンサートの最終日だったからだよ。私のピアノなんて、たいしたことはない」
ずっと気になっていた。恵まれた生まれのこの人の、自信のなさを。
ピアノの師でもある厳しい祖父と、その祖父と仲違いしている父親。そして、彼の口から一度も語られることのなかった母親。
『gifted』
なんて残酷で、この人に似合いのタイトルだろう。
生まれ持った努力の才が、作曲家の機微を譜面から読み取る才が、八十八の鍵盤と二百三十余の弦を操る才が、この人にはあった。それらは翻って、融通が利かず、人の心の機微を感じることが不得意な、ピアノの前の自分とかけ離れた「もとの自分」に不安を感じている一人の男を生み出した。
「あなたはいつも、自分のことを、そう言うね」
「……そうだな」
譲司は眼差しを伏せ、「自己憐憫の強い、情けない男だよ」と、自嘲気味に言った。
曲を最後まで弾けなくなっていたのは、おそらく――。
世良は彼の支柱となっていた人物に思い至り、その人を失った頃の彼はどうしていたのだろうと歯痒くなった。世良は譲司の背に腕を回し、揺れる瞳を見つめた。
「あなたは確かに、逞しいというよりは繊細かもしれない。でも、だからこそあなたは、あなたの奏でる音は、あなたの紡ぐ音楽は、美しいんだよ」
譲司の背を撫でると、肩甲骨の辺りが少し濡れていた。「すぅちゃんの、よだれがついてる」指先でその部分をつつきながら囁けば、譲司は表情を和らげてくれた。
世良は譲司のジレのボタンを、彼を驚かさないようにゆっくりと外し、脱がせた。まくり上げた袖から覗く素肌に触れ、何が起こるのかと神経を巡らせ始めた彼を宥める。
「譲司さん。あなたの部屋に行きたい」
見つめ、触れ、囁く。譲司の唇が、悩ましげにひくついた。
譲司に手を取られて訪れた彼の自室は、グランドピアノとカウチソファーが置かれているだけの簡素な部屋だった。
「ずいぶんきれいにしてるんですね。CDやレコードは?」
「それらはリビングに。ここでは、弾くことしかしなかったから……」
言いながら、譲司は世良のカットソーの裾から指先を差し入れた。カーテンの閉まった真昼の部屋の中、世良は譲司の誘いにしたがってソファーに腰掛けた。
後頭部に手を添えられ、世良は「ふふっ」と胸を揺らして笑った。「どうした、余裕しゃくしゃくだな」譲司は世良のカットソーをたくし上げ、胸に手を這わせた。
「あなたの手、すごく大きいんだもの。僕の頭があなたの手のひらにすっぽり収まって、ボールでも持つみたいになっちゃって、可笑しくて」
「……君、これから何が始まるのか、分かってる?」
「分かってる。ソファーが大きくてよかった」
世良は譲司の胸をトントンと叩き、彼の上に乗り上げた。視線を絡めたままスラックスの前を寛げ、ショーツの下で張り詰めているそれを確かめる。形を覚えたくて、ショーツ越しに手のひら全体で摩ると、譲司は「は、」と短い息を吐いた。
「譲司さん、すごく頑張ったんですね」
「……」
「僕が頑張っている間、あなたはそれ以上に頑張っていたんだって、僕は知ってる」
ショーツを下げ、跳ねるようにまろび出たものの頭にキスをする。無防備で、ありのままで、なんて愛おしいんだろう。
ステージに上がるまで、どれだけ気を張った日々を過ごしたことだろう。ひと時だけでも、頭の中を真っ白にしてあげたい。世良はそう願いながら、譲司のものを咥内へ迎えた。
「む、んふ、んぅ~……」
深く、丁寧にねぶる。口に入りきらない根元は人差し指と親指の輪で、先端から中ほどまではすぼめた唇で、譲司の性感を根元からまとめあげていく。唇の裏や上顎、舌に、譲司の剥き出しの情欲が擦れて、世良は瞼を震わせた。すごく、きもちいい……。
「ん、う、ふっ、ふっ、ふっ、」
手と唇の動作を丹念に擦り合わせているうちに耳に掛けていた髪がパラリと落ち、直そうとすると、譲司の手が伸びてきて髪を耳に掛けてくれた。
瞬間、視線が絡む。ぎら、と底光りした光彩に、そこだけくりぬいたように静止している瞳孔――。
「されているのは私なのに、君の方が気持ち良さそうなのはどうして?」
両耳をさらさらと擽られ、そのうちに、譲司の中指が耳の穴へ滑り込んだ。「ゔぅ~……っ、」視線で抗議すれば、譲司はその他の指で世良の顎を擽り、続きを促した。
ぬぐ、ぐぐぐっ、ぷちゅ、ぐちゅ、じゅぷん……、
両耳を塞がれたせいで、咥内の粘膜と譲司のそれが擦れ合う音が頭蓋骨に響く。あ、や、やだ、こんな……。
じゅぐ、ぷぷ、じゅぐ、じゅ、じゅっ、ぶじゅ、じゅ、
こんな音をさせているなんて恥ずかしくて、頭の芯がぼんやりしていく。理性がけぶると、動作は速さを増した。
じゅっ、じゅっ、じゅぽっ、ぶぷっ、じゅっ、じゅぐっ、
吸い上げるたびに咥内へ譲司の先走りが広がっていく。「あっ、はあ、んっ」世良は陰茎に滴る唾液を啜り、飲み下した。
「は、世良君、もういい、はあ、離して、」
譲司の制止を無視し、世良はチノパンの上から両手で自身の股座を擦り、口淫を続けた。髪を乱して頭を振る世良に、譲司は「こら、もういいと言っただろう」と言って腰を引いた。「んはぁっ……、」ちゅぽっ、と口から糸を引いて出て行ってしまった熱の塊を、世良はじれったそうに見つめた。
「気持良く、なかった……?」
「気持良かったよ。でも、君にも気持ち良くなってほしいから」
譲司にチノパンとショーツを脱がされると、世良は自分でカットソーを脱ぎ捨てた。裸で黒革のソファーに横たわり「譲司さん」と囁くと、譲司はシャツを脱ぎ捨て覆い被さって来てくれた。
広い胸の下、じりじりと下がりながら、喉元から胸、鳩尾、肩、腕、目に付いたところを全て啄む。目の前の肌を噛んだり舐めたり好きにしていると譲司に捕らえられ、噛り付くように唇を奪われた。
「ああ、もう、君は。少しは大人しくしないか」
「ん、やぁ、できない、だって譲司さんが目の前にいる……」
すりすりと譲司の両腕を摩り見つめると、譲司は喉で笑い、世良の脇腹を撫でた。譲司の大きな手のひらが、脇から胸、鎖骨、喉元を経て、唇まで上がっていく。下唇に触れた指先を、世良は迷いなく吸った。
「口寂しい?」
「ん、譲司さんの指、大好き。優しくて、大きくて、かっこいい」
根元から舐め上げ、指先から口に含む。そのまま吸ったり柔く噛んだりしていると、譲司の指が世良の上あごをくすぐった。「あっ、」声が小さく弾け、その拍子に唾液が顎へ滴る。譲司はその雫を舐め上げ、世良の下あごに指を引っ掛けて唇を開かせ、自身の舌を差し入れた。
「あ、ふ、ん、うぅ、はあ、」
もう片手で、胸の突起を上下に弾かれる。緩急をつけてそうされると、先端がたまらなく疼いた。反らした胸を揺らし、「もっと」と強請ると、きゅっと突起を摘ままれた。
「あ、あっ、だめ、これ、いい~……っ」
摘まんだまま芯をくりくりと潰され、世良は表情をとろけさせた。
「あ、あ、う、じょうじさん、」
「ずいぶんよさそうだ」
世良はコクコクと頷き、「じょうじさんも」と言って譲司の胸に手を伸ばした。
唾液で潤した指先で、突起の周りをツーッとなぞる。譲司の様子をつぶさに観察しながら、期待のピークを見計らい突起を弾くと、譲司は噛んだ唇から吐息を漏らした。
「じょおじさん、きもちい?」
耳朶を食みながら囁けば、譲司は「君は……?」と問いを返した。世良は譲司の頬に唇を押し付け、「すごく気持ち良い」と返した。
譲司が安堵したことが、肌を通して伝わる。世良はもう一度、「譲司さんとこうすると、心も身体も、すごく気持ち良い」と譲司に刷り込むように言った。
「だから、あなたにも、気持ち良くなってほしい」
世良は脚を広げ、反った陰茎の向こう、閉じたすぼまりへ指を伸ばした。「んっ……」指の腹とひだを馴染ませるように揺すれば、そこはわずかな抵抗の後に指を迎え入れ、きゅうっと収縮した。
「世良君、私がする」
「あなたの指を汚したくない。そのまま、見ていて……」
唾液を足しながら指を埋め、抜き挿しする。空いた手で譲司の腕を握れば、彼は促されるようにして視線を落とした。
「ん、ん、あ、はやく、譲司さんとしたい。譲司さん、あ、譲司さん、じょうじさん」
名前を呼ぶと、それにつられて性感が高まっていく。指を増やし、心が急くままに掻き回すと、譲司は世良の手をパッと掴み上げた。「ひぁっ!」引き抜かれた指が敏感になった縁を弾いて、世良はピンと爪先を反らした。
「そんなに乱暴にするな。潤いも足りないのにそんなふうにしたら中が傷付く」
「あっ、だめ、やだ、僕がする、」
「私がする。君は力を抜いて、楽にして」
唇と唇が深く重なる。舌で咥内の唾液をぐじゅぐじゅと掻き混ぜるようにされ、世良はあっという間に胸を喘がせた。唇を離すと、譲司は含んだ唾液を世良の陰茎へ垂らした。世良の先走りと譲司の唾液が混ざり合い、陰茎を伝ってすぼまりへと滴り落ちて行く。
「あっ、だめ、だめぇ、あなたにそんなことさせたくないっ」
頭を振り立てているうちに、骨ばった長い指が潤いと共に中へ沈み、世良はひゅっと息を飲んだ。陰茎にまで潤した手を添えられ、宥めるように扱かれる。世良は後孔をきつく喰い締めた。
「じょうじさん、前、しなくても、いいからっ、」
「でも、きつく締まってる。後ろだけなんて苦しいだけだろう」
「でも、でも、イけるの、後ろだけでも、僕っ……」
「後ろだけでイくと、喜んでくれる人がいた?」
ハッとして譲司の表情を確かめると、彼は「図星か」と言って笑った。
欅は、世良が後ろだけで果てると喜んでくれた。恋人の身体に新しく開かれた性感の回路を、自分が育てた物語のように愛おしがった。
「私も、君も、男だ。私はそれを、分かってるつもりだよ」
「じょうじさん、」
「言っただろう。私は君にも、気持ち良くなって欲しい」
胸が、途方もなく切なくなって、それから、燃えるように熱くなった。
自分でもどうしてこんなに胸が震えているのか分からず、けれど前と後ろの性感は強く結びついて、世良を声がきれぎれになるほど喘がせた。
譲司の美しい指。それが、中を丁寧に擦り上げ、奥に留まったり、その先を押し上げたり、入り口を浅く行き来したり、あらゆる仕種で世良を愛撫する。世良は身悶え、先走りを糸にしてこぼした。指が二本に増えると、激しく波打つ性感に追い立てられるように、世良は四肢を強張らせた。
「じょうじさん、ぼく、もう……!」
「うん。私ももう限界だ。君の中に入りたい。……いいか?」
「うんっ、うんっ、はやく……っ」
荒い息を滴らせながらスキンを装着する譲司を見ていると世良もたまらなくなって、すぼまりを陰茎に擦りつけるように腰を揺すった。はやく、あなたをこの中で抱きしめたい。
「うっ、あ、はぁ~……っ、」
ぬるついたスキンの先が縁を上下に撫で、中心でひたりと止まる。遅れてスキンの向こうの肌の温みが訪れて、それに感じ入っているうちに切っ先が中へと沈んでいく。隈なく中を満たしていく熱、それによってもたらされる圧迫感が、世良の息を逸らせた。
譲司はぐーっと腰を進め、中ほどで留まった。譲司を確かめれば、彼は「ふう」と息を吐いて、「すごくいい」と言ってくれた。
「譲司さん、ごめんなさい……。全部は入らなかった……」
「構わないよ」
譲司は「は、は、は」と短い息を繰り返している世良の唇を細かく啄み、「しばらくこうしていよう」と言って眼鏡を取ってくれた。世良は譲司だけが際立ったこの視界を愛おしく思った。
「どうしてだろう」
「ん、なにが……」
「あの頃は、君を窓から見つめるくらいしかできなかったのに、今はこの腕の中にいる。ほんとうに、どうしてだろう。坂を転がるように、目まぐるしく、君たちは私の元に迷い込んで。……なんだか、全て夢なんじゃないかと思う。次に目を覚ましたら、君も直もいなくなっていて、私だけがこの部屋に取り残されているんじゃないかって……」
譲司の纏う漠然とした不安は簡単には拭えず、けれど世良はそれに抗おうとはしなかった。
あなたは、ずっと不安だったんだね。もしかしたら、その不安は、これからもあなたに付きまとうかもしれない。でも僕は、それを悪いことだとは思わない。
不安感の強い自分を責めるより、纏った不安を脱げる場所があることを知ってほしい。その場所が僕の隣なら、僕はすごくうれしい。
「譲司さん。ずっとずっと頑張ってたんだね。でももう、たった一人で頑張らなきゃなんて、思わないで」
「……」
「あの温かい雨の降った日、僕と直を呼んでくれて、ありがとう。……僕にも聴こえたよ。傍に来てって。おしゃべりしようって。あなたのピアノは、あなたの唇よりも、雄弁だから」
世良は、「はあ……」と吐息を漏らし、腰をゆっくりと動かした。互いの温みが移った場所が擦れて、脳裏にパチパチと星が瞬く。
「僕、あっという間に、貴方に夢中になった。もう恋愛はいいって思ってたのに、あなたはすごく魅力的で、僕はそんなあなたにどんどん惹かれて、ケンカしたらもっと好きになっちゃって、思い出が欲しくてあんな嘘を吐いてしまうくらいに焦がれて……。僕、あなたが思っているよりずっと、あなたのことが好きなんだよ」
相手の様子に感覚を澄ませ、互いに互いを高め合う。肌と肌が密着して、あたたかくて愛しくて、中を擦り立てなくても、これだけで十分に気持ち良い。
「譲司さん、あったかいね」
「そうだな」
唇と唇を重ね、労わるようなキスを繰り返す。緩やかな律動は、けれど深く、未知の部分にまで届いて、抜かれる時にはひりつくような性感が前を焼いた。後ろも、前も、心も、気持ち良い。この人がこんなにも近くにいて、同じ気持ちで繋がっていて、これ以上なく気持ち良い。
「譲司さん、すきっ」
迫り来る絶頂に抗いたくて言葉にすれば、譲司は世良の瞳を刺し抜くように見つめ、「もっと言って」と低く囁いた。
「あっ、すきっ、ン、譲司さんがすきっ、あっ、あいしてるっ……!あいしてるっ!」
身も世もなく訴えると、譲司は世良の肩を掴み、腰を小刻みに打ち付けはじめた。「あ、だめ、音、だめぇ」ぶるぶると頭を打ち振り制止を求めても、譲司は腰を打ち付けることを止めなかった。
「私も、君を愛してる。君が思っているよりずっと深く」
「あっ、じょ、じょうじさん、だめ、イく、もう、イっちゃう」
「いいよ。イって」
譲司に許された途端、腹の奥に胸の奥に頭の奥に溜まった性感が爆ぜて、世良の目の前が真っ白になった。前は性感のしぶきを上げ、後ろは譲司をきつく喰い締めた。心身が快楽に浸され、世良は虚ろに震えた。
「うあ、あ、あぁ、あぁ~……っ!」
「ふっ、ふっ、は……!」
ぐっと、世良の肩を掴んでいた譲司の手に力がこもった。世良は譲司の絶頂が近いことを感じ、彼を掻き抱いた。
「っあ……!」
譲司の身体が強張り、世良は動きを止めた。彼の欲望が自分の中へ吐き出されたことを感じ、心が満たされていく。呼吸が落ち着くと、譲司は世良の胸へくったりと頭を預けた。その表情があまりにも幼げで、そして可愛くて、世良は譲司の頭を何度も撫でた。
「かわいい。譲司さんは、いい子だね……」
胸の上で顔を背けた譲司がいじらしく思え、「あなたが好き」「かわいいね」「いい子」と言葉を繰り返し、抱き寄せる。譲司はその言葉たちを否定するように沈黙していたけれど、そのうち、ゆるゆると瞼を下ろした。
「ずっと、私のそばにいて」
そう呟くと、譲司は寝息をこぼし始めた。世良は笑みを深め、譲司の目の下にあるクマを指先でそっと撫でた。
通常であれば昼の営業はしていないというその店は、どうやら譲司の祖父の行きつけで、大将は「直にあの天丼を食べさせたい」という譲司の一声で店を開けてくれたらしかった。
「もう!びっくりした!メニューがないんだもん!全部、“時価”なんだもん!」
「む……。確かに驚いたな、あの天丼が私のためのものだったなんて。十八にならないと入れない店に、子どもの私はどうやって入っていたんだろうな……」
今日の譲司がしたように、おじいちゃんの「鶴の一声」があったに違いない。やはり、この人はおじいちゃんにあの手この手で愛されていたようだ。
「ほんとうにびっくりする、なんでランチだけで四万円もしちゃうの」
「まあ、そういう店だから。私も普段は行かないよ。それに、美味かっただろう?君、出されたものを次々と頬張っていたじゃないか」
「う、それは……。というか譲司さん、すぅちゃんのことを大将になんて伝えたんですか。大将、すぅちゃんのことを譲司さんの娘だと思い込んでましたよ……」
大将は直を見るなり蕩けるような笑みを浮かべ、「この子が譲司君のお嬢さんだね?」と譲司に尋ねた。譲司はというと、否定もせず肯定もせず軽く微笑んで見せただけ。大将はすっかり直のことを「譲司君の娘」だと思い込み、ご馳走をめいっぱいふるまってくれた。
「私はただ、あの頃に食べた天丼を食べさせたい子がいると伝えただけだよ」
誤解を招く発言があったことに、世良は唇を「へ」の字にした。譲司は何を思ったのか、「もちろん、君のことは恋人だと伝えた」と弁解し、失態を重ねた。
世良は怒る気も失せて、頬のほてりを誤魔化すように速足で廊下を進んだ。
直はご馳走をお腹いっぱい食べると、店のカウンターで船を漕ぎ始め、譲司におんぶされるとすぐに眠ってしまった。ずっとそうしているわけにもいかず、三人は麻布十番にある譲司の自宅へ向かった。
「寝室、こっちですか?」
世良は譲司の背中から直を受け取り、大きなベッドへ寝かせた。気を張っていた分、疲れたのだろう。世良は直の口端から垂れた涎を指先で掬い、淡い息を吐いた。
ふと、譲司がこちらを見ていることに気付く。笑いかけると、譲司はこちらに歩み寄りベッドの縁に腰掛けた。
「ふしぎだ。あの頃は寒いばかりの部屋だったのに、君たちがいるだけであたたかい」
出会った頃よりもずっと柔らかくなった表情に、世良の心がときめく。譲司の瞳を見つめているうちに自然と瞼が下りて、気が付くと、二人は唇を温め合うようなキスを交わしていた。
「子どもの体温って、眠ると熱いくらいでしょう」
「うん。驚いた。この歳になっても知らないことばかりだ」
「僕も驚きました。あんなホールに入るのは初めてで、こんな場所があるんだって。あんな大きな拍手も初めて聞いた。あの日の嵐みたいだった。……なのに、当のあなたは台風の目みたいになんでもない顔で、さっさと袖へ戻ってしまって。僕、思わず笑っちゃった」
譲司は世良の肩に、世良は譲司の腕に触れ、ひそめた声で言葉を交わした。譲司は何も言わず微笑み、温かく潤んだ瞳で世良を見つめた。
「僕、譲司さんも好きだけど、譲司さんのピアノも同じくらい好き。でも、会場のお客さんは僕以上にあなたのピアノを愛していて、あなたの帰りをずっと待っていたんだと思う」
心からそう思っているのに、譲司は笑って首を振った。
「神野のコンサートの最終日だったからだよ。私のピアノなんて、たいしたことはない」
ずっと気になっていた。恵まれた生まれのこの人の、自信のなさを。
ピアノの師でもある厳しい祖父と、その祖父と仲違いしている父親。そして、彼の口から一度も語られることのなかった母親。
『gifted』
なんて残酷で、この人に似合いのタイトルだろう。
生まれ持った努力の才が、作曲家の機微を譜面から読み取る才が、八十八の鍵盤と二百三十余の弦を操る才が、この人にはあった。それらは翻って、融通が利かず、人の心の機微を感じることが不得意な、ピアノの前の自分とかけ離れた「もとの自分」に不安を感じている一人の男を生み出した。
「あなたはいつも、自分のことを、そう言うね」
「……そうだな」
譲司は眼差しを伏せ、「自己憐憫の強い、情けない男だよ」と、自嘲気味に言った。
曲を最後まで弾けなくなっていたのは、おそらく――。
世良は彼の支柱となっていた人物に思い至り、その人を失った頃の彼はどうしていたのだろうと歯痒くなった。世良は譲司の背に腕を回し、揺れる瞳を見つめた。
「あなたは確かに、逞しいというよりは繊細かもしれない。でも、だからこそあなたは、あなたの奏でる音は、あなたの紡ぐ音楽は、美しいんだよ」
譲司の背を撫でると、肩甲骨の辺りが少し濡れていた。「すぅちゃんの、よだれがついてる」指先でその部分をつつきながら囁けば、譲司は表情を和らげてくれた。
世良は譲司のジレのボタンを、彼を驚かさないようにゆっくりと外し、脱がせた。まくり上げた袖から覗く素肌に触れ、何が起こるのかと神経を巡らせ始めた彼を宥める。
「譲司さん。あなたの部屋に行きたい」
見つめ、触れ、囁く。譲司の唇が、悩ましげにひくついた。
譲司に手を取られて訪れた彼の自室は、グランドピアノとカウチソファーが置かれているだけの簡素な部屋だった。
「ずいぶんきれいにしてるんですね。CDやレコードは?」
「それらはリビングに。ここでは、弾くことしかしなかったから……」
言いながら、譲司は世良のカットソーの裾から指先を差し入れた。カーテンの閉まった真昼の部屋の中、世良は譲司の誘いにしたがってソファーに腰掛けた。
後頭部に手を添えられ、世良は「ふふっ」と胸を揺らして笑った。「どうした、余裕しゃくしゃくだな」譲司は世良のカットソーをたくし上げ、胸に手を這わせた。
「あなたの手、すごく大きいんだもの。僕の頭があなたの手のひらにすっぽり収まって、ボールでも持つみたいになっちゃって、可笑しくて」
「……君、これから何が始まるのか、分かってる?」
「分かってる。ソファーが大きくてよかった」
世良は譲司の胸をトントンと叩き、彼の上に乗り上げた。視線を絡めたままスラックスの前を寛げ、ショーツの下で張り詰めているそれを確かめる。形を覚えたくて、ショーツ越しに手のひら全体で摩ると、譲司は「は、」と短い息を吐いた。
「譲司さん、すごく頑張ったんですね」
「……」
「僕が頑張っている間、あなたはそれ以上に頑張っていたんだって、僕は知ってる」
ショーツを下げ、跳ねるようにまろび出たものの頭にキスをする。無防備で、ありのままで、なんて愛おしいんだろう。
ステージに上がるまで、どれだけ気を張った日々を過ごしたことだろう。ひと時だけでも、頭の中を真っ白にしてあげたい。世良はそう願いながら、譲司のものを咥内へ迎えた。
「む、んふ、んぅ~……」
深く、丁寧にねぶる。口に入りきらない根元は人差し指と親指の輪で、先端から中ほどまではすぼめた唇で、譲司の性感を根元からまとめあげていく。唇の裏や上顎、舌に、譲司の剥き出しの情欲が擦れて、世良は瞼を震わせた。すごく、きもちいい……。
「ん、う、ふっ、ふっ、ふっ、」
手と唇の動作を丹念に擦り合わせているうちに耳に掛けていた髪がパラリと落ち、直そうとすると、譲司の手が伸びてきて髪を耳に掛けてくれた。
瞬間、視線が絡む。ぎら、と底光りした光彩に、そこだけくりぬいたように静止している瞳孔――。
「されているのは私なのに、君の方が気持ち良さそうなのはどうして?」
両耳をさらさらと擽られ、そのうちに、譲司の中指が耳の穴へ滑り込んだ。「ゔぅ~……っ、」視線で抗議すれば、譲司はその他の指で世良の顎を擽り、続きを促した。
ぬぐ、ぐぐぐっ、ぷちゅ、ぐちゅ、じゅぷん……、
両耳を塞がれたせいで、咥内の粘膜と譲司のそれが擦れ合う音が頭蓋骨に響く。あ、や、やだ、こんな……。
じゅぐ、ぷぷ、じゅぐ、じゅ、じゅっ、ぶじゅ、じゅ、
こんな音をさせているなんて恥ずかしくて、頭の芯がぼんやりしていく。理性がけぶると、動作は速さを増した。
じゅっ、じゅっ、じゅぽっ、ぶぷっ、じゅっ、じゅぐっ、
吸い上げるたびに咥内へ譲司の先走りが広がっていく。「あっ、はあ、んっ」世良は陰茎に滴る唾液を啜り、飲み下した。
「は、世良君、もういい、はあ、離して、」
譲司の制止を無視し、世良はチノパンの上から両手で自身の股座を擦り、口淫を続けた。髪を乱して頭を振る世良に、譲司は「こら、もういいと言っただろう」と言って腰を引いた。「んはぁっ……、」ちゅぽっ、と口から糸を引いて出て行ってしまった熱の塊を、世良はじれったそうに見つめた。
「気持良く、なかった……?」
「気持良かったよ。でも、君にも気持ち良くなってほしいから」
譲司にチノパンとショーツを脱がされると、世良は自分でカットソーを脱ぎ捨てた。裸で黒革のソファーに横たわり「譲司さん」と囁くと、譲司はシャツを脱ぎ捨て覆い被さって来てくれた。
広い胸の下、じりじりと下がりながら、喉元から胸、鳩尾、肩、腕、目に付いたところを全て啄む。目の前の肌を噛んだり舐めたり好きにしていると譲司に捕らえられ、噛り付くように唇を奪われた。
「ああ、もう、君は。少しは大人しくしないか」
「ん、やぁ、できない、だって譲司さんが目の前にいる……」
すりすりと譲司の両腕を摩り見つめると、譲司は喉で笑い、世良の脇腹を撫でた。譲司の大きな手のひらが、脇から胸、鎖骨、喉元を経て、唇まで上がっていく。下唇に触れた指先を、世良は迷いなく吸った。
「口寂しい?」
「ん、譲司さんの指、大好き。優しくて、大きくて、かっこいい」
根元から舐め上げ、指先から口に含む。そのまま吸ったり柔く噛んだりしていると、譲司の指が世良の上あごをくすぐった。「あっ、」声が小さく弾け、その拍子に唾液が顎へ滴る。譲司はその雫を舐め上げ、世良の下あごに指を引っ掛けて唇を開かせ、自身の舌を差し入れた。
「あ、ふ、ん、うぅ、はあ、」
もう片手で、胸の突起を上下に弾かれる。緩急をつけてそうされると、先端がたまらなく疼いた。反らした胸を揺らし、「もっと」と強請ると、きゅっと突起を摘ままれた。
「あ、あっ、だめ、これ、いい~……っ」
摘まんだまま芯をくりくりと潰され、世良は表情をとろけさせた。
「あ、あ、う、じょうじさん、」
「ずいぶんよさそうだ」
世良はコクコクと頷き、「じょうじさんも」と言って譲司の胸に手を伸ばした。
唾液で潤した指先で、突起の周りをツーッとなぞる。譲司の様子をつぶさに観察しながら、期待のピークを見計らい突起を弾くと、譲司は噛んだ唇から吐息を漏らした。
「じょおじさん、きもちい?」
耳朶を食みながら囁けば、譲司は「君は……?」と問いを返した。世良は譲司の頬に唇を押し付け、「すごく気持ち良い」と返した。
譲司が安堵したことが、肌を通して伝わる。世良はもう一度、「譲司さんとこうすると、心も身体も、すごく気持ち良い」と譲司に刷り込むように言った。
「だから、あなたにも、気持ち良くなってほしい」
世良は脚を広げ、反った陰茎の向こう、閉じたすぼまりへ指を伸ばした。「んっ……」指の腹とひだを馴染ませるように揺すれば、そこはわずかな抵抗の後に指を迎え入れ、きゅうっと収縮した。
「世良君、私がする」
「あなたの指を汚したくない。そのまま、見ていて……」
唾液を足しながら指を埋め、抜き挿しする。空いた手で譲司の腕を握れば、彼は促されるようにして視線を落とした。
「ん、ん、あ、はやく、譲司さんとしたい。譲司さん、あ、譲司さん、じょうじさん」
名前を呼ぶと、それにつられて性感が高まっていく。指を増やし、心が急くままに掻き回すと、譲司は世良の手をパッと掴み上げた。「ひぁっ!」引き抜かれた指が敏感になった縁を弾いて、世良はピンと爪先を反らした。
「そんなに乱暴にするな。潤いも足りないのにそんなふうにしたら中が傷付く」
「あっ、だめ、やだ、僕がする、」
「私がする。君は力を抜いて、楽にして」
唇と唇が深く重なる。舌で咥内の唾液をぐじゅぐじゅと掻き混ぜるようにされ、世良はあっという間に胸を喘がせた。唇を離すと、譲司は含んだ唾液を世良の陰茎へ垂らした。世良の先走りと譲司の唾液が混ざり合い、陰茎を伝ってすぼまりへと滴り落ちて行く。
「あっ、だめ、だめぇ、あなたにそんなことさせたくないっ」
頭を振り立てているうちに、骨ばった長い指が潤いと共に中へ沈み、世良はひゅっと息を飲んだ。陰茎にまで潤した手を添えられ、宥めるように扱かれる。世良は後孔をきつく喰い締めた。
「じょうじさん、前、しなくても、いいからっ、」
「でも、きつく締まってる。後ろだけなんて苦しいだけだろう」
「でも、でも、イけるの、後ろだけでも、僕っ……」
「後ろだけでイくと、喜んでくれる人がいた?」
ハッとして譲司の表情を確かめると、彼は「図星か」と言って笑った。
欅は、世良が後ろだけで果てると喜んでくれた。恋人の身体に新しく開かれた性感の回路を、自分が育てた物語のように愛おしがった。
「私も、君も、男だ。私はそれを、分かってるつもりだよ」
「じょうじさん、」
「言っただろう。私は君にも、気持ち良くなって欲しい」
胸が、途方もなく切なくなって、それから、燃えるように熱くなった。
自分でもどうしてこんなに胸が震えているのか分からず、けれど前と後ろの性感は強く結びついて、世良を声がきれぎれになるほど喘がせた。
譲司の美しい指。それが、中を丁寧に擦り上げ、奥に留まったり、その先を押し上げたり、入り口を浅く行き来したり、あらゆる仕種で世良を愛撫する。世良は身悶え、先走りを糸にしてこぼした。指が二本に増えると、激しく波打つ性感に追い立てられるように、世良は四肢を強張らせた。
「じょうじさん、ぼく、もう……!」
「うん。私ももう限界だ。君の中に入りたい。……いいか?」
「うんっ、うんっ、はやく……っ」
荒い息を滴らせながらスキンを装着する譲司を見ていると世良もたまらなくなって、すぼまりを陰茎に擦りつけるように腰を揺すった。はやく、あなたをこの中で抱きしめたい。
「うっ、あ、はぁ~……っ、」
ぬるついたスキンの先が縁を上下に撫で、中心でひたりと止まる。遅れてスキンの向こうの肌の温みが訪れて、それに感じ入っているうちに切っ先が中へと沈んでいく。隈なく中を満たしていく熱、それによってもたらされる圧迫感が、世良の息を逸らせた。
譲司はぐーっと腰を進め、中ほどで留まった。譲司を確かめれば、彼は「ふう」と息を吐いて、「すごくいい」と言ってくれた。
「譲司さん、ごめんなさい……。全部は入らなかった……」
「構わないよ」
譲司は「は、は、は」と短い息を繰り返している世良の唇を細かく啄み、「しばらくこうしていよう」と言って眼鏡を取ってくれた。世良は譲司だけが際立ったこの視界を愛おしく思った。
「どうしてだろう」
「ん、なにが……」
「あの頃は、君を窓から見つめるくらいしかできなかったのに、今はこの腕の中にいる。ほんとうに、どうしてだろう。坂を転がるように、目まぐるしく、君たちは私の元に迷い込んで。……なんだか、全て夢なんじゃないかと思う。次に目を覚ましたら、君も直もいなくなっていて、私だけがこの部屋に取り残されているんじゃないかって……」
譲司の纏う漠然とした不安は簡単には拭えず、けれど世良はそれに抗おうとはしなかった。
あなたは、ずっと不安だったんだね。もしかしたら、その不安は、これからもあなたに付きまとうかもしれない。でも僕は、それを悪いことだとは思わない。
不安感の強い自分を責めるより、纏った不安を脱げる場所があることを知ってほしい。その場所が僕の隣なら、僕はすごくうれしい。
「譲司さん。ずっとずっと頑張ってたんだね。でももう、たった一人で頑張らなきゃなんて、思わないで」
「……」
「あの温かい雨の降った日、僕と直を呼んでくれて、ありがとう。……僕にも聴こえたよ。傍に来てって。おしゃべりしようって。あなたのピアノは、あなたの唇よりも、雄弁だから」
世良は、「はあ……」と吐息を漏らし、腰をゆっくりと動かした。互いの温みが移った場所が擦れて、脳裏にパチパチと星が瞬く。
「僕、あっという間に、貴方に夢中になった。もう恋愛はいいって思ってたのに、あなたはすごく魅力的で、僕はそんなあなたにどんどん惹かれて、ケンカしたらもっと好きになっちゃって、思い出が欲しくてあんな嘘を吐いてしまうくらいに焦がれて……。僕、あなたが思っているよりずっと、あなたのことが好きなんだよ」
相手の様子に感覚を澄ませ、互いに互いを高め合う。肌と肌が密着して、あたたかくて愛しくて、中を擦り立てなくても、これだけで十分に気持ち良い。
「譲司さん、あったかいね」
「そうだな」
唇と唇を重ね、労わるようなキスを繰り返す。緩やかな律動は、けれど深く、未知の部分にまで届いて、抜かれる時にはひりつくような性感が前を焼いた。後ろも、前も、心も、気持ち良い。この人がこんなにも近くにいて、同じ気持ちで繋がっていて、これ以上なく気持ち良い。
「譲司さん、すきっ」
迫り来る絶頂に抗いたくて言葉にすれば、譲司は世良の瞳を刺し抜くように見つめ、「もっと言って」と低く囁いた。
「あっ、すきっ、ン、譲司さんがすきっ、あっ、あいしてるっ……!あいしてるっ!」
身も世もなく訴えると、譲司は世良の肩を掴み、腰を小刻みに打ち付けはじめた。「あ、だめ、音、だめぇ」ぶるぶると頭を打ち振り制止を求めても、譲司は腰を打ち付けることを止めなかった。
「私も、君を愛してる。君が思っているよりずっと深く」
「あっ、じょ、じょうじさん、だめ、イく、もう、イっちゃう」
「いいよ。イって」
譲司に許された途端、腹の奥に胸の奥に頭の奥に溜まった性感が爆ぜて、世良の目の前が真っ白になった。前は性感のしぶきを上げ、後ろは譲司をきつく喰い締めた。心身が快楽に浸され、世良は虚ろに震えた。
「うあ、あ、あぁ、あぁ~……っ!」
「ふっ、ふっ、は……!」
ぐっと、世良の肩を掴んでいた譲司の手に力がこもった。世良は譲司の絶頂が近いことを感じ、彼を掻き抱いた。
「っあ……!」
譲司の身体が強張り、世良は動きを止めた。彼の欲望が自分の中へ吐き出されたことを感じ、心が満たされていく。呼吸が落ち着くと、譲司は世良の胸へくったりと頭を預けた。その表情があまりにも幼げで、そして可愛くて、世良は譲司の頭を何度も撫でた。
「かわいい。譲司さんは、いい子だね……」
胸の上で顔を背けた譲司がいじらしく思え、「あなたが好き」「かわいいね」「いい子」と言葉を繰り返し、抱き寄せる。譲司はその言葉たちを否定するように沈黙していたけれど、そのうち、ゆるゆると瞼を下ろした。
「ずっと、私のそばにいて」
そう呟くと、譲司は寝息をこぼし始めた。世良は笑みを深め、譲司の目の下にあるクマを指先でそっと撫でた。
7
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる