悪服す時、義を掲ぐ

羽田トモ

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第一章

第13話 漆黒×管理者

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 突如として現れた漆黒の女性。 

 顔も、背丈も、髪色も、服装も、すべてが純白の管理者と瓜二つ。唯一違うのは、着ている服の色が漆黒ということ。それ以外に違いがないにもかかわらず、受ける印象はまったく異なる。 

 漆黒の女性は、余裕を浮かべるかのように微笑み、纏う雰囲気に妖艶さがあった。 

「さっきの声は、アンタか?」 

 漆黒の女性に目を向け、刺々しい声で尋ねる。  

「ええ、そう。美しい子にとってはとてもつまらない話ではあるのだけれど、どうしてもこの女の話を聞いて欲しいの。ダメかしら?」 

 漆黒の女性は、こちらを見つめながら小首を傾げる。 

 囁くような甘い吐息交じりの声が、彼女の妖女らしさを際立ていた。が――、 

「断る。どうして、俺が話を聞かないといけないんだ」 

 五人が生き返ることはないと、純白の管理者に断言された。 

 希望を抱いたことは、勝手に先走った自分が悪い。未練を断ち切り、改めて罪を背負って歩んでいくと決意を固める。しかし――、 

「そもそも、人間の話は聞かず、自分の話は聞いてくださいってか? ずいぶん、都合の良い神様もいたもんだな。もう一度言うぞ、断る。わかったら、さっさと俺を元の場所に戻せ」 

 決意とは別に、どうしても五人の命をぞんざいに扱った純白の管理者のことを赦すことができない。 

 純白の管理者は、口を固く結び、神妙な面持ちをこちらに向けていた。 

「おい、黙ってないで何か言ったらどうだ!」 

 漆黒の女性が現れてから黙りこくっている純白の管理者に、語気を強めて声を掛ける。すると、純白の管理者は小さな声で話し出す。 

「貴方の怒りは分かります。ですが、どうか、まず私の話を――」 
「ッ! アンタに分かるわけねぇだろ! 人間の真似事だけをしてるアンタに! それとも何か、本当に理解してるって言うのか? なら、言ってみろよッ!」 

 純白の管理者の軽はずみな発言に、頭に血を昇らせる。 

「それは……」 

 純白の管理者は弁明しようとしたが、言葉を紡ぐことが出来ずに黙ってしまう。 

 ただ、縋る様な表情だけは向け続けていた。 

 こんな状況になっても、純白の管理者の瞳には感情や生気が宿っていない。その瞳を目にしていると、次第に人間の猿真似をしているように感じ、怒りが込み上がってくる。 

「ちッ」 

 頭を冷やすために、出口がないか周囲を見回す。しかし、出口と思しきものは見当たらない。 

 頭にという文字が浮かぶ。 

 話を聞きさえすれば、純白の管理者は元の場所に戻すだろう。 

 それが最善の選択だと、頭では理解している。 

 ただ、意地を張っているだけということも。 

 黙って話を聞くだけで、元の場所に戻れる。 

 約束を果たせるのだ。 

 だが、頭が合理的に考えれば考えるほど、心が反発する。 


「ふふ」 


 漆黒の管理者が、突然笑みを零した。 

 目だけを、漆黒の女性に向ける。 

「素敵。本当ならもっと眺めていたいのだけれど、それは楽しみに残しておくわ。だから、こういうのはどうかしら? この女の話を聞いてくれたのなら、美しい子が知りたいことを私が教えるわ」 
「……俺の知りたいこと?」 
「ええ、そう」 

 漆黒の女性の唐突な提案に、気味の悪い猜疑心を抱く。 

(何を考えてる……?) 

 純白の管理者を後押しするような提案。所感だが、漆黒の女性は純白の管理者に対して好感を持っていないように見えた。 

(罠? 本当は裏で繋がってて、そう見えるようにしてた? なら、やっぱり話は聞かない方がいいのか?) 

 話を聞くか、聞かないか、思考が堂々巡りをし出す。そのため、漆黒の女性の思惑や真意を探るために追及する。 

「なんだ? 出口でも教えてくれるのか?」 
「いいえ」 

 間を置いた悠長な話し方をする漆黒の管理者に対し、燻っていた怒りが再燃していく。 

「なら、なんだ?」 

 先を促すが、漆黒の管理者は微笑むだけで何も答えない。 

「おいッ!」 

 とうとう怒りが弾け、大声を上げてしまう。 

「あァ、やっぱり素敵……」 

 漆黒の女性は、大声に動じるどころか、頬を赤らめ、愉悦の表情を浮かべる。 

「ッ!」 

 漆黒の女性の態度に、我慢できず、一歩詰め寄る。 

 すると漆黒の女性は、顔に手を当て、惚けた表情のまま口を開く。 

「ホリィの居場所を教えるわ」 
「……なッ」 

  
 漆黒の女性の予想外の発言に、足を止めてしまう。 

  
 硬直した体とは裏腹に、頭の中で目まぐるしく思考が巡る。 

  
 漆黒の女性は、全てを知っているのか。 

  
 見ていたのか。 

  
 違う。 

  
 全てを見通せるのだ。 

 純白の管理者と瓜二つということは、漆黒の女性も神なのだ。 

 (――……待て、そういえば、なんでコイツ漆黒の管理者から力を感じない……?) 

 純白の管理者は、太陽の如き力を感じ取った。 

 ところが、漆黒の管理者からは何も感じ取れない。 

 その訳は……。 

 とある考えが浮かび、体に寒気が走った。 

  

  

「ふふ……」 
  

  


 漆黒の管理者が、また笑った。 
  
 数秒の空白が流れた後、ある考えに至り、息を呑む。 

  

  

 。 


  


「どうかしら?」 

 漆黒の管理者は、再び尋ねてきた。 

 相手は、神。 

 初めから、選択肢は無かったのだと悟る。 

「話を聞いたら、必ず居場所を教えるって約束しろ」 
「ええ、約束するわ。それと、私はこの女が嫌いよ。だから、繋がってなんかないわ」 
「心を読んでるのを隠す気もないのか……」 

 心を読んだことを、悪びれる様子もなく口にする漆黒の管理者。 

「さっさと話せ」 

 純白の管理者に顔を向けず、話を促す。 

「ありがとうございます。まず、私たちのことを――」 
「どうでもいい。大方、白が人間を、黒が魔族を管理してんだろ?」 
「その通りよ。より正確に言えば、正天と逆天を、だけれど」 
「関係ないことを聞く気はない。本題だけ話せ」 
「分かりました。では――」 

 純白の管理者は、静かに語り始めた。 
  




 ◇◇◇◇◇ 


  


「ってことは、皇女の話はなのか?」 

 純白の管理者の話を聞き終え、最初に出た言葉。 

「そうなります」 

 頭の中に浮かぶ、皇女の顔。 

 何度目か分からない怒りに、体を震わせる。 

「クソがッ」 

 浮かんだ皇女の顔を、悪態と共に吐き捨てる。 

「このままでは、多くの命が死に絶えてしまいます。どうか、お力をお貸しください」 

 胸の前で手を組み、悲痛な面持ちでこちらを見つめてくる純白の管理者。 

「……仮にアンタの言ってる状況になったら、人類が滅んだり、滅ばなくても、今まで通りの生活が出来なくなる可能性はあるのか?」 

 頼み込んでくる純白の管理者には答えず、己の疑問を解消すべく淡々と尋ねる。 

 純白の管理者は一瞬だけ逡巡した表情を浮かべたが、ゆっくりと口を開く。 

「……人類が滅ぶことはありません。ですが、それ以外の多くの種族が命を失います。ですから――」 
「なら、俺には関係ない」 

 深く、冷たい声で言い放つ。 

「待ってください!」 

 純白の管理者が、咄嗟に声を張り上げた。だが、純白の管理者を相手にはせず、漆黒の管理者に話かける。 

「約束通り、話を全部聞いたぞ。居場所を教えろ」 
「ええ」 

 話し掛けられた漆黒の管理者も十分だと判断したのか、何も言わずに了承した。 

 漆黒の管理者が口を開くと、純白の管理者は表情を歪めながらも口を閉じる。 

(逆らえないのか?) 

 思い返してみれば、漆黒の管理者が姿を見せた時のそうだった。漆黒の管理者が話している時もそう、決して純白の管理者は口を挟まずにいた。 

(神にも、上下関係があんのか?) 

「下を見て」 

 両者の関係性について思いを巡らせていると、漆黒の管理者が足元の青い星を指差す。関係性なのどうでもいいと思考を中断し、促されるまま下を向く。 

「下に見えている大陸は、レオガルドよ。そして――」 

 漆黒の管理者が、指を小さく振る。すると、都市や街道などが見れるほどに拡大した。その後、南西部沿岸から大陸東にある都市を結ぶ、蛇行する一本の白線が記される。 

「この道を辿って行けば、ホリィに会えるわ」 
「辿る? なんで、辿るんだ? 居場所が分かってるなら、真っ直ぐ向かえばいいだろ?」 
「そう思うなら、そうすればいいわ」 
「ふざけるな! 話は全部聞いただろ。はぐらかさずに、ちゃんと説明しろ!」 

 睨みつけながら怒鳴るが、漆黒の管理者は微笑むだけ。それどころか、こちらが感情的になればなるほど、漆黒の管理者は頬を赤らめていった。 

(落ち着け、落ち着け……) 

 拳を握りしめる。目を閉じ、鼻から息を吸って、脳を冷やす。 

「本当に、道を辿れば会えるんだな?」 
「ええ」 

 信用していい相手だとは思っていない。ただ、情報が無い現状、漆黒の管理者を信用する他ないのだ。 

 色々と思うところはあるが、それらを一緒くたに飲み込む。 

 全ては、約束を果たすために。 

「ん?」 

 タイミングを見計らったかのように、鮮明だった意識がぼやけ出す。 

「お別れの時間ね」 

 漆黒の管理者が、静かに告げる。 

「……」 

 薄れゆく意識の中、純白の管理者と漆黒の管理者を見つめる。 

 純白と漆黒も、こちらを見つめていた。 

 純白の管理者は頭を下げ、漆黒の管理者は小さく手を振ってくる。 

 意識が途絶えた。 


  

  
 ◇◇◇◇◇ 
  

  


「あの方で、何をするつもりですか?」 

 純白の管理者が、漆黒の管理者に問い質す。 

「人聞きの悪い事を言わないで欲しいわ。それに、それを言うならアナタの方でしょ?」 

 漆黒の管理者は、純白の管理者に体すら向けずに答える。 

「私は、そんなことは……」 

 言い淀む、純白の管理者。 

「本当につまらない女」 

 先ほどまでの楽しげな雰囲気が嘘のように、冷淡な雰囲気を漂わせる漆黒の管理者。 

「まぁ、アナタがどう思おうが、掟は掟よ」 

 漆黒の管理者は、静かに歩み出す。 

「アナタは、正天の者達の願い聞き届けた。なら今度は、逆天の者達の願いを聞き届けなければならない」 

 足場のない空の上を、漆黒の管理者は足音も鳴らさずに歩く。 

「それは、貴方が魔族を放置していたから……」 
「わたしのせいにしないで欲しいわ。それにどうであれ、アナタが介入した事実は変わらない」 

 遠ざかっていく漆黒の管理者の背中を、食い入るように見つめる純白の管理者。だが、言い返すことができないのか、純白の管理者の表情は徐々に険しいものに変わっていく。 

「逆天の者たちの願い。それがなんなのか、分かってるわよね?」 

 純白の管理者が言葉を返さずとも、漆黒の管理者は一人で淡々と喋り続ける。 

 まるで、見たくない現実を突きつけるように。 

「魔族が望むこと、それは人類への復讐」 

 漆黒の管理者が、歩を止める。 

 そして、ゆっくりと振り返った。 

「――ッ」 

 純白の管理者は、思わず目を見開く。 




  
 ――漆黒の管理者が、微笑んでいるのだ。 




  
 自分といる時には、決して笑う事のない漆黒の管理者が。 

 純白の管理者の胸中に、急速に不安が膨れ上がっていく。 

「ねぇ、人間の最も優れているものは何だと思う?」 

 突然の問いかけに、純白の管理者は訝しげな眼差しを漆黒の管理者に向ける。 

「本当につまらない女ね。だから、アナタと話すのは嫌なのよ」 

 言葉とは裏腹に、漆黒の管理者はどこか楽しげだった。 

「人間の最も優れているところ、それは弱さ。人間は、弱いから考え生み出し、弱いから学び蓄え、弱いから群がり紛らわす。ねぇ? そんな弱い人間が、人間の姿をした人ならざる存在を知ったらどうすると思う?」 
「――ッ!? まさか……」 

 漆黒の管理者は、頬を染め、己の体を抱きしめる。 

「人間は必ず、美しい子を拒絶する。美しい子が何を語ろうが、たとえ、何もせずとも人間は大義名分を掲げ、正義の旗のもとに美しい子を殺そうとする。美しい子は、大切なものを守るために火の粉を払うわ。一体、どれ程の人間が死ぬのかしら? どれだけの恨みを買うの? どんな顔を、感情を私に見せてくれるの?」 

 漆黒の管理者は、身悶えし、熱い喘ぎ声を漏らす。 
  
「あぁ……、この世で最も美しい子。願わくば、千年前を越える絶望を見せて欲しいわ……」
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