遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜

小田恒子

文字の大きさ
5 / 15
第一章

しおりを挟む
 高校時代、私は彼のことが好きだった。
 こんな女たらしだと知っても、好きだという気持ちは止められなかった。

 彼の見た目は、芸能人と比較しても見劣りがしないくらい整っている。そんな見た目に惚れる女子生徒も多数いたけれど、私は見た目だけで彼のことを好きになったわけではない。
 彼は、学生時代、勉強しか取り柄がなくてクラスで浮いていた私の心を救ってくれた恩人なのだ。

 今でこそ化粧をきちんとして身なりや髪型もそれなりに整えているけれど、学生時代の私は度の強いメガネにおかっぱ頭、見た目が強烈な優等生だった。

 クラスで陰口を叩かれていたことも知っている。
 でも、学力だけはだれにも負けなかった。

 中間、期末考査では、決まって上位の成績に食い込むだけの学力を自負していたし、私の陰口を叩く連中なんて眼中にもなかったし、勉強を頑張っていい大学に進学すれば、そんな人たちとは縁が切れる。そう思って頑張っていた。

 そんなある日のことだった。
 私は先生に頼まれていた用事を済ませ、教室に戻ってきた。教室に入る手前で、教室内に人の気配を感じた。
 どうやら男子生徒数人が居残りで、雑談をしているようだった。教室の引き戸に手をかけようとしたその時、聞こえてきた声に私は手を止めた。

「やっぱ、このクラスの女子ってレベル高いよな、あのおかっぱメガネ以外」

「ああ、それな! おかっぱメガネ、あいつ勉強ばっかりで化け物みたいな成績だけど、だれか喋ったことある?」

「いや、あいつ、明らかに俺たちのこと馬鹿にしてるだろう? あのごっついメガネ、あんなの今どき見ないよな」

「言えるー! せめてレンズを薄くするとか、髪の毛もぱっつんやめたらイメージ変わるんじゃね? あれは男にモテないぞ」

 どうやら私の成績が気に入らない男子たちが、こぞって私の悪口を言い合っているようだ。

 容姿については今に始まったことではない。
 私が好んでこのメガネと髪型にしていると言ったとして、だれが信じてくれるだろう。
 メガネをかけることで、煩わしい人間関係が回避できるし、髪型ひとつでこうやって蔑まれ、だれからも相手されることもない。
 これらは全て、中学時代に友達の恋愛の揉めごとに巻き込まれて以来、身に付けた処世術だった。

 ガリ勉になれば、みんな近寄りがたく思ってくれる。加えて強烈な見た目をしていれば、変な意味で目立つかもしれないけれど、恋愛ごとに巻き込まれることはない。

 自ら狙って起こした行動だけに、そう言われていることも知っていたけれど、やっぱりこうして実際に耳で聞くと、しんどいな……
 私は足音を立てないよう、この場を立ち去ろうとしたその時だった。

「そうか? あれだけ勉強して成績上位をキープするなんて、並大抵の努力ではできないことだと思うけどな」

 そのひと言で、教室内での喧騒が止んだ。

「まあ、見た目については本人の意思もあるから、俺らが何か言う筋合いはないけどさ。あのルックスや成績で、俺ら、何か迷惑被っているわけでもないだろう?」

 彼の言葉に、数人が反論するけれど、それをピシャリと論破する。

「我が道を突っ走るのって、カッコ良くね? 俺は尊敬に値すると思うぞ」

 彼こそが、一ノ瀬玲央だったのだ。

「……そこで聞いているんだろう? 入って来いよ、瀬川せがわ真冬」

 玲央の声に、教室内から「やべえ」「どうしよう」などという保身に走る声が聞こえる。

 私は玲央の声に従って、教室に入る勇気が持てなかった。たまたま隣のクラスの引き戸が開いていたので、私は足音を立てないよう後ずさると、隣のクラスの引き戸の裏へと隠れた。
 なかなか教室に入ってこない私に業を煮やしたのか、教室の引き戸が勢いよくガラガラと音を立て開く音が聞こえた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

残業帰りのカフェで──止まった恋と、動き出した身体と心

yukataka
恋愛
終電に追われる夜、いつものカフェで彼と目が合った。 止まっていた何かが、また動き始める予感がした。 これは、34歳の広告代理店勤務の女性・高梨亜季が、残業帰りに立ち寄ったカフェで常連客の佐久間悠斗と出会い、止まっていた恋心が再び動き出す物語です。 仕事に追われる日々の中で忘れかけていた「誰かを想う気持ち」。後輩からの好意に揺れながらも、悠斗との距離が少しずつ縮まっていく。雨の夜、二人は心と体で確かめ合い、やがて訪れる別れの選択。 仕事と恋愛の狭間で揺れながらも、自分の幸せを選び取る勇気を持つまでの、大人の純愛を描きます。

天才棋士からの渾身の溺愛一手

鳴宮鶉子
恋愛
天才棋士からの渾身の溺愛一手

冷たい彼と熱い私のルーティーン

希花 紀歩
恋愛
✨2021 集英社文庫 ナツイチ小説大賞 恋愛短編部門 最終候補選出作品✨ 冷たくて苦手なあの人と、毎日手を繋ぐことに・・・!? ツンデレなオフィスラブ💕 🌸春野 颯晴(はるの そうせい) 27歳 管理部IT課 冷たい男 ❄️柊 羽雪 (ひいらぎ はゆき) 26歳 営業企画部広報課 熱い女

君色ロマンス~副社長の甘い恋の罠~

松本ユミ
恋愛
デザイン事務所で働く伊藤香澄は、ひょんなことから副社長の身の回りの世話をするように頼まれて……。 「君に好意を寄せているから付き合いたいってこと」 副社長の低く甘い声が私の鼓膜を震わせ、封じ込めたはずのあなたへの想いがあふれ出す。 真面目OLの恋の行方は?

【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ

月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。 泣くのも違う。怒るのも違う。 ただ静かに消えよう。 そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。 画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。 相手に気付かれた? 見られた? 「未練ある」って思われる!? 恐怖でブロックボタンを連打した夜。 カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。

crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

私の婚活事情〜副社長の策に嵌まるまで〜

みかん桜
恋愛
身長172センチ。 高身長であること以外ごく普通のアラサーOL、佐伯花音。 婚活アプリに登録し、積極的に動いているのに中々上手く行かない。 「名前からしてもっと可愛らしい人かと……」ってどういうこと? そんな男、こっちから願い下げ! ——でもだからって、イケメンで仕事もできる副社長……こんなハイスペ男子も求めてないっ! って思ってたんだけどな。気が付いた時には既に副社長の手の内にいた。

処理中です...