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第一章
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高校時代、私は彼のことが好きだった。
こんな女たらしだと知っても、好きだという気持ちは止められなかった。
彼の見た目は、芸能人と比較しても見劣りがしないくらい整っている。そんな見た目に惚れる女子生徒も多数いたけれど、私は見た目だけで彼のことを好きになったわけではない。
彼は、学生時代、勉強しか取り柄がなくてクラスで浮いていた私の心を救ってくれた恩人なのだ。
今でこそ化粧をきちんとして身なりや髪型もそれなりに整えているけれど、学生時代の私は度の強いメガネにおかっぱ頭、見た目が強烈な優等生だった。
クラスで陰口を叩かれていたことも知っている。
でも、学力だけはだれにも負けなかった。
中間、期末考査では、決まって上位の成績に食い込むだけの学力を自負していたし、私の陰口を叩く連中なんて眼中にもなかったし、勉強を頑張っていい大学に進学すれば、そんな人たちとは縁が切れる。そう思って頑張っていた。
そんなある日のことだった。
私は先生に頼まれていた用事を済ませ、教室に戻ってきた。教室に入る手前で、教室内に人の気配を感じた。
どうやら男子生徒数人が居残りで、雑談をしているようだった。教室の引き戸に手をかけようとしたその時、聞こえてきた声に私は手を止めた。
「やっぱ、このクラスの女子ってレベル高いよな、あのおかっぱメガネ以外」
「ああ、それな! おかっぱメガネ、あいつ勉強ばっかりで化け物みたいな成績だけど、だれか喋ったことある?」
「いや、あいつ、明らかに俺たちのこと馬鹿にしてるだろう? あのごっついメガネ、あんなの今どき見ないよな」
「言えるー! せめてレンズを薄くするとか、髪の毛もぱっつんやめたらイメージ変わるんじゃね? あれは男にモテないぞ」
どうやら私の成績が気に入らない男子たちが、こぞって私の悪口を言い合っているようだ。
容姿については今に始まったことではない。
私が好んでこのメガネと髪型にしていると言ったとして、だれが信じてくれるだろう。
メガネをかけることで、煩わしい人間関係が回避できるし、髪型ひとつでこうやって蔑まれ、だれからも相手されることもない。
これらは全て、中学時代に友達の恋愛の揉めごとに巻き込まれて以来、身に付けた処世術だった。
ガリ勉になれば、みんな近寄りがたく思ってくれる。加えて強烈な見た目をしていれば、変な意味で目立つかもしれないけれど、恋愛ごとに巻き込まれることはない。
自ら狙って起こした行動だけに、そう言われていることも知っていたけれど、やっぱりこうして実際に耳で聞くと、しんどいな……
私は足音を立てないよう、この場を立ち去ろうとしたその時だった。
「そうか? あれだけ勉強して成績上位をキープするなんて、並大抵の努力ではできないことだと思うけどな」
そのひと言で、教室内での喧騒が止んだ。
「まあ、見た目については本人の意思もあるから、俺らが何か言う筋合いはないけどさ。あのルックスや成績で、俺ら、何か迷惑被っているわけでもないだろう?」
彼の言葉に、数人が反論するけれど、それをピシャリと論破する。
「我が道を突っ走るのって、カッコ良くね? 俺は尊敬に値すると思うぞ」
彼こそが、一ノ瀬玲央だったのだ。
「……そこで聞いているんだろう? 入って来いよ、瀬川真冬」
玲央の声に、教室内から「やべえ」「どうしよう」などという保身に走る声が聞こえる。
私は玲央の声に従って、教室に入る勇気が持てなかった。たまたま隣のクラスの引き戸が開いていたので、私は足音を立てないよう後ずさると、隣のクラスの引き戸の裏へと隠れた。
なかなか教室に入ってこない私に業を煮やしたのか、教室の引き戸が勢いよくガラガラと音を立て開く音が聞こえた。
こんな女たらしだと知っても、好きだという気持ちは止められなかった。
彼の見た目は、芸能人と比較しても見劣りがしないくらい整っている。そんな見た目に惚れる女子生徒も多数いたけれど、私は見た目だけで彼のことを好きになったわけではない。
彼は、学生時代、勉強しか取り柄がなくてクラスで浮いていた私の心を救ってくれた恩人なのだ。
今でこそ化粧をきちんとして身なりや髪型もそれなりに整えているけれど、学生時代の私は度の強いメガネにおかっぱ頭、見た目が強烈な優等生だった。
クラスで陰口を叩かれていたことも知っている。
でも、学力だけはだれにも負けなかった。
中間、期末考査では、決まって上位の成績に食い込むだけの学力を自負していたし、私の陰口を叩く連中なんて眼中にもなかったし、勉強を頑張っていい大学に進学すれば、そんな人たちとは縁が切れる。そう思って頑張っていた。
そんなある日のことだった。
私は先生に頼まれていた用事を済ませ、教室に戻ってきた。教室に入る手前で、教室内に人の気配を感じた。
どうやら男子生徒数人が居残りで、雑談をしているようだった。教室の引き戸に手をかけようとしたその時、聞こえてきた声に私は手を止めた。
「やっぱ、このクラスの女子ってレベル高いよな、あのおかっぱメガネ以外」
「ああ、それな! おかっぱメガネ、あいつ勉強ばっかりで化け物みたいな成績だけど、だれか喋ったことある?」
「いや、あいつ、明らかに俺たちのこと馬鹿にしてるだろう? あのごっついメガネ、あんなの今どき見ないよな」
「言えるー! せめてレンズを薄くするとか、髪の毛もぱっつんやめたらイメージ変わるんじゃね? あれは男にモテないぞ」
どうやら私の成績が気に入らない男子たちが、こぞって私の悪口を言い合っているようだ。
容姿については今に始まったことではない。
私が好んでこのメガネと髪型にしていると言ったとして、だれが信じてくれるだろう。
メガネをかけることで、煩わしい人間関係が回避できるし、髪型ひとつでこうやって蔑まれ、だれからも相手されることもない。
これらは全て、中学時代に友達の恋愛の揉めごとに巻き込まれて以来、身に付けた処世術だった。
ガリ勉になれば、みんな近寄りがたく思ってくれる。加えて強烈な見た目をしていれば、変な意味で目立つかもしれないけれど、恋愛ごとに巻き込まれることはない。
自ら狙って起こした行動だけに、そう言われていることも知っていたけれど、やっぱりこうして実際に耳で聞くと、しんどいな……
私は足音を立てないよう、この場を立ち去ろうとしたその時だった。
「そうか? あれだけ勉強して成績上位をキープするなんて、並大抵の努力ではできないことだと思うけどな」
そのひと言で、教室内での喧騒が止んだ。
「まあ、見た目については本人の意思もあるから、俺らが何か言う筋合いはないけどさ。あのルックスや成績で、俺ら、何か迷惑被っているわけでもないだろう?」
彼の言葉に、数人が反論するけれど、それをピシャリと論破する。
「我が道を突っ走るのって、カッコ良くね? 俺は尊敬に値すると思うぞ」
彼こそが、一ノ瀬玲央だったのだ。
「……そこで聞いているんだろう? 入って来いよ、瀬川真冬」
玲央の声に、教室内から「やべえ」「どうしよう」などという保身に走る声が聞こえる。
私は玲央の声に従って、教室に入る勇気が持てなかった。たまたま隣のクラスの引き戸が開いていたので、私は足音を立てないよう後ずさると、隣のクラスの引き戸の裏へと隠れた。
なかなか教室に入ってこない私に業を煮やしたのか、教室の引き戸が勢いよくガラガラと音を立て開く音が聞こえた。
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