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VERDEに込めた想い 2
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「……VERDEは、イタリア語で、『緑』を意味する単語なんだ。スイの名前だよ」
ボソボソと呟く幸成の顔が、徐々に赤らんでいく。
翠はその言葉にびっくりして、手に持っていたフォークをダイニングテーブルの上に取り落としてしまった。金属音が部屋に響き、私は慌ててフォークをケーキの横に並べて置き直すと居住いを正し、幸成の話の続きを待つ。
「『翠』って漢字、意味知ってる?」
幸成の言葉に、翠は首を縦に振った。
小学生の頃、自分の名前の由来を調べる宿題があり、両親に聞いたことがある。読んで字のごとく、本当なら私の名前は『スイ』と名づけられるはずだったのが、将来結婚する相手の苗字との響きが合わなかったらと心配した母が、届を出す直前に『みどり』に変えたと言っていた。
漢字自体は両親も気に入っていたため、これだけは譲れなかったとのことだった。
漢字の意味を聞いたら、カワセミという鳥を指す字だと言う。
それを聞いて、翠は自分の部屋で辞書を広げた。翠という漢字は、カワセミのメスを意味するのだという。そして宝石の翡翠の『翡』は、カワセミのオスを意味する。翡翠という言葉は、カワセミの番を指すのだそうだ。
幸成の問いに、自分の名前のことを思い出した翠の脳裏に、この建物の外観がふと浮かんだ。
翠が初めてここに来た時、翡翠みたいな色だと思った。それに、店内のカワセミの絵画も、NYAINのアイコンも、もしかして……
「……ずっと、店を構えるなら、店の名前はこれにしようって決めてたんだ。表向きは、都会のオアシスを目指したいって話をしてるけど……もしかして、引いた?」
ボソボソと、ようやく聞き取れるくらいの声で幸成が翠に説明をする。翠はそんな幸成が愛おしく思えた。こんなにも大きな愛に包まれて、明日、目覚めたら全てが夢だっただなんてことはないかと立ち上がった。
下腹部、下半身の違和感はそう簡単に治まるものではない。この幸せな痛みも、これが現実であることを翠に伝えている。翠はテーブルに手を突きながら幸成のそばへと歩み寄ると、座っている幸成を抱き締めた。
「引くわけないよ。幸成……ありがとう」
幸せに浸っている翠とは対照的に、幸成はまだなにか引っかかっているようだ。
「あのな……非常に言いにくいことなんだけど、翠、俺な、さっき、翠に内緒で翠の上司に言ったことがあって……」
幸成の言葉に、翠は抱擁の手を解いた。幸成の隣の席の椅子に座り、話の続きを促した。相変わらず幸成の口調は重い。
「すごい勝手なことを言った自覚はある。でも、言わずにはいられなくて……今日のアイツが会社に在籍している以上、安心して翠を会社勤めさせられないし、翠の意思を確認せずに思わず言ってしまったんだ」
翠は幸成の表情を見てなんとなく、なにを言ったのかは察したけれど、きちんと本人の口から聞きたかった。
「会社側が、今回の件をきちんと処理しないなら、こっちも法的に訴える構えだって、つい……もしこれで、会社に居づらくなったらいつでも仕事辞めてもいいぞ。翠を腹いっぱい食わせるくらいの甲斐性はあるつもりだから」
さっきも会社の人に勢いで『婚約者だ』と言った手前もあるしな、と、ボソボソと呟きながらも、幸成の表情はいつになく真剣だった。
「ま、きちんとしたプロポーズはまた改めてするから、先にプロポーズの予約しとくわ。これから、卒業してから十年分の恋愛を楽しもうな」
先のことはまだ分からない。けれど、頼もしい幸成と一緒にこれからの人生、酸いも甘いも噛み分けるのも悪くないかも……
翠は笑顔で頷いた。
【終】
ボソボソと呟く幸成の顔が、徐々に赤らんでいく。
翠はその言葉にびっくりして、手に持っていたフォークをダイニングテーブルの上に取り落としてしまった。金属音が部屋に響き、私は慌ててフォークをケーキの横に並べて置き直すと居住いを正し、幸成の話の続きを待つ。
「『翠』って漢字、意味知ってる?」
幸成の言葉に、翠は首を縦に振った。
小学生の頃、自分の名前の由来を調べる宿題があり、両親に聞いたことがある。読んで字のごとく、本当なら私の名前は『スイ』と名づけられるはずだったのが、将来結婚する相手の苗字との響きが合わなかったらと心配した母が、届を出す直前に『みどり』に変えたと言っていた。
漢字自体は両親も気に入っていたため、これだけは譲れなかったとのことだった。
漢字の意味を聞いたら、カワセミという鳥を指す字だと言う。
それを聞いて、翠は自分の部屋で辞書を広げた。翠という漢字は、カワセミのメスを意味するのだという。そして宝石の翡翠の『翡』は、カワセミのオスを意味する。翡翠という言葉は、カワセミの番を指すのだそうだ。
幸成の問いに、自分の名前のことを思い出した翠の脳裏に、この建物の外観がふと浮かんだ。
翠が初めてここに来た時、翡翠みたいな色だと思った。それに、店内のカワセミの絵画も、NYAINのアイコンも、もしかして……
「……ずっと、店を構えるなら、店の名前はこれにしようって決めてたんだ。表向きは、都会のオアシスを目指したいって話をしてるけど……もしかして、引いた?」
ボソボソと、ようやく聞き取れるくらいの声で幸成が翠に説明をする。翠はそんな幸成が愛おしく思えた。こんなにも大きな愛に包まれて、明日、目覚めたら全てが夢だっただなんてことはないかと立ち上がった。
下腹部、下半身の違和感はそう簡単に治まるものではない。この幸せな痛みも、これが現実であることを翠に伝えている。翠はテーブルに手を突きながら幸成のそばへと歩み寄ると、座っている幸成を抱き締めた。
「引くわけないよ。幸成……ありがとう」
幸せに浸っている翠とは対照的に、幸成はまだなにか引っかかっているようだ。
「あのな……非常に言いにくいことなんだけど、翠、俺な、さっき、翠に内緒で翠の上司に言ったことがあって……」
幸成の言葉に、翠は抱擁の手を解いた。幸成の隣の席の椅子に座り、話の続きを促した。相変わらず幸成の口調は重い。
「すごい勝手なことを言った自覚はある。でも、言わずにはいられなくて……今日のアイツが会社に在籍している以上、安心して翠を会社勤めさせられないし、翠の意思を確認せずに思わず言ってしまったんだ」
翠は幸成の表情を見てなんとなく、なにを言ったのかは察したけれど、きちんと本人の口から聞きたかった。
「会社側が、今回の件をきちんと処理しないなら、こっちも法的に訴える構えだって、つい……もしこれで、会社に居づらくなったらいつでも仕事辞めてもいいぞ。翠を腹いっぱい食わせるくらいの甲斐性はあるつもりだから」
さっきも会社の人に勢いで『婚約者だ』と言った手前もあるしな、と、ボソボソと呟きながらも、幸成の表情はいつになく真剣だった。
「ま、きちんとしたプロポーズはまた改めてするから、先にプロポーズの予約しとくわ。これから、卒業してから十年分の恋愛を楽しもうな」
先のことはまだ分からない。けれど、頼もしい幸成と一緒にこれからの人生、酸いも甘いも噛み分けるのも悪くないかも……
翠は笑顔で頷いた。
【終】
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