仮面夫婦のはずが、エリート専務に子どもごと溺愛されています

小田恒子

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史那編

入学祝い 1

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 理玖の姿を確認すると、私は玄関へと走った。
 スリッパの足音がいつも以上に響き渡るから、きっと私の足音はドア越しでも聞こえているだろう。
 ドアの鍵を開錠しドアを開けると、先ほどモニターで確認した筈の理玖がいない。

「理玖?」

 私はドアノブを掴んだまま理玖の名前を呼ぶ。

「不用心にドアを開けるな。ドアチェーン掛けて開けろよ」

 ドアの影に隠れていた理玖が姿を見せた。

「今日、叔母さんや果穂もいなくて史那一人だけなんだろう? 防犯意識低すぎるぞ」

 理玖の言葉に言い返すことができなくて、ドアノブを握った手を離さない私に向かって、理玖は頭の上に自分の手を乗せた。

「それくらい、意識しろって話。モニターでも確認した上で俺だから出たんだって分かってるけど。叔母さんが不在の時なんて特に、用心しろ。ドアチェーンを掛けたままでドアを開けろよ」

 理玖の言葉に悪意がないことは分かっている。私を心配した上での発言なのも分かっている。
 でも、やっぱり頭ごなしにいきなり言われるとさすがに傷つく。

「ごめんなさい……」

 私はドアノブを手に俯いたまま謝った。
 このマンションはセキュリティ対策が万全だ。オートロックのエントランスにコンシェルジュサービス、二重のチェック機能が働いているだけに、なにも考えずにドアを開けていたことは否定しない。
 これがセキュリティ対策のない物件だったりしたら、理玖の言う通りにしなきゃ大変なことになる。

「いや……キツく言い過ぎたな。俺こそごめん。上がってもいいか?」

 理玖の口調がそれまでと違って急にしおらしくなった。
 不思議に思って顔をあげると、理玖の顔はどことなしかほんのりと赤い。しかも視線を合わせてくれない。どうしたんだろう。

「うん、どうぞ」

 私は理玖を家の中に招き入れた。
 理玖が玄関の中に入ったので、私はドアを閉めた。

 理玖用のスリッパを出すと、理玖はそれを履き、迷うことなくリビングへと向かった。
 良かった、変に気を回すことなかったんだ。私は理玖の後に続いてリビングへと向かう。

 理玖がいつも座るソファーに腰を下ろしたので、私はキッチンへと向かい、グラスに炭酸ジュースをグラスに注いだ。理玖がお気に入りのジュースがいつも冷蔵庫の中に常備されている。これは母がいつでも理玖がうちへ来た時に出せるように用意している。理玖は昔からこのジュースが大好きで、うちに来ると必ずこれを飲んでいる。
 ペットボトルそのままで出してもいいけれど、なんだかそれは雑な気がして私はいつもグラスにジュースを注いで出していた。

「サンキュ、わざわざグラスに注がなくていいよ。後で洗ったり手間がかかるだろう」

 お盆にジュースの入ったグラスとアイスミルクティーの入ったグラス、チョコレートのお菓子を載せてリビングに運ぶと理玖が口を開いた。
 理玖はソファーで父が置きっぱなしにしていた経済紙を見ていた。

「それは気にしないで。私もグラスだし。そう言えば生徒会の副会長になったんだって? 新学期に入る前で忙しいんじゃないの?」

 三学期の生徒会役員改選で、理玖は昨年に引き続き生徒会役員を引き受けるのはなんとなく分かっていたけれど、副会長になるとは思ってもみなかった。でも来年三年になる時は生徒会長を引き受ける流れだろう。成績優秀でルックスもいい理玖のことだから上手く周りに乗せられたのと、大学進学への内申点稼ぎも頭の中で計算済みに違いない。

 私の言葉に理玖は満更でもない表情を浮かべている。

「忙しいのは会長だ、新入生歓迎の挨拶があるからな。俺たち執行部は皆で段取りをするだけだから特に忙しくはないよ。それはそうと史那こそ新入生代表挨拶するんだってな、叔父さんが父さんに嬉しそうに話していたって」

 私が差し出したグラスのジュースに早速口をつけながら理玖は返事をする。
 私はお盆をテーブルの下に置くと、理玖の正面に座った。

「うん、まさかの代表挨拶だって。なんだかまた悪目立ちしそうで嫌なんだけどなあ……」

 私はチョコレートを一つ摘まむと口に放り込む。
 ホワイトチョコレートの優しい味が口の中一杯に広がった。
 最近の理玖は、まるでチョコレートみたいだ。以前は私に対する態度がビターチョコレートのように苦くて敬遠していたけれど、最近はなんだか甘くなってきた気がする。

「史那は身長が高いし姿勢がいいから、真っ直ぐ背筋を伸ばしていろよ。大丈夫、きっと上手くいく」

 理玖の口からまさかのお世辞が聞けるとは思ってもみなかった。
 私は驚きの余りなにも言えず理玖を見つめたままだ。
 私の反応に、再び理玖が顔を赤らめた。そう、最近はこのような表情を見ることが増えた。以前はこんなことなかったのに、一体理玖はどうしたのだろう。

「そんなにジロジロ見るなよ、照れるじゃないか。あ、そうだ。今日は入学祝いを持って来たんだった」

 強引に話題を変えるものの、まだ理玖の顔は赤いままだ。
 理玖は赤面したままで傍らに置いていた紙袋を私に差し出した。

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