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1巻
1-3
『だから、新しい出会いを求める私に付き合って、愛美も新しい出会いを見つけよう、ね。決まり! ということでよろしくね』
結局小春の一方的な押しに圧倒され、言い返す間もなく通話が終わった。
スマホの画面が暗くなり、私はスマホを机の上に置いた。同世代の人たちと集まることに緊張するけれど、知り合いを増やす機会になればいいだろう。あまり気が進まないけれど、そんなことを言っていたら、いつまで経っても彼氏なんてできる気がしない。小春が言うように、学生時代ならまだしも、大人になってから同世代の人と接する機会がなくなり、職場の人と接するだけで自分の世界が狭まった感は否めない。
せっかくのお誘いだ、もしかしたら本当に素敵な人との出会いがあるかもしれない。
私は立ち上がるとクローゼットを開けて、月末の異業種交流会に着ていく服を選び始めた。
数日後、小春から月末の異業種交流会の時間と場所を知らせるメッセージを受信した。
場所は、駅の近くにあるダイニングバー『彩』。ここは創作料理が美味しいと評判のお店だった。ランチタイムも営業をしており、特に限定メニューのオムライスが有名らしい。
私は昔からお酒を美味しいと思えないため、この日も飲酒するつもりはなく、お店まで車で向かうことにした。
そして迎えた当日、日中のうちに実家へ顔を出した。帰省のたびに、母がおかずを持たせてくれるので、タッパーウェアを洗って返すと、母がまた作り置きのおかずを持たせてくれる。実家を出て一人暮らしを始めて、母のありがたみが身に沁みる。
いつもなら土曜日は実家にお泊まりして翌日帰宅するけれど、今日は用事があるからと、夕方には実家を後にした。
一度アパートに戻っておかずを冷蔵庫に入れると、着替えを済ませて、ダイニングバーへと向かった。
お店に到着したのは、十八時五十分。予約時間の十分前だ。
駐車場に車を停めると、車内で小春にメッセージを送信する。
『お店の前に到着したよ』
メッセージを送信と同時に既読マークがついたので驚いていると、ちょっとしてメッセージを受信した。
『お店の中にいるからね』
小春はもう到着しているようだ。私は車から降りると、車に鍵をかけてお店に向かった。
彩は、雑居ビルの二階にある。階段を上り店のドアを開けると、店員さんが「いらっしゃいませ」と声をあげる。
私は今日、団体の予約が入っていると思うんですがと声をかけると、奥の席へと案内された。そこはボックス席になっており、背の高い観葉植物がカウンター席からの視線を遮ってくれている。
「こんばんは……」
声をかけて顔を覗かせると、小春と他に数名がすでに着席していた。
「愛美! 待ってたよ」
小春の声に安堵していると、小春が自分の隣に座るように促してくれたので、私はそれに従った。
とりあえず、小春以外のメンバーははじめましての人ばかりなので、今日はよろしくお願いしますと声をかけて席に着く。
「自己紹介はみんなが揃ってからするんだけど、残念ながら予定していたメンバーのドタキャンがあってね、今日は六人だけになったの」
そう言われて見渡すと、私を除き、現在四人が席に着いている。ということは、あと一人……
小春の奥側に座っている女性は、目の前に座る男性と話をしている。どうやら二人は顔見知りのようだから、小春と同じ病院に勤務している人だろう。小春の目の前に座る男性は、医療従事者ではないのか無言のままだ。最後の一人も、この並びだと男の人だろう。
一番奥に座る男性が、胸ポケットの中からスマホを取り出した。どうやら最後に一人から連絡があったのだろう。画面をタッチして操作をしている。その画面に目を通し、メッセージを確認すると再びスマホを胸ポケットへとしまった。
「最後の一人も、もう着くってさ」
その男性の声に、小春の左側に座る女性が声をあげる。
「じゃあ、そろそろ始める?」
メニュー表を手に取ると、一部を男性側に、もう一部を小春に手渡した。このお店に来るのは初めてで、何がおすすめなのかわからない私は小春におすすめのメニューを聞いた。
「私、ここに来るの初めてなんだ。何がおすすめ?」
私の言葉に、奥に座る女性が答えてくれる。
「ここのメニュー、全部おすすめだよ。このお店、藤本先生の知り合いが厨房にいるんですって」
彼女の声に、一番奥に座る男性が口を開いた。恐らくこの人が藤本先生と呼ばれる人だろう。
「知り合いって言うか、中学時代の同級生だな」
「ここ、なかなか団体席って空けてくれないのに、翔太のおかげだな」
小春の前に座る男性が口を開く。下の名前で呼んでいるので、どうやら藤本さんの友人のようだ。
「ここだけの話だけど、灯里が言うには、ここのオーナーが単に酔っ払いの団体が嫌いなだけらしいぞ」
「灯里さんの料理、本当に美味しいですよね。今度ランチの時間帯に、オムライス食べに来なくちゃ! あれって平日だけの数量限定メニューだから、早い時間に来ないと食べられないんだよ」
小春がお店の料理が美味しいことを熱く語るのを、藤本さんがなぜか誇らしげに頷いている。
「それ、本人に直接言ってやってくれる? 喜ぶと思うから」
きっと、同級生の料理が美味しいと褒められて嬉しいのだろう。
「そこまで小春が絶賛するなら、お料理めっちゃ楽しみ」
私の言葉に、その場の全員が頷いた。
「……え、もしかして、このお店、みんな一度は来たことがあるの?」
「うん。このお店はよくローカル番組の取材が来るし、タウン情報誌にも掲載されてるから、人気あるんだよ」
小春の言葉に、私は固まった。
普段園児と保護者と職員しか話さないため、そのような情報に私が一番疎いかもしれない。
「先月、日曜お昼のテレビで放送されていたの観てない?」
小春の奥に座っている子がテレビ番組名を告げ、私に問いかけた。
「あー……、その時間はいつも、裏番組がついてるから……」
日曜日のその時間帯は、父がお気に入りの番組をつけているので、残念ながらみんなが言う番組は観たことがない。
「そうなんだ。お出掛けスポットとかの紹介もしているから、ネットよりも情報が新しいし、チェックしてみるといいよ」
彼女の言葉に頷いていると、お店に誰か入って来たようだ。店員さんの「いらっしゃいませ」の声がして、少しして、人の気配を感じた。そこには――
「悪い、もしかして俺が最後?」
私は驚きを隠せない。
そこにいたのは、美波ちゃんの叔父である『せいちゃん』だったのだ。
第二章 ロマンスのはじまり
「ああ、お前が最後。でも、時間ピッタリだから遅刻ではないぞ。じゃあ、全員揃ったことだし始めようぜ」
藤本さんの声に、せいちゃんが私の席の前に座る。正面からイケメンにじっと見つめられるものだから、何だか居心地が悪い。
「あの……、美波の通う幼稚園の先生ですよね?」
唐突に質問されて、私は驚いた。
会話こそ交わしたことはないけれど、幼稚園で顔を合わせるのと園外で顔を合わせるのとでは、印象がまるで違うこともあるので、きちんと私のことを認識してくれていたことに驚いたとともに内心ドキドキしている。
驚きのあまり、咄嗟に返事ができない私に、藤本さんが口を開く。
「誠司、知り合いか?」
「人違いだったらすみません。でも、そうですよね……?」
眩しいくらいの笑顔で問われた私は、頷くしかない。
「えっと……、はい。そうです」
まさかこの場で会うことになると思ってもみなかった私は、動揺して声がうわずってしまった。
「やっぱりそうですよね? よかった、これで違ってたら恥かくところだった。で、みんなは飲み物もう頼んだ? 俺、今日非番だから酒は飲めないんだけどいい?」
『せいちゃん』こと誠司さんは藤本さんにそう言うと、藤本さんがわかったと言い、呼び出しボタンを押した。
ほどなくして、店員の女性が現れた。明るい髪色の、長い髪を後ろで一つに括ったかわいらしい人だ。
「飲み物頼む。俺と中井は生、誠司はウーロン茶でいいか? ……で、女性陣は?」
藤本さんがこの場を仕切ってくれ、こちらにドリンクをどうするか問いかける。すると小春が口を開いた。
「じゃあ、私はカシスオレンジと千紘はモスコミュール、愛美はどうする?」
「それじゃあ……、私もウーロン茶でお願いします」
私だけソフトドリンクを頼んだことで、場の空気を悪くしたりしないか心配だったけれど、小春には事前に車で来ることを伝えていたし、誠司さんもソフトドリンクだし大丈夫だよね……?
そう思っていたら、オーダーを取りに来た女性が注文を復唱した。
「では、生が二つとウーロン茶が二つ、カシスオレンジとモスコミュール、以上でお間違いないですか?」
「おい灯里、その話し方、何か気持ち悪い」
女性がオーダーの確認を終えた途端、藤本さんが口を開く。
灯里と呼ばれた女性は、笑いながら「だって仕事中だもん」と返した。
小春と奥に座る女性は、二人のやり取りを羨ましそうに見ている。すると藤本さんがニヤリと笑いながら再び口を開いた。
「灯里、さっきみんなが灯里の料理が美味いって褒めてたぞ」
その途端、小春も奥に座る女性も大絶賛した。
「私たち、灯里さんのお料理のファンなんです。でも、ランチメニューのオムライスは、いつ来てもすぐ売り切れるからなかなか出合えなくて……。今度、ランチタイム開始前に並びます!」
そんな二人の言葉を聞いて、灯里さんは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。藤本くんのお友達なら、こっそりサービスしちゃう。で、お料理は決まった?」
二人に返事をした後、灯里さんは藤本さんに問いかけた。
「いや、まだ。飲み物持ってきてくれる時に声かけるよ」
「了解。では、少しお待ちくださいね」
そう言って、灯里さんはカウンターへと向かって行った。藤本さんは、そんな灯里さんの後ろ姿を見つめている。藤本さん、もしかして……
「色々食べてみたいし、とりあえずここに書いてあるメニュー、ここからここまで頼んでみる?」
小春のとても豪快な提案に、今日は驚かされてばかりだ。どのくらいの量が出てくるかわからないけれど、色々なものがちょこちょこと摘まめるのと、六人もいれば食べきれるだろうという安心感から、みんなも賛成した。
少しして、灯里さんが注文した飲み物を運んできた。私たちはメニュー表を見せながら、先ほどみんなが承諾した端から端までを注文すると、灯里さんは目を丸くする。
「お店的にはとってもありがたいんだけど……、それって結構割高になっちゃうけど大丈夫?」
ここまで話すと、灯里さんは声のトーンを落とし、内緒話をするように小声で言葉を続けた。
「……一人分の予算決めてくれたら、その予算内で色々作るよ? その代わり、ドリンク代は別になるのと、メニューはこちらのお任せになるのと、これは本来、事前予約がないとできないことだからみんなには内緒ね?」
灯里さんからのありがたい申し出に、私たちは甘えることにした。みんなで相談した結果、ドリンク代は別にして一人当たり四千円の予算で、色々作ってくれることとなった。
「多分裏メニューが出てくるから、楽しみだな」
藤本さんがぼそりと呟くと、それを聞いた小春たちが歓喜の声をあげた。
「飲み物も揃ったことだし、乾杯した後に自己紹介しましょう?」
千紘さんの言葉に、みんながグラスを持つ。藤本さんが乾杯の音頭を取り、乾杯を済ませると、藤本さんから時計回りに簡単な自己紹介が始まった。
「藤本翔太です。二十八歳で、市立病院で理学療法士と作業療法士をしてます。……じゃあ、次は中井」
そう言って隣の席に座る中井さんに自己紹介を促した。
「えーっと、中井健、二十八歳です。市役所勤務で、この四月に税務課から市民課に異動となりました。こう見えて俺、柔道有段者だから、何かあったら頼ってね!」
中井さんの挨拶が終わり、藤本さんが誠司さんに挨拶を促す。
「じゃあ、次は誠司」
藤本さんに促されて、誠司さんが口を開いた。
「大塚誠司です。消防士やってます」
誠司さんの言葉を継いで、中井さんが口を開く。
「こいつ、実は消防士の中でも、花形のレスキュー隊員なんだ」
中井さんの言葉に、小春と千紘さんが感嘆の声をあげた。
レスキュー隊って、何? 消防士の中にも何か違いがあるの?
私ひとり、話題についていけなくて黙っていると、それに気付いた小春が横で説明をしてくれた。
それによると、レスキュー隊とは一般消防隊員の中から志願者や辞令により試験を受け、その中から選び抜かれた人員で構成された精鋭部隊とのことで、中井さんが花形だと言った理由がようやく理解できた。
一般の消防士と違って人命救助が主な任務と聞き、誠司さんが逞しい体格をしている理由にも納得がいく。
誠司さんって、そんな凄い人だったんだ……
驚きで声が出ない私の前で、誠司さんがちょっと照れたようにはにかむと、他の話題に変えようと口を開く。
「男メンバーは全員高校時代の同級生です。……これって、今日は何、男側はみんな公務員?」
誠司さんの言葉に、何も聞かされていなかったのかと思ったけれど、黙っていると藤本さんが答えた。
「いや、女性もみんな公務員って聞いてるけど……」
そう言って、みんなの視線が私に集まった。順番から言えば、次の自己紹介は私の番だろう。
「えっと……、西川愛美です。四月の異動で光南幼稚園勤務になり、今年は年中クラスの担任をしてます。次、小春の番ね」
簡単な自己紹介を終えると、小春にバトンタッチした。小春は合コン慣れしているのか、全然物怖じする様子はない。
「山岡小春です。市立病院の看護師をしています。今は病棟に勤務しています」
そして最後に千紘さんが口を開く。
「長野千紘です。小春と同じく市立病院で、私も病棟勤務の看護師をしてます」
千紘さんは小春の同僚で、藤本さんと三人は同じ職場ということがわかった。
「あ、ちなみに私と愛美は高校時代の同級生なんです」
小春が私との関係性を説明したので、これで誰がどう繋がっているかがわかった。
「愛美ちゃん、幼稚園の先生なんだね。そんな雰囲気だわー」
真ん中に座る中井さんがそう言うと、千紘さんも頷いている。
「うんうん、ほんわかしていてかわいい。あ、ちなみに私も小春と同い年だから敬語抜きで話そうね」
千紘さんの年齢がわかりホッとしたのも束の間、まさかの同い年とは思ってもみなかっただけに、今日も驚きの連続だ。なぜなら千紘さんは、お化粧や髪型もバッチリで、見た目にしっかり時間とお金がかかっていることがよくわかる。それに比べて私ときたら、メイクはファンデーションとチーク、薄い色のリップと申し訳程度にしかしておらず、メイクを落とせば中学生と間違えられても仕方ないくらいの童顔だ。
髪の毛も、仕事の邪魔になるからといつも後ろで一つに結んでいるせいで生え際に変なくせがついてしまっている。だから今日も、仕事の時と同じように結んでいる。服も、こういった場でどんなものを着用すればいいかわからなくて、とりあえずミモレ丈のワンピースに、体温調整のため薄手の上着を羽織っている。日々園児を追いかけ回して運動靴が通常仕様なので、ヒールのある靴は履く機会がほとんどない。今日は頑張ってかかとの低いパンプスを履いているけれど、履きなれない上に私の身長が百五十四センチしかないせいで、どんなに背伸びしても子どものようにしか見られない。
自己嫌悪に陥りながらも表情には出すまいと、作り笑いでやり過ごしていると、目の前に座る誠司さんが私に笑顔で話しかけた。
「その節は、お迎えの件でご迷惑をおかけしてすみませんでした。あの後、美波から散々叱られました」
四月のお迎え遅延のことだろう。
他のクラスの保護者と会話をする機会なんて滅多にない上に、幼稚園以外の場所で、ましてやプライベートでこうして会うなんて考えてもみなかった。
思っていたよりも誠司さんはフレンドリーで、話しやすい。
けれど、その笑顔は反則級だ。相手が園児の保護者だとわかっていても、先輩教諭たちが言うように、うっかりときめいてしまう。
「いえいえ、そんなお気になさらないでください。その後すぐにお迎えに来られたことですし、全然大丈夫ですよ」
私の言葉に、誠司さんは「そう言っていただけてありがたい」と前置きをした上で、言葉を続ける。
「愛美先生とは、幼稚園以外でも、お会いしているような気がするんですが……。光南に来られる前に、消防署へ見学に来られたことありましたか?」
誠司さんの問いに、私はしばし考える。
「光南へ来る前はさくら幼稚園に在籍していたんですが……、そういえばさくらにいた頃、消防署へ見学に行かせてもらったことがありました。もしかして、その時でしょうか?」
私の返答に、「ああ!」と納得したようだ。
「どこかで見かけたことがあるのは多分それだ。その時もかわいらしい人だなって思っていたので、もしかしたらこれは運命かもしれませんね。あれから美波は家でも『まなみせんせい』の話をよくするので、尚更知らない人とは思えなくて……」
前半の言葉で、当時のことをなんとなく思い出した。園児たちを一人ずつ、順番に消防車の運転席に乗せてもらって、大喜びだった。
後半の言葉は誠司さんのリップサービスだと思うけれど、『かわいらしい』だなんて、気恥ずかしい半面でそれでもちょっと嬉しく思う。気恥ずかしさのあまり、後半の『運命かもしれません』の言葉はスルーさせてもらうことにした。
「そうなんですね、ありがとうございます。……そういえばあの日、美波ちゃんからワンちゃんのお話を伺いました。ゴールデンレトリバー、飼われているんですね」
名前や唐揚げの話を聞いたことは黙ったままで、当たり障りのない話題を投げかけると、誠司さんもそれに続く。
「そうなんです。マロンって名前のメスなんですけどね」
そこまで話をしたところで、四人の視線が私たち二人に向いていることに、ようやく気付く。
「なんか俺ら、二人の会話に入る隙がないな。今日はもう二人はカップル成立ってことで帰っていいぞ」
藤本さんがそう言って誠司さんを揶揄うと、誠司さんはそれを真に受けたように席を立つ。
「そうか? じゃあお言葉に甘えて愛美先生、行きましょうか」
誠司さんの反応に、私を含むみんなが驚く。もちろん一番びっくりしたのは私だ。
「え……、ちょ、ちょっと待って下さい! お誘いはとっても嬉しいです。でも今日は私、ここのお料理、すっごく楽しみにしてたんですけど!? まだ一口もお料理を食べてないのに……」
平日のランチはもちろんのこと、一人で外食なんてしたこともないし、ましてや今、地元で評判のお店の料理を一口も味わえずに店を出るだなんて、そんなもったいないことできるわけがない。本気でそう思っているのに、みんなの反応は、私の予想と反して何だか微妙だ。
「あーあ、誠司、振られたな」
「ご愁傷さま、骨は拾ってやるよ」
「じゃあ、私と抜けましょう? ……ってやだ、そんな怖い顔しないでくださいよ。冗談ですから」
「愛美、あんたも罪なオンナね」
藤本さん、中井さん、千紘さん、小春の順番で口々に言われる言葉の意味を考えると、どうやら私が誠司さんの誘いを断ったがために、私が誠司さんを振ったことにされているようだ。
「そ、そんな……っ、大塚さんみたいに素敵な方を振るだなんて滅相もないです!」
必死になって弁解する私に、みんなが俯いている。これは一体……?
少しして、みんなが肩を震わせて笑いを堪えていることにようやく気付いた。
「愛美ちゃん、最高! いやー、いいわ。見た目もかわいらしいけど、中身も純粋でいい!」
「色気よりも食い気ってとこが愛美よね」
中井さんと小春は、笑いすぎて目に涙を浮かべている。
「もうっ、みんなしてひどい! だってここのごはん、美味しいんでしょう? お腹も空いてるし、すっごく楽しみにしてるんだからね」
むきになって言い返す私を、誠司さんも笑いながら見つめている。園児の保護者に、こんな失態を見られたくなかった。
「すみません。愛美先生があまりにもかわいくて、つい翔太の冗談に便乗してしまいました」
真正面からこんなイケメンにお世辞でもかわいいなどと言われて、私は今日、もしかして死んでしまうのではないだろうかと思うくらい舞い上がっている。それを表に出すまいと必死に堪えていると、どうやら私が怒っていると思ったのだろう。
「愛美、ごめんね。愛美の反応がかわいいからみんな調子に乗っちゃって、気分悪くさせちゃったね」
小春が代表して私に謝罪の言葉を述べると、他のみんなも調子に乗ってごめんねと謝罪の言葉を口にした。
みんなが謝罪をしてくれても、私の発言が原因だから、何だか居心地が悪い。どうにかして場の空気を変えようと、私は話題を振った。
「いや、謝らないでください。場の空気を悪くしたのは私のキャパの狭さが原因ですから。……せっかくの異業種交流会ですし、皆さんのお仕事の話を聞かせてください」
それぞれが職場の話をすれば、そっちに集中するから流れも変わるだろう。
私の目論見は見事に当たり、まずは千紘さんがその口火を切った。
千紘さんが職場の話をし始めると、ところどころで小春に同意を求めてくる。二人は同僚だから、話題も共通だ。患者さんの名前など個人が特定できることは口にしないけれど、患者さんとの日々のやり取りを面白おかしく語ってくれた。
途中で料理が運ばれてきたので、食事をしながら話は続く。みんなが絶賛するだけありお料理はどれも美味しく、味覚だけではなく、視覚も楽しませてくれる盛り付けや器にも感動を覚えた。
「本当に美味しいね……」
私の呟きに、小春が大きく頷いた。
「でしょう? お料理はどれも美味しいし、盛り付けも綺麗で見た目が映えるし、いつ来ても飽きないのよね」
小春の言葉に千紘さんや中井さんも頷いている。誠司さんは、料理に感動している私をにこにこしながら見つめている。そんな中、中井さんが爆弾発言を口にした。
「こんなに料理上手な彼女がいて、翔太も鼻が高いな」
一瞬この場に沈黙が流れたけれど、次の瞬間、私を含む女性陣が驚きの声をあげる。
「「「ええ――――っ!!」」」
私たちの驚きに反して、男性陣は最初から知っていたのか、こちらの反応を見て面白がっているようだ。
初対面の私が驚くくらいだから、同じ職場の二人はもっと驚いている。千紘さんに関しては目を見開いたまま、言葉が出ないようだ。
「藤本先生、彼女いるって噂は聞いてたけど、まさか灯里さんとは……」
小春の言葉に、ひたすら小刻みに頷くくらいの反応しかできないようで、本当に驚いているのが私にも伝わった。
もしかして、千紘さんは藤本さんのことが好きなんだろうか。そう思っていると、藤本さんが申し訳なさそうに口を開いた。
「今回の飲み会を企画してくれって言った張本人が、熱が出たってドタキャンしたから、頭数的には俺も入ってるけど……。元々俺はお世話係的な立ち位置のつもりだから。こういう飲み会も灯里に心配かけたくなくて、参加する時は灯里の目の届くところでやらせてもらってる」
ダメ押しのように、自分は対象外であることを口にした。ここまではっきり宣言してくれると、私たちとは間違いは起こらないし、灯里さんも安心だろう。
「今日来る予定だった奴は、たしか山岡さんたちと同い年だったはず。同い年のメンバーがいれば、話題も多いし盛り上がるだろう。また今度、そいつの都合のいい時に改めてセッティングするよ」
藤本さんのその言葉に、小春が即座に反応した。
「あ、言いましたね? ちゃんと言質取りましたよ? その時は千紘も強制参加だからね」
小春はそう言って、千紘さんに声を掛けた。小春の声に千紘さんも頷いたその時……
「あのっ! ……その飲み会、愛美先生は誘わないでくださいね」
何と、誠司さんが口を開いて爆弾を投下した。その言葉に、私以外のメンバーが反応する。
「誠司……。お前、愛美ちゃん連れてもう帰れ」
「いやーん、愛美、よかったね! おめでとう!」
「後で逃げられないよう、今ここで連絡先交換しておけよ」
「愛美ちゃん、私とも連絡先交換しよう! 後日女子会するわよ」
中井さん、小春、藤本さん、千紘さんの順にこんなことを言われ、恥ずかしさのあまり、私の顔は熱くなる。それ以上に、まさかそんなふうに言ってもらえるだなんて……。もしかして、私、今日が人生最大の幸運日で、明日には死ぬの? そう思うくらい、今日一番で驚いた。
結局小春の一方的な押しに圧倒され、言い返す間もなく通話が終わった。
スマホの画面が暗くなり、私はスマホを机の上に置いた。同世代の人たちと集まることに緊張するけれど、知り合いを増やす機会になればいいだろう。あまり気が進まないけれど、そんなことを言っていたら、いつまで経っても彼氏なんてできる気がしない。小春が言うように、学生時代ならまだしも、大人になってから同世代の人と接する機会がなくなり、職場の人と接するだけで自分の世界が狭まった感は否めない。
せっかくのお誘いだ、もしかしたら本当に素敵な人との出会いがあるかもしれない。
私は立ち上がるとクローゼットを開けて、月末の異業種交流会に着ていく服を選び始めた。
数日後、小春から月末の異業種交流会の時間と場所を知らせるメッセージを受信した。
場所は、駅の近くにあるダイニングバー『彩』。ここは創作料理が美味しいと評判のお店だった。ランチタイムも営業をしており、特に限定メニューのオムライスが有名らしい。
私は昔からお酒を美味しいと思えないため、この日も飲酒するつもりはなく、お店まで車で向かうことにした。
そして迎えた当日、日中のうちに実家へ顔を出した。帰省のたびに、母がおかずを持たせてくれるので、タッパーウェアを洗って返すと、母がまた作り置きのおかずを持たせてくれる。実家を出て一人暮らしを始めて、母のありがたみが身に沁みる。
いつもなら土曜日は実家にお泊まりして翌日帰宅するけれど、今日は用事があるからと、夕方には実家を後にした。
一度アパートに戻っておかずを冷蔵庫に入れると、着替えを済ませて、ダイニングバーへと向かった。
お店に到着したのは、十八時五十分。予約時間の十分前だ。
駐車場に車を停めると、車内で小春にメッセージを送信する。
『お店の前に到着したよ』
メッセージを送信と同時に既読マークがついたので驚いていると、ちょっとしてメッセージを受信した。
『お店の中にいるからね』
小春はもう到着しているようだ。私は車から降りると、車に鍵をかけてお店に向かった。
彩は、雑居ビルの二階にある。階段を上り店のドアを開けると、店員さんが「いらっしゃいませ」と声をあげる。
私は今日、団体の予約が入っていると思うんですがと声をかけると、奥の席へと案内された。そこはボックス席になっており、背の高い観葉植物がカウンター席からの視線を遮ってくれている。
「こんばんは……」
声をかけて顔を覗かせると、小春と他に数名がすでに着席していた。
「愛美! 待ってたよ」
小春の声に安堵していると、小春が自分の隣に座るように促してくれたので、私はそれに従った。
とりあえず、小春以外のメンバーははじめましての人ばかりなので、今日はよろしくお願いしますと声をかけて席に着く。
「自己紹介はみんなが揃ってからするんだけど、残念ながら予定していたメンバーのドタキャンがあってね、今日は六人だけになったの」
そう言われて見渡すと、私を除き、現在四人が席に着いている。ということは、あと一人……
小春の奥側に座っている女性は、目の前に座る男性と話をしている。どうやら二人は顔見知りのようだから、小春と同じ病院に勤務している人だろう。小春の目の前に座る男性は、医療従事者ではないのか無言のままだ。最後の一人も、この並びだと男の人だろう。
一番奥に座る男性が、胸ポケットの中からスマホを取り出した。どうやら最後に一人から連絡があったのだろう。画面をタッチして操作をしている。その画面に目を通し、メッセージを確認すると再びスマホを胸ポケットへとしまった。
「最後の一人も、もう着くってさ」
その男性の声に、小春の左側に座る女性が声をあげる。
「じゃあ、そろそろ始める?」
メニュー表を手に取ると、一部を男性側に、もう一部を小春に手渡した。このお店に来るのは初めてで、何がおすすめなのかわからない私は小春におすすめのメニューを聞いた。
「私、ここに来るの初めてなんだ。何がおすすめ?」
私の言葉に、奥に座る女性が答えてくれる。
「ここのメニュー、全部おすすめだよ。このお店、藤本先生の知り合いが厨房にいるんですって」
彼女の声に、一番奥に座る男性が口を開いた。恐らくこの人が藤本先生と呼ばれる人だろう。
「知り合いって言うか、中学時代の同級生だな」
「ここ、なかなか団体席って空けてくれないのに、翔太のおかげだな」
小春の前に座る男性が口を開く。下の名前で呼んでいるので、どうやら藤本さんの友人のようだ。
「ここだけの話だけど、灯里が言うには、ここのオーナーが単に酔っ払いの団体が嫌いなだけらしいぞ」
「灯里さんの料理、本当に美味しいですよね。今度ランチの時間帯に、オムライス食べに来なくちゃ! あれって平日だけの数量限定メニューだから、早い時間に来ないと食べられないんだよ」
小春がお店の料理が美味しいことを熱く語るのを、藤本さんがなぜか誇らしげに頷いている。
「それ、本人に直接言ってやってくれる? 喜ぶと思うから」
きっと、同級生の料理が美味しいと褒められて嬉しいのだろう。
「そこまで小春が絶賛するなら、お料理めっちゃ楽しみ」
私の言葉に、その場の全員が頷いた。
「……え、もしかして、このお店、みんな一度は来たことがあるの?」
「うん。このお店はよくローカル番組の取材が来るし、タウン情報誌にも掲載されてるから、人気あるんだよ」
小春の言葉に、私は固まった。
普段園児と保護者と職員しか話さないため、そのような情報に私が一番疎いかもしれない。
「先月、日曜お昼のテレビで放送されていたの観てない?」
小春の奥に座っている子がテレビ番組名を告げ、私に問いかけた。
「あー……、その時間はいつも、裏番組がついてるから……」
日曜日のその時間帯は、父がお気に入りの番組をつけているので、残念ながらみんなが言う番組は観たことがない。
「そうなんだ。お出掛けスポットとかの紹介もしているから、ネットよりも情報が新しいし、チェックしてみるといいよ」
彼女の言葉に頷いていると、お店に誰か入って来たようだ。店員さんの「いらっしゃいませ」の声がして、少しして、人の気配を感じた。そこには――
「悪い、もしかして俺が最後?」
私は驚きを隠せない。
そこにいたのは、美波ちゃんの叔父である『せいちゃん』だったのだ。
第二章 ロマンスのはじまり
「ああ、お前が最後。でも、時間ピッタリだから遅刻ではないぞ。じゃあ、全員揃ったことだし始めようぜ」
藤本さんの声に、せいちゃんが私の席の前に座る。正面からイケメンにじっと見つめられるものだから、何だか居心地が悪い。
「あの……、美波の通う幼稚園の先生ですよね?」
唐突に質問されて、私は驚いた。
会話こそ交わしたことはないけれど、幼稚園で顔を合わせるのと園外で顔を合わせるのとでは、印象がまるで違うこともあるので、きちんと私のことを認識してくれていたことに驚いたとともに内心ドキドキしている。
驚きのあまり、咄嗟に返事ができない私に、藤本さんが口を開く。
「誠司、知り合いか?」
「人違いだったらすみません。でも、そうですよね……?」
眩しいくらいの笑顔で問われた私は、頷くしかない。
「えっと……、はい。そうです」
まさかこの場で会うことになると思ってもみなかった私は、動揺して声がうわずってしまった。
「やっぱりそうですよね? よかった、これで違ってたら恥かくところだった。で、みんなは飲み物もう頼んだ? 俺、今日非番だから酒は飲めないんだけどいい?」
『せいちゃん』こと誠司さんは藤本さんにそう言うと、藤本さんがわかったと言い、呼び出しボタンを押した。
ほどなくして、店員の女性が現れた。明るい髪色の、長い髪を後ろで一つに括ったかわいらしい人だ。
「飲み物頼む。俺と中井は生、誠司はウーロン茶でいいか? ……で、女性陣は?」
藤本さんがこの場を仕切ってくれ、こちらにドリンクをどうするか問いかける。すると小春が口を開いた。
「じゃあ、私はカシスオレンジと千紘はモスコミュール、愛美はどうする?」
「それじゃあ……、私もウーロン茶でお願いします」
私だけソフトドリンクを頼んだことで、場の空気を悪くしたりしないか心配だったけれど、小春には事前に車で来ることを伝えていたし、誠司さんもソフトドリンクだし大丈夫だよね……?
そう思っていたら、オーダーを取りに来た女性が注文を復唱した。
「では、生が二つとウーロン茶が二つ、カシスオレンジとモスコミュール、以上でお間違いないですか?」
「おい灯里、その話し方、何か気持ち悪い」
女性がオーダーの確認を終えた途端、藤本さんが口を開く。
灯里と呼ばれた女性は、笑いながら「だって仕事中だもん」と返した。
小春と奥に座る女性は、二人のやり取りを羨ましそうに見ている。すると藤本さんがニヤリと笑いながら再び口を開いた。
「灯里、さっきみんなが灯里の料理が美味いって褒めてたぞ」
その途端、小春も奥に座る女性も大絶賛した。
「私たち、灯里さんのお料理のファンなんです。でも、ランチメニューのオムライスは、いつ来てもすぐ売り切れるからなかなか出合えなくて……。今度、ランチタイム開始前に並びます!」
そんな二人の言葉を聞いて、灯里さんは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。藤本くんのお友達なら、こっそりサービスしちゃう。で、お料理は決まった?」
二人に返事をした後、灯里さんは藤本さんに問いかけた。
「いや、まだ。飲み物持ってきてくれる時に声かけるよ」
「了解。では、少しお待ちくださいね」
そう言って、灯里さんはカウンターへと向かって行った。藤本さんは、そんな灯里さんの後ろ姿を見つめている。藤本さん、もしかして……
「色々食べてみたいし、とりあえずここに書いてあるメニュー、ここからここまで頼んでみる?」
小春のとても豪快な提案に、今日は驚かされてばかりだ。どのくらいの量が出てくるかわからないけれど、色々なものがちょこちょこと摘まめるのと、六人もいれば食べきれるだろうという安心感から、みんなも賛成した。
少しして、灯里さんが注文した飲み物を運んできた。私たちはメニュー表を見せながら、先ほどみんなが承諾した端から端までを注文すると、灯里さんは目を丸くする。
「お店的にはとってもありがたいんだけど……、それって結構割高になっちゃうけど大丈夫?」
ここまで話すと、灯里さんは声のトーンを落とし、内緒話をするように小声で言葉を続けた。
「……一人分の予算決めてくれたら、その予算内で色々作るよ? その代わり、ドリンク代は別になるのと、メニューはこちらのお任せになるのと、これは本来、事前予約がないとできないことだからみんなには内緒ね?」
灯里さんからのありがたい申し出に、私たちは甘えることにした。みんなで相談した結果、ドリンク代は別にして一人当たり四千円の予算で、色々作ってくれることとなった。
「多分裏メニューが出てくるから、楽しみだな」
藤本さんがぼそりと呟くと、それを聞いた小春たちが歓喜の声をあげた。
「飲み物も揃ったことだし、乾杯した後に自己紹介しましょう?」
千紘さんの言葉に、みんながグラスを持つ。藤本さんが乾杯の音頭を取り、乾杯を済ませると、藤本さんから時計回りに簡単な自己紹介が始まった。
「藤本翔太です。二十八歳で、市立病院で理学療法士と作業療法士をしてます。……じゃあ、次は中井」
そう言って隣の席に座る中井さんに自己紹介を促した。
「えーっと、中井健、二十八歳です。市役所勤務で、この四月に税務課から市民課に異動となりました。こう見えて俺、柔道有段者だから、何かあったら頼ってね!」
中井さんの挨拶が終わり、藤本さんが誠司さんに挨拶を促す。
「じゃあ、次は誠司」
藤本さんに促されて、誠司さんが口を開いた。
「大塚誠司です。消防士やってます」
誠司さんの言葉を継いで、中井さんが口を開く。
「こいつ、実は消防士の中でも、花形のレスキュー隊員なんだ」
中井さんの言葉に、小春と千紘さんが感嘆の声をあげた。
レスキュー隊って、何? 消防士の中にも何か違いがあるの?
私ひとり、話題についていけなくて黙っていると、それに気付いた小春が横で説明をしてくれた。
それによると、レスキュー隊とは一般消防隊員の中から志願者や辞令により試験を受け、その中から選び抜かれた人員で構成された精鋭部隊とのことで、中井さんが花形だと言った理由がようやく理解できた。
一般の消防士と違って人命救助が主な任務と聞き、誠司さんが逞しい体格をしている理由にも納得がいく。
誠司さんって、そんな凄い人だったんだ……
驚きで声が出ない私の前で、誠司さんがちょっと照れたようにはにかむと、他の話題に変えようと口を開く。
「男メンバーは全員高校時代の同級生です。……これって、今日は何、男側はみんな公務員?」
誠司さんの言葉に、何も聞かされていなかったのかと思ったけれど、黙っていると藤本さんが答えた。
「いや、女性もみんな公務員って聞いてるけど……」
そう言って、みんなの視線が私に集まった。順番から言えば、次の自己紹介は私の番だろう。
「えっと……、西川愛美です。四月の異動で光南幼稚園勤務になり、今年は年中クラスの担任をしてます。次、小春の番ね」
簡単な自己紹介を終えると、小春にバトンタッチした。小春は合コン慣れしているのか、全然物怖じする様子はない。
「山岡小春です。市立病院の看護師をしています。今は病棟に勤務しています」
そして最後に千紘さんが口を開く。
「長野千紘です。小春と同じく市立病院で、私も病棟勤務の看護師をしてます」
千紘さんは小春の同僚で、藤本さんと三人は同じ職場ということがわかった。
「あ、ちなみに私と愛美は高校時代の同級生なんです」
小春が私との関係性を説明したので、これで誰がどう繋がっているかがわかった。
「愛美ちゃん、幼稚園の先生なんだね。そんな雰囲気だわー」
真ん中に座る中井さんがそう言うと、千紘さんも頷いている。
「うんうん、ほんわかしていてかわいい。あ、ちなみに私も小春と同い年だから敬語抜きで話そうね」
千紘さんの年齢がわかりホッとしたのも束の間、まさかの同い年とは思ってもみなかっただけに、今日も驚きの連続だ。なぜなら千紘さんは、お化粧や髪型もバッチリで、見た目にしっかり時間とお金がかかっていることがよくわかる。それに比べて私ときたら、メイクはファンデーションとチーク、薄い色のリップと申し訳程度にしかしておらず、メイクを落とせば中学生と間違えられても仕方ないくらいの童顔だ。
髪の毛も、仕事の邪魔になるからといつも後ろで一つに結んでいるせいで生え際に変なくせがついてしまっている。だから今日も、仕事の時と同じように結んでいる。服も、こういった場でどんなものを着用すればいいかわからなくて、とりあえずミモレ丈のワンピースに、体温調整のため薄手の上着を羽織っている。日々園児を追いかけ回して運動靴が通常仕様なので、ヒールのある靴は履く機会がほとんどない。今日は頑張ってかかとの低いパンプスを履いているけれど、履きなれない上に私の身長が百五十四センチしかないせいで、どんなに背伸びしても子どものようにしか見られない。
自己嫌悪に陥りながらも表情には出すまいと、作り笑いでやり過ごしていると、目の前に座る誠司さんが私に笑顔で話しかけた。
「その節は、お迎えの件でご迷惑をおかけしてすみませんでした。あの後、美波から散々叱られました」
四月のお迎え遅延のことだろう。
他のクラスの保護者と会話をする機会なんて滅多にない上に、幼稚園以外の場所で、ましてやプライベートでこうして会うなんて考えてもみなかった。
思っていたよりも誠司さんはフレンドリーで、話しやすい。
けれど、その笑顔は反則級だ。相手が園児の保護者だとわかっていても、先輩教諭たちが言うように、うっかりときめいてしまう。
「いえいえ、そんなお気になさらないでください。その後すぐにお迎えに来られたことですし、全然大丈夫ですよ」
私の言葉に、誠司さんは「そう言っていただけてありがたい」と前置きをした上で、言葉を続ける。
「愛美先生とは、幼稚園以外でも、お会いしているような気がするんですが……。光南に来られる前に、消防署へ見学に来られたことありましたか?」
誠司さんの問いに、私はしばし考える。
「光南へ来る前はさくら幼稚園に在籍していたんですが……、そういえばさくらにいた頃、消防署へ見学に行かせてもらったことがありました。もしかして、その時でしょうか?」
私の返答に、「ああ!」と納得したようだ。
「どこかで見かけたことがあるのは多分それだ。その時もかわいらしい人だなって思っていたので、もしかしたらこれは運命かもしれませんね。あれから美波は家でも『まなみせんせい』の話をよくするので、尚更知らない人とは思えなくて……」
前半の言葉で、当時のことをなんとなく思い出した。園児たちを一人ずつ、順番に消防車の運転席に乗せてもらって、大喜びだった。
後半の言葉は誠司さんのリップサービスだと思うけれど、『かわいらしい』だなんて、気恥ずかしい半面でそれでもちょっと嬉しく思う。気恥ずかしさのあまり、後半の『運命かもしれません』の言葉はスルーさせてもらうことにした。
「そうなんですね、ありがとうございます。……そういえばあの日、美波ちゃんからワンちゃんのお話を伺いました。ゴールデンレトリバー、飼われているんですね」
名前や唐揚げの話を聞いたことは黙ったままで、当たり障りのない話題を投げかけると、誠司さんもそれに続く。
「そうなんです。マロンって名前のメスなんですけどね」
そこまで話をしたところで、四人の視線が私たち二人に向いていることに、ようやく気付く。
「なんか俺ら、二人の会話に入る隙がないな。今日はもう二人はカップル成立ってことで帰っていいぞ」
藤本さんがそう言って誠司さんを揶揄うと、誠司さんはそれを真に受けたように席を立つ。
「そうか? じゃあお言葉に甘えて愛美先生、行きましょうか」
誠司さんの反応に、私を含むみんなが驚く。もちろん一番びっくりしたのは私だ。
「え……、ちょ、ちょっと待って下さい! お誘いはとっても嬉しいです。でも今日は私、ここのお料理、すっごく楽しみにしてたんですけど!? まだ一口もお料理を食べてないのに……」
平日のランチはもちろんのこと、一人で外食なんてしたこともないし、ましてや今、地元で評判のお店の料理を一口も味わえずに店を出るだなんて、そんなもったいないことできるわけがない。本気でそう思っているのに、みんなの反応は、私の予想と反して何だか微妙だ。
「あーあ、誠司、振られたな」
「ご愁傷さま、骨は拾ってやるよ」
「じゃあ、私と抜けましょう? ……ってやだ、そんな怖い顔しないでくださいよ。冗談ですから」
「愛美、あんたも罪なオンナね」
藤本さん、中井さん、千紘さん、小春の順番で口々に言われる言葉の意味を考えると、どうやら私が誠司さんの誘いを断ったがために、私が誠司さんを振ったことにされているようだ。
「そ、そんな……っ、大塚さんみたいに素敵な方を振るだなんて滅相もないです!」
必死になって弁解する私に、みんなが俯いている。これは一体……?
少しして、みんなが肩を震わせて笑いを堪えていることにようやく気付いた。
「愛美ちゃん、最高! いやー、いいわ。見た目もかわいらしいけど、中身も純粋でいい!」
「色気よりも食い気ってとこが愛美よね」
中井さんと小春は、笑いすぎて目に涙を浮かべている。
「もうっ、みんなしてひどい! だってここのごはん、美味しいんでしょう? お腹も空いてるし、すっごく楽しみにしてるんだからね」
むきになって言い返す私を、誠司さんも笑いながら見つめている。園児の保護者に、こんな失態を見られたくなかった。
「すみません。愛美先生があまりにもかわいくて、つい翔太の冗談に便乗してしまいました」
真正面からこんなイケメンにお世辞でもかわいいなどと言われて、私は今日、もしかして死んでしまうのではないだろうかと思うくらい舞い上がっている。それを表に出すまいと必死に堪えていると、どうやら私が怒っていると思ったのだろう。
「愛美、ごめんね。愛美の反応がかわいいからみんな調子に乗っちゃって、気分悪くさせちゃったね」
小春が代表して私に謝罪の言葉を述べると、他のみんなも調子に乗ってごめんねと謝罪の言葉を口にした。
みんなが謝罪をしてくれても、私の発言が原因だから、何だか居心地が悪い。どうにかして場の空気を変えようと、私は話題を振った。
「いや、謝らないでください。場の空気を悪くしたのは私のキャパの狭さが原因ですから。……せっかくの異業種交流会ですし、皆さんのお仕事の話を聞かせてください」
それぞれが職場の話をすれば、そっちに集中するから流れも変わるだろう。
私の目論見は見事に当たり、まずは千紘さんがその口火を切った。
千紘さんが職場の話をし始めると、ところどころで小春に同意を求めてくる。二人は同僚だから、話題も共通だ。患者さんの名前など個人が特定できることは口にしないけれど、患者さんとの日々のやり取りを面白おかしく語ってくれた。
途中で料理が運ばれてきたので、食事をしながら話は続く。みんなが絶賛するだけありお料理はどれも美味しく、味覚だけではなく、視覚も楽しませてくれる盛り付けや器にも感動を覚えた。
「本当に美味しいね……」
私の呟きに、小春が大きく頷いた。
「でしょう? お料理はどれも美味しいし、盛り付けも綺麗で見た目が映えるし、いつ来ても飽きないのよね」
小春の言葉に千紘さんや中井さんも頷いている。誠司さんは、料理に感動している私をにこにこしながら見つめている。そんな中、中井さんが爆弾発言を口にした。
「こんなに料理上手な彼女がいて、翔太も鼻が高いな」
一瞬この場に沈黙が流れたけれど、次の瞬間、私を含む女性陣が驚きの声をあげる。
「「「ええ――――っ!!」」」
私たちの驚きに反して、男性陣は最初から知っていたのか、こちらの反応を見て面白がっているようだ。
初対面の私が驚くくらいだから、同じ職場の二人はもっと驚いている。千紘さんに関しては目を見開いたまま、言葉が出ないようだ。
「藤本先生、彼女いるって噂は聞いてたけど、まさか灯里さんとは……」
小春の言葉に、ひたすら小刻みに頷くくらいの反応しかできないようで、本当に驚いているのが私にも伝わった。
もしかして、千紘さんは藤本さんのことが好きなんだろうか。そう思っていると、藤本さんが申し訳なさそうに口を開いた。
「今回の飲み会を企画してくれって言った張本人が、熱が出たってドタキャンしたから、頭数的には俺も入ってるけど……。元々俺はお世話係的な立ち位置のつもりだから。こういう飲み会も灯里に心配かけたくなくて、参加する時は灯里の目の届くところでやらせてもらってる」
ダメ押しのように、自分は対象外であることを口にした。ここまではっきり宣言してくれると、私たちとは間違いは起こらないし、灯里さんも安心だろう。
「今日来る予定だった奴は、たしか山岡さんたちと同い年だったはず。同い年のメンバーがいれば、話題も多いし盛り上がるだろう。また今度、そいつの都合のいい時に改めてセッティングするよ」
藤本さんのその言葉に、小春が即座に反応した。
「あ、言いましたね? ちゃんと言質取りましたよ? その時は千紘も強制参加だからね」
小春はそう言って、千紘さんに声を掛けた。小春の声に千紘さんも頷いたその時……
「あのっ! ……その飲み会、愛美先生は誘わないでくださいね」
何と、誠司さんが口を開いて爆弾を投下した。その言葉に、私以外のメンバーが反応する。
「誠司……。お前、愛美ちゃん連れてもう帰れ」
「いやーん、愛美、よかったね! おめでとう!」
「後で逃げられないよう、今ここで連絡先交換しておけよ」
「愛美ちゃん、私とも連絡先交換しよう! 後日女子会するわよ」
中井さん、小春、藤本さん、千紘さんの順にこんなことを言われ、恥ずかしさのあまり、私の顔は熱くなる。それ以上に、まさかそんなふうに言ってもらえるだなんて……。もしかして、私、今日が人生最大の幸運日で、明日には死ぬの? そう思うくらい、今日一番で驚いた。
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