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第五章
涙のあとに咲く約束 2
翌日曜日、三人で川沿いを散歩した。
まだ蕾も膨らんでいない桜並木の下を、真一くんが元気に走る。藤堂さんは、その姿を目で追いながら、時折ポケットに手を入れては何かを確かめる仕草をしていた。
ーーあれは……
胸の奥で小さな予感が芽生えるけれど、まさか……
そんな都合のいいこと……と、理性が打ち消そうとする。
でも、藤堂さんの横顔は、何かを決意した人の顔だった。
少し歩くと、真一くんが川べりの石を飛び越えて遊び始めた。私も笑いながら見守っていたけれど、ふと横を見ると、藤堂さんと目が合った。
その視線に、思わず息が詰まる。
言葉はなくても、「この瞬間を覚えておいてくれ」と言われているような、そんな真っ直ぐな眼差しだった。
胸が熱くなり、足元がふわりと浮いたような感覚になる。
彼はゆっくりと歩き出し、真一くんを呼んだ。
「真一、ちょっとこっちに来て」
その声が、やけに低く響いて聞こえる。
私は足を止め、胸の高鳴りを押さえながら近づいた。
そしてーー
彼はポケットから、小さな箱を取り出した。
「……俺はずっと、恋愛なんて自分には許されないと思ってきた。兄夫婦を失ったあの日から。でも、二人と過ごして……もう一度未来を信じたいと思うようになった」
世界の音が、すっと遠のいた。
彼の言葉だけが、真っすぐに胸に届く。
「松下さんーー俺と、真一と、一緒に生きてくれないか」
箱が開き、指輪が陽を受けてきらめいた瞬間、視界が滲んだ。
「……はい」
頬を伝う涙が、冷たい空気で少しひやりとした。
「やったー!」
真一くんが跳びはね、私たちを見上げる。
藤堂さんが、安堵と喜びが入り混じったような表情で、そっと私の手を握った。その手は大きくて温かく、震えていた。
ーーああ、この人もずっと迷って、そして今、私を選んでくれたんだ。
そう思うと、驚きから嬉しい気持ちが込み上げて、涙が止まらなかった。
* * *
桜が咲き始めた川沿いを三人で歩く。
真一くんが真ん中で、私と藤堂さん改め賢二さんの手をしっかり握っている。
私の左手薬指には、あの日贈られた指輪が輝いている。
「みて! もうさいてるよ!」
「来週には満開だな」
賢二さんと目が合い、自然に笑みがこぼれる。
その笑顔は、もう迷いを含んでいなかった。
これから先も、この温もりを失わないようにーーそう強く願いながら、私は真一くんの手をぎゅっと握り返した。
【終】
まだ蕾も膨らんでいない桜並木の下を、真一くんが元気に走る。藤堂さんは、その姿を目で追いながら、時折ポケットに手を入れては何かを確かめる仕草をしていた。
ーーあれは……
胸の奥で小さな予感が芽生えるけれど、まさか……
そんな都合のいいこと……と、理性が打ち消そうとする。
でも、藤堂さんの横顔は、何かを決意した人の顔だった。
少し歩くと、真一くんが川べりの石を飛び越えて遊び始めた。私も笑いながら見守っていたけれど、ふと横を見ると、藤堂さんと目が合った。
その視線に、思わず息が詰まる。
言葉はなくても、「この瞬間を覚えておいてくれ」と言われているような、そんな真っ直ぐな眼差しだった。
胸が熱くなり、足元がふわりと浮いたような感覚になる。
彼はゆっくりと歩き出し、真一くんを呼んだ。
「真一、ちょっとこっちに来て」
その声が、やけに低く響いて聞こえる。
私は足を止め、胸の高鳴りを押さえながら近づいた。
そしてーー
彼はポケットから、小さな箱を取り出した。
「……俺はずっと、恋愛なんて自分には許されないと思ってきた。兄夫婦を失ったあの日から。でも、二人と過ごして……もう一度未来を信じたいと思うようになった」
世界の音が、すっと遠のいた。
彼の言葉だけが、真っすぐに胸に届く。
「松下さんーー俺と、真一と、一緒に生きてくれないか」
箱が開き、指輪が陽を受けてきらめいた瞬間、視界が滲んだ。
「……はい」
頬を伝う涙が、冷たい空気で少しひやりとした。
「やったー!」
真一くんが跳びはね、私たちを見上げる。
藤堂さんが、安堵と喜びが入り混じったような表情で、そっと私の手を握った。その手は大きくて温かく、震えていた。
ーーああ、この人もずっと迷って、そして今、私を選んでくれたんだ。
そう思うと、驚きから嬉しい気持ちが込み上げて、涙が止まらなかった。
* * *
桜が咲き始めた川沿いを三人で歩く。
真一くんが真ん中で、私と藤堂さん改め賢二さんの手をしっかり握っている。
私の左手薬指には、あの日贈られた指輪が輝いている。
「みて! もうさいてるよ!」
「来週には満開だな」
賢二さんと目が合い、自然に笑みがこぼれる。
その笑顔は、もう迷いを含んでいなかった。
これから先も、この温もりを失わないようにーーそう強く願いながら、私は真一くんの手をぎゅっと握り返した。
【終】
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