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第3話 発見
しおりを挟む「C子、どうしたんだ、大丈夫か!」
A夫は悲鳴をあげてよろめくC子の体をささえ、B輔はドアノブに飛びついて扉をしっかりと閉めた。
「……あれ?」C子がきゅうに我にかえったように周囲を見まわす――彼女はすっかり落ちついていた「消えてる」
「え、なんだって」A夫が聞き返す。
「霊気が消えてる」
どうやら最前までドアの向こうに満ちみちていた禍々しき妖気が、瞬時のうちに霧消してしまったらしいのだ。――そうなると現金なもので、C子は俄然元気になった。その勢いで本来旺盛な彼女の好奇心が目ざめたようで「そこ、開けようよ」と言いながら、ためらうA夫、B輔にかまわずツカツカとドアに歩みよるとドアノブをまわし、いともあっさりとドアを開けはなった。
ドアの奥には、ひと抱えほどの大きさの箱が置かれていた。暗視ゴーグルでは色や細部まではわからない。
A夫がつぶやく「鎧櫃かな」
B輔がいった「ヘッドライトつけようぜ、ここは窓がないから明かりは外にもれないよ」
三人は暗視ゴーグルを外してヘッドライトのスイッチを入れた。とたんにパーテイション内部が赤外線のモノトーンから天然色の世界に一転し、室内の様子があらわになった。コンクリートの地肌むき出しの六畳ほどの内部空間には、件の「箱」の他、いったい何に使うのか片隅に工事現場で見かける赤い三角コーンが一つ、ポツンと置かれてあるきりで、あとは何もなくガランとしているのが異様だった。
A夫のいうとおり、箱状の物体は鎧櫃であった。甲冑を保管したり、持ちはこぶ際に使用するもので、時代などによってその形はさまざまであるが、一同の眼前にあるそれは黒漆塗りの四角い木製で、角の部分には補強と装飾を兼ねた金銅製の金具があしらわれていた。運搬のための棒を通す鉄の鐶が左右に下がっているが、その他にも背負子のそれのようなショルダーハーネスがついており、いかにも実戦向きの合理的な作りになっている。実用と経年のためか表面には擦れや無数の細かな疵がついており、側面に金泥で筆太に書かれた「前」という文字も半分ほど消えかかっていた。
「目的のお宝だな」B輔がそういうと、A夫が無言でうなずく。
「あれ、どうしたの、箱の中見ないの?」先刻までの不安げな様子はどこへやら、C子は興味津々の視線を鎧櫃に注いでいる。直前の恐怖体験のみならず「呪いの甲冑」という、おどろおどろしい前口上があるにもかかわらず、何の抵抗もなく現物を見たいと思う彼女の心情はなかなか常人の及ぶところではないが、これはこの二十五歳の女性が有能な霊感持ちであることと無縁ではないだろう。彼女はおのれの霊感に五感以上の信頼を寄せており、それが危険を知らせる際には周囲の情報がどれほど安全でも慎重な行動を取らせ、反対に感応しなければ他の連中がなんといっても聞き流してしまえる図太さを兼ねそなえている。
こうしたブレない、かつ斜め上を行くC子の感覚は、心霊的な事象に対してしばしば有効に作用し、だからこそA夫やB輔は彼女の「見える」能力に恃むところが絶大であったのだが、万が一、対象が彼女の可視範囲外に及んでいた場合は想定外の結果が待ち受けていることはいうまでもない。――この後三人はそのことを身をもって体験することになる。
けっきょく件の鎧櫃は中身をあらためることとなった。A夫が肩に取りつけていたビデオカメラを外し、作業の全体が俯瞰できるよう室内の高い位置に設置して、同じく室内全体を照らす位置に懐中電灯をセットすると、B輔は慎重な手つきで長円形の鐶をはずし、両手で静かに蓋を持ちあげた。
「あったぞ」そこには予想していたとおり、一領の甲冑が納められていた。
床に広げた養生シートの上に甲冑の各パーツを並べて行くと、それは「当世具足」であることが判明した。
当世具足とは、戦国時代の後半に登場した甲冑で、日本の甲冑変遷史の最終形態というべきものである。戦国時代は鉄砲の登場や、足軽を主体とした集団戦法の導入等により戦場の様相が革命的な変化を遂げ、それに呼応して甲冑もそれまでの大鎧、胴丸、腹巻といった伝統的な鎧兜から一線を画したものとなった。鉄砲とともに伝来した西洋甲冑の影響もすくなからず受けており、それまでは革の小札を綴り合わせて拵えていた草摺や袖には製造工程の簡略化と強度向上を図って多くに鉄の一枚板を用いるようになり、頭や胴のような主要部のみならず、手足や首回りの防御も意識した小具足も発達した。そして何より過去の形式にとらわれずに実用性と見栄えを追求したことにより、一々分類できないほど多種多様で斬新な意匠の甲冑が登場したのである。
ちなみに目の前の甲冑はそんな無定型な当世具足の見本とでもいうべきものであった。もっとも人目を引くのは兜で、その鉢の形状をたとえるとカブトガニの甲羅のような、あるいはSF映画に登場する宇宙船のようにも見える。二股に分かれた後端が長く伸びているところは同時代の燕尾形兜や鯖尾形兜に通じるものがあるが、その流線形のデザインは近現代のオブジェのようで、とても四百年以上も昔のものとは思えないほどである。
全体に黒漆をかけて磨かれた兜鉢と対照的に三段下がりの兜錣は白く塗られ、躑躅色の縅し糸とあいまってヴィヴィッドな印象を与えている。兜とともに装着して顎と喉を守る面頬、袖、草摺もまた白塗り躑躅色糸素掛縅で、兜鉢および胴の黒との対比が新鮮である。
胴鎧もまたユニークな意匠であった。基本的には表面を平滑な一枚鉄で仕上げた「仏胴」の形式であるが、珍しいのは右の胸板と背板が三角形の別パーツになっており、それぞれ胴本体にリベット止めされていることであった。リベットは脱着可能で、このため右側のパーツを取りはずし、いわゆるワンショルダーの甲冑として使用することもできる。そして腕の可動域を大きくしつつも右肩の防御を残したい場合は、背板のパーツはそのままにして、胸板リベットの取り付け位置を一つずらすことで調節できる。
このように本甲冑は上半身の防御重視か、あるいは利き腕の運動性を優先するかのどちらでも対応可能なように設計されているようであるが、右のパーツが白く塗色されているのは兜の場合と同じで、黒漆塗りの胴と対比させる視覚的効果も意図しているのは明らかである。
胴の中央には、かの武田信玄が旗印として用いたことで有名な孫子の格言が金文字で記されていた。これをもって本甲冑を武田家由来と考えることもできるかもしれないが、甲冑の注文主が単に武具にふさわしい文言として書かせた場合もあるだろうから、あえて武田家との関連性を求める必要もないだろう。
胴の下、腰の部分には家地に鎖を縫いつけたものがスカートのように巻かれ、草摺の隙間を保護していた。籠手と臑当は西洋甲冑の影響を受けたらしく鉄の一枚物で中央に鎬を立てて強度を上げ、表面に錆止めの黒漆をかけている。
全体のイメージとしては戦国後期、安土桃山頃の豪壮な気風が反映された、傾奇者好みの異彩を放つ甲冑であった。
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