功名の証(こうみょうのあかし)

北之 元

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第4話  異変

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 甲冑を写真に撮り、あとはもとどおり原状復帰した上で帰ろうとしたときであった。
「ちょっと待ってくれ」A夫が言った。
「C子、せっかくの機会だ、この鎧を着て記念撮影とシャレないか。動画アップしたら大受け間違いなしだぜ」
「そ、それはいくらなんでもダメだろう」B輔がきこんで口をはさむ「かりにもいわくつきの鎧だぞ、そんなことしたらたたられるだろ」
「それはだいじょうぶだよ」C子がアッケラカンとした口調で言った「さっきからここの霊気はゼロ。それにこの鎧、なんかゲームキャラのコスチュームみたいでかわいいし、着てみたくなっちゃった」
「B輔、同盟名うての霊能力者さまのお墨つきだ、祟りなんかないよ。それよか、おまえだってC子の武者姿を拝みたいだろう」
「ま、まあ、それはそうだが、この鎧、なんかおかしくないか」
「たしかにスッゴイぶっ飛んだデザインだけどね、これだけキレイだったら私は着てもぜんぜんオッケー」
「それがおかしいだろ!」
 普段おとなしいB輔が、C子の言葉をさえぎり大声をあげた。
「四百年以上も経ったものが、なんでそんなピカピカなんだ。それに一度火災に遭っているんだぞ、……俺はな、そいつを鎧櫃から一つずつ出しながら確かめたんだけど、焼け焦げどころかすすひとつついていなかった。火事の煤汚れってやつは簡単に落ちるものじゃない。焼け出された物品特有の臭いもつく。だけどこいつは新品同然に綺麗すぎる、漆の匂いだってするんだぞ。こんなこと絶対にありえないんだ」

 そんなB輔の剣幕に押されたA夫は、あらためて兜を手にとって眺めた。――先刻はあまり気にしていなかったが、B輔のいうとおり漆器特有の香りをほのかに感じた。磨き上げられた兜鉢の表面は覗き込んでいるA夫自身の顔が映るほどツルツルで、触れるとくっきり指紋がついた。
「こ、これはきっと模造品レプリカなんだよ」
 そう言うA夫自身、おのれの言い訳の根拠が薄弱なことをだれよりも自覚していた。偽物ならこれほど厳重に蔵の奥に御札おふだで封印してまで仕舞いこむ必要はない。それに模型のように見せるだけの代物なら裏側に赤漆を塗り、緩衝用の布を張るといった、外から見えない箇所にまでそんな手の込んだ細工をほどこすだろうか。それにこの両手にズッシリくる重さときたら――(鉄砲を意識しているせいだ)
 戦史に鉄砲が登場して以降、甲冑は銃弾に耐えられるよう従前のものより鉄板が厚くなった。その後、銃砲が改良され強力になるにつれて、装甲厚を増すとともに過大となる着用者の重量負担が問題化し、やがて甲冑そのものが戦場から姿を消すことになるが、この鎧は甲冑師がまだ強力なライバルである新兵器、鉄砲とのシーソーゲームに打ち勝とうと苦心惨憺くしんさんたんしている時期の産物であり、この異様な重量はその反映なのだ。
(これは本物だ)A夫は呆然とした。

「それ、もらうよ」というC子の声。振りむいたA夫とB輔の前には、当の鎧を身につけ、A夫の手から取り上げた兜をいただいて顎紐あごひもを締めている彼女の姿があった。
「へへ、ちょっとハズいけど、服の上から着けたらダサいからね」C子は素肌の上に鎧を着ていた。
「お、おまえ、いつの間にそんな格好してんだよ」
「この鎧、手に持ったら重いんだけど、着ると軽いんだよねー、この兜だってかぶったら帽子と変わんないの」
「その兜の顎紐の結び方、いつ覚えたんだ、てか、おまえ、時代劇のエキストラかなんかで鎧の着方習ったことあったのか」
「やだ、看護師やってたらそんなバイトするほどヒマじゃないよ。テキトーにきまってんじゃん」
 C子の言葉はたしかに不自然であった。そもそも甲冑は初心者がなんの手ほどきもなく着用できるような代物ではない。しかし、彼女の着こなしは兜や武者草履の緒の結び方に至るまで完璧であった。それに心なしかその着丈や幅が、まるで彼女専用にあつらえたかのようにピッタリになっていた。そして、それのみならずさらに不可解なことがあった。
「その刀はどうしたんだ」
 C子は腰に朱塗りの大小を差していた。――しかしその刀は先刻までこの室内には存在しなかったはずのものである。 
「なんかそこにあったよ、やっぱり刀がないとサマにならないでしょ」彼女はこれホンモノかなとつぶやきながら大刀を抜くと、男たちが止めるいとまもあらばこそ、室内の一角にあった用途不明の赤い三角コーンに切りつけた。

 コーンの上半分がスッパリと切られて落ちた。
「わっ本物マジもんだった、こわっ」真剣のあまりの切れ味に驚いたのか、恐るおそる刀を鞘におさめるC子。

「ち、ちょっと、これを見てくれよ」
 B輔がただならぬ様子で床から拾い上げたものを二人に突きつけた。それは長さは十五ないし二十センチぐらいで、指の太さほどの鉄の棒であった。表面には等間隔で凹凸が刻まれている。全体にびが浮いていたが、斜めにカットされた一方の切り口は銀色に輝いていた。
 B輔の意図を察したA夫が、上半分が切り落とされた三角コーンを取りのけると、そこにはB輔の手にあるのと寸分たがわぬ鉄の棒が床から突き出ており、斜めの切り口はピタリと符合した。
 鉄の棒は鉄筋であった。おそらくは何らかの事情で床からはみ出すような格好となってしまったものを、安全のため上から工事用の三角コーンをかぶせていたのだろう。そうしてみるとC子の刀は太さ十数ミリの鉄の棒をコーンもろとも両断してしまったことになるのだ。
 いかなる名刀といえど、素人の一撃でこんなことができるはずもない。それにこの朱塗りの大小自体、空中から突然出現したとしか言いようがないではないか。

――三人の中に非常ベルのような恐怖心が炸裂した。

 A夫が震える声で言った「お、おい、すぐに引きあげるぞ、C子、鎧を脱いで元に戻せ」
「脱げない」
「馬鹿、恥ずかしいなんて言ってる場合か」
「ちがう、外れないの、どうしよう」
 C子は甲冑の胸板に手をかけて手前に押しているが、どうしても外れないらしい。引き合わせの緒はほどいてあり、高紐たかひもこはぜも留められていないので、そのまま前に開けそうなものだが、何かが違うようなのだ。ひょっとしたら西洋甲冑に見られるようなスプリングロック式になっているのかとも思い、前後の胴の接合部分を確認しても、それらしき仕掛けは見当たらない。兜や、籠手、臑当も同様で、まったく外すことができない。

「あっ、あっ、いきが、息ができなっ」突然C子が苦しみだした――緊急事態である。
「いかん、B輔、手伝え」
 A夫たちはもはやこうなったからには力ずくでもと必死に甲冑をC子の体から引きはがそうと試みるが無駄だった。ベンチプレスで自分の体重の倍の重さのバーベルを挙げ、フライパンを曲げることのできるB輔の膂力りょりょくをもってしてもびくともしないのだ。
「うわっ」何か得体の知れない大きな力に跳ね飛ばされるA夫とB輔――起き上がった二人の眼前には全身を後方に反り返らせ、四肢を痙攣けいれんさせて悶絶しているC子の姿があった。
「く、か、くは、かっ」すでに彼女は白目を剥き、口を水から揚げた魚のようにパクパクさせている。
「このままじゃC子が死んでしまうぞ」
「和尚を呼べ」
「いや、その前に救急車だ」
 いまや完全にパニックにおちいったA夫とB輔は、期せずして二人とも庫裏くりへ向かって駆け出していた。




 
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