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五個目の車輪と蛇の足
ひっそり静かな生活(主観的には)***その後の侍従と伝令役と②
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「お願いです!お嬢様!どうかっ、―――どうか僕もお連れくださいっ」
この元侍従が側付きはじめたとき、誇らしげに頬を紅潮させてシャルロット様の部屋に入る姿を見たことがある。ああ、やっと堂々と彼女の助けになれる者がついたのだと、その時は思ったものだ。
ざわつく闇が、こもった息遣いが、澱んだ光の眼が、遠巻きにあったそれらが森の奥から這い寄ってきているのがわからないのか。
思わず漏れた舌打ちと同時に、彼らの前に出て結界の外へ押し出した。
地を揺るがすほどの咆哮
唸るように空を裂く斬撃
きぃんきぃんと甲高く立て続けに鳴ったのは、俺たちの前に展開された虹色の小さな障壁
魔獣が森の奥から姿も見せずに俺たちを襲ったのだと理解できたのは、四人で団子のように絡まりながら結界の外で転がった後だった。
四人分の恐怖に弾んで乱れた息づかいだけが、あたりに漂う。
結界のこちら側までは、魔獣のあのおどろおどろしい気配は届かず、痛いほど静かで明るい日差しが降り注いでいる。
「……っまの、は」
ただ貢物を供えればいいだけのものを、俺たちを無闇に危険にさらした張本人から能天気な言葉がこぼれた。今のも何も魔獣に決まっているだろうと喚き散らしたいのをぐっと堪えた。
元侍従の、騎士二人に掴まれて乱れた襟元から、きらりと反射する光。
「お、おい、障壁がでた、よな」
「ああ、俺じゃないぞ……誰が」
お互いに顔を見合わせている騎士たちにため息がでる。
伝令役で配達係で、シャルロット様の仕事を率先して請け負っていたからと、いつの間にか俺の仕事になっていたけれど、貢物を供える時にこいつらがついてきてたのは最初の頃だけだ。最近はずっと俺一人だったのに、この元侍従が今日はついてくるからと体裁を整えるべく、いつものことのような顔してきていた。
この仕事は機密事項だと命じられた僅かな者たちはもうみんな知っている。
安全とまでは言わなくとも、さっと素早く置いて帰ってくる程度なら問題は起こらないし、何よりも貢物はただ魔獣の餌になっているだけのことを。
それなのに意味もよくわからないまま行われ始めたこの儀式もどきなど、積極的にしたい仕事などではないことを。
あの物静かで優しい少女がくれたお守りを、お仕着せの胸ポケットの上から握りしめた。
『これは肌身離さずつけていてね。私は何も持っていなくて、今までよくしてくれたお礼もできていなかったけど』
絶対に役に立つからと、見せてくれた笑顔は初めてお礼を言われたときよりも、ずっと年相応で悪戯気ですらあった。
同じものを受け取っていた助手が、後からそっとこのお守りの効果を教えてくれた。どうやらこれをもらった人間には耳打ちしているらしい。
魔獣除けどころか攻撃すらこうして弾き返して受け付けないし、わずかながらも疲労回復効果まであると。こんなものそこらの上級貴族だって持ってない。その効果は実際に先月体感している。勿論俺一人でここに来た時だし、それは誰にも報告なんてしていない。
「それ」
呆然としている元侍従の襟元を指さした。
「それから障壁がでてきたように見えましたねぇ」
えっ……と、元侍従は首にかかる細い鎖を手繰り寄せて、遊色が浮かぶ白い宝石をはめ込んだシンプルなお守りをまじまじと見つめた。
「お、お嬢様が」
「シャルロット様からいただいたんですかー、すごい効果のあるお守りなんですねー」
「き、君っ、それちょっと見せてくれないか」
「危機一髪ってこのことですよねぇ、さすが公爵家に仕えてる人はちがうなー」
「え、これはお嬢様が僕に」
「見るだけだから!」
俺は、すごいなー俺にはよくわかんないっすけどーと棒読みのセリフを繰り返して立ち上がり、しれっと騎士たちと元侍従を城へ戻るよう促した。
魔獣の斬撃は直撃分こそ障壁が防いだけれど、それた分は結界をすり抜けて俺たちのいたすぐ横の土をえぐっていた。
この結界は魔獣の攻撃すらも防ぐときいていたのに。
騎士たちはお守りに気をとられて、そんなことすら気付いていない。
結界が弱まってきているという報告は、こいつらの頭上を通り越してやることにする。
正々堂々と俺の手柄とさせてもらう。
もう、ほんの些細な気遣いを拾い上げて認めてくれる少女はいないのだから。
お連れくださいだって?
伊達に全ての部署を毎日行き来してるわけじゃない。
城中で囁かれる声を聞き分ける耳も、真偽を判別する頭も持っている。
この元侍従が何をして何をしなかったのかなんてもうとっくに知っている。
やっと自由に過ごせるようになったであろう少女に、また庇護を求めるというのか。
騎士たちは当然このことを報告するだろう。
そしてあの素晴らしい贈り物は、きっと王妃殿下が最近籠りだした研究室へ持っていかれるだろう。
―――ざまぁみろ。あいつにあのお守りはもったいない。
◇◇◇
くるるる
訝し気に喉を鳴らしたシルヴァが、すぅっと目を細めて空を仰ぎました。
「シルヴァ?」
「きゅうーぅ」
なんでもないよというように、鼻先で私の眉間を撫でてくれます。
見上げていた空の方角は王都のほうでした。
そうですね、そろそろ結界が弱まってきているころでしょうか。すっかり忘れてましたわぁ。
うふうふ、きゅっきゅ、と笑いあって頬ずりしあいふざけあいながらわが家へと向かおうとしているところに、また無粋な声がかかった。
「ま、待てと言っただろう」
私たちは特に急ぐわけでもなくここまで来たのに、息を切らして追いかけてきた王子はちょっと運動不足じゃないだろうか。それともおばさま包囲網が強すぎたのか。隣国、社交スキル低すぎでは。
「あー、あのだな」
「はい」
「あれだ、王都にちょっと行ってきたんだがな」
「えー、なんか長くなります?」
「お前もうちょっと手心加えろ!?」
だってもう帰りたいのにー。
この元侍従が側付きはじめたとき、誇らしげに頬を紅潮させてシャルロット様の部屋に入る姿を見たことがある。ああ、やっと堂々と彼女の助けになれる者がついたのだと、その時は思ったものだ。
ざわつく闇が、こもった息遣いが、澱んだ光の眼が、遠巻きにあったそれらが森の奥から這い寄ってきているのがわからないのか。
思わず漏れた舌打ちと同時に、彼らの前に出て結界の外へ押し出した。
地を揺るがすほどの咆哮
唸るように空を裂く斬撃
きぃんきぃんと甲高く立て続けに鳴ったのは、俺たちの前に展開された虹色の小さな障壁
魔獣が森の奥から姿も見せずに俺たちを襲ったのだと理解できたのは、四人で団子のように絡まりながら結界の外で転がった後だった。
四人分の恐怖に弾んで乱れた息づかいだけが、あたりに漂う。
結界のこちら側までは、魔獣のあのおどろおどろしい気配は届かず、痛いほど静かで明るい日差しが降り注いでいる。
「……っまの、は」
ただ貢物を供えればいいだけのものを、俺たちを無闇に危険にさらした張本人から能天気な言葉がこぼれた。今のも何も魔獣に決まっているだろうと喚き散らしたいのをぐっと堪えた。
元侍従の、騎士二人に掴まれて乱れた襟元から、きらりと反射する光。
「お、おい、障壁がでた、よな」
「ああ、俺じゃないぞ……誰が」
お互いに顔を見合わせている騎士たちにため息がでる。
伝令役で配達係で、シャルロット様の仕事を率先して請け負っていたからと、いつの間にか俺の仕事になっていたけれど、貢物を供える時にこいつらがついてきてたのは最初の頃だけだ。最近はずっと俺一人だったのに、この元侍従が今日はついてくるからと体裁を整えるべく、いつものことのような顔してきていた。
この仕事は機密事項だと命じられた僅かな者たちはもうみんな知っている。
安全とまでは言わなくとも、さっと素早く置いて帰ってくる程度なら問題は起こらないし、何よりも貢物はただ魔獣の餌になっているだけのことを。
それなのに意味もよくわからないまま行われ始めたこの儀式もどきなど、積極的にしたい仕事などではないことを。
あの物静かで優しい少女がくれたお守りを、お仕着せの胸ポケットの上から握りしめた。
『これは肌身離さずつけていてね。私は何も持っていなくて、今までよくしてくれたお礼もできていなかったけど』
絶対に役に立つからと、見せてくれた笑顔は初めてお礼を言われたときよりも、ずっと年相応で悪戯気ですらあった。
同じものを受け取っていた助手が、後からそっとこのお守りの効果を教えてくれた。どうやらこれをもらった人間には耳打ちしているらしい。
魔獣除けどころか攻撃すらこうして弾き返して受け付けないし、わずかながらも疲労回復効果まであると。こんなものそこらの上級貴族だって持ってない。その効果は実際に先月体感している。勿論俺一人でここに来た時だし、それは誰にも報告なんてしていない。
「それ」
呆然としている元侍従の襟元を指さした。
「それから障壁がでてきたように見えましたねぇ」
えっ……と、元侍従は首にかかる細い鎖を手繰り寄せて、遊色が浮かぶ白い宝石をはめ込んだシンプルなお守りをまじまじと見つめた。
「お、お嬢様が」
「シャルロット様からいただいたんですかー、すごい効果のあるお守りなんですねー」
「き、君っ、それちょっと見せてくれないか」
「危機一髪ってこのことですよねぇ、さすが公爵家に仕えてる人はちがうなー」
「え、これはお嬢様が僕に」
「見るだけだから!」
俺は、すごいなー俺にはよくわかんないっすけどーと棒読みのセリフを繰り返して立ち上がり、しれっと騎士たちと元侍従を城へ戻るよう促した。
魔獣の斬撃は直撃分こそ障壁が防いだけれど、それた分は結界をすり抜けて俺たちのいたすぐ横の土をえぐっていた。
この結界は魔獣の攻撃すらも防ぐときいていたのに。
騎士たちはお守りに気をとられて、そんなことすら気付いていない。
結界が弱まってきているという報告は、こいつらの頭上を通り越してやることにする。
正々堂々と俺の手柄とさせてもらう。
もう、ほんの些細な気遣いを拾い上げて認めてくれる少女はいないのだから。
お連れくださいだって?
伊達に全ての部署を毎日行き来してるわけじゃない。
城中で囁かれる声を聞き分ける耳も、真偽を判別する頭も持っている。
この元侍従が何をして何をしなかったのかなんてもうとっくに知っている。
やっと自由に過ごせるようになったであろう少女に、また庇護を求めるというのか。
騎士たちは当然このことを報告するだろう。
そしてあの素晴らしい贈り物は、きっと王妃殿下が最近籠りだした研究室へ持っていかれるだろう。
―――ざまぁみろ。あいつにあのお守りはもったいない。
◇◇◇
くるるる
訝し気に喉を鳴らしたシルヴァが、すぅっと目を細めて空を仰ぎました。
「シルヴァ?」
「きゅうーぅ」
なんでもないよというように、鼻先で私の眉間を撫でてくれます。
見上げていた空の方角は王都のほうでした。
そうですね、そろそろ結界が弱まってきているころでしょうか。すっかり忘れてましたわぁ。
うふうふ、きゅっきゅ、と笑いあって頬ずりしあいふざけあいながらわが家へと向かおうとしているところに、また無粋な声がかかった。
「ま、待てと言っただろう」
私たちは特に急ぐわけでもなくここまで来たのに、息を切らして追いかけてきた王子はちょっと運動不足じゃないだろうか。それともおばさま包囲網が強すぎたのか。隣国、社交スキル低すぎでは。
「あー、あのだな」
「はい」
「あれだ、王都にちょっと行ってきたんだがな」
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だってもう帰りたいのにー。
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