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黒猫ツバキと女神大戦・後編

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 ウズメが、〝女神大戦〟の経緯をコンデッサとツバキへ語る。フレイヤが不正を行った結果、再投票が実施されることになったのだとか。

 女神たちの争いは激しさを増す。

『やり直しの選挙で、トップになったのはギリシャ神話のアテナ様。決まりかと思われたんですが、ユースティティア様の天秤がまたまた揺れちゃいました。武芸自慢のアテナ様は、対立候補を武力で脅していたのです』
『暴力女神にも困ったもんじゃ』
『トラブルがある度に泣いて逃げ出す弱虫のアマテラス様に、ケンカは無理ですもんね』
『そんなことは無いのじゃ』

 女神とは……。

『3度目の選挙で勝ち抜いたのは、弁財天べんざいてん様でした。でも、お約束と言うべきか、ユースティティア様の天秤はやっぱり揺れました。お金持ちの弁財天様は、有権者を買収していたのです』
『いくら財宝の神だからと言って、やって良いことと悪いことの区別もつかんのか、あの成金女神!』
機織はたおりの手間賃で日々の生計を立てているビンボーなアマテラス様は、買収なんてやりたくても出来ませんものね』
『そんなことは無いのじゃ』

 女神とは……女神とは……。

『そうこうするうちに、このお店に形代かたしろが無い女神様たちも、選挙に参加しはじめたのです。西王母せいおうぼ様は有権者へ桃を配りまくるし、被選挙権を剥奪された弁財天様は抗議のためか琵琶を四六時中かき鳴らすし……選挙戦は、カオスな様相を呈してきました』
『黄泉の国の母上が立候補しようとしたときには、さすがに焦ってしまったの』
『イザナミ様は腐ってますからね』
『母上は、リアル腐女子なのじゃ』

 実の母にも容赦がないアマテラス。さすが、日本神話の最高神。親不孝ぎりぎり。
 一方ウズメは〝触らぬ神に祟りなし〟とばかりにアマテラスの発言をスルーする。

『過熱する一方の〝女神大戦〟……そこに、冷や水を浴びせる異変が。なんと、クトゥルフ神話のアザトース様が参戦に名乗りを上げたのです』
「それが、どうかしたニョ?」

 ツバキの問いに、アマテラスが答える。
 
『クトゥルフ神話は……他の神話と違って、グニョグニョしておるのじゃ。その中でも、アザトースは特にネチョネチョした神なのじゃ。そもそも、アイツは女神でさえ無い』
『アザトース様は「自分は〝知られざるもの〟にして〝暗愚あんぐの実体〟である。性別は無く、男神でもあり、女神でもある。従って、選挙に参加する資格はある」と仰ってましたね』
『な~にが、「女神でもある」じゃ。あのツブれあんパン。だいたいエラそーにおのれのことを〝暗愚の実体〟とか言っとるが、それって「自分は馬鹿です」と告白しているようなものじゃぞ。恥ずかしくはないのかの?』

 言いたい放題のアマテラス。誇り高き、日本神話の太陽神。傲慢すれすれ。

「だったら、アザにゃんとかなんて気にする必要はないのニャ」
『いや、しかしな……』

 最高神にして太陽神が言い淀む。意外に弱気。ヘタレ寸前。

『クトゥルフ神話にはカルト的な人気があってな。固定客が付いとる状態なんじゃ。万が一、アザトースが選挙に勝利なんかしてみろ。フレイヤやアテナや弁財天に負けるのは、悔しいが、無念じゃが、理不尽じゃが、辛うじて我慢できる。じゃが、泥たまりに落ちて数十人の靴に踏まれた肉マンのような姿をしているアザトースに破れたりしたら、わらわの女神たる矜持きょうじ一欠片ひとかけらも無くなってしまう……』

 項垂うなだれるアマテラス。

『アマテラス様と同じように考えた女神様は、数多く居られました。皆様が選挙から撤退なさったことにより、〝女神大戦〟はウヤムヤのうちに終結したのです』
『そして、気が付くと地球に残っていたのは人類の1%ほどで、99%は宇宙に脱出していたのじゃ。とっくの昔に、別の惑星に住みついておった』

 ウズメが、宇宙や地球に関する情報をコンデッサたちに教える。
 頭の良いコンデッサは、すぐに理解した。ツバキには、サッパリ分からなかったようだが。

「良く分からないニャ。どうして、古代人類のみにゃさんは〝地球〟とやらを出ていってしまったニョ?」
『無理もありませんよ。〝女神大戦〟の選挙期間中、連日連夜、空からも大地からも森からも海からも「清き1票を! 清き1票を!」と連呼する女神様たちの声が聞こえるんですよ。眠っていても夢の中に女神様たちが出てきて「清き1票を! 清き1票を!」って叫ぶんです。うるさいったら、ありゃしません。騒音被害に耐えかねて、人類は宇宙に飛び出していっちゃったんです』とウズメ。
こらしょうの無いヤツらじゃ』とアマテラス。

自己中じこちゅーな神だな」
駄女神ダメガミ様にゃん」
 コンデッサとツバキがコソコソ話す。

『なんぞ意見でもあるのか? 人間と猫』
「いいえ。それで、神様たちはどうなさったのですか?」
『それぞれ、好きなようにしたの。人類を追って宇宙へ行った神も居れば、自らの聖域に安住してしまった神も居る。妾は、お昼寝タイムとしゃれ込んだのじゃ』
『私もアマテラス様にお供してオネンネしちゃいました』
「数億年もお昼寝するにゃんて、ノンキな神様にゃん」

 ツバキは、呆れる。

『神である私達にとって、1億年はあっと言う間なんですよ』

 弁解じみた口調のウズメ。
 アマテラスは溜息を吐く。

『それにしても、あの女の子はこのネックレスをいったいどの女神に渡したかったのかの? 9割9分9厘は、妾で間違いないと思うんじゃが……』
『あ。問題のネックレスが何処に行ったのか不明だと案じていたら、ちゃっかりアマテラス様がネコババしていたんですね』
『ネコババでは無い! 大切に保管していたのじゃ』

 説得力皆無な、アマテラスの主張。 

「では、確認してみますか。このネックレスには強い念が籠もっていますので、《お喋り魔法》に反応するはずです」

 コンデッサが、ネックレスへ《お喋り魔法》を掛ける。
 一同が注目する中、ネックレスが意思を示す。

『ネックレスの私に、何を聞きたいの?』
「君を買った少女は、どの女神様にプレゼントするつもりだったのかな?」
『妾に決まっておる』

 決めつけは、良くない。

『え~と、確か名前が5文字の女神様……』
『妾はア・マ・テ・ラ・スで5文字じゃ!』

 先走りは、やめましょう。

『天体に関連する女神……』
『妾は太陽神じゃ!』

 早合点は、間違いのもと。
 
『それで処女神で……』
『う、うむ。妾は清らかな乙女じゃぞ』

 恥ずかしげなアマテラス。ちょっと、可愛い。

『乱暴者の兄弟が居るとか居ないとか』
『スサノオのことかの』
『名前の最初は〝ア〟で、最後は〝ス〟だったはず』
『やはり、妾じゃ! 〝1番美人の女神様〟は、妾で決まりじゃ!』

 はしゃぐアマテラス。少々、うざい。
 と、ネックレスが告げる。

『思い出しました。贈り先の女神様の名前は、〝アルテミス〟』

 無情な申し渡し。
 忖度そんたくは、無い。

『ギリシャ神話のアルテミス様ですか。月の女神で、処女神ですよね。戦の神アレス様が、異母兄弟。残念でしたね、アマテラス様』
 ウズメが淡々と述べる。

 太陽、月に敗北。
 
 しばしフリーズしたのち、アマテラスは涙ぐみつつフヨフヨと宙を飛んだ。
 アクセサリー類を仕舞ってある戸棚に入り込み、パタンと扉を閉じる。

 アマテラスお得意の天岩戸あまのいわと隠れである。が、コンデッサとツバキの手拍子に合わせてウズメが舞うと、すぐに出てきた。



《帰還魔法》で我が家へ戻ったコンデッサとツバキは、あまりにも情けなさすぎる〝旧世界滅亡の真因〟について、誰にも話さないことを誓い合った。



 後日、ウズメが報告に来てくれた。

 久方振りに高天原たかまがはらへ顔を出したアマテラスは、留守番をしていた高木神たかぎのかみに怒られて、泣きながら機織りをしているそうだ。
 ネックレスは、ちゃんとアルテミスへ郵送したとのこと。

 アマテラスは、正直な神様なのである。
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