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黒猫ツバキ、お嬢様が大人への階段を上る瞬間を目撃す・後編
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コンデッサの家に突如として現れた、伯爵家のメイド長アルマ。
彼女はコンデッサより《冷却魔法》の攻撃を受け、頭を氷付けにされてしまう。
非情なるかな、魔女。冷酷なるかな、王国きっての魔法使い。
しかし、そこは、さすがのメイド長。クールビューティーの中の、クールビューティー。
根性と熱意と〝お嬢様への(過度な)愛情〟のパワーを用い、アルマは頭部の氷をアッと言う間に溶かしてしまった。
そして一同、ちょっと一休み。
♢
アルマはタオルで顔と髪を綺麗に拭い終わると、美しい所作で一礼する。
「コンデッサ様、ありがとうございます。おかげさまで、アイスコーヒー並に頭が冷えました」
「クールビューティーさん、復活にゃ」
「頭が沸騰しているようにしか見えなかったが、冷えて良かった」
クールビューティーとは、いったい……?
深まる謎は放置して。
話は再開。
メイド長が、魔女を責め立てる。
「けれどコンデッサ様。アナタ様がお嬢様にイケナイことをなさったのは、間違いのない事実です。なにせ、お嬢様ご自身が仰ったのですから!」
「にょ?」「……チリーナのヤツ、何て言ったんだ?」
「先日、コンデッサ様のお宅より帰っていらしたお嬢様は、ポ~と上気したお顔をしておられたのです。不審に思った私は、お嬢様へ尋ねました。『お嬢様。コンデッサ様のところで、何かあったのですか?』と。すると、お嬢様は……こう述べられたのです」
辛い記憶を掘り起こしているのか、アルマが悲しみの涙を流す。
「『私、お姉様の手によって、〝大人への階段〟を上ったのよ』と」
「な!?」「にゃ?」
コンデッサとツバキ、ビックリ仰天。
「お嬢様は、こうも仰いました。『私が「寂しい……」と呟くと、お姉様が「その寂しさを、私が紛らわしてやろうと」と口にされて……。お姉様の巧みな手つきに、私は夢中になり……そして、お姉様より注がれる愛情は、私の身も心も満たしてくれたのです。はしたなくも、私は興奮を抑えることが出来ませんでした。額には汗がにじみ、身体中の神経は過敏となり……ああ! いま思い出しても、ドキドキします。あの胸の高鳴りを、私は生涯忘れることはないでしょう』と。……そんな、そんな、そんな。なんてこと、なんてこと、なんてこと。お嬢様ああああぁぁぁぁ」
嘆きのメイド長。どこぞのヒロインみたい。
「さすがに、道具は使用なさらなかったようですが……」
「ど、道具?」「にゅ? ど~ぐ?」
アルマの口より出てくるワードが、危険すぎる。
「〝お嬢様の初めて〟に、もし道具なんて用いていたら……コンデッサ様。私は伯爵家の総力を挙げて、アナタ様を潰しに掛かっておりました」
コンデッサは、ボロノナーレ王国指折りの優秀な魔女である。そして、チリーナの実家は高位の貴族。
もし魔女(&黒猫)と伯爵家の全面対決ともなれば、王国に血の雨が降るのは確実だ。
コンデッサの顔面が蒼白になる。
「ア……アルマ殿。チリーナがその話をしたのは、いつの事だ?」
「3日前です」
♢
3日前。コンデッサの家にて。
チリーナが、ぼやく。
「コンデッサお姉様。私、口寂しいです。お腹が空いているような空いていないような、中途半端な気分ですわ」
「チリーニャさん。煎餅でも、食べるにゃ?」
「せんべー……。い、いえ、何か食べたいという程でも無いのです」
「それなら、チリーナ。コーヒーでも飲むか? 口寂しさが、紛れるぞ」
「お姉様のお手製ですか? 飲みます、飲みます!」
喜ぶ、伯爵令嬢。
魔女が〝良いアイデアを思い付いた!〟と言わんばかりに、1つの提案をする。
「折角だから、道具は使わずに、魔法のみでコーヒーを淹れてやろう」
手をクルクルさせつつ、コーヒー豆を《粉砕魔法》によって細挽きにするコンデッサ。更には《抽出魔法》と《加熱魔法》を操り、極上のホットコーヒーをカップへ淹れてみせる。
コーヒーミルもペーパーフィルターも使用しない。正真正銘の〝手作り〟である。
「お姉様……相変わらず、見事な魔法の手つきですわ。ウットリしてしまいます。しかも、一切器具を用いないなんて……」
「さぁ、コーヒーが出来たぞ」
コンデッサが差しだしたコーヒーに、チリーナはミルクと砂糖をドボドボ入れた。
すかさずツッコむ、ツバキ。
「チリーニャさん、子供舌にゃん」
「お黙りなさい! ホットコーヒーを飲めない猫舌のアンタに、言われたくはありませんわ!」
猫へ反発の言葉を返す、伯爵令嬢。
魔女が質問する。
「チリーナは、ブラックコーヒーを飲めないのか?」
「ブラックコーヒーは苦くて……」
「私は、ライトな味のコーヒーが好みなんだ。豆も新鮮なのを選んでいるし、おそらくチリーナが想像するより苦くは無いと思うぞ。試しに、ミルク無しで飲んでみろ」
「お姉様が、そう仰るなら……」
恐る恐るブラックコーヒーを口に含む、チリーナ。
「あら! まろやかで、美味しいですわ」
「そうだろう、そうだろう」
コンデッサが満足げな表情になる。
そんな魔女(20代前半)へ向けられる令嬢(10代後半)の眼差しが、妙に熱っぽい。
「なんだか、ドキドキしてきました」
「コーヒーに含まれるカフェインには、興奮を促す効用があるからな」
「なんだか、額に汗が……」
「コーヒーに含まれるカフェインには、発汗を促す効用があるからな」
「なんだか、頭がスッキリしてキビキビ動けそうです」
「コーヒーに含まれるカフェインには、覚醒を促す効用があるからな」
チリーナが、カップをテーブルの上へ置く。
そして勝ち誇った顔になり、宣言する。
「ブラックコーヒーが、飲めました! すなわち、私は本日を以て子供を卒業、大人への仲間入りを果たした訳ですね」
「え? チリーナ、それはちょっと違うんじゃ……」
「お姉様が注いでくださったコーヒーによって〝大人への階段〟を上れるなんて、私、感激です!」
「ああ……うん」
〝面倒くさいので、やりすごそう〟といった視線を使い魔へ向ける、コンデッサ。
〝同意にゃん〟と無言で頷く、ツバキ。
「コーヒーへと込められたお姉様の愛情を、私、しっかりと受け止めましたわ。身も心も、充実した気分です!」
「それは、良かった」
「チリーニャさん、テンション高すぎにゃん」
♢
「……って事があったんだ。分かってくれたか? アルマ殿」
「分かりました。早い話が、〝お嬢様の初めて〟をコンデッサ様に奪われてしまったのですね。無念」
「いや、そうでは無く……」
「コンデッサ様は、やりすごす……いえ、やりすぎたのですね。不埒千万! 桃色吐息! 宿願成就! スピード違反のセクシーダイナマイツ!」
「メイド長さん。全然、分かっていないにゃん」
♢
その日の晩。伯爵家の屋敷。
「お寿司~お寿司~♪ 今晩は、お寿司~♪」
「チリーナお嬢様は、お寿司が大好きですね」
「あら、アルマ。その通りよ。お寿司は、とっても美味しいもん♪」
食卓には、特上のお寿司。
「では、どうぞ。お嬢様」
「いただきま~す。………………ピィアアアア!!! 辛いですわ! ビリっとしますわ! 鼻にツ~ンときますわ!」
「お嬢様には今までワサビ抜きのお寿司をお出ししていましたが、本日からはワサビ入りとさせていただきます」
「ど~してですの、アルマ!?」
涙目のチリーナ。
「コンデッサ様に負けてはいられません! メイド長の誇りにかけて、私もお嬢様の〝初めて〟を貰うのです! お嬢様に〝大人への階段〟を上っていただくのです! さぁ、お嬢様! ワサビ入りのお寿司を食べられるようになれば、お嬢様も立派な大人の仲間入りですよ!」
「ふぇ~ん。舌が痺れますわ! 涙が出ますわ」
「お嬢様を痺れさせて泣かせてしまうとは……私って、罪なメイド」
♢
後日。
「コンデッサお姉様。私、当分は大人にならないと決意いたしました」
「それで良いんじゃないか? チリーナ。大人になるときは、イヤでもなってしまうものなんだし」
「ご主人様は、今日も朝寝坊したのにゃ。早く、大人になって欲しいにゃん」
まだまだ子供の、2人と1匹であった。
彼女はコンデッサより《冷却魔法》の攻撃を受け、頭を氷付けにされてしまう。
非情なるかな、魔女。冷酷なるかな、王国きっての魔法使い。
しかし、そこは、さすがのメイド長。クールビューティーの中の、クールビューティー。
根性と熱意と〝お嬢様への(過度な)愛情〟のパワーを用い、アルマは頭部の氷をアッと言う間に溶かしてしまった。
そして一同、ちょっと一休み。
♢
アルマはタオルで顔と髪を綺麗に拭い終わると、美しい所作で一礼する。
「コンデッサ様、ありがとうございます。おかげさまで、アイスコーヒー並に頭が冷えました」
「クールビューティーさん、復活にゃ」
「頭が沸騰しているようにしか見えなかったが、冷えて良かった」
クールビューティーとは、いったい……?
深まる謎は放置して。
話は再開。
メイド長が、魔女を責め立てる。
「けれどコンデッサ様。アナタ様がお嬢様にイケナイことをなさったのは、間違いのない事実です。なにせ、お嬢様ご自身が仰ったのですから!」
「にょ?」「……チリーナのヤツ、何て言ったんだ?」
「先日、コンデッサ様のお宅より帰っていらしたお嬢様は、ポ~と上気したお顔をしておられたのです。不審に思った私は、お嬢様へ尋ねました。『お嬢様。コンデッサ様のところで、何かあったのですか?』と。すると、お嬢様は……こう述べられたのです」
辛い記憶を掘り起こしているのか、アルマが悲しみの涙を流す。
「『私、お姉様の手によって、〝大人への階段〟を上ったのよ』と」
「な!?」「にゃ?」
コンデッサとツバキ、ビックリ仰天。
「お嬢様は、こうも仰いました。『私が「寂しい……」と呟くと、お姉様が「その寂しさを、私が紛らわしてやろうと」と口にされて……。お姉様の巧みな手つきに、私は夢中になり……そして、お姉様より注がれる愛情は、私の身も心も満たしてくれたのです。はしたなくも、私は興奮を抑えることが出来ませんでした。額には汗がにじみ、身体中の神経は過敏となり……ああ! いま思い出しても、ドキドキします。あの胸の高鳴りを、私は生涯忘れることはないでしょう』と。……そんな、そんな、そんな。なんてこと、なんてこと、なんてこと。お嬢様ああああぁぁぁぁ」
嘆きのメイド長。どこぞのヒロインみたい。
「さすがに、道具は使用なさらなかったようですが……」
「ど、道具?」「にゅ? ど~ぐ?」
アルマの口より出てくるワードが、危険すぎる。
「〝お嬢様の初めて〟に、もし道具なんて用いていたら……コンデッサ様。私は伯爵家の総力を挙げて、アナタ様を潰しに掛かっておりました」
コンデッサは、ボロノナーレ王国指折りの優秀な魔女である。そして、チリーナの実家は高位の貴族。
もし魔女(&黒猫)と伯爵家の全面対決ともなれば、王国に血の雨が降るのは確実だ。
コンデッサの顔面が蒼白になる。
「ア……アルマ殿。チリーナがその話をしたのは、いつの事だ?」
「3日前です」
♢
3日前。コンデッサの家にて。
チリーナが、ぼやく。
「コンデッサお姉様。私、口寂しいです。お腹が空いているような空いていないような、中途半端な気分ですわ」
「チリーニャさん。煎餅でも、食べるにゃ?」
「せんべー……。い、いえ、何か食べたいという程でも無いのです」
「それなら、チリーナ。コーヒーでも飲むか? 口寂しさが、紛れるぞ」
「お姉様のお手製ですか? 飲みます、飲みます!」
喜ぶ、伯爵令嬢。
魔女が〝良いアイデアを思い付いた!〟と言わんばかりに、1つの提案をする。
「折角だから、道具は使わずに、魔法のみでコーヒーを淹れてやろう」
手をクルクルさせつつ、コーヒー豆を《粉砕魔法》によって細挽きにするコンデッサ。更には《抽出魔法》と《加熱魔法》を操り、極上のホットコーヒーをカップへ淹れてみせる。
コーヒーミルもペーパーフィルターも使用しない。正真正銘の〝手作り〟である。
「お姉様……相変わらず、見事な魔法の手つきですわ。ウットリしてしまいます。しかも、一切器具を用いないなんて……」
「さぁ、コーヒーが出来たぞ」
コンデッサが差しだしたコーヒーに、チリーナはミルクと砂糖をドボドボ入れた。
すかさずツッコむ、ツバキ。
「チリーニャさん、子供舌にゃん」
「お黙りなさい! ホットコーヒーを飲めない猫舌のアンタに、言われたくはありませんわ!」
猫へ反発の言葉を返す、伯爵令嬢。
魔女が質問する。
「チリーナは、ブラックコーヒーを飲めないのか?」
「ブラックコーヒーは苦くて……」
「私は、ライトな味のコーヒーが好みなんだ。豆も新鮮なのを選んでいるし、おそらくチリーナが想像するより苦くは無いと思うぞ。試しに、ミルク無しで飲んでみろ」
「お姉様が、そう仰るなら……」
恐る恐るブラックコーヒーを口に含む、チリーナ。
「あら! まろやかで、美味しいですわ」
「そうだろう、そうだろう」
コンデッサが満足げな表情になる。
そんな魔女(20代前半)へ向けられる令嬢(10代後半)の眼差しが、妙に熱っぽい。
「なんだか、ドキドキしてきました」
「コーヒーに含まれるカフェインには、興奮を促す効用があるからな」
「なんだか、額に汗が……」
「コーヒーに含まれるカフェインには、発汗を促す効用があるからな」
「なんだか、頭がスッキリしてキビキビ動けそうです」
「コーヒーに含まれるカフェインには、覚醒を促す効用があるからな」
チリーナが、カップをテーブルの上へ置く。
そして勝ち誇った顔になり、宣言する。
「ブラックコーヒーが、飲めました! すなわち、私は本日を以て子供を卒業、大人への仲間入りを果たした訳ですね」
「え? チリーナ、それはちょっと違うんじゃ……」
「お姉様が注いでくださったコーヒーによって〝大人への階段〟を上れるなんて、私、感激です!」
「ああ……うん」
〝面倒くさいので、やりすごそう〟といった視線を使い魔へ向ける、コンデッサ。
〝同意にゃん〟と無言で頷く、ツバキ。
「コーヒーへと込められたお姉様の愛情を、私、しっかりと受け止めましたわ。身も心も、充実した気分です!」
「それは、良かった」
「チリーニャさん、テンション高すぎにゃん」
♢
「……って事があったんだ。分かってくれたか? アルマ殿」
「分かりました。早い話が、〝お嬢様の初めて〟をコンデッサ様に奪われてしまったのですね。無念」
「いや、そうでは無く……」
「コンデッサ様は、やりすごす……いえ、やりすぎたのですね。不埒千万! 桃色吐息! 宿願成就! スピード違反のセクシーダイナマイツ!」
「メイド長さん。全然、分かっていないにゃん」
♢
その日の晩。伯爵家の屋敷。
「お寿司~お寿司~♪ 今晩は、お寿司~♪」
「チリーナお嬢様は、お寿司が大好きですね」
「あら、アルマ。その通りよ。お寿司は、とっても美味しいもん♪」
食卓には、特上のお寿司。
「では、どうぞ。お嬢様」
「いただきま~す。………………ピィアアアア!!! 辛いですわ! ビリっとしますわ! 鼻にツ~ンときますわ!」
「お嬢様には今までワサビ抜きのお寿司をお出ししていましたが、本日からはワサビ入りとさせていただきます」
「ど~してですの、アルマ!?」
涙目のチリーナ。
「コンデッサ様に負けてはいられません! メイド長の誇りにかけて、私もお嬢様の〝初めて〟を貰うのです! お嬢様に〝大人への階段〟を上っていただくのです! さぁ、お嬢様! ワサビ入りのお寿司を食べられるようになれば、お嬢様も立派な大人の仲間入りですよ!」
「ふぇ~ん。舌が痺れますわ! 涙が出ますわ」
「お嬢様を痺れさせて泣かせてしまうとは……私って、罪なメイド」
♢
後日。
「コンデッサお姉様。私、当分は大人にならないと決意いたしました」
「それで良いんじゃないか? チリーナ。大人になるときは、イヤでもなってしまうものなんだし」
「ご主人様は、今日も朝寝坊したのにゃ。早く、大人になって欲しいにゃん」
まだまだ子供の、2人と1匹であった。
応援ありがとうございます!
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