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2巻
2-1
プロローグ 新たな神器
神器の盗難騒動があってからしばらく、部屋に軟禁状態にされている私、アナスタシアのもとには頻繁に兄姉が訪れていた。
でも、一日中居座っているわけではなく、一人だけの自由な時間はある。
私が一人になりたいとでも伝えておけば、兄姉たちは素直に引き下がってくれるし。
その時間に、私はペンダントの形をした神器――『神聖なる水鏡』に事情を説明することになった。
私が王家の末娘として異世界転生したこと。女神であるリルディナーツさまに、秘密裏に神器を集めるよう頼まれたこと。その手助けにと、ライ――『神雷の金剣』を授かったこと。ライが自由に行動できるようにトラの姿に擬態していることも。
『じゃあ、今のお前は愛玩動物なのか?』
『俺が望んだわけじゃないからな』
私にモフモフされながらライは悪態をつく。事件の夜から薄々思っていたけど、やっぱり二人は以前から面識がありそう。
そう思って聞くと、ライがう~んと唸って答える。
『面識はあるが……一、二回話した程度だ』
『リルディナーツさまのもとでは個別に管理されていたから、交流を持つことはほとんどなかった』
あっ、そうなんですね。なら、ライたちが知らない神器とかもいたりするのかな。
『一応、お前に下げ渡されるまでにリルディナーツさまのところに存在していた神器の知識はあるが……どいつが下界にいるのかはさっぱりわからん』
『僕もあの倉庫に閉じ込められてたから、外がどうなっているのかはさっぱりだ』
ペンダントはともかく、ライは事前にリルディナーツさまに聞いておいてほしかったんだけどなぁ……事前情報があるのとないのとでは天と地の差があるんですよ。
『不満そうな顔をするな。神器が全部でいくつあると思ってるんだ。そいつらの行動なんていちいち把握してられるわけないだろ』
確かに、下界にいる神器は二十個以上とか言ってたもんね。さすがにほとんどの神器がボイコットしているわけではないだろうし、ほんの一部だけなんだろう。
「全体では百個くらいなの? そう考えるとかなりの数だけど」
何気なく疑問を口にしたら、ライが衝撃の一言を放った。
『もう少し多い。合計すれば三百程度だ。すべて合わせればになるが』
三百!? 多すぎませんかね!? 百でも多いなぁと思ってたのに!
『リルディナーツさまが管理する世界はここだけじゃない。複数の世界に対応できるようにしたら、自ずと数は増える』
ペンダントが淡々と続ける。
いや、そうかもしれないけど。道具はたくさんあったほうがいいだろうけど。でも、何事にも限度ってものがあるんだって!
「ライみたいに雷を自在に操ったり、ペンダントみたいにありとあらゆる攻撃を防いじゃうような武器が三百個あるってことでしょ? そんなのおかしい!」
『お前は神器を特別視しすぎだろ。神器の定義は神により力が与えられた武器ってだけだから、大したことのない力を持つやつも多いぞ』
ペンダントもライの言葉に同意するように続ける。
『自由自在に転移できたり、適性のない魔法が使えるだけだったりとか。神器のほとんどはそんなのばっかりだ』
いや、充分すごいと思いますけど。でも、神器の中では弱い部類になるのかな。それなら、神器の階級で上から二番目のクラスである金級のライや、そのライの攻撃をやすやすと防いでしまうペンダントにしてみれば、大したことないと言うのもわかるけど。
次に出会う神器は大したことない力を持つやつだったらいいなと密かに願う私であった。
第一章 学園入学
異世界に転生してから六年。私も六歳になりました。
つまりは、ついに学園に入学……ですが。
「行きたくな~い……」
私は、はぁとため息をつく。私がこれから通うのは、レーシャン・マナ学園という国立の魔法学園である。
レーシャンというのは、レニシェン王国の古い言い方で、マナというのは、古代語で魔法という意味。
響きはカッコいいけど、翻訳したらレニシェンの魔法学園ということになります。そのまますぎるよね。
そして、魔法学園ということはですね、貴族の子どもたちがたーくさんいるんですよ。
落ちこぼれだった私は、貴族たちによく思われていないので、あまり関わりたくないんだけど、魔法が使える者は強制通学なので仕方ない。
学費の払えない平民などにも、わざわざ国から学費が出るらしいよ。たとえるなら、奨学金のようなものかな。魔法を使える人材の育成というのは、国にとっても大切なことなんだろうね。
しかも、学園は学年ごとに教室が違うし、場合によっては学舎すらも違うから、何かあってもお兄さまたちに助けを求めることさえできないという……
周りも私がいじめられるのを危惧しているのか、いつも以上に王女教育も厳しいし……フウレイに何回注意されたことか! 普段は自分のほうがテキトーなくせして、作法の指導になると本当に厳しいんだよ!
お陰で、お姫さまモードにすっと切り替えられるようになったけどね、ははは。
だけど、嬉しくないことばかりじゃない。まず、なんといっても制服が可愛い。
魔法学園の指定の制服は、ベレー帽タイプの紺色の制帽。白のフリルブラウスに、ダークグリーンのチェックのフレアスカート。さらにベレー帽と同じ紺のケープ。
そして胸元にはスカートと同じチェックのダークグリーンのリボンがある。
強制ではないけどベルトもあって、ここに杖や剣などをぶら下げることもある。私は、こっそり神器を出すのに使えるかなと、一応ベルトも装着。
色はシンプルに茶色。
いや~、めっちゃ可愛い!
色合いは暗いけど、それが私の茶髪と黒目にピッタリなんだよね。
こういうアニメでしか見ないような制服は憧れだったんだよね~!
『憧れって……お前のところの制服はどんなのだったんだ?』
私の考えを読み取ったのか、部屋の隅でくつろいでいたライが脳内に語りかけてくる。
ライとはあの事件以来、だいぶ距離が縮まったように思う。こうして他愛もない会話をしてくれる程度には。
それで、制服だっけ。
『中学の時は白襟のセーラー服で、高校の時は白のYシャツに黒のブレザーと無地のスカート。胸には赤のリボンというありふれたものだったよ』
『ちゅうがく? こうこう?』
『せーらーふくとぶれざーってなんだ?』
ライだけでなく、ペンダントも疑問を投げかけてくる。
わかりやすく説明したつもりだったけど、どうやらこの世界には、そもそもその言葉がないらしい。
中学と高校は、この世界の言葉に訳すなら……
『中学は学園でいう中等部が独立したもので、高校は高等部が独立したやつなの。前世では、中等部や高等部から別の学校に行くことがよくあったんだよね』
『ふーん……変わってるな』
この国では、初等部や中等部という概念はあるけど、一度その学園に通えば、高等部まで学園を変えることはまずない。
エスカレーター式なので、中学受験や高校受験という概念がないんだろう。制服の可愛さで選んでる子もいたなぁ。
『んで、せーらーふくとぶれざーっていうのは?』
ライが次の疑問を投げかけてくる。
それは言葉での説明が難しすぎるって。白襟とか多分わからないでしょ。
ジャケットとか? う~ん、なんか違うんだよね。セーラーはセーラーで、ブレザーはブレザーだ。
『言葉じゃ難しいなら、強く思い浮かべるだけで俺には伝わる』
『わかった。やってみる』
私は、母校の制服を思い浮かべる。
それぞれ三年間きっちりと通っていたお陰で、記憶はバッチリだ。
リルディナーツさまにお会いしてからは、前世の記憶はさらに鮮明になっている。
『確かに、魔法学園の制服に比べたらシンプルかもしれねぇな』
『一人で納得するなよ。いったいどんなのだったんだ?』
私の想像を読み取ったライが感想を述べる。でも、ペンダントには伝わってないらしい。どうして?
『こいつとお前は契約してないからな。思考の共有はできないんだ。お前に対する水鏡の言葉も、俺を介して伝えてるだけだからな』
「えっ!? そうなの!?」
思わず声が出るくらいに驚いてしまったけど、言われてみれば、私が脳内で思い浮かべた疑問に答えていたのはライだけだったような気がする。
それに、さっきも俺には伝わるって言ってたし。
ライは、さらに詳しく説明してくれた。
『お前と俺の間には契約があるから繋がりがある。んで、神器同士も繋がりがある。だが、お前と水鏡の間には繋がりがない。だから、俺を介してしか念を送り合うことはできないんだ』
ふむふむ。つまりは、私もペンダントも、ライに伝言を頼んでるようなものなのね。
『じゃあ、契約しちゃえばいいのかな』
『無茶言うな。神器との契約はリルディナーツさまが仲介しなきゃならねぇから、神殿に行く必要がある』
『僕も了承した覚えはない』
神殿かぁ……行く理由が思いつかないなぁ。たとえ理由を作れたとしても、盗難騒動があったのに外出を許してくれるとは思えないし。
『水鏡。このバカと契約しろとまでは言わねぇが、情報を共有した以上、お前にも協力くらいはしてもらうからな』
誰がバカだ誰が!
『別に断る理由はないが……神器としての力はお前のほうが強いだろう? 何を協力しろというんだ』
『このポンコツと一緒にいてもらうだけだ。危険な状況に陥っても、こいつは戦闘能力がないからな。俺は城の外じゃ自由に動けねぇし』
私の抗議をスルーして対話を続行するペンダントとライ。それどころか、ライはさらにひどい呼び方をしている。
おーい! 無視すんな! ライには聞こえてるだろ、返事しろ!
『うるせぇな。お前の身の安全のために頼んでやってんだろ。それに、バカなのもポンコツなのも事実だろうが』
『事実だからって言っていいことじゃないの!』
最近は生意気発言がなくなってきたと思ったのに……やっぱり性格というのはそう簡単には変わらないか。
そっちがその気なら、こっちにも考えがある!
『……おい。なんでこっちに来る?』
じわりじわりと近づく私にライが尋ねてくる。その言葉には動揺や不安が混じっているように感じた。
『決まってるじゃん。今からモフモフの刑を執行するんだよ』
『あれはやめろって言ってるだろ!』
ライが私の手から逃れようと部屋の隅に逃亡する。逃がさんぞ!
『待てー!』
『追いかけてくるな!』
『何をやってるんだ……?』
ペンダントの呆れたような声が聞こえたけど、私は気にせず逃げ回るライを追いかける。
捕まえるために飛びかかろうとした瞬間、コンコンとノックの音が響いて、私はピタリと動きを止めた。
「アナスタシアさま。お時間ですのでお迎えに参りました」
「……わかった」
学園に行く前にライの毛並みを味わいたかった身としては消化不良だけど……時間なら仕方ない。
ライは、部屋の隅でほっとしているようだ。絶対に隙を見てモフモフしてやる!
『そんな不純な動機を持っているうちは絶対にやらせねぇよ。それよりも、さっさと水鏡持って行きやがれ』
ライの言葉にムッとするも、時間がないのは確かなので、私はペンダントを首から下げて、ドアを開けた。
呼びに来たヒマリの案内で、私は庭へと出る。
お城から学園へは、それなりに距離があるため、馬車で移動する。そのために、馬車が待機しているところへ向かっているのだ。
「お兄さまたちはもういる?」
「はい。いらっしゃっていると思います」
ヒマリは、以前まで離宮にいた侍女のザーラが神器盗難未遂の犯人一味として陰影塔に収容されてから、私の側にいることが多くなった。元々離宮の使用人だったところ、貴族と縁があることと私の厚い信頼を理由に、特例で侍女になったのだ。現在、ヒマリはザーラの仕事を引き継いでくれている。
ザーラとは、あの事情聴取以来まだ会えていない。
ヒマリたちから聞いた話だと、ザーラ用と思われる食事を持って陰影塔に出入りする人間をときどき見かけるそうなので、彼女はまだ元気なようだ。
どうせなら、学園に行く前に一度会いたかったんだけどね。
「あっ、いらっしゃいましたよ」
ヒマリが指差すほうを見ると、そこには眼福の光景が広がっていた。
(ふおおおおおお!!!)
私は心の中で叫んだ。王女教育を受けてなかったら、きっと声に出していたと思う。それくらいに素敵な光景だった。
そこには、制服を完璧に着こなした兄姉たちがいたのだ。長女のヴィオレーヌお姉さまはもう学園を卒業したらしいからいないけど……他五人だけでも眼福だった。
長男のエルクトお兄さまは、シンプルにカッコいい。黒髪と金の瞳という見た目で、制服とも同系色だから、カッコよさが増している。
男子はケープと制帽の代わりにローブなんだけど、お兄さまはローブを着ているというよりかは、かけているような感じなのだ。
ボタンは留めてあるけど、ローブの袖には腕を通していないみたいだし。
ちなみに、ローブやケープに使われているボタンはループボタン。中のシャツが見えるくらいにはゆったりとしているので、オシャレのためなどではなく、多分ローブとかケープが落ちないかつ、動きやすいようにという機能性の面が重視されているのだと思う。
話を戻して、エルクトお兄さまはそんなゆるい着方をしているのに、ダサくなったりはせず、むしろカッコよさが増すという不思議。
次女のルナティーラお姉さまも、シンプルに可愛い。
第三妃のルルエンウィーラさま譲りの白金の髪と淡い水色の瞳を持つ神秘的な人だけど、暗い色合いの制服に身を包むことによって、神秘的な印象は薄れて、可愛らしさが増している。
次男のシルヴェルスお兄さまは、内面に反してなんか可愛い。
正妃のシュリルカお母さま似なんだけど、お母さまが元々童顔のような顔立ちだからか、シルヴェルスお兄さまは、下手をすれば女性よりも可憐に見えたりする。性格は俺様というか、勇ましいんだけどね。
三男のハーステッドお兄さまは、ダークヒーロー感がさらに増した。
私がオタクなところがあるからかもしれないけど、血にまみれたナイフを舐めている不気味な姿が一瞬で浮かんだくらい。中身は真逆だけどね。
四男であるルーカディルお兄さまは、ただただ尊い。それ以外に言うことなどない。
ルナティーラお姉さまと色合いも顔立ちもそっくりなはずなのに、なぜルーカディルお兄さまだけは神秘的な雰囲気がさらに強まるんだ。
この兄姉たちと一緒に行くのか。私が霞んでしまうな。
ファンクラブとかあったりするのかな? でも、お兄さまたちの性格からすると、そういうの好きじゃなさそうだから、許さないかも? それとも、わざわざなくすのも面倒だと放置してるかな?
もしファンクラブがあるんだったら、ちょっと話してみたいな。少なくとも、王族に悪い印象がないってことだし、私とも仲よくしてくれるかも。
「アナスタシア。いつまでそこにいるんだ」
エルクトお兄さまの呆れを含んだ声が聞こえる。
「あっ、はい。今行きます!」
私は頭をぶんぶん振って、お兄さまたちのもとに向かう。
「アナスタシア、それを持っていくのか?」
エルクトお兄さまの視線は私の胸元に向いている。そこには、ペンダントが陽光を浴びてきらめいていた。
「はい。部屋に置いておくのは心配だったので」
事情を知っているエルクトお兄さまならともかく、他の兄姉たちもいる状況で真実を話すわけにもいかない。
でも、これも私の本心だ。目的はわからないけど、盗まれかけた以上はペンダントを狙う何者かがいるのは間違いない。
そんな状況でペンダントを置きっぱなしにはできない。ただでさえ、国で最高戦力と言っていい兄姉たちが学園に行くために城を離れるのだ。
なら、戦力の多い学園に持っていくのが一番安全と言えるのではないだろうか。
「なら、せめて制服の下に隠しておけ。無駄に注目を集める必要はない」
「あっ、はい。わかりました」
私は素直にペンダントをケープに隠れるようにしまっておいた。このケープはそれなりに大きいので、充分に隠れ蓑になってくれるだろう。
そして、そのまま学園に向かう――なんてことにはならずに。
「私がアナと乗るわ!」
「僕が乗ります!」
「僕も乗りたい!」
「俺も……」
誰が私と一緒に乗っていくかで争っています……
参加していないのはエルクトお兄さまだけで、他の四人はずっと騒いでいます。
馬車なんだから複数で乗ればいいと思うかもしれないけど、学園の敷地や道中の道幅の関係上、馬車は最大で四人まで乗れる大きさのものしか使用できない。
私が乗ってしまうと、残りの枠は三人となる。すると、どうしても一人余ってしまうのだ。
誰か一人が譲れば解決なんだけど、誰も譲りたがらない。
だからといって、ぎゅうぎゅうに詰めると、せっかくの制服にシワができる。
早いところ、決めてほしいんだけど、話し合いは平行線のまま決着がつきそうにない。
このままじゃ、学園に遅れちゃうよ~!
「そんなにぎゃあぎゃあ騒ぐんなら、俺がアナスタシアと一緒に乗っていくぞ?」
さすがに我慢ならなかったのか、エルクトお兄さまがそんな提案をする。
うん、私もそれでいいよ。
「それはダメです!」
「なぜ兄上が行くのですか!」
「そうだよ! 今までずっとアナを独占してきたくせに!」
「兄上だけは認めない……」
はい、全員から反対されました。
ルナティーラお姉さまとシルヴェルスお兄さまは、私によく愚痴を言ってたもんね。なんでお兄さまだけが私と会えるんだって。そりゃお兄さまと私が一緒になるの許さないよね。
このまま言い争ってくれれば、学園に行かなくて済みそうだけど、それだと私の弱点が増えちゃうからね。なんとか解決しないと。
「じゃあ、こうしましょう」
私が発言すると、全員が私のほうを向く。エルクトお兄さまだけは、何を言い出すんだ的な顔をしているけど。
「行きと帰りで二人ずつに分かれましょう。行きで一緒に乗った人は、帰りは我慢してもらいます。できないなら、私はエルクトお兄さまと一緒に往復します」
これなら文句も出まい。
お兄さまたちはお互いを見合っているけど、納得したのか文句は言わなくなった。
よし、これで解決――
「じゃあ、行きは私が乗っていくわ!」
「えっ!? 僕も乗りたいですよ!」
「姉上たちばっかり! 僕も!」
「俺も……」
解決できると思っていた時期が、私にもありました。今度は、また別のことで争い始めてしまった。
いい加減にして~!
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