毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

りーさん

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第一部 身の程知らずなご令嬢 ~第一章 毒花は開花する~

6. 嫌な予感 (レオナルド視点)

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 レオナルドは、頭を抱えていた。それは、最近のアレクシスが原因だ。

 学園に通っている間も、王子としての勤めを果たすために、学園では生徒会長の地位を与えられ、生徒会の執務室での書類決裁を、アレクシスとともに行っていた。

 普段なら、アレクシスの他にも人がいるのだが、今日は人払いをして二人きりだ。

 アレクシスは、マリエンヌを含めて、昔からの幼なじみであり、レオナルドにとって、気心の知れる相手であった。
 身分も侯爵家と申し分なく、学園では、側近候補として振る舞ってくれている。
 今は、リネア・ブラットンの対処を任せていた。

 今日は、その報告のために、二人きりになっている。

 リネア・ブラットンは、今年になって学園に入ってきた、地方貴族の男爵令嬢だ。
 ブラットン男爵家は、そこまで力を持つ家ではないが、地方貴族にしては見目麗しいと、中央貴族の、婚約者のいない男の注目を集めていた。

 婚約は、家同士の結びつきだ。たとえ両者が思いあっていたとしても、互いの家にとって不利益と判断されれば、婚約を拒否されることはよくあることだ。

 だが、相手が大して力の持たない地方貴族ならば、話は別だ。

 男爵や子爵など、中央にしては低い爵位の貴族であるために、中央の権力の影響を受けやすい家門は、力関係に敏感だ。
 利益をもたらすよりも、自分に不利益をもたらさない存在のほうが、重宝されやすい。

 そういう意味では、たいした影響力を持たないブラットン男爵家は好都合だ。
 それに加えて、容姿も整っているとなれば、狙う存在は増えてくる。

 それだけならば、特に問題視はしなかったのだが、リネア・ブラットンは、自分の価値をわかっていた。
 自分が男に言い寄られる存在であることを逆手に取り、令息たちにことあるごとに、いろいろなものをねだっているらしい。

 いささか問題のある行動ではあるが、相手は婚約者もいない独身であり、リネアがプレゼントを強要しているわけでもないため、注意もしにくかった。

 自分達の意思でリネアに贈ったと言われれば、何も言えない。
 パートナーのいない男性が、パートナーを得るために贈り物をするのは、貴族の間ではよくあることだからだ。

 だが、そんな消極的な対応をしていたのが裏目に出たのか、リネアの行動はどんどん過激になっていく。

 ついに、婚約者のいる令息や、高位貴族にまで狙いをつけた。
 さすがにこれは動かざるを得ず、リネアに注意をしたのだが、『申し訳ありません。田舎から出てきたもので、中央の常識に疎く……』と涙ながらに言われてしまい、彼女に篭絡された令息たちから無言の威圧を受けることとなってしまった。
 それは、レオナルドが舐められていたというわけではなく、リネアのためなら王子にもたてつくという、歪んだ正義感から来るものであった。

 だが、令息の婚約者や恋人からの嘆願は、毎日のようにレオナルドの元に届いているため、動かないわけにもいかない。
 このままでは、リネア・ブラットンという一人の人間が、学園全体に不和をもたらしかねない……というか、もたらしかけていた。

 もうここまで来れば、リネア・ブラットンは危険人物だ。最低でも謹慎。最悪の場合は、学園から追い出す必要も出てくるが、どれにしても時間が必要だ。
 その間、リネアを放っておくわけにもいかない。

 そこで、苦肉の策として、リネアへの対処についての方針がある程度決まるまでは、リネアの目をこちらに向けることにしたのだ。
 こちら側の人間がリネアの動向を把握していれば、監視がしやすいのも理由だ。

 リネアの行動からして、財産に余裕があり、爵位の高い存在を狙っているのは一目瞭然だ。幸いにも、レオナルドの側近候補には、条件に当てはまる者が複数存在する。

 試しにアレクシスを向かわせたところ、簡単に食いついたという。

 後は、節度を守り、婚約者への交流をおざなりにしなければ、時間稼ぎはできるはずだった。
 もちろん、この方法は最善とは言えない。下手をすれば、最悪の結果を招きかねないのはレオナルドもわかっていたが、あまり余裕がなかった。それほどに、リネアの悪影響が広がりつつあった。
 そのため、根回しをする余裕もなく、レオナルドも、もしもの時には、この事を婚約者たちにも話していいと伝えてある。
 レオナルドはマリエンヌに話すつもりはこれっぽっちもなかったが。

 だが、アレクシスも篭絡されそうになっていたのか、婚約者への対応をおざなりにしてしまったという。
 その結果、今度はアリスティア伯爵令嬢と周りの者が騒ぐ結果となったらしい。

 さすがにまずいと思ったのか、リネアとの交流を減らし、婚約者に向き合っているようだが……

「アレクシス。いい加減、手を動かしてくれないか?」

 レオナルドの声がけで、ようやく手が止まっていることに気づいたらしく、慌てて動かした。

 そう。ここ数日、アレクシスは上の空だ。婚約者との交流はきちんと行っているようだが、それ以外は声をかけないと存在にも気づいてもらえないほどである。
 普段なら、何か悩みでもあるのかと相談に乗るのだが、アレクシスは何かに怯えているようにも見えて、レオナルドは嫌な予感がよぎり、まだ話を聞けていない。
 だが、このままでは仕事に影響も出るため、もう放っておけないだろう。

「アレクシス、何があったんだ?いい加減に教えてほしい」

 レオナルドがなるべく優しく問いかけるが、アレクシスは目をそらすだけで、教えようとはしてくれない。
 アレクシスの強情さを見て、レオナルドの嫌な予感は、さらに強くなる。

「……答えがどんなものであっても受け入れる。私も対処に動くから、教えてほしい」

 レオナルドが引き下がると、アレクシスも隠してはおけないと感じたのか、ようやく重い口を開いた。

「実は……ブラットン男爵令嬢と、いるところを……マリエンヌさまに、見られたんだ」

 レオナルドの嫌な予感が当たった。
 アレクシスが怯える対象は、実の父親かマリエンヌしかいないためだ。

 リネアと接触する場所をマリエンヌが通る場所から離し、わざわざ生徒たちに口止めさせてまで、マリエンヌに情報が入らないようにしたというのに、その苦労は無駄骨となったらしい。

「……マリエンヌは、なんと?」

 レオナルドは早々に頭を抱えたくなったが、なんとか希望を見いだそうとアレクシスにたずねる。

 アレクシスに、マリエンヌとのやり取りを綿密に報告されると、ひとまずは安心することができた。

 どうやら、それほどひどい暴走状態には陥っていないようだったから。

「当たり障りない言葉しか述べていないようだな」

 レオナルドが安心の言葉を口にすると、アレクシスはいやいやと否定する。

「あの方はリュークの毒花だぞ?安心はできない。俺がいたから、マリエンヌさまはその程度で留めたんだと思う。ブラットン男爵令嬢がお前にも近づこうとしているのを知ったら、彼女には、何するかわかったものじゃないぞ」
「……そうだな。ブラットン男爵家を没落させるくらいは、平気でやりそうだ」

 レオナルドは、昔の記憶を思い出す。
 リュークの毒花というのは、マリエンヌのかつての異名だ。
 とはいっても、皆に公式に認知されていたわけではなく、噂話程度に留まっていた。

 マリエンヌは、家柄もよく、幼い頃から容姿端麗であり、勉学も優れており、教養もあるために、レオナルドが八歳、マリエンヌが七歳のころ、レオナルドの婚約者として選ばれた。

 そして、ほぼ同時期に、アレクシスがレオナルドの友人に選ばれた。

 レオナルドとアレクシスとマリエンヌは行動を共にすることが多く、レオナルドも、最初は、マリエンヌには好印象しか抱いていなかった。アレクシスもそうだっただろう。

 それが変わったのは、本当に突然のことだった。

 諸事情で、マリエンヌとのお茶会に数分ほど遅れて到着したレオナルドとアレクシスが見たのは、パイを切り分けるナイフを侍女の首元に突きつけているマリエンヌの姿だった。

 レオナルドは、何が起きているのかついていけず、呆然とするしかない。

『一介の使用人ごときが、よくもあのような行動に出られたものだわ。こうなる覚悟くらいは、できていたのでしょう?』

 ニヤリと笑うマリエンヌの笑みは、いつもレオナルドに向けている暖かみの感じる朗らかな笑みとは違い、寒気を感じる。

『それとも、一度切られなければわからないかしらね?』

 寒気を感じさせるその笑みは、見る人が見れば恐怖の対象だ。本人は楽しそうなのが、なおのこと恐怖感を煽る。
 本当に、今まで交流していたマリエンヌなのかと、何度疑ったかわからない。

『……マ、マリエンヌ……?』

 レオナルドがおそるおそる声をかけると、マリエンヌは慌てたように後ろを振り返る。

『レオナルド、さま……?アレクシスさまも……』

 マリエンヌは、そう呟くと、何かに気づいたようにさっとナイフを隠すが、しっかり見てしまった今では、意味がない。

 しばらく、お互いに見つめ合う沈黙の時間が続いたが、先に切り出したのはマリエンヌだった。

『……お見えに気がつかず、申し訳ありません。見苦しいものをお見せしてしまいました』
『い、いや、気にすることは……』

 ない、と言えなかった。それほどに、ショックが大きかったことを、レオナルドはこのときに自覚した。
 アレクシスはよほどのことだったのか、まだ言葉も発していない。

『今のわたくしには、レオナルドさまと交流する資格がございません。誠に勝手ながら、本日のお茶会には欠席させていただきたく存じます』
『あ、ああ……。公爵家に戻って休むといい』

 気まずいままに、マリエンヌとは別れることになってしまった。
 当日は何があったかわからずじまいだったが、後日に王妃である母に内密に教えてもらった。

 マリエンヌが先に到着したために、茶葉やお菓子の最終チェックを行おうとしたところ、侍女の一人が妙な焦りを見せた。

 ほんの一瞬のことだったが、マリエンヌは見逃さず、『わたくしが気にかかるのならば、あなたが代わりにチェックしてちょうだい』と言い、お茶とお菓子を一口分用意し、口にさせようとしたところ、抵抗を見せた。

 それで確信にいたったマリエンヌが彼女の首元にナイフを突きつけ、その現場をレオナルドたちが目撃したということだった。

 実際に、その侍女は毒物を盛っていたようで、マリエンヌが気づかなければ、マリエンヌ自身はもちろんのこと、レオナルドとアレクシスも危なかっただろう。
 そういう意味では、マリエンヌには感謝しているが……

(今思い出しても、かなりめちゃくちゃだな)

 もっと、いいやり方があったのではないかと思う。
 毒物の可能性に気づき、侍女に毒見をさせようとするところまでは許容範囲だが、首元にナイフを突きつけるのは、どう考えてもやりすぎだ。
 下手をすれば、侍女が死んでいたかもしれない。そうなると、黒幕に繋がる手がかりが少なくなってしまう。

 それ以前に、毒を盛る人物に喧嘩を売るなど、マリエンヌも危険だ。周囲の侍女も、共犯だったかもしれないというのに。

(まぁ、彼女は気にしないな)

 マリエンヌに、危険だったことを指摘したこともあったが、『確かに、タイミングは考えなければなりませんね』と、ナイフを突きつけたことは、微塵も気にする素振りもなく、それどころか、その件をきっかけに、理性を失ったかのように、マリエンヌは暴走を始めた。

 人攫いがいると聞けば、協力者になりすまし、散々甘い蜜を吸わせたように見せかけ、アジトを特定した後に一網打尽。
 公爵家の情報網で暗殺計画を掴めば、まだ確定していないからと報告を渋り、ことごとく邪魔をして、主犯をじわじわと追いつめ、最後には報告をして処刑。

 別に、マリエンヌが間違ったことをしているわけでもないし、王妃になる者としては、冷酷な判断は下せるようにならなくてはならない。
 だが、彼女のワクワクした様子を見ると、王家のためというのは二の次で、本人が楽しむためにやっているような気がしてならなかった。

 さすがに、マリエンヌをこれ以上暴走させるのは危険だと判断し、アレクシスと相談した結果、レオナルドは、マリエンヌに、国民に慕われるためにも、慈悲深き王妃となってほしいと頼み、それからは、マリエンヌの話は、慈悲深くお優しいというものしか聞かなくなっていた。

 判断が早かったお陰か、リュークの毒花というのも、噂程度に留めることができた。

 だが、再び目覚めようとしている。

「アレクシス……とんでもないものを目覚めさせてくれたな」
「……申し訳ないとは思っている」

 アレクシスがすべて悪いのではない。命じた自分も悪いとはわかっていても、悪態はつきたくなってしまう。

「まだそこまで被害が広がっていないのなら、マリエンヌと話せば抑えられるかもしれない。話し合いの場を設けよう。その間、アレクシスは何があってもブラットン男爵令嬢とは接触するな。婚約者にも事情を話し、口止めしておけ」
「……かしこまりました、レオナルド殿下」

 レオナルドとアレクシスは、ともに深くため息をついた。
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