17 / 36
第一部 身の程知らずなご令嬢 ~第一章 毒花は開花する~
17. どうしても止まらない (レオナルド視点)
しおりを挟む
完全に、信じていたわけではなかった。
だが、少しは自重してくれると思っていた。こちらに頼ってくれると思っていた。
「レオ……これは事実か?」
「ああ。残念なことに、事実だ」
レオナルドが目を通しているのは、マリエンヌの行動について調べさせたものだ。
本当におとなしくしてくれるのかと疑問を感じてから、常にマリエンヌのことが気にかかってしまっていた。
他の生徒たちから聞く限りでは、マリエンヌが新しい友人を作ったという話くらいしかなかったので、大丈夫みたいだと思いながらも、どこかで不安が拭えなかった。
その不安は、悲しいことに的中してしまったらしい。
マリエンヌにシーラという影の存在がいるように、レオナルドにも使用人に扮して、常に側に控えている影がいる。
その影にマリエンヌを見張らせ報告させたところ、やはりマリエンヌは、いろいろとやらかしていた。
まだ、ライオネルに悪印象を抱かれた子爵令嬢の保護を願い出たり、交流関係を広げるために、友人の紹介を頼んだところまではいい。
ライオネルの性格からしても、自分に恥をかかせた女、それも自分よりも身分が下となれば、何もせずにいるとは思えない。
だが、伯爵家以上の令嬢たちが常に側で見張っていれば、おいそれと手は出せない。せいぜい、睨みをきかせる程度に留まるだろう。
友人の紹介の件も、彼女たちに頼むのは賢い判断と言える。
リューク公爵家と、王子の婚約者という肩書きは、どうしても人を寄せ付ける。
そのなかには、よからぬ考えを持つ者も多いだろう。彼らは所詮、蜜に集る虫も同然だ。その蜜が枯れれば興味を失くす。
だが、それがすべてではない。
蜜ではなく、その花自身に興味を持つ者もいる。もしかしたら、麗しい花びらでなく、葉や茎に惹かれる者もいるかもしれない。
そのような者たちと交流を深めるのは、レオナルドも望むところである。だが、蜜が狙いなのか、ただ花を愛でたいのかは、簡単に見分けられるものではない。
だが、友人から紹介してもらうという方法を取れば、わざわざ自分の手で選別する必要はなくなり、友人たちも、自分の評価に関わる問題なので、適当な人選は行わない。
だからこそ、ここまでは、頭を抱える要素は何もない。
問題はここからだ。
公爵夫人の訪問の際に、公爵夫人にブラットン男爵家の背後関係を洗うように誘導させたり、サロンでは、ある令嬢を焚き付けたりもしたらしい。
あの公爵夫人が娘に言いようにされているのかと思わないでもないが、口がうまく、頑固なマリエンヌのことだ。おそらく、公爵夫人が折れたのだろう。
サロンの件についても、マリエンヌへの態度に思うところはあるが、それを利用するマリエンヌもマリエンヌだ。
「リネア嬢に対する他の令嬢たちの対応が急に変わったから、おかしいとは思ってたがな」
「マリエンヌの入れ知恵のようだ。言葉は、ただの助言でしかないから、こちらから注意するのが難しいな」
この影の報告が事実であるならば、マリエンヌは、友人に言動の注意しただけで、なにも間違ったことをしていない。
だからこそ、毒花は質が悪いのだが。
「レオナルドさまがちゃんと手綱を握らないからですよ」
「彼女の手綱を握れば、私のほうが引きずられるだろうな」
リューク公爵家の情報網の広さや、マリエンヌの賢さは本物だ。
手に入れた情報を組み合わせ、素早く現状を把握し、自分の望む未来に進めるために、駒を動かすことができる。
その駒には、レオナルドやマリエンヌ自身も含まれるのだ。
だからこそ、マリエンヌは、危険な貧民地区にも平気で出向いたり、人攫いの組織に単身で乗り込むことにも躊躇いがない。
それを楽しみながら行うことには、少々問題はあるが、民のために率先して動くことは評価している。
だが、どうも危なっかしくて仕方ない。今までは、偶然うまくいっていたが、一歩間違えれば、命の危険もあったはずだ。
マリエンヌは、幼いころから共に過ごしてきた大切な婚約者だ。危険な目になどあってほしくない。
「まぁ、過激な令嬢たちについては、こちらも頭を悩ませていた問題ですし、解決したなら、それはそれでかまわないのでは?」
「これで解決するならな。リネア嬢は、その令嬢たちがいたからこそ、短期間で今の場所まで登り詰めた。その大役を担っていた令嬢たちがいなくなれば、その地位を保つために、リネア嬢がどんな手段に出るかわからないだろう。人は、一度でも高い地位に甘んじてしまったら、下がることが難しいからな」
「では、どうしますか?リネア嬢に見張りを変えますか?このまま、マリエンヌさまを見張らせますか?」
「それを悩んでいるんだ……!」
マリエンヌが何をしでかすかわからない以上、マリエンヌの見張りを止めさせるわけにはいかないが、リネアも無視するわけにはいかない。
自分の配下の影が一人しかいないことを、これほど悔やんだことはない。
こんなことならば、国王に進言して、もう二、三人かは増やしてもらうべきだった。
「お前のところにいいのはいないのか?」
「冗談だろ。俺のところには、学園どころか屋敷にだってそんな存在はいねぇよ」
「そうだよな」
アレクシスの言葉に納得しながらも、がっくりとうなだれると、アレクシスが「そうだ」と思いついたように呟く。
「アリスを使うのはダメか?」
「アリスティア嬢か?」
レオナルドが聞き返すと、アレクシスはこくりとうなずき説明する。
「アリスはマリエンヌさまと友人関係にあるから、近寄る口実なんていくらでもあるし、口も固い。俺がリネア嬢との関係も話しているから、妙な勘繰りもされない」
「ほう。よくアリスティア嬢が許したものだ」
アレクシスとアリスティアは、政略とは思えないほど、お互いに『アレク』『アリス』と呼びあうほどの仲だった。
アレクシスはわからないが、アリスティアのほうは、レオナルドから見てもわかるくらいに、アレクシスに好意を向けている。
だが、アリスティアは、生粋の中央貴族とは思えないほど、感情的になることがある。
特に、アレクシスが関わると。
だからこそ、話してもいいと言ったとはいえ、真実を語っても、怒鳴られることは間違いないと思っていたが……
「ああ。五時間の説教で理解してもらった」
「そ、そうか……」
許されてはいなかったらしい。
最近、アリスティアがリネアに突っかかることがなくなったと聞いたのを考えると、リネアへの怒りもまるごと、アレクシスに向けられたようだ。
しかも、理解されただけで、納得していないとなると、これからも厳しい監視下に置かれそうだ。
まぁ、婚約者をおざなりにしてしまったアレクシスの自業自得ではあるので、擁護できないが。
「だが、マリエンヌのことをアリスティア嬢に頼む提案は、悪くはないな。頼まれてくれるか?」
「ああ。リネア嬢のことも交えたら、説得は難しくないだろう」
「なら、早めにしてくれ。これ以上、マリエンヌが余計なことをしでかす前にな」
「じゃあ、レオはなるべく時間を稼いでくれ。お前からの誘いなら、マリエンヌさまも断らんだろ」
「ああ、わかった。なるべく引き止める努力はしよう」
できないような気がするが、と心で付け足しながら、レオナルドはうなずいた。
だが、少しは自重してくれると思っていた。こちらに頼ってくれると思っていた。
「レオ……これは事実か?」
「ああ。残念なことに、事実だ」
レオナルドが目を通しているのは、マリエンヌの行動について調べさせたものだ。
本当におとなしくしてくれるのかと疑問を感じてから、常にマリエンヌのことが気にかかってしまっていた。
他の生徒たちから聞く限りでは、マリエンヌが新しい友人を作ったという話くらいしかなかったので、大丈夫みたいだと思いながらも、どこかで不安が拭えなかった。
その不安は、悲しいことに的中してしまったらしい。
マリエンヌにシーラという影の存在がいるように、レオナルドにも使用人に扮して、常に側に控えている影がいる。
その影にマリエンヌを見張らせ報告させたところ、やはりマリエンヌは、いろいろとやらかしていた。
まだ、ライオネルに悪印象を抱かれた子爵令嬢の保護を願い出たり、交流関係を広げるために、友人の紹介を頼んだところまではいい。
ライオネルの性格からしても、自分に恥をかかせた女、それも自分よりも身分が下となれば、何もせずにいるとは思えない。
だが、伯爵家以上の令嬢たちが常に側で見張っていれば、おいそれと手は出せない。せいぜい、睨みをきかせる程度に留まるだろう。
友人の紹介の件も、彼女たちに頼むのは賢い判断と言える。
リューク公爵家と、王子の婚約者という肩書きは、どうしても人を寄せ付ける。
そのなかには、よからぬ考えを持つ者も多いだろう。彼らは所詮、蜜に集る虫も同然だ。その蜜が枯れれば興味を失くす。
だが、それがすべてではない。
蜜ではなく、その花自身に興味を持つ者もいる。もしかしたら、麗しい花びらでなく、葉や茎に惹かれる者もいるかもしれない。
そのような者たちと交流を深めるのは、レオナルドも望むところである。だが、蜜が狙いなのか、ただ花を愛でたいのかは、簡単に見分けられるものではない。
だが、友人から紹介してもらうという方法を取れば、わざわざ自分の手で選別する必要はなくなり、友人たちも、自分の評価に関わる問題なので、適当な人選は行わない。
だからこそ、ここまでは、頭を抱える要素は何もない。
問題はここからだ。
公爵夫人の訪問の際に、公爵夫人にブラットン男爵家の背後関係を洗うように誘導させたり、サロンでは、ある令嬢を焚き付けたりもしたらしい。
あの公爵夫人が娘に言いようにされているのかと思わないでもないが、口がうまく、頑固なマリエンヌのことだ。おそらく、公爵夫人が折れたのだろう。
サロンの件についても、マリエンヌへの態度に思うところはあるが、それを利用するマリエンヌもマリエンヌだ。
「リネア嬢に対する他の令嬢たちの対応が急に変わったから、おかしいとは思ってたがな」
「マリエンヌの入れ知恵のようだ。言葉は、ただの助言でしかないから、こちらから注意するのが難しいな」
この影の報告が事実であるならば、マリエンヌは、友人に言動の注意しただけで、なにも間違ったことをしていない。
だからこそ、毒花は質が悪いのだが。
「レオナルドさまがちゃんと手綱を握らないからですよ」
「彼女の手綱を握れば、私のほうが引きずられるだろうな」
リューク公爵家の情報網の広さや、マリエンヌの賢さは本物だ。
手に入れた情報を組み合わせ、素早く現状を把握し、自分の望む未来に進めるために、駒を動かすことができる。
その駒には、レオナルドやマリエンヌ自身も含まれるのだ。
だからこそ、マリエンヌは、危険な貧民地区にも平気で出向いたり、人攫いの組織に単身で乗り込むことにも躊躇いがない。
それを楽しみながら行うことには、少々問題はあるが、民のために率先して動くことは評価している。
だが、どうも危なっかしくて仕方ない。今までは、偶然うまくいっていたが、一歩間違えれば、命の危険もあったはずだ。
マリエンヌは、幼いころから共に過ごしてきた大切な婚約者だ。危険な目になどあってほしくない。
「まぁ、過激な令嬢たちについては、こちらも頭を悩ませていた問題ですし、解決したなら、それはそれでかまわないのでは?」
「これで解決するならな。リネア嬢は、その令嬢たちがいたからこそ、短期間で今の場所まで登り詰めた。その大役を担っていた令嬢たちがいなくなれば、その地位を保つために、リネア嬢がどんな手段に出るかわからないだろう。人は、一度でも高い地位に甘んじてしまったら、下がることが難しいからな」
「では、どうしますか?リネア嬢に見張りを変えますか?このまま、マリエンヌさまを見張らせますか?」
「それを悩んでいるんだ……!」
マリエンヌが何をしでかすかわからない以上、マリエンヌの見張りを止めさせるわけにはいかないが、リネアも無視するわけにはいかない。
自分の配下の影が一人しかいないことを、これほど悔やんだことはない。
こんなことならば、国王に進言して、もう二、三人かは増やしてもらうべきだった。
「お前のところにいいのはいないのか?」
「冗談だろ。俺のところには、学園どころか屋敷にだってそんな存在はいねぇよ」
「そうだよな」
アレクシスの言葉に納得しながらも、がっくりとうなだれると、アレクシスが「そうだ」と思いついたように呟く。
「アリスを使うのはダメか?」
「アリスティア嬢か?」
レオナルドが聞き返すと、アレクシスはこくりとうなずき説明する。
「アリスはマリエンヌさまと友人関係にあるから、近寄る口実なんていくらでもあるし、口も固い。俺がリネア嬢との関係も話しているから、妙な勘繰りもされない」
「ほう。よくアリスティア嬢が許したものだ」
アレクシスとアリスティアは、政略とは思えないほど、お互いに『アレク』『アリス』と呼びあうほどの仲だった。
アレクシスはわからないが、アリスティアのほうは、レオナルドから見てもわかるくらいに、アレクシスに好意を向けている。
だが、アリスティアは、生粋の中央貴族とは思えないほど、感情的になることがある。
特に、アレクシスが関わると。
だからこそ、話してもいいと言ったとはいえ、真実を語っても、怒鳴られることは間違いないと思っていたが……
「ああ。五時間の説教で理解してもらった」
「そ、そうか……」
許されてはいなかったらしい。
最近、アリスティアがリネアに突っかかることがなくなったと聞いたのを考えると、リネアへの怒りもまるごと、アレクシスに向けられたようだ。
しかも、理解されただけで、納得していないとなると、これからも厳しい監視下に置かれそうだ。
まぁ、婚約者をおざなりにしてしまったアレクシスの自業自得ではあるので、擁護できないが。
「だが、マリエンヌのことをアリスティア嬢に頼む提案は、悪くはないな。頼まれてくれるか?」
「ああ。リネア嬢のことも交えたら、説得は難しくないだろう」
「なら、早めにしてくれ。これ以上、マリエンヌが余計なことをしでかす前にな」
「じゃあ、レオはなるべく時間を稼いでくれ。お前からの誘いなら、マリエンヌさまも断らんだろ」
「ああ、わかった。なるべく引き止める努力はしよう」
できないような気がするが、と心で付け足しながら、レオナルドはうなずいた。
800
あなたにおすすめの小説
記憶喪失になった婚約者から婚約破棄を提案された
夢呼
恋愛
記憶喪失になったキャロラインは、婚約者の為を思い、婚約破棄を申し出る。
それは婚約者のアーノルドに嫌われてる上に、彼には他に好きな人がいると知ったから。
ただでさえ記憶を失ってしまったというのに、お荷物にはなりたくない。彼女のそんな健気な思いを知ったアーノルドの反応は。
設定ゆるゆる全3話のショートです。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さくら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。
白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?
*6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」
*外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)
【完結】前世の記憶があっても役に立たないんですが!
kana
恋愛
前世を思い出したのは階段からの落下中。
絶体絶命のピンチも自力で乗り切ったアリシア。
ここはゲームの世界なのか、ただの転生なのかも分からない。
前世を思い出したことで変わったのは性格だけ。
チートともないけど前向きな性格で我が道を行くアリシア。
そんな時ヒロイン?登場でピンチに・・・
ユルい設定になっています。
作者の力不足はお許しください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる